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7話 抜け落ちた記憶

 正直迷った。

 かなり本気で迷ってしまったことは否定しないが、俺は意を決して①を選ぶ。



「エクセリア。君の名前はエクセリアだよ」

「あ、それだ。なんだかしっくりくるぞ。そうだった気がしてきた!」


 自分の名前を正しく伝えられて、エクセリアがにっこり満面の笑みを浮かべる。


 この子は俺のことを初めての味方だと言って喜んでくれた。

 そんな初めての味方にたった半日くらいで裏切られるなんて、あまりに可哀想すぎるだろう。

 嘘をつくのをやめた理由はもう一つ。俺はエクセリアと姉さんに何かの関連があるんじゃないかという考えを捨ててないが、確証もないままにこの子を姉さんの代用にしようとするのは姉さんへの侮辱(ぶじょく)にもなる気がしたのだ。


 そんな俺の思考なんてまるで知らず、自分の名前に確信を得たらしいエクセリアは、ふと何かに思い至ったかのように顎に手を当てた。


「そうだ。細かいことは思い出せんが、私はなんだか偉かったような気がするぞ。なあアリヤ、私はあれじゃないか? なんかこう、すごく偉い……女王とかそういうのじゃなかったか?」


 いやいや。


「なに勝手にランクアップさせてるんだよ。姫だ、姫。あと改めて素面で言うとこっぱずかしいけど、俺は君の騎士になるって約束した」

「……! うんうんそうだ、姫だったな。そしてお前が騎士になってくれた! ふふ、気分がいいぞ。まあ女王でないにせよ、私が本来偉いってことがわかればそれで十分だな! あははは!」


 高笑いが部屋に響く。

 うーんやっぱり全然違う。俺の姉さん、藤間夜はこういうのじゃない。


「……あとその、これはほんと個人的な話なんだけど、君は俺の死んだ姉さんに驚くほどそっくりなんだ」

「ほーん? 聞いたようなそうでもないような話だな」

「姉さんはおしとやかな人で……押し付けたいわけじゃないんだけど、君も姫なわけだし、腕組みをして高笑いとかは控えた方がいいんじゃないか」

「フン! お前の姉など知らんわ! だがまあ、私はお前のことを気に入っているからな。お姉ちゃんと呼ぶなら弟として可愛がってやらんでもないぞ?」


 ふざけんな。

 ……いや、でも。物は試しって言葉もある。ちょっと試してみるぐらいなら。


「…………お姉ちゃん」

「よーしよしよしよし!! うりゅりゅりゅりゅ!!」

「やめろ! 髪をわしゃわしゃしながら首を撫でるな! それは弟への態度じゃなくて犬とかにするやつだ!」

「弟は姉に従うものだろう? お前は私に絶対服従というわけだ。はははは!」

「くそっ、俺の姉さんはそういう横暴なタイプじゃない! 姉さんをかたるな!」

「ええい、姉さん姉さんキモいわシスコンめ!」


 そんな茶番めいた会話をしばらく交わしてから、俺はエクセリアの記憶の残り具合をざっと確かめてみる。


星影騎士団(ステラ・イドラ)って組織について何か覚えてる?」

「なんだそれは。知らん」

「ブリークハイドって男については? 君の部下の騎士らしいけど」

「変な名前だな。覚えてないけどなんか嫌〜な気持ちは蘇るぞ」

「じゃあ……魔法について知ってることはあるかな。魔法の仕組みについてでも、君が使ってた魔法のことでもなんでもいい」

「なにぃ!? 私は魔法が使えるのか!?」

「ええ……?」


 二つのベッドに腰掛けて顔を突き合わせての長時間検証。

 思いつく限りの質問をひたすら重ねた結果、わかったことはざっくり一つだ。


「こ、この子、何も覚えてないのか……役に立ちそうな知識を何も……」

「可愛い私のことが気になるのはわかるがなー、質問タイムには飽きたぞ。言っとくがほんとすっぽり頭の中身が抜けてる感じだからな。質問重ねてもなーんも出てこんと思う」


 そう言いながらパタパタと足をぶらつかせたエクセリアは、不意に興味をらして部屋の片隅へと視線を向けた。

 何をじっと見てるんだろうと不思議に思っていると、少女は目をキラキラさせながら俺に問いかける。


「ところでずーっと気になってたんだが……あの部屋の隅の箱はなんだ? たくさんボタンがついとるが。秘密ボックス的な雰囲気出しとるが」

「……テレビって言うんだよ、その箱は」


 マジか。

 自分自身についてとパンドラについての情報だけが抜けているならまだしも、まさか常識とか一般教養とかの知識にまで欠落があるなんて。

 昨夜、ネンが言っていた言葉の意味がようやく理解できた。


「今の姫様には価値ないから」

「姫様のことは姫様に聞くといいよ。聞けるならやけど」


 そんなようなことを言っていた。

 ああ、よくわかったよ。今のエクセリアはとんでもないポンコツだ。

 自分が魔法を使えることを忘れてるのは、イコール魔法を使うためのイメージ力の喪失だ。

 火綴り(ファーリ)とかいう言葉で火の蝶を出してたよ、と教えてみても、彼女は昨夜のようには火を操れなかった。魔法のマの字も使えない。

 テレビの画面を凝視しながら「見ろ! 箱の中に人がいるぞ!」なんて、未来にタイムスリップした侍キャラかよと言いたくなるリアクションではしゃぐエクセリアにため息が出る。


(この街について色々教えてもらおうと思ってたのに、まさかこっちが教える立場になるなんて……)


 ま、落ち込んでても仕方がない。

 俺は気を取り直してベッドから立ち上がり、「質問おしまい!」と声を上げる。

 時刻は11時を少し回ったところ。テレビはワイドショーのような番組をやっていて、レポーターが人気のランチを紹介している。


「お腹減ってないか? 何か食べに外に出ようよ」

「お腹空いた! 賛成だ!」




----------




 街に出たのはそれから一時間ほどが過ぎてからだった。


「シャワーの使い方がわからん! 水しか出んぞ!」

「シャンプーとはなんだ? くううっ目に染みる!」

「なんだこのブラジャーというのは。必要なかろう硬いし痛いし」

「なに! 服には裏と表があるのか!」


 そんなエクセリアの大騒ぎをどうにか処理して身支度を整えるのに時間がかかったのだ。

 風呂だの下着だのの話はラッキースケベ的な展開に聞こえるかもしれないがとんでもない。あれは介護だった。

 とにかくそれなりの格好に着替えさせて街に出てみると、夜の車窓越しに見た街並みとはまた印象がガラリと変わる。


「ひ、広いな、この街……」

「見ろアリヤ、砂漠の砂粒ぐらい人がいるぞ!」


 エクセリアのたとえは言いすぎだが、本当に人が多い。

 どうやら泊まっていたホテルは繁華街の隅に位置していたようで、玄関を出てすぐに大きめの道に面していた。

 とにかく雑然としている。見上げればハイウェイと高架(こうか)鉄道が交差して、地上の六車線の車道にはビュンビュンと車が行き交っていて、そこに路面電車の線路までが通してある。

 ずらりと並んだ案内標識には大量の地名といくつもの経路が併記されていて、その全てにCMを流す電光掲示板がくっつけてあるものだから目が疲れる。

 そんな車道の両端ギリギリにまで露店がズラっと並んでいる。アジアの旅番組で見かけるようなマーケットだ。

 視界の範囲だけでも100近い店があるように見えるのだが、ホテルのフロントで聞いた話だと、これはあくまでマーケットの端っこらしい。

 無料でもらった近辺のマップを広げながら、俺はエクセリアに声をかける。


「右手方向に道なりに行くと大きな広場があって、そこがこの街でも有数の大マーケットなんだってさ。食べ物もあるだろうし、観光がてら行ってみようか」

「悪くないな! ほら、エスコートして良いぞ!」


 ん。とエクセリアが片手を出してくる。

 手をつなげって? 普通なら照れてしまうところだが、俺はまるで抵抗なくその手を取った。

 なにせ今のエクセリアには常識がない。無防備に人ごみに連れ出したら好奇心のままどこかへフラフラと流されていきそうで困る。

 この感覚は……あれだ。小学校の上級生が新一年生と手をつないで歩く遠足。


(見た目だけは姉さんなんだけどなあ……)


 手をつないでご機嫌のエクセリアと一緒に、俺はパンドラの街へと歩き出した。

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