思い出の場所
もちろん訪れる人はほとんどいないし、魔物すらいない。けして大きくはない森だけれど、森そのままの美しさと静寂が好きだった。あの森ならば今訪れても、日がな一日、木漏れ日の美しさを愛でていられるだろう。
「すごく神秘的な森なんだ。王都に隣接してるっていうのに他の森に比べて森の色が深くてね、人があまり入っていない手付かずの自然を満喫できるところだよ。氷穴も奥までは探索が進んでいないと聞いているけれど、入り口付近でも充分に涼しいから、夏はあの氷穴でゆったりと涼を楽しむのが子供の頃の楽しみだった」
どこでも鍛錬場にしてしまうわが家系が、あの森だけは家族だけの夏の楽しみだけに使っていて……穏やかで楽しい思い出がたくさんある森だ。本当に氷の妖精でもいるんじゃないかって、弟のジュールと氷穴に探検に入って、父上にゲンコツを貰ったっけ。
「ふぅん、その森、すごく見てみたいな。でも、王都に隣接してるのに違う森を紹介してくれたって事は、その森は特別なのかな」
「さぁ、どうだろうね。でも入ってみたいなら父上に聞いてみよう。多分、問題ないと思うけど」
「ホント!?」
目をキラキラと輝かせたルシャが、「ワクワクするなぁ!」と跳ねそうな足取りで森を進む。うっかりすると置いていかれそうだな、と苦笑していたら、ルシャが急に振り向いた。
「ねぇレオニー、もしかしてすっごく頑張れば、今日だけで二つの森、見ることが出来たりする?」
「うーん……そうだな、こことタニルの入り口くらいなら、なんとか」
「!! それならこうしちゃいられないよ! サクサク見て回ろう!」
「え? ああ」
返事をする間にルシャは走り出してしまった。慌てて私も追いかける。なんせ私がいないと管理小屋の鍵が開かない。ルシャを追い越して急いで鍵を開けたら、ルシャも飛び込んで来た。
「中、見てもいい!?」
「もちろん」
私の返事を聞くが否やルシャは勢いよく各部屋を見て回る。とはいえ、トイレとこの部屋と奥の寝室くらいしかないし、キッチンや棚類だって最小限しかないから見るべきものもそんなには無いわけで、ルシャはあっという間に私のもとへと戻ってきた。
「問題なく気持ちよく暮らせそう。広さも充分すぎるくらいだよ」
「それは良かった。それでどうする? やっぱり食事は歩きながらとるのかな?」
「うん。時間が惜しいよ。森の奥に向かいながら食べよう」
「了解」
管理小屋から外に出たルシャは、井戸の釣瓶を引き上げてみたり管理小屋の周辺をぐるりとひとまわりしてみたりと簡易的なチェックを怠らない。自分がこれから暮らすかもしれない場所だから当然かも知れないが。
ルシャが忙しく動き回るのを見ながら、私は収納袋から串焼きとホットサンドを取り出して歩きながらでも食べやすいように準備する。
ルシャが喜んでくれているようで何よりだ。これで彼に受けた恩を少しは返せればいいのだが。
彼がより良い住処を探せるよう、できるだけの協力をしよう。楽しげな彼の背中を眺めながら、私はそう気持ちを新たにした。