94話 断撃
「いいじゃねえか窮地の閃き! 俺はそういうのが大好きだ。聞かせてみろよ」
アブラは俺の思い付きに好反応を示してきた。まだ何も話していないのに食いついてくる辺り、この男も切羽詰まってきているんだろうか?
いや、単純にノリがいいんだろう。根明というか陽キャというか。ともかく、俺は根拠の弱い思いつきを口にしてみる。
「マダム紅の再生……じゃなくて最適化。あれ、別の誰かが関わってるって可能性はないかな? 具体的には広間の奥の方に留まってるマダムの部下たちが」
「あそこの連中か。何もしてこねえから気を配る余裕がなかったが、確かに留まってるのは不自然だわな」
「マダムは首を斬られて頭を潰されても再生してた。意識が途絶えてるはずなのにだ。おかしいよ。それに……」
「続けろ」
「最適化、あれも妙だ。フッコとブリークハイドとの戦いを見てると、一度受けた技を学習して対応できるようになってる感じだ。それはわかるけど、フッコが死角から仕掛けて頭を斬った攻撃があった。見えてないまま意識を失ったはずなのに、それにまで対応できるようになってた。変則的な技だったのにだ。あそこで見物してる部下たち、それにもしかしたら秀英。この中の誰かがマダムを復活させてるとしたら」
「それだけ聞きゃあ十分だ」
「うおっ!?」
アブラは行動が早い。俺の話をあらかた聞き終えるやいなや、掌になみなみと湛えた魔力を上へと向けた。
マダムの部下たちがいる位置の真上が瞬時にゴウと燃え盛り、一瞬で天井や梁が焼け朽ちる。
俺が何を言う間もなくガラガラと天井が崩れ落ちて、床を這う炎壁と併せてマダムの部下たちを部屋から締め出してしまった。手が早い!
「こいつで連中は入ってこれねえ。連中を遮ってる炎の壁は俺の魔素をたっぷりと込めた特製だ、思念的なもんもシャットアウトできる。復活には関われねえ」
「すごいな……さすが七面會」
「ハハハハハ! そうだろうが! あとは秀英のクズ野郎と、雷春燕もなんとかしねえとな」
マダムの復活に関わっていたのは最初から大広間にいた連中だろうから雷は別件だ。ただアブラが言うように、肝心なところで横槍を入れられないよう対処しておく必要はある。
それと、エヴァンと戦っていたらしい男は気絶している。あるいは頭でも打って死んでるのか?
男の触手の槍は不気味に蠢いているが、広間の炎に萎縮しているのか身を縮めたままそれ以上動く様子がない。手が足りないからあれは後回しだ。
「アリヤ、私にも手伝えることあるか!?」とエクセリアが身を乗り出してきたので、俺は炎上ゴーレムから身を乗り出しながらアブラとエクセリアに声を投げた。
「アブラは秀英を頼む。エクセリアはオーウェン兄妹と協力して雷を!」
「お前はどうするのだ!?」
「マダムを倒す!」
休憩はしっかり取った。懐に収めておいた鉄分タブレットの袋を全部口に流し込んで噛み砕いて、全身に血の鎧を纏わせる。
脊椎沿いに有刺鉄線を四対展開させて、俺は弾丸を浴びながらマダムの間合いへと滑り込む!
「ブリークハイド! フッコさん! 加勢する!」
今にも押し切られそうな二人に声を掛けて、俺はブリークハイドの盾の裏に潜り込む。
盾を死角に、背中から生やした血茨の槍で八方からマダムへと刺突を仕掛けた。
だがマダムは俺の槍を大砲の腕で叩き払い、銃の翼で怒涛の射撃を仕掛けてきた。
マダムは身体能力だけでなく、銃弾の威力も上がっている。被弾のたびに俺の血の鎧がベキバキと音を立てて剥がされていく。だが俺は構わず踏み込む。元からこれ以上長引かせる気はない。多少食らっても一気に押し切るんだ。
マダムの左腕がガトリングと化して俺を狙う。だが満身創痍のフッコが振り下ろした大剣がその銃身を断った!
右手の大砲が俺を狙う。ブリークハイドが投げたメイスがその砲口を塞いで発射を防ぐ!
俺はもう一度、血液から巨大な斧を生成する。
血杭の斧。星の意思だろうがなんだろうが、こんな斧でぶった斬られれば流石に死ぬだろ!
が、マダムはもう一手隠し持っていた。
腹部の皮と肉がベリベリと剥がれて、剥き出しになった肋骨が開いて銃身と化す。
「死ぬがいい、藤間或也」
「……!」
避けられる間合いじゃない。マダムの表情を見るに、これは正真正銘の隠し球だったみたいだ。
今までの攻撃より威力が高いんだろうか? この距離で受ければただじゃ済まないかもしれない。
けど構うか! 俺はそのまま斧を掲げて、マダムの体を縦に割るべく振り下ろす。あとのことは知らない、死ね!
刹那——マダムの動きが止まった。
彼女の背後で白刃が煌めいたのだ。鋭く三日月の軌道を描いて、マダムの背中を斬撃が裂いている。
斬ったのは秀英だ。どういうことだ? 何がどうなって? 理解が及ばないのはマダムも同じなようで、無機質な殺意を振りまいていた目にわずかな驚きが宿っている。
「いやあ、いくら勝ち馬って言ってもバケモノの側に付くのは色々不安ですし。僕、安定志向なんですよ」
「貴様……」
「ッだああああっ!!!!」
断撃!!!!
秀英の意図はわからないが、細かいことを考えずに振るった俺の大斧はマダムの体を縦に両断した。
同時に有刺鉄線の槍を操作して、マダムの全身をズタズタに貫いて引き裂く。復活の可能性をカケラも残さないように、徹底的に、容赦なく!
俺の攻撃は彼女を残骸に変えて、床には薬莢と血溜まりが赤黒い池を作った。
倒した……のか。マダム紅を。
なんだか美味しいとこ取りみたいになって申し訳なかったなと思いつつ、俺は重い斧の刃を床にズドと突き立てた。
ブリークハイドとフッコはズタボロだ。二人がやられる前に勝てて良かった。
エクセリアたちは雷と相対しているが、肝心の雷にやる気がないらしく、様子を見ながら睨み合っている。
それもそうかもしれない。老大のマダムがやられてしまったのだから、彼に勝算は残されてない。戦う意味もないのかもしれない。
あとは、秀英だ。
俺は釈然としないまま、まずアブラへと目を向ける。
アブラは少し離れた位置で腕組みをしていて、彼が抑えているはずの秀英が完全なフリーで切りかかってきたってことは、つまり。
「……秀英。アブラとはグルなのか?」
「やだなあ、グルだなんて悪いことしたみたいに。そういうんじゃないですよ、融通を利かせてもらっただけです」
「融通? 父親を殺しておいてか」
「色々あるんですって。あ、もしかして正義とか言っちゃうタイプですか? めんどっちいなあ。ま、いいじゃないですか。マダムは倒せたんだし」
秀英は臭いものを見るような目付きで俺にひらひらと手を揺らしてきた。
ダメだ、こいつの考えが理解できない。アブラのこともわからなくなった。俺の考えに気持ちよく乗ってくれて、わりといいやつなのかもしれないと少しだけ思ったんだけど。
とにかく、これで目的は達成だ。
ああ、なんだか疲れたな。長い戦いだった。汗だくだし血塗れだし、全身ヘトヘトだ。だけどマダム紅は倒せたんだから、これで……
俺の脳裏に、ふと嫌な予感が過ぎる。
星の意思だとか名乗っていた割に、なんだかあっけなくないか? あいつの再生の理屈も最後まではっきりとはわからなかった。
倒せたのか?
本当に?
すうっと、血溜まりに女が起き上がった。
紅い血を頭から被ったような凄絶な姿で、彼女は俺へと銃口を向ける。
「星の意思に刃向かう愚者たちよ。まだ戦う気力はあるか?」
「……勘弁してくれよ……」
マダム紅が蘇った。さらなる最適化を、さらなる強化を遂げて。
だが、俺もまた彼女の能力に一つの仮説を打ち立てた。多分これは……答えなんじゃないか?
次だ。次で必ず決める。
そうでなきゃ、俺たちは負ける。




