64話 ドミニコ・グリス
「まずは自己紹介いっとくか? ドミニコだ。俺の名前はドミニコ・グリス。仲良くしようや」
エヴァンの隣に腰を下ろしたアブラ……ドミニコは大物ぶるように両手を広げてみせてから、銀色の右手を前に出して握手を求めてくる。
学園での戦いで、俺はこの男を殺さずに両腕を奪った。ズタズタに貫いて再起不能にしたはずだったが、まさかこんなに早期に平然と復帰してくるなんて。
こいつは俺を恨んでるんじゃないか? 握手に応じて大丈夫か? そんなことを考えて手を出すのを躊躇っていると、隣でエクセリアがエヴァンへと指を伸ばした。
「エヴァン、こいつは学園を攻撃していた敵だろう! なのにお前、なぜ平然と並んで座っている! 学園を裏切る気か!?」
「違ぇ。叫んでないで話聞きやがれ」
エクセリアの指摘で俺も言うべきことを見つける。
そうだよ、まずそれだ。
「説明してくれないか、エヴァン。お前の言うツテってアブラのことか?」
「ああ、そうだぜ」
「だからシエナたちに会うことを黙っててくれって言ったのか? 一応確認しとくけど、俺たちは学園を裏切る気はないからな」
「裏切るとは一言も言ってねえ……俺は細かい説明が上手くないからな、あとはドミニコから聞いてくれ」
「ハハハ! まあ好きなもん頼めよ、ここはドミニコ様の奢りだ!」
ドミニコの指がベルを鳴らして、ウェイターが席に来た。
エクセリアは待機中の猟犬のようにドミニコを睨みながら、メニュー表を開いて「このハンバーグとこのパスタと、ミックスグリルとピザ。あとチョコパフェとバナナパンケーキ」 と次々に注文を口にする。敵の奢りと聞いて遠慮ゼロだ。
俺も適当にカレーを頼んで、ドミニコの高慢な表情を真正面から見据える。
「話は聞くよ。説明してくれ」
「おう。手短にわかりやす〜く説明してやる! 俺の持ってるエネルギー企業、ニューシティマテリアルにとって血の門は潰してえ商売敵だ。エヴァンは拐われた妹を取り返したがってる。だから俺たちは手を組んで、血の門をブッ叩くことにした。ここまではわかるな?」
まくし立てるように言われたが、今のところ事情は単純な利害の一致に思える。
エクセリアもわかっている風だったので、俺は「大丈夫だ」と相槌を打つ。
「血の門は一言で言やぁ反社会的勢力だ。マフィアだの暴力団だのの類だよ。都市を運営する企業連にとっちゃ邪魔で仕方がねえが、正面からコトを構えるには勢力がデカすぎる。俺らは今星影騎士団ともやりあってる最中だからよ」
そこでウェイターが料理を運んできて、ドミニコが話を一旦止める。
エクセリアがやたら多めに頼んだせいでテーブルの上が手狭だ。エクセリアが「うわあ」と小さく声を上げたのは感動だろうか、後悔だろうか。
俺は運ばれてきたカレーの匂いに空腹を覚えながら、まずは話を聞き終えなくてはとアブラに続きを促す。
「正面から戦わないならどうする気なんだ?」
「あそこには老大がいる。マダム紅ってバケモノみてえな女だ。そいつを……暗殺! しちまおうってわけだ」
暗殺。そう口にするのと同時に、ドミニコは握ったナイフを勢いよく鶏肉に突き立てた。
大きめの塊を削ぎ切って、ナイフの先端で突き刺したまま口元に運ぶ。
この二人がしようとしていることはわかった。ただ、その話を俺たちに持ってくる理由がわからない。
「……で、俺たちにその話をしてどうするんだ? 急に知らない相手の暗殺に参加しろなんて言われても困る」
「向こうはお前に興味持ってるそうじゃねえか。本来拐おうとした相手もイリスじゃなくてそこの姫サマだろ? 言ってみりゃイリスは身代わりになっちまったワケだ。どうだよエクセリア姫、責任感じねえか?」
「知らん。血の門の奴が早とちりで間違えただけだ。まあ……気の毒だなとは思うが?」
エクセリアはちょっとだけ殊勝な顔をしつつ、フォークの先端でハンバーグをついついと転がしている。
ああ、やっぱりだ。お腹がいっぱいになってきて持て余しているのだ。
大食いのシエナならともかく、エクセリアは食べるのは好きでも胃袋の容量はあくまで人並みだ。奢りだからって調子に乗って大量に頼むから……。
いや、そんなことよりも。俺はドミニコへ首を横に振る。
「リスクが高すぎる。イリスのとこはもちろん心配だけど、向こうが指定してきた交渉日を守る方がリスクは低いはずだよ。俺たちが暗殺計画に乗るメリットがない」
「おうそれだ、せこせこした事情説明よっか、パーっと楽しくメリットの話をしようぜ! 言ったろ? ビジネスの話をしようってよォ」
そう言うと、ドミニコはテーブルの中央まで浸食していたエクセリアの皿を端の方に寄せ始める。
「まだ食べてる!」とエクセリアは抗弁するが、「食い切れない量頼んでんじゃねえよ、何が姫だ意地汚え」と返された。ド正論だと思う。
そうしてテーブルの上に開いたスペースに、ドミニコは自分の腕をドンと乗せてニヤリと笑う。
「義手だ」
「……!」
「お前らが協力するなら、事が済んだ後に企業連の誇る最高技術の義手を提供してやる。こいつは今、お前が一番気にしてることの一つだろうが?」
義手! 俺の脳裏に浮かんだのは昨夜見た燃さんの姿だ。
大丈夫大丈夫と強がってはいたが、ふとした拍子に腕と義手の継ぎ目を押さえて痛がっているのを何度か見た。
まるで動かない左手で、瓶の蓋を開けるだけでも不便そうにしているのを見た。
それと比べてドミニコの両腕はどうだ? 五指が過不足なく動き、筋張った安い鶏肉をナイフだけで削ぐような作業も容易くこなす。割れやすい皿を丁寧にどける精密さも兼ね備えている。
あの義手があれば、燃さんを相当助けられるんじゃないか?
……いや、焦るな。俺は表情を抑えてドミニコに問いかける。
「いいのか? せっかく弱体化した燃さんを治すような提案をして」
「天秤に掛けてんだよ。燃を復帰させてでも血の門は潰してえ」
「義手に……例えば爆弾だったり盗聴器だったりを仕掛けるかもしれない」
「んなことするかよ馬鹿馬鹿しい。星影騎士団は進んだ科学は持っちゃいねえが遅れてるわけでもねえ。仮にも幹部の体に着けるもんとなりゃ細かく検査するだろうよ」
「ふぅん……」
俺は唸る。この男の言い分はわかった。そして提案は魅力的だ。
性能の良い義手! そんなもの喉から手が出るほど欲しいに決まってる。
交渉の道具として出してくるぐらいだ、金を出せば買えるってものでもないんだろう。
俺が揺らいでいるのを見て取って、ドミニコはさらに言葉を継ぐ。
「お前がドクロの奴を殺せなかったって聞いて俺は思ったぜ、こいつは交渉の価値があるってな。条件次第じゃ懐柔できると踏んだわけだ」
「……」
「なに、ずっと仲間になれって話じゃねえよ。一時の共闘で構いやしねえ。ギブアンドテイクだ、成功報酬なんだから義手のことを以降恩に感じる必要もねえ」
そこで、黙っていたエヴァンがもう一度頭を下げた。
「頼む。イリスは俺にとってただ一人の家族なんだ。何があっても幸せにしてやりたい。……アイツは、こんなとこで酷い目にあっていい子じゃねえ」
「だ、そうだ! くぅ〜ッ、尊い兄妹愛だぜ!」
ドミニコがエヴァンの肩をベシベシと叩く。
ここまで話を聞いた印象だと、正直エヴァンは冷静じゃない。
妹のピンチになにもできなかった負い目を含めていいように利用されているんじゃないか、そんな感じもしてしまう。
だがそれはそれとして、アブラ……ドミニコが提示してきた話には、確かにこっちにとってのメリットがあった。
俺は腕組みをして唸る。これは今ここで決めていいような話じゃない。もう少し判断材料が欲しいところだ。




