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余命幾許も無いワシ。最愛の孫娘が、エンディングで断罪ざまぁされる悪役令嬢だった事に気付いた件。どうするワシ?

作者: 青木紅葉

聖貨の気分転換に、シャレでちょこちょこ書き溜めていたら、何故か完結してしまったので、もったいないから投稿。

私にとってこれは立派な恋愛物語……な気がします。


少々長いですが、よろしくどーぞ!

 ◇1


 ワシの名は「田中 昭三」農家の田中家の三男として、終戦間近という時期にこの世に生を受けた。名前の由来は昭和に生まれた三人目だから。残念ながらワシが生まれた時には既に上の二人は命を落としていて、顔を見ることはかなわなかった。


 ……これはあくまで表に出ている情報だ。俺にはもう一つの名前がある。「木島 大地」。平成の世に生まれたグッドルッキングなハンサムボーイだ。

 いわゆる転生ってヤツだろう。ワシ知ってる。

 流石にしばらくは現実を受け止めることはできなかった。平和で豊かな平成の世から、戦争の真っただ中の混乱した時代に子供として降り立ったんだ。泣き叫んだね……。おかげで両親やご近所さんからは「泣き虫昭ちゃん」と、大きくなってもからかわれたもんだ。


 前世のワシがどうなって、こうなったのかはわからない。持病もなかったし、若者特有の無茶をするような事もなかったはずだ。もしかしたら突発的な事故かもしれない。家族仲は良好だったし、親に申し訳ない事をしたと思う。


 まぁ、それはそれとして、ワシの話の続きをしよう。幸い今生の家族との仲も良好だった。貧しいけれど笑顔あふれる家庭だった。

 ワシにとっての不幸は、そもそもこの時代に生まれた事。ワシにとっての幸運は、なんとか高度経済成長期の片隅に乗っかる事が出来た事。

 この世界も前世の世界と同じような歴史をたどっている。第2次世界大戦終了後、朝鮮戦争・ベトナム戦争・フォークランド紛争・湾岸戦争……。政治的な流れ、そして天災もだ。

 細かい年代や銘柄は記憶していなかったが、それでも世界的に大きな出来事は何とか覚えていた。


 そう、投資だ。


 細かい銘柄や数字は覚えていなくても、値が上がっていく業種はある程度分かっている。もちろん全戦全勝とは言わない。勝率で言うなら、精々3割あるか無いかだと思う。正直ワシに投資の才能は無かったと思う。だがそれでも、負けてはいけないところは勝てないにしても早期の撤退を決め込み、勝つべきところはしっかりと勝ちを収めてきた。

 まぁ、何も投資を行わずにコツコツ働いていけばいいのにと、自分でもたまに思っていたが、まがりなりにも数字をしっかり出してしまっていただけに、そのまま継続してしまった。

 結果、巨万の富……というには少し劣るかもしれないが、3桁億の財を手にすることは出来た。「山出しの田舎者が金転がしで一代限りで築き上げた、砂上の楼閣」そのような評価をするものも多い。天災こそ金儲けに利用してこなかったが、それでも時代の転換期毎に確実に財を増やしてきたことを考えたら、世間にやっかみを持たれるのも無理はない。これが自分じゃなければワシだって「この成金が!」と思うだろう。

 大体事業内容からして、色々手広くやってはいたが、メインが金融と不動産。典型的と言ってもいいくらいだ。


 とはいえ、一応世間体を気にして、地元に寄付をしたり、議員や企業にも気前よく支援をしてきたつもりだ。台所事情が厳しくなった旧華族とよばれるやんごとない家にもだ。

 ……その見返りというわけじゃないが、40を過ぎたころに、ワシが支援をしてきた旧華族の、20以上も年下のお姫様との縁談が持ち上がった。

 ワシは当時いい年して独身だった。それなりに時代に即した女遊びはしていて、一人に決めることはなかったのだがな。


 フィクションじゃそんな事は日常茶飯事だが、「いざ自分の身にとなると、流石にどうなんよ?」と思わなくもない。だが、議員、企業、そして家族からの説得に首を横に振ることは出来なかった。

 相手の女性は、黒髪の楚々とした、まさに深窓のお嬢様と言った風情の女性だった。当時のワシの様なおっさんで良かったのかと訊ねたことがあるが、家が決めた事だからと言っていた。今でこそ、そう言った風習は薄れてきたが、当時は女性の結婚は家の意向が強くものをいう時代だった。

 そして、ワシと彼女は結婚し、程なくして子供が出来た。

 山猿が貴族の姫君を金で買ったなどと、しばしばゴシップ誌で騒がれたりしたのも、今となってはいい思い出だ。



 結果として、ワシには悪くない事だったと思う。今生は前世と境遇があまりにも違い過ぎていて、捨て鉢にこそならなかったが、どこか他人事に考えていた節が我ながらあったと思う。冷静に考えれば、あの出鱈目な時代の相場に飛び込むなんて正気じゃない。それも前世の記憶なんてあやふやなモノを根拠にだ。もっともそのおかげで財を成したのだから、一概には言えないが……。

 だが、結婚して妻を持ち、さらに子供が出来た事で、ようやくこの世界、この時代に骨をうずめる覚悟が出来た。結婚以来控えていたが、さらにすっぱりと女遊びを止めて、酒もたばこも控えるようになった。遊びの果てに野垂れ死んだりして、妻や子を悲しませるわけにはいかん。


 そして、寄付の相手先にも変化が起きた。

 今までは事業の役に立つ相手がメインだったが、その比率が、学校や病院、公園に図書館、美術館と言ったモノに徐々に移っていった。ワシにとって優先すべき対象が事業、金、から人間に変わったのだろう……。


 さらにワシにとって意識を大きく変える出来事が起こった。

 元号が平成に変わって数年経った頃に、両親が相次いで亡くなった。無論事故などでは無いが、戦中戦後の混乱期に無茶をしたからだろうか? 金こそ困らせることは無かったと思うが、ワシは彼等にとっていい子だっただろうか? 誇れる息子であったのだろうか? なまじワシが金を稼いで目立ってしまったから、田舎で農業を営んでいた人間に余計な負担をかけてしまったのではないか……? 彼等の人生をワシの所為で捻じ曲げてしまったのではないか……? などと色々考えてしまった。

 そうすると、不意に前世の家族の事を思い出してしまった。両親、姉、弟、そしてワシの5人家族だった。平凡な家庭ではあったが、仲は良かった。


 今生は、大まかな流れは前世の世界と同じだが、例えばプロ野球のチーム名が知らないモノだったり、大手の量販店の名前が違っていたりと、細部は少しずつだが同じでは無かった。だからこそ、この世界を自分が生きている世界と思えなかったのかもしれない。

 だがそうなると、あの仲の良かった家庭は存在しているのだろうかと、ふと疑問を抱いてしまった。今ならもう弟も生まれている。前世の両親は元気にしているのだろうか?

 一度その思いが芽生えるともう駄目だった。どうしても一度でいいから会いたい。「貴方達の息子の大地だ」そう名乗らなくてもいいから、もう一度声を聞きたかった。


 今のワシが大っぴらに動くとどうしてもいらん輩を引き寄せかねないから、人知れず信頼できる探偵に調べさせた。口実は何でもいい。今回は今生の父が戦地で世話になった者を探す、と言うものだった。前世の両方の祖父の名前は今でも覚えていたからな。その過程でその子供……、つまりワシの前世の過程についても調べる事が出来る。

 もし、彼等が存在しなかったら、出会っていなかったら、あの家庭が存在していなかったら……その恐怖もあったが、我慢できなかった。


 程なくして、ワシの前世の家族が今生でも存在している事がわかった。さらにワシの知る限りの親族の構成も同じだった。報告を受け取ったのは自宅だったが、安堵のあまり書斎で腰を抜かしてしまいさらにしばし呆然としていた事で、ワシを呼びに来た使用人が、呼びかけに答えない事から何かあったと、危うく警察を呼ぶところだった。


 声を聞く機会は、平成も半ばを回った頃に訪れた。慶事ではなく弔事なのが残念だが、父方の祖父が亡くなったのだ。前世のワシにとっては初めての葬式で、よく覚えていた。


 ◇2


「木島さんのご家族の皆さんですね……私は田中昭三と申します」


 当時のワシは、家庭を持って以来露出は控えていたがそれでもそれなりに知られた存在で、少々驚かせてしまったが、事前に決めていた設定通り今生の祖父が生前世話になったという口実で、挨拶をした。

 父は4人兄弟で三男だった。伯父の家族から挨拶を行い、父の……ワシの家族との番になった時は、今生の硬い涙腺が思わず緩んでしまった。


 良い時間だった。


 直接会う事こそ難しいが、連絡先を交換し合い何かあった時には……と今後も繋がりを持つ事は出来た。もちろん向こうからしたらワシなんかと係わりを持っても困るだけだろうが、それでもワシにとっては大事な絆だ。

 葬式後自宅に戻ると、自分ではさほど変わりは無いと思っていたつもりだったが、よほど浮かれていたのか妻や大学生になった息子から妙な顔をされた。それはそうだろう。今生の父が世話になった相手の葬式などと言う、いわば赤の他人の葬式に出かけて、浮かれて帰って来たのだ。

 幸い、浮気などとは思われはしなかったが、アレには少々説明に窮したものだ。今となっては、それもいい思い出だ。


 その後しばらくはワシやその周りは大過なく過ごした。だが、前後して日本という視点で見ると、関西の大震災や新興宗教のテロ……、残念ながら前世の記憶通りに起きてしまった。そしてワシに出来たのはただ支援物資を送るだけだった。

 これは後の話になるが、東日本全域を襲った地震もこの世界で起こった。もちろん前世と同じ流れを辿った。そうなるのがわかってはいたが、所詮は金融屋、不動産屋のワシでは何もできなかった。

 金は大事だが、ワシの会社より数字の小さい会社でも、係わる人間、企業が多ければ、政治への発言力と言うのは増していく。選挙には各地への動員数と純粋な投票数が影響するからだ。ワシでは国政と地方、それぞれに数人ずつ送り込む事が精いっぱいだった。

 だから、所謂大物議員やフィクサーと呼ばれるような者達に献金と言う形をとることにした。今更利益の供与などは望まないし必要も無い。ただ、家族たちが平穏に暮らしていけるようになってくれればそれでよかった。



 相変わらず世界はテロを始め動乱に包まれていたが、ワシの周りは平穏な物だった。息子も就職した大手の財閥系企業でしっかりと頑張っていた。あそこはワシとは関係が薄い上に、利益を食い合う関係でもあるから、採用に便宜を図ったわけでも無いはずだ。実力で入社に漕ぎ着けた……誇らしいじゃないか。

 就職してからしばらく経ったある時、息子が2人の女性を連れてきた。正確には、1人の女性と1人の金髪に青い目をした女児だ。彼女はいわゆるシングルマザーだが、息子はその彼女と結婚を考えていた。

 ……息子はワシと違い妻に似たのか、少々古風な所があって、女遊びなどもせずにいた。それだけに、最初は悪い女に引っかかったという可能性を考えたのだが……、如何せん相手の事も多少だが知っている。妻の実家……旧華族の古い家だが、そこの一族だ。


 関係は妻の大叔母(祖父の妹)の息子の嫁側の甥の娘で、息子より4歳年上だったはずだ。はっきり言ってその関係性を何と呼ぶのかすらわからないような遠い関係だ。それでも大きい家、古い家と言うのは何かしら一族で集まる事が多く、その席にワシが呼ばれる事もあり、顔を覚えていた。

 今生で身に着けた、ワシの数少ない特技で【人の顔と名前を覚える】というものがあって、それが役に立った。

 詳しく話を聞いてみると、親族同士での集まりの時に知り合い、息子はその頃から思いを寄せていたそうだ。だが、大人になってならそれほどでは無いが、子供の頃では4歳差という溝は深く、結局思いを告げる事は出来なかった。

 彼女は中学を卒業すると、ヨーロッパにバレエ留学をしたため、そこで付き合いは途切れていた。その留学費用の一部をワシが負担していた事もあり、最初の数年はワシにも多少の情報は入って来ていたが、そのうち何も伝えられなくなったので、すっぱり忘れていた。ちょうど前世の家族と僅かながらも交流を始めた時期でもあったからな。


 彼女はその留学先でバレエをしていたが、残念ながらバレエ団に入るなどクラシックバレエの世界では結果を残す事は出来なかった。それでもそのまま留学先の国に残り、イベントでダンスをしたり翻訳の仕事などをしながら暮らしていた。日本語しか使えんワシからしたら立派なものだと思う。

 そんな暮らしの中で、現地で自然と関係を深めた男が出来て、籍こそ入れていないが子供も出来た。


 その子供は、大人が難しい顔をして話している為、随分委縮してしまっていた。あの時ワシは妻に視線を向けると、小さく頷き少女の方に向かい声をかけた。妻も話は気になっただろうにな。

「お嬢ちゃん、退屈でしょう? 一緒にお庭を見ませんか?」

「は……っはい! みたいです!」

 優しげな妻の声に、ここに来てからずっと硬い表情をしていた少女の顔に初めて笑みが浮かんだ。あの笑顔は忘れられんよ。そして二人は手を繋ぎ、部屋を出て行った。

 何やら妻達は二人きりで色々話をしていたそうだが、その内容は今も教えてもらっておらん。だが、庭から戻って来た時の二人の様子から、きっと楽しい時間だったのだろう。


 ワシはいくら結婚話だからと言って、子供をこのような場に連れてくることはけしからんと思い息子を睨みつけたが、「自分達三人を見て欲しい」と、目を逸らすことなく言ってのけた。あの時、初めて息子が大人になったのだと実感したものだ。

 その時点で、もう結婚を認めてもいい気になっていたが、話の続きを促した。


 が……大したことでは無かった。女の身一つで外国で夢を追う中、ふと見目いい男に優しくされた。だが、最初は優しい男も徐々に変わっていき、妊娠を機にいよいよ本性をあらわにした。暴力こそ振るわれなかったが、酒にギャンブルと……彼女が働いて稼いだ金で遊んでいた。

 まあ、お決まりのよくある話だ。

 何とか食っていくために働くも、男は態度を改めることは無くむしろ悪化していき、いよいよ暴力を振るわれるようになったことで、日本へ逃げることを決意した。パスポートが無事だったことと、彼女がそれまでに築いてきた友人知人からのカンパで賄えたのは幸運だったのだろう。

 そして、日本に戻り出産した。名前は「葉月」で由来は八月に生まれたから。ありきたりだし、古風ではあるがワシは良い名だと思う。

 ワシの耳に入って来なかったのは、支援をしてもらいながらこの結果になった事を申し訳なく思ったかららしい。彼女は家族に頼らず一人で子供を育てていくつもりだったらしい。幸い英語やフランス語が堪能だし、母子二人で暮らしていく事は不可能ではない。

 だが、彼女の母親はその事を不憫に思い、人づてに息子と連絡を取り、事態は変わった。……ワシは気付いていなかったが、周りの大人は息子の想いに気付いていたらしい。少しでも娘の助けになれば……と思っての事だったそうだが、ここまで情熱的だとは思ってもいなかったらしい……。

 息子はすぐに彼女のもとに向かい、子供の頃からの思いのたけをぶつけ、彼女もそれに応えた。


「事情はわかった。お前ももう大人だし、私が何かを言う気は無いが……、周りは煩いかも知れんぞ? この「田中昭三」の息子が、シングルマザー、そして遠縁とは言え親族の娘と一緒に、となるとな。どこから漏れるかわからんし、ゴシップ誌なども来るかもしれん」


 あの当時のワシは表から退いていたし随分大人しくしていたが、それでも着実に資産を増やしていた。だからこそ、ワシ自身がネタにならなくても成金一族のゴシップとして息子たちが狙われかねないとも考えた。だが、「それでも構わない。彼女達と添い遂げたい」と息子は言い、彼女も口にはしなかったが、表情から気持ちは一緒だという事が伝わった。

 なら、もう反対することは無い。彼等を屋敷に迎え入れ、善は急げと話を一気に進め、難色を示した者達にもしっかりと話をし理解を求めた。札束で引っ叩いて黙らせることは簡単だが、息子の結婚を出来れば心から祝福して欲しかった。

 果たしてその努力は実り、はじめは難色を示していた者達も、最後にはしっかりと祝福をしていた。もっとも自宅で話をした時に姿を見せた「葉月」にメロメロにされたからかもしれんな。


 そして、紹介された翌年の春に身内だけでの慎ましやかな式を挙げた。もうね……自分の子が結婚するのがこんなに嬉しいものだとは思いもせんかった。ワシ、歌って踊っちゃったもんね。妻も「葉月」も皆も笑っていた。もしかしたらワシの人生で一番嬉しかった出来事かも知れん。

 式の後も来る客来る客みな笑顔で、屋敷は幸せに満ちていた。幸せだった。


 だが、その幸せはすぐに奪われた。


 ◇3


 息子たち一家が車で出かけていた時の事だ。対向車線を走るトラックがハンドル操作を誤り、息子たちの車に突っ込んだ。何も飲酒等の危険運転をしていたわけでは無い。制限速度を数キロオーバーし、少し重い荷を積み、タイヤがそろそろ交換の時期だった……ちょっとした事の積み重ねで起きた事故だった。

 だが、運転席と助手席に座っていた息子夫婦は即死で、後部座席に座っていた「葉月」は左足を切断する大怪我を負った。そして、トラックのドライバーはほとんど無傷だった。

 ……何とむごい事か。この世に神はおらんのか。

 両親を喪い自身も大怪我を負った「葉月」はふさぎ込み、あの笑顔が見れなくなった。妻も新しい家族を失った悲しみから臥せる事が増えた。つい先日まで笑いに溢れていた屋敷は、冷えきり静まり返ってしまった。


 そして、それに引きずられるようにワシもふさぎ込んでしまっていたが、ある一通の手紙がワシのもとに届いた。前世でのワシの父からのお悔やみと励ましの手紙だった。それを読んで、ワシは再び魂に火が入るのを感じた。

 ワシには今生だけでなく、前世の両親もいる。「田中」の両親は亡くしても「木島」の両親は健在だ。なら、そのワシがふさぎ込んでどうする……と。


 ワシはまず「葉月」を部屋から出すことにした。多少強引であろうとも部屋からだし、何でもいいからやりたいことを何でもやらせた。遊園地を貸し切りにしたいと言えば貸し切りにし、芸能人に会いたいと言えば屋敷に呼び、好きなアニメに登場したいと言えば、登場させ……何でもだ。

 その甲斐あってか、「葉月」は三回忌を迎えるころには元通りとはいかずとも、義足を嵌めて人前に出られるくらいにはなっていた。


 だが、やはり表情は凍り付いたままで、あの笑顔はもう見る事は出来なかった。


 ◇4


 しばらくして学校に通う歳になった。息子たちは公立の学校に通わせたいと言っていたが、そこはワシの一存で変更させてもらった。私立麗桜学園。大学までエスカレーター式で高偏差値の富裕層向けの学園だ。確かにカリキュラムも立派だし、他にもいくつも魅力を感じるものはあった。だが、最終的に決めた理由は「寄付金制度」だった。

 前世では一般庶民。今生も学歴なんてあって無いようなものだ。こういった富裕層向けの学校の事は知らんが、麗楼学園の「寄付金制度」は寄付金の額によって特権が与えられる事だ。

「葉月」は金髪碧眼のハーフの美少女であり、義足で両親がいない……と少々個性が立ち過ぎている。学園に通う生徒は、たとえ金持ちの子だろうと、所詮は子供だ。個性が過ぎればいじめの標的になりかねない。

 どうあがいたところでワシも妻も「葉月」より先に逝く以上、何かあった時に自ら戦う力を持たせねばならん。だからワシは敵は徹底して叩きのめせと教えた。二度と手を出してこないように……と。そして、金を使った処理の仕方もだ。それを相手がまだ幼く、子供のいじめのうちに経験させたかった。無論反撃の度が過ぎて学園側でも手に負えなくなった時は、ワシが直接頭を下げにも行った。必要ならば金も積んだ。だが、その「葉月」への方針を改めるつもりはなかった。


 幸いにも幼稚舎の半ばの頃には「葉月」に手を出そうとするものはもうおらず、卒業を迎えるころには取り巻きのような者達も現れていた。それが歓迎すべき事態かはわからなかったが、1人でいるよりはずっといいだろう。

 そして、「葉月」が多少は持ち直した事につられてか、臥せる事の多かった妻もまた起きている事が増えた。少しずつ……少しずつだが、ワシらも中等部に進んだ「葉月」も前に進んでいた。


 その年の秋、ワシにとって天地がひっくり返る様な衝撃のニュースが飛び込んで来た。


 そのニュースは「蒼空HD(ホールディングス)」の誕生についてだった。


 蒼空の名を持つ大企業が存在する事はもちろん知っていた。金融系でワシの会社とも時折ぶつかることがあった。経営者の純粋な資産だけをみるならワシの方が上だが、企業としてみたら、文字通り桁が一つ上の会社だ。とは言え、10数年前から成長が頭打ちではあったし、利益の拡大を目指して……というのも理解はできる。調べてみたら、不動産・航空・放送と事業免許が必要な物から不要なものまで満遍なく抱え込んでいる。これは日本を代表するグループになるだろうし、数年のうちに世界でも十の指に入る企業に成長するだろう。ワシは知っている。


 何故なら、前世で大ヒットした乙女ゲーム「蒼空の白椿」のヒーローが、その蒼空HDの御曹司なのだから……。


 ◇5


「蒼空の白椿」PCの乙女ゲーだが、それを基にノベライズ、コミカライズに、アニメ、ドラマと言った映像化もした超人気タイトルで、一言でいうならラストにヒロインとヒーローがざまぁを炸裂させる、因果応報の悪役令嬢ものだ。女性向けの恋愛作品はあまり詳しくないが、このタイトルの特徴的なのが、悪役令嬢役のキャラが、ヒーローをヒロインと取り合うのではなく、その二人を相手取って、あらゆる手段を用いて最後まで戦い続ける事だ。

 ゲームとかは知らん。ワシ、ドラマ版だけ見てた。ヒロインとその悪役令嬢役の娘のファンで、金髪碧眼義足の悪役令嬢「葉月」の切ないラストがタマラン作品だった。円盤買ったもん。


 ……あかんやん! うちの「葉月」があの「葉月」やん! ……思い出せ。ワシ、思い出せ。70年以上前の事だけど思い出せ!

 確か……そう、確か幼い頃に事故で両親を亡くし、祖父母のもとで育てられたんだ。うん、合ってる。で、色々あって幼稚舎の頃から女王として君臨して、中等部でもそのまま女王様だった。……うん、多分そうなる。ワシの教育の賜物やね。

 でもそんなん思いもせんやん。「田中」なんてクラスに1人はいるし「葉月」だって「弥生」と「皐月」と合わせたら、学年に1人くらいはいるだろう!? 「田中葉月」なんて絶対他にもおるもん!


 そう……続き、続きだ。女王様のまま中等部を卒業して……で、……ほんで、高等部入学直前に、最愛の祖父を亡くしてしまうんだ。


 …………。


 …………。


 ワシ死ぬんか!?


 ◇6


 ……ふぅ……あまりの衝撃についついワシの半生を振り返ってしまったが……正直どうしたらいいのかわからん。覚えている限りでは、高等部に入った後、自分に突っかかってきた相手をいつも通り完膚なきまでに叩き潰そうとしたところを、たまたま通りかかったヒロインたちに止められたのがきっかけだったはずだ。そのきっかけになったキャラはモブで名前が出なかったが、理由は大したことでは無かったと記憶している。正直あそこまでやらんでもと思うが……ワシの所為か。

 それで、その場は結局お開きになったが、「葉月」は二人に少々隔意を抱いていた。そして、文化祭か何かで二人がそれぞれの家族と仲良くしている姿を見て、怒りを爆発させるんだ。妻もワシの死をきっかけに再び床に臥せる日々が続き、その頃にはもうほとんど起きてこれなくなっていた。


 だからだろう……眩しかったのかも知れんなぁ……。


 だが、どうする? 「葉月」の暴走のきっかけであるワシの死因はわからん。少なくともドラマでは語られなかった。避けられるかどうかもわからん事に力を割くよりは「葉月」をどうするかを考えた方が、残念ながら建設的だ。ワシの歳を考えたら、少々早い死だが、「葉月」の破滅には代えられん。残された時間を確認しようと、壁に掛けたカレンダーを睨みつけていた時、ある一つのさえた方法を思いついた。

「木島大地」……前世のワシだ。


 前世のワシは今は中学3年生で、今年に高校受験をする。第一志望は公立で、私立は滑り止め程度の気持ちだった。成績的にも問題は無かったのだが、その私立受験の直前に、インフルエンザでは無いが高熱を出してしまう。結果最悪のコンディションで試験に挑む事になり、見事落ちてしまう。そこで浪人を避けたかったワシは、公立のランクを落とすことにした。……別に悪い高校では無かったが、多少は人生設計にずれが生じたのは間違いなかった。そこに介入する余地は無いだろうか?

「大地」の成績なら麗楼学園高等部の入学も不可能では無いし、ワシが口添えすればまず間違いない。

「蒼空HD」の様に、物語の根幹をなす様な事は前世と違ったが、それ以外はほぼ全て前世をトレースしている。たとえば前世で多摩川に現れたアザラシも、今生でそのまま現れた。もちろんその後のブームもそのまま起こった。「大地」の受験失敗はこの世界になんら影響を及ぼさないはずだ。

 何も無ければ、高校生のうちから家族と別れ遠い地で一人暮らすとなると、家族は反対するかもしれないが、ワシの家で暮らし、ワシの支援有りでとなると、上手くいく見込みは高い。


 うむ。


 突発的な考えだが悪くない。今更今までのワシの教えを捨てて、もっと穏やかに淑やかに生きろなどとは言えん。実際あの考えは間違っていなかったと思っている。要は「葉月」が1人になってしまうからいかんわけだし、それなら数年同じ屋敷で暮らし、ワシが逝った後も側にいてくれる者がいればいいわけだしな。

 手前味噌だが「木島大地」は、見た目は悪く無いし、何より誠実であった。きっと「葉月」の事情を説明したら、見捨てる事なく側で過ごしてくれるはずだ。ワシが当時その立場になったらそうする。

 まだ他にも有用な策があるかもしれんが、まずは人を使って「大地」の進路調査をせねばな……。


 ◇7


 翌年の3月末。ワシの屋敷に新たに住人が1人増えることになった。名前は「木島大地」だ。やはり前世通り私立の受験は失敗した。そこですかさずワシ本人が話を持って行き、「木島」の家族を説得した。本人にとっては災難でも、ワシにとっては幸運な事だった。もちろん話す内容はいくらか誤魔化してある。だが、「葉月」の事を考えた……と言う事だけは誤魔化さなかった。結果は御覧の通りだ。説得は上手くいった。


「あの……これからお世話になります。これ両親からです」


 屋敷に入るなり、緊張した面持ちで親から持たされた地元の銘菓を差し出してきた。うむ……前世で他県の親戚宅に行く時にいつも買っていたものだ。懐かしい……。


「ああ、ありがとう。遠い所からよく来たね。荷物はそれだけかな?」


 大きなボストンバッグだが、これから生活をするというには少し小さい気がする。


「はい。家具はあると聞いていますし、服とか必要な物は着いてから買えばいいって……」


 なるほど……ワシはその歳で家を出ていなかったからわからないが、男子高校生なんてそんなものかもしれんな。確かに前世のワシは服にはこだわりなど無かったし、なにより1日の大半は制服だった。



「そうか。必要な物があったら何でも言いなさい。さあ、部屋に案内しよう。……彼の荷物を」


 使用人に荷物を持たせて、今後「大地」が使うことになる部屋まで共に向かうことにした。使用人の存在や、屋敷の様子を見ては一々驚く「大地」が実に微笑ましい。ワシも同じ立場になったら、きっとこんな風に驚くだろうなぁ……。


 ◇8


「大地」は屋敷にすぐ慣れた。もっとも部屋と食堂、談話室位しか利用することは無いがな。妻も「大地」の事を可愛がっているようだ。そして……「葉月」もだ。

 最初は話はワシから聞いていたとはいえ、急に現れた部外者の存在を快く思っていなかったようだが、ワシが「大地」とゲームをしたりスポーツを見ていると、少しずつ近くにやって来た。野生の動物が徐々に手懐けられるようなものだな。今では屋敷ではもちろん、学園でもわざわざ「大地」に会いに、高等部にまで足を運ぶ事もあるそうだ。中等部と高等部は同じ敷地内に建っているとはいえ、距離があるにもかかわらずだ。


「大地」が連休に帰省する時などは自分も行くと駄々をこねたり……。電話で我慢するようにと宥めたがな。元々中等部に進む前から学校から「葉月」の行動で話が来るような事も無くなっていたし、この分ならきっと「蒼空の白椿」のストーリーを辿る様な事はあるまい……。あるまいよな?

 今までヒーローとヒロインの2人との衝突を回避する事ばかり考えていたが、他にも何かあったかもしれん……。


「おじーさまー! おじい様も一緒にやらない?」


 2人は談話室のテレビで、身体を使うゲームを一緒にやっていたが、「葉月」はワシにも参加しないかと言ってきた。足を切断して以来体を動かす事はあまり好きでは無かったのに、変わったものだ……。折角の誘いだし参加したいのはやまやまだが……。


「すまんな、ワシはこれから少し書斎で片づける仕事があるんだ。2人ともゲームは疲れない程度にな」


 そう告げると、書斎に向かうことにした。「葉月」は「大地」がいれば、もう心配いらないだろう。


 書斎に到着し、机の鍵付きの引き出しを開け、ノートを取り出した。この世界が「蒼空の白椿」の世界だと気付いた時に、覚えている限りの事をこのノートに書き殴った。何か見落としていることがあるかもしれないし、対処可能な事もあるかもしれない。

 ワシの死は避けられないものとして、今の「葉月」ならヒロインたちとの衝突も起こらないはず……。一つ一つフラグになりそうなポイントにチェックを入れていく。……むっ! これは……。

 最後の方のポイントで、気になるものがあった。丁度物語終盤で、「葉月」の心が折れてしまうシーンだ。父親を名乗る外国人が現れて、金を無心する。だが「蒼空HD」とのぶつかり合いで既に大半の資産を失っていて、尚且つ見た事も無い男の存在に「葉月」は拒絶するが、その事に激高した男が襲い掛かるが、そこを偶然通りがかったヒロインたちが救う。そして、その際にヒロインは、浅いものの顔に傷を負ってしまう。

 顔に傷を負ってまでして、敵対している自分を助けようとするヒロインの器に負けを認める。「葉月」は学園を辞めて皆の前から姿を消すことになる。ドラマ版ではそれが「葉月」のラストだ。

 この男は……ロクデナシの父親だな。この男には介入できるかもしれんな……。他には……。


 ◇9


 さらに1年が経った。シナリオ通りならそろそろワシは死ぬ頃かもしれん。この1年で「葉月」に関して出来る事は全てやったと言える。後は、いかに共に過ごすかだった。夏にほんの数日だが妻と「葉月」そして「大地」も一緒に泊まりに行ったりもした。

 思えば妻とは一緒に出掛ける様な事はほとんど無かった。若い身で20歳も年の離れた男に嫁がされて、子供が生まれた後も金に困らせる事こそ無かったが、夫として碌にかまってやる事も出来なかった。そして息子たちを亡くしてからは、臥せる事が増え……。


「あら、あなた……。どうかしましたか?」


 ふと思い立ち妻の部屋に行くと驚いた顔で、だが快く迎え入れてくれた。


「いや、お前の顔が見たくなってな」


「あら珍しい……」


 そう言いつつも嬉しそうな顔をしていた。思えば夜に部屋を訪れる事など数十年は無かったことだ。


「もうすぐ「葉月」は高等部だな」


「はい……。「葉月」はもう大丈夫でしょう……「大地」君のお陰ですね。ありがとうございます……」


 と、頭を下げてきた。


「気にするな……ワシの為でもある。それよりも、もうすぐ「葉月」の卒業式だな。体調が良いようなら一緒に出んか?」


「もちろんです。「葉月」も喜びますよ」


 妻も嬉しそうに同意してくれた。


「ふっ……そうだな」


 高等部の入学式にはワシは出れそうにないからな……。せめて卒業式は家族で出席してやりたい。それが叶いそうで安堵する。その後もしばらくの間話をしていたが、体に障るからと部屋を出た。今までなんでこうやって話をしてこなかったのだろう……。「葉月」に時間を割いていたからとはいえ、部屋を訪れて、話をするくらいなんてことも無かったのに……。

 残りの時間は少ないのに、後悔ばかりだ……。


 ◇10


「葉月」の卒業式は「大地」も一緒に出席した。式後たくさんの友人と共に写真を撮る「葉月」の姿があった。幼稚舎の頃は周りの多数の者達は「葉月」を腫物の様に扱っていて、少数の取り巻きしかいなかったが……。人目があるにもかかわらず涙が流れる事を止められなかった。

 そして、3月も終わり4月になった。妻も一緒に今日は買い物に出かけている。「葉月」は入学の、「大地」は3年生進級の祝いだ。ワシはやることがあるからと断った。卒業式以来、外に出る事は極力控えている。いつ死ぬかわからんからな。

 もし「葉月」の入学式を迎える事が出来たならば、また変わって来るが……恐らくそうはならんだろう。ここ数日、どこが悪いという訳では無いが、少しずつ身体に違和感が生じて来ている。いよいよかもしれん……。資産は妻を始め信頼できる者達に任せるよう手配した。


 そして、その時は遂に来た。


 リビングでアルバムを見返していた時胸を突き刺すような痛みが襲った。


「ぐぅっ……!?」


 手にしたアルバムを落とし、テーブルに倒れ込んだ。


「旦那様!?」「誰か! 誰か救急車を!」


 その音に気付いた使用人が、なにやら騒いでいるのがわかるが……いかんな……意識がもう……。


 ◇11


 ピッ……ピッ……ピッ……と電子音が定期的に鳴っている。まだワシは生きている様だ。なんとか頭を動かすくらいは出来るが……これはもう駄目だろうなぁ。

 病室のベッドのすぐ側で、屋敷の使用人と医者らしき者たちが話をしているのはわかるが、何を言っているのかはわからない。だが、深刻な雰囲気は伝わって来る。間違いない。ワシは今日死ぬ。

 この第2の人生で、必死に生きてきた。後悔したことだって沢山ある。それでも、やれるだけのことはやってきた。よくやったと思う。

 だが、一つ心残りがあるとしたら……。


「おじいさま!」


 意識が朦朧とする中でそんな事を考えていると、病室のドアが乱暴に開け放たれ、若い娘の声が響いた。「葉月」だ。そして、すぐに妻と「大地」も入ってきた。外にいたのにわざわざ駆けつけて来てくれたのか。

 こんな姿を見せることになるとはなぁ……。

 右手は妻が両手で握り、左手は「葉月」の右手が握っている。そして、空いた「葉月」の左手を「大地」がしっかりと握っているのが見えた。


 ああ、これならもう大丈夫だ。ワシがおらんくなっても一人きりになる様なことは無いと。その事に気付いたのか、妻は涙を流しながら頷いている。


 ふっ……心残りはもう無いと思ったが、こうなって来ると、2人の子を見たくもなって来るなぁ……。気が早いか?ははは。


「……! ……!」


 いよいよ意識が薄れてきた。皆が何か言っている様だがもうわからないし、だんだんと見えなくもなってきた。

 だが、これでいい。わかっていた事だ。


 ワシはよくやった。なぁ? そう思わんか?


 誰に言うでもなく胸の内でそう呟くと、今生の両親と息子夫婦が笑顔で応えてくれたような気がした。

去年の8月くらいから書き始めた気がする……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の人の視点が読みたいかも、特にお祖母ちゃんの視点が
[良い点] こちらのその後をかかれる予定はありますか?
[良い点] とても素敵な話 前世の自分に任せるというのはすごく良い手だと思った
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