腹立たしい現実
「お前、俺の婚約者じゃなくなった途端に鍛錬をサボってるんだってな。アッサイ達がお前と手合わせ出来なくて体が鈍ってるって言うから、お前の弟にでも訓練に付き合って貰えって助言してやったんだ」
「……! だとしても、殿下の護衛を放ってやる事でもないでしょう」
そもそも何があろうとも、殿下が王宮の城門をくぐるまでは見届けるのがルールだ。ジュールはアッサイ殿達に、無理矢理突き合わされているに違いない。
「アイツらにはそのまま戻ると言っておいたが、偶には二人きりで行動したい時くらいあるだろ」
なぁ、と殿下がフルール嬢に微笑みかければ、彼女も僅かに頬を染め殿下を見上げて嬉しそうに微笑む。そこだけ見れば美しくも微笑ましい光景だが、それでよしんば殿下の身に何かあれば、ジュールは叱責程度で済むはずがない。
その軽はずみな行動がどれだけ周囲に迷惑をかけるか、少しは考えて欲しい。
無言で目だけで周囲を探る。
少し離れたところで私に頷いてくれる影があった。
良かった、正規の護衛は撒かれずに済んでいるらしい。しかしいかんせん距離が離れている。殿下のすぐ側で体を張って守れる護衛がいないのはやはり厳しいだろう。
そろそろジュールがアッサイ殿達をのしていてもいい頃だ。私は密かに指輪を握りしめ、魔力を送る。こんな事もあろうかと互いの居場所を知らせ合う魔道具をジュールと共有しておいてよかった。
フルール嬢と仲良くなってから、殿下はよく私の護衛を振り切ろうとしていたから、もしもの事があったらと思っていたんだ。あの頃は婚約者である私の目から逃れたいのかと思っていたが、単純に二人きりになりたかったということか。
ある意味可哀想な気もするが、こればかりは王族に生まれた以上仕方ないことだと思って諦めて欲しい。
「申し訳ありませんが、御身を危険に晒すわけには参りません。ジュールの代わりにお側で守らせていただきます」
「フン、相変わらずクソ真面目だな。どうせ要らんと言ってもついてくるんだろ。出来るだけ目に入らないようにしろよ」
「御意」
殿下とフルール嬢が楽しげに語らう後ろに、いつものように付き従う。私のことなどそれきり存在すら忘れたように振る舞う二人を黙々と護衛しながら、いくつかの店を梯子した。
このままいくとルシャとダグラスとの待ち合わせに遅れてしまいそうだが、こればかりは仕方がない。ジュールにさっさと合流して欲しいところではあるが、アッサイ殿達をぐうの音も出ないほどシメておくのも大事なことだ。束になっても敵わない、かなり痛い目に合うって事を分からせておかないと、今回みたいな事が後を絶たないだろう。
「姉上! ごめん!」
澄んだ声に振り返れば、額を汗で濡らしたジュールがいた。
うん。さしたるケガもなさそうだ、よくやった。