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★79話 同行か、別動か

 ドミニコ、リズム、エヴァン、俺とエクセリア。カイ士安(シーアン)と息子の秀英(シゥイン)と、凱の部下が4人。

 11人の大所帯で士安飯店の前に集まった俺たちの前へ、予定時刻の10時ぴったりに紅血楼からの迎えの車が訪れた。

 角を曲がって近付いてくる黒塗りの車を見ながら、俺は何の気なしに疑問を口にする。


「普通こういうのは時間より少し前に来てるもんじゃないのか?」


 それに反応したのは隣に立っていた秀英(シゥイン)だ。


血の門(シュエメン)マフィアはメンツと上下関係を重んじますからね。上の者が下の者に迎えを出すときは、決して時間より前に来たりはしないんですよ。気を遣ったことになりますから」

「へえ……そんな細かいところでもマウント取るんだな」

「遅れもしませんけどね。定刻ぴったりに迎えをよこすのが優れた老大(ボス)とされてます。めんどくさいですよねえ、そういうの」


 血の門(シュエメン)の文化にも士安のような古い世代と秀英みたいな若い世代では捉え方に隔たりがあるものなのか、と俺は思う。あるいは秀英が自由人なだけかもしれないけど。

 そんな話をしているうちに目の前に数台の車が停まった。帯同する人数はあらかじめ士安が伝えておいたようで、席の数には余裕がある。

 俺とエクセリアと秀英が同乗して、車は紅血楼へと向けて静かに滑り出す。


 いよいよだ。そう思うと緊張で少し胃が痛い。

 だが同乗の二人はまるで気楽なもので、秀英は窓に頭を預けて居眠りを始めている。図太いなこいつ。

 そしてエクセリアは俺に身を寄せて、運転手に聞こえない小声でひそひそと耳打ちをしてきた。


(なあアリヤ、楽しみだな!)

(ええ、楽しみか? 俺は気が重くて重くて。だって暗殺だぞ。知りもしない相手を)

(マフィアのボスで人を殺しまくっているのだろう? 悪だ。自業自得ではないか)

(まあねえ)


 そもそも血の門(シュエメン)とはなんなのか。

 血の門(シュエメン)自治区一帯は、元は中国系の転移者が身を寄せ合って生まれた単なる民族コミュニティだったらしい。

 特に治安が悪いということもなく、俗に言う華僑がやってる中華街のようなノリの地域だったと。

 だが100年単位の時を経るうちに、コミュニティは徐々にパンドラの治安の悪さに適応する形へと変化していく。

 小さな犯罪グループがいくつも生まれ、それが小競り合いを繰り返すうちに統合されていき、膨れ上がっていったのが現血の門(シュエメン)だ。

 みかじめ料、詐欺、賭場、金融、薬、風俗に諸々……マフィアがやるような稼ぎの手段には概ね手を伸ばしているが、その中でも主要な収入源は武器の製造だ。

 銃火器や爆薬から刀剣類まで。自治区の中にはいくつかの大工場があって、そこで製造された武器は極めて安い価格でパンドラ全域に流通している。

 品質は二の次の廉価での大量生産。奇しくも現代の中国と似たような方向性で勢力を拡大した血の門(シュエメン)は、豊富な資金力と自前の武器による武力で一大勢力へとのし上がったのだ。

 そんな血の門(シュエメン)の意思を一人で総べているのが、女傑マダムホン。武器をばら撒き暴力を蔓延らせ、傍若無人に死を振りまく怪物だ。

 凱士安よりも年上でもっと暴力的だと言うんだから、怪奇暴力ババアってところだろうか?


(まあ、暗殺した方が世のためって気になってきたな……)

(そうだろう。この期に及んで迷っていては死ぬそ。何も考えずに暴れてやればいいのだ!)


 紅血楼に到着後の流れは既にドミニコから説明を受けている。

 凱の部下としてついてきた俺たち全員が構成員としての身分確認を受けるが、そこは凱が既に手回しを済ませているので顔パスで入れる。

 そこでエヴァンが離脱、上階で囚われているらしいイリスの救出に向かう。

 ドミニコとリズム、そして俺は凱士安に帯同して、マダム紅と血の門(シュエメン)のお偉方が集う大広間へ。

 広間にマダム紅が現れる予定時刻を見計らって、エヴァンがイリスを奪還するための戦闘を開始。

 騒ぎになったところで、凱が抱き込んでいる数人の幹部たちと連動して一斉にマダム紅へと攻撃を仕掛けて暗殺実行……という流れだ。

 暗殺というよりはハデにやりあう感じになりそうだが、凱とドミニコたちで結構細かく練ってあるそうなのでなんとかなると思いたい。


 車は街区を通り過ぎて、湖を望む大橋に差し掛かる。ここが湖の中心に位置する紅血楼へと繋がる唯一の道だ。

 昨日エヴァンは一人で紅血楼に乗り込んでやると息巻いていたが、いざ橋まで来てみればそれが妄言だったとわかる。

 長く堅牢な橋の途中、数ヶ所には遠くからでも見えた検問があって、銃座に据えられた機関砲が見える。

 あんなもので狙われたら人狼だろうがきっと即死だ。俺でも死ぬんじゃないか? あんないかつい銃で撃たれたことはないけど。


(見ろアリヤ! 湖がきらきらしててキレイだ! 天気が良くなったおかけで日の光を反射しているのだな。いい気分だ!)


 可愛くはしゃぐエクセリアを横目に見ながら、俺はもう一つため息を吐いた。

 マダム紅を殺すことだけで悩んでいるわけじゃない。俺のもう一つの、そして最大の悩みの種は、今回の作戦においてエクセリアをどうするか、だ。


 ドミニコ曰く、「エヴァンの方の戦力が足りねえ」らしい。

 エヴァンは弱くない。学園で戦った際は、アブラが仕向けてきた炎機人(イフリート)を投げ倒すための一役を担ってくれた。その前にはシエナと決闘をして肉薄していた。

 パワーもスピードも優れていて、回復力まである。強い。

 それにエヴァンが単独で行くわけではなくて、凱の部下から2人がエヴァンに付く。道案内と戦闘員を兼ねての同行だ。

 だが、それでも戦力が足りているかはわからない。学園自治連合(キャンパス・ライン)との交渉のカードであるイリスの見張りには相応の実力者が付いている可能性が高いし、もしかするとこっちの想定よりよっぽど厳重かもしれない。

 だが俺はマダム紅との戦闘に参加必須。それがドミニコに雇われた条件だ。

 だとして、ドミニコは言う。


「正直、俺はエヴァンとその妹が死のうが知ったこっちゃねえ。陽動の役割さえ果たしてくれりゃいいからな、戦って死んでも陽動の仕事としちゃ上々なわけだ。だが兄妹を死なせたくねえってんなら、ま、お前が考えな」


 そんなことを言われたって、今回俺の裁量で決められる部分なんてほぼない。

 人材の割り当てはカッチリ決められていて、自由に動かせる部分なんて一つだけだ。

 エクセリアが俺の膝に両手を乗せて、体重を掛けながら顔を覗き込んでくる。


(それで決めたのかアリヤ? 私をエヴァンの方へ行かせるか否か!)


 そう、エクセリアだけだ。行かせられるとすれば。

 だけど何が起きるかもわからない紅血楼で、エクセリアに俺と別行動を? もしものことがあったらどうする?


(私はエヴァンとイリスを助けてやりたいが……難しいことはわからんからお前に任せる。どっちに決めたとしてもアリヤを信じるぞ)


 彼女の意思を尊重してあげたいとも思う。オーウェン兄妹を助けたいのは俺も同じだし、早朝にシエナと交わした電話のこともある。

 ただ、不安要素を挙げればそれはそれでキリがない。血の門(シュエメン)が元々さらおうとしていたのはエクセリアだ。獣の巣にエクセリアを放って大丈夫か?

 そして昨夜のブリークハイドの警告だ。紅血楼に近付くな、と。



————鐘が鳴る。



『運命分岐点』



【①.エヴァンの方へ行かせる】


【②.エヴァンの方へは行かせない】


 何がどう転ぶかわからないけど、きっと一筋縄では行かない。全てがドミニコたちの想定通りに進むはずもない。どうする?

 停滞した時の中で、俺はゆっくりと思考を巡らせる。





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