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95話 ジャストアイデア

「ああ……ようやく馴染んだ。この体と力が、完全な形で」


 マダム紅の姿が変わった。

 大砲やガトリングといった既存の銃を模した形ではなく、腕は大口径の銃口を無作為に束ねたような形状に。

 肩甲骨からは長銃身を連ねた翼が生えて、赤いドレスは黒い筒が束ねられて垂れたようなものへと変化している。その全てが銃身で、必要に応じて角度を変えて弾丸を放つことができる。

 彼女が口をがぱりと開けると、口腔内の空間がまるでバグったゲーム画面じみてチラチラと歪む。

 魔力収束、実体形成、ほんの瞬きの間に実行されれる魔法のプロセス。

 口から現れた長大な砲口から放たれた凄まじい砲撃が、ブリークハイドを直撃して吹き飛ばした。


「ぐがあっ!!?」

ず、その邪魔な盾だ」


 これまでの銃撃や砲撃とは訳が違う。耐え続けていたブリークハイドの盾が砕けて、彼自身も血だるまになって床を転がっていく。

 隣にいたフッコがかばう間もなかった。あれは……死んだかもしれない。

 だが、俺たちには彼を心配するどころか動揺する暇すら与えられない。マダムが続けざまに口の砲口から砲撃を吐くと、三体の炎上ゴーレムが次々にタールの体を飛散させた。

 さらに両手を無造作に振るうと、かんしゃく玉が弾けた程度の軽い音と共に猛烈な銃弾が四方にばらまかれる。

 オーウェン兄妹がそれぞれ腹に、秀英(シゥイン)が足、フッコが右肩に弾丸を受けてしまった。

 灼熱で銃弾を溶かすアブラの熔鉄衣(パイロマニア)に穴が空いている。辛うじて体を弾丸が貫くのは避けたようだが、彼の所作に余裕がなくなっているように見える。

 俺も腕に弾を受けたが治せる。だがそれよりも、そんなことよりも!


「エクセリア!!!」


 俺は弾かれたように駆け出す。

 オーウェン兄妹と共にレイの抑え役に回ってもらっていたエクセリアが倒れている。

 弾丸が当たるのが見えた。どこに? いや、見えていた。弾は胸元に当たっていた。

 やめてくれ、冗談じゃないぞ!


藤間(とうま)!! 姫を!!」


 フッコが怒号を上げた。

 鬼のような筋骨を誇る彼は、大剣を駆使しながらマダムの攻勢に辛うじて対抗できている。

 いや、何箇所も撃ち抜かれているが、意地と根性で対応しているような具合だ。けどありがたい。俺は脇目もふらずエクセリアの元へ駆ける。


 マダムが銃撃を重ねてくる中、俺はエクセリアの周囲に血の杭で囲いを作る。

 数秒と保たない即席のバリケードだが、それが砕ける前に俺はエクセリアの前に滑り込んだ。

 自分の背中を盾にしてエクセリアを抱きかかえて、俺は自分の顔からさっと血の気が引くのを自覚する。

 やっぱりだ。胸元が赤く染まっている。右胸を弾丸で貫かれている!


「……っ、く、うっ……」

「エクセリア! 息は! 呼吸はできるか!?」

「あ、アリヤ……すまない、不覚を……」

「大丈夫。大丈夫だからな!」


 呼吸がちゃんとできていない。医学っぽいことは俺にはわからないけど、撃たれたショックで呼吸が乱れてるのか? それとも肺に穴が空いてるのか?

 くそっ、死なせてたまるか。俺は自分の腕の撃たれた箇所に歯を立てて、噛みちぎってどぷっと大量の血を溢れさせる。

 だくだくと流れる血を地面に塗りたくって、イメージできる限りで最硬のシェルターを構築した。流線型の殻のような形状で弾丸を逸らせ。

 それから血茨(アドラ)を伸ばしてオーウェン兄妹と秀英(シゥイン)、死にかけているブリークハイドに絡めて引っ張る。三人がマダムからの追撃を受けないようシェルターの陰に引きずり込みながら、俺はエクセリアの上着の胸元を引き裂いた。

 

 最悪だ。一目でわかるほどの穴が開いてる!

 位置は鎖骨の下あたり。この場所なら肺とは別か? いや、肺を掠めてるのかもしれない。どちらにせよ血を止めないと。

 だけどマダムからの銃撃は続いている。フッコとアブラの二人が手傷を負いながらも応戦しているが、あの二人だって消耗している。長くは保たない。

 マダムの打倒、エクセリアの治療、俺はどうすればいい!


「それじゃあ一度、考えを整理してみようか」

「うわっ、リズム!?」


 いつの間にか、シェルターの陰にリズムが入ってきていた。

 いや、それは別にいいんだけど彼が無傷なことに俺はびっくりする。よくマダムの銃撃をかいくぐれたもんだ。どこまでちゃっかりしてるんだこいつ。

 リズムはそんな俺の驚きの視線を気にする様子もなく、チッチッと指を揺らしながら口を開く。


「アリヤ氏、君にとってエクセリア氏の命は最優先事項に見えるよ。それを前提に優先順をハッキリさせよう」

「あ、ああ」

「まず第一に応急処置。彼女が瀕死の状態じゃ君はそれが気がかりで戦力が落ちる。イメージの阻害になる精神的な憂いを削いでおくのは魔法戦の基本だよね?」

「……! そうだよな。ありがとうリズム!」


 第三者の意見が頭を冷やしてくれた。そうだ、順序立てて急いでこなせ。

 俺はエクセリアの傷口に手を当てて、意識を集中させる。

 他人の血にも干渉できるようになったんだ。だったらこの血にも……俺の魔力を通わせる。

 俺の掌を裂いて、その傷口からエクセリアの傷口へと俺の血を侵入させた。

 ビキビキと痺れるような感覚が走る。痛覚が共有されているんだろうか。


「っ、ぎっ……」

「すぐ済むよ、我慢してくれ」


 エクセリアの指が俺の手首をぎゅっと握ってきた。信頼が伝わってくる。大丈夫、絶対死なせないからな。

 自分の傷を散々癒してきたからイメージは問題ない。俺は頭の中に自然と湧いてきた言葉で詠唱を紡ぐ。


「“流々の潮、浅く沈む脈系。剥離、歳星、黄昏へ渉る船曳の翼”。——『癒血(ニリグラ)』」

「……っ……ぅ……」


 痛覚を共有しているからわかる。激痛がいくらか薄れて、傷が修復されていく感覚があった。

 と、言っても自分の体をつくろうのとは勝手が違いすぎる。このまま長く放っておけば死んでしまう程度の応急処置に過ぎないが、それでも時間は稼げた。


「……ありや、ありがとう……」

「どういたしまして。ゆっくり休んでてくれ、絶対に死なせないから」


 続けて、瀕死のブリークハイドにももう片方の手を当てがった。エクセリアの体とはどうも勝手が違う。竜の亜人種とかだから、体の構造が違うんだろうか?

 まあ丁寧に治療できなくたって、きっと人間よりは頑丈だろ。俺は割り切って、ざっくりとした治療と止血を施した。よし、死ぬなよ。

 俺はエヴァンたちにも目を向けるが、エヴァンは既に上体を起こしていて首を横に振る。


「俺はいい。この程度……もう動ける。イリスも大丈夫だ。撃たれたショックで気絶してるが、この程度じゃ俺ら人狼は死なねえ」

「じゃ、僕の治療をお願いできます? いやー足撃たれちゃったから痛くて痛くて〜」


 手を挙げた秀英(シゥイン)に、俺は猜疑(さいぎ)の目を向ける。

 こいつのことはわからん。マダムに攻撃していたから一応シェルターの中に引きずり込んだが、正直敵なのか味方なのかまるで判断しかねている。

 俺に殺意全開の攻撃を仕掛けてきたし、父親を殺した。

 アブラと戦わなかったところを見ると彼とは組んでいたようにも見えたが、そこもよくわからない。カイ士安(シーアン)は最初から切り捨てられる計画だったのか? なんのために?

 と、不意にリズムが口を開いた。


「ンー、ここはウィンウィンで行こうよ秀英氏。治療の対価に情報をもらおう。君はマダムの部下として動いていたけど機を見て裏切った。あの行動の意味を教えてもらえるかな?」

「あー。もう気付いてるかもしれないけどマダムの復活は他人に依存してるんですよ。彼女が死んでも周りにいる部下が彼女の復活をイメージすると、彼女は何度でも蘇って最適化していく。だから僕は復活要員を担う部下の一人として動いて、ギリギリのタイミングを見計らってマダム殺しに転じたわけです。彼女は僕を復活要員の一人としてカウントしてるわけですから、他の部下が排除されたタイミングで僕が裏切ったら計算崩れるでしょ? あ、ちなみに父さんを殺したのもマダムに僕を信用させるためです。あの人かなり疑り深いから、これぐらいしないと策にハマらなかったと思うんですよね」


 保身のためか、秀英はペラペラとよく喋る。

 その行動の是非はともかく、俺が立てたマダムの能力への予測は一応的外れではなかったらしい。

 が、秀英は乾いた笑いを漏らす。


「ま、間違ってたみたいですけどね。ああやって復活したのを見ると、マダム紅は結局本当の復活条件は誰にも話してなかったってことみたいです。あーあ、父親殺し損ですよ。僕」

「……」


 父殺しを冗談めかして語る姿勢はまるで理解できないが、こいつの立ち位置と考えは一応わかった。

 俺は秀英の足に最低限の治療を施す。戦力は一人でも多い方がいい。

 そこでリズムが俺に掌を向けて、発言を促してきた。

 

「さてアリヤ氏、君はマダム紅の復活の原理に気付いてるんじゃない?」

「どうしてわかる?」

「人を見る目はビジネスの大前提。君とボクは今ステークホルダーなわけだから、当然観察は欠かさないよね」

「……」


 この意識高い系ビジネス野郎に観察宣言されると気色悪いが、今は正直話を進めてくれるのが助かる。

 シエナがこいつを副官にしていたのもアブラが雇っているのも今ならわかる。こいつがとにかくマイペースを崩さないおかげで、隣にいるとこっちの思考まで冷静になるのだ。

 促されて俺は口を開く。


「マダムの復活条件は秀英たちが聞かされていたのとは少し違う。他者による復活のイメージだ」

「へえ?」


 秀英が首を傾げて、リズムが頷きながら補足する。


同意(アグリー)。僕もそう考えてた。上手い嘘は真実に少しだけ偽りのエッセンスを混ぜるものだからね」

「相変わらずウゼェ喋り方だな」


 横で聞いていたエヴァンが顔をしかめるが、リズムは片眉を上げて「やれやれ」とばかりにわざとらしい表情を作る。俺もエヴァンに同意(アグリー)

 リズムは俺らからの批判的な視線を気にする様子もなく言葉を続ける。

 

「要は彼女の復活をイメージするのが部下である必要はないわけだね。誰か付近にいる他人が想像さえすればそれでいいんだ。各位、身に覚えは? 僕はちょっとだけイメージしちゃったよね。本当に倒せたのかな? もしかして復活しちゃうんじゃないの? って」

「……ああ、しちまった」

「あ、僕もしちゃいましたね〜。まあ想像しない方が無理でしょアレは。はは」


 リズムの言葉にエヴァン、秀英と順に頷いて、俺もまた同意する。

 俺が復活をイメージした直後にマダムが蘇ったから俺のせいかと思っていたけど、どうやらみんな同じようなことを考えてしまっていたみたいだ。

 だけど、だとすればどうやって復活を防ぐ? 復活する相手の復活を思い浮かべるななんて、相当な無理難題だ。

 俺には俺で考えがあったが、もっとスマートな答えを導き出したのは彼だった。


思いついた(ジャストアイデア)


 ピンと、リズムがドヤ顔で指を立てる。

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