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5話 エセ関西弁の女

 改めて、俺は両手を上げて無抵抗を示した。

 向こうの出方次第だけど、これ以上戦いが続くのは出来るだけ避けたい。というか無理だ。


(全身が痛いし、頭もクラクラする。血が出すぎたせいかな……?)


 そんな俺の調子を察しているのかいないのか、ネンと名乗る女はフンフフンと上機嫌でカーステレオのスイッチを入れた。

 車内に落ち着いた調子のジャズが流れ始める。


「ねね、これめっちゃいい曲やろ? 私のお気に入りなんよぉ」

「そう言われてもまだ曲の冒頭だからなんとも……」

「これプレリュードインブルーって曲でね、古〜いフランス映画の劇伴(げきはん)なんやって。ほら車運転するのって結構ヒマやろ? それで運転中にかけるBGM探す(ディグる)のが趣味なんやけど、アリヤ君やっけ? キミ車って運転する?」

「ああ、まあ、それなりには」


 ついさっき故意に四人轢きましたと言うのもアレなので、曖昧(あいまい)に返事をしておく。

 それにしてもこの人はおしゃべりだ。空気中の魔素(マナ)を介して翻訳されてエセ関西弁みたいな口調で喋っているように聞こえているけど、本来はどんな言語で喋っているんだろう。

 そこでふと、今の会話に違和感を覚える。フランス映画のBGM……フランス? 異世界なのに?

 そんな俺の疑問を見抜いたかのように、燃がCDケースを振りながら口を開く。


「フランスにドイツ、キューバにチャイナにアゼルバイジャン! 他にも知ってる国の名前たくさん挙げてみせよか? そっちの世界のことなら結構知ってるよ。珍しくないんよ、地球からパンドラに流れてくる人って。そのついでに文化もたくさん流れてくるわけ。えーと君はあれやね、ニホン人!」

「合ってますよ」

「だったらキミの国の曲の方がリラックスできるやろか。えーと浜崎あゆみとか聞く?」

「いや古いな……趣味でもないし。いいですよ、今流れてるやつで」

「そうなん?」


 まさか異世界で浜崎あゆみなんて名前を聞くとは思わなかった。けど残念ながら、俺はavex(エイベックス)の歌手があんまり好きじゃないのだ。

 不意に、窓越しに強い光を感じた。

 まぶしさに目を細めてしまった俺へ、燃は景色に目を向けるようにうながしてくる。


「あ、ほらほら外見てみ。パンドラの大夜景」

「……本当だ。凄い」


 言われた通り外に目を向けると、俺が思いえがいていた異世界とはかなり異なる光景が広がっている。

 姫、モンスター、騎士、魔法。そんな言葉が並んだことでドラクエ的な中世ファンタジー世界をイメージしたけれど、目の前の夜景はむしろ未来的だ。

 ビル群、ネオン、ハイウェイ、大歓楽街。団地は巣穴のように密集していて、いくつもの巨大な電光掲示板には仰々しく企業広告が流れている。


「ファンタジーやらメルヘン想像しとったんやない? 異世界」

「うーんまあ、そうですね。ゴブリンだのオークだの出てきたし」

「ま、それも間違いやないよ。ドラゴンとか妖精とか、この街にはキミが想像したファンタジーは大体あると思う。でもキミが想像してなかったものもいっぱいあると思う。ゴリッゴリの資本主義やしね」


 そう言いながら、燃はドリンクホルダーに立ててあった缶コーヒーのプルタブに爪をかけてカコッと開ける。

 一口飲んでから、「あっ」と口紅の跡がついた缶をこちらに差し出してきた。


「ごめんごめん、コレあげる気やったのについつい飲んじゃったわ。いる? 飲みかけやけど」

「いやあ……大丈夫です」


 喉はカラカラに渇いているのだが、飲みかけって点を置いといても敵から渡された飲み物に手を付けるのには抵抗がある。

 そう、敵だ。彼女のひょうひょうとした態度に毒気を抜かれてしまいそうになるが、この女は自分は星影騎士団(ステラ・イドラ)だと名乗った。聞かなくては。


星影騎士団(ステラ・イドラ)ってのはどういう組織なんですか」

「それは教えられんよ。自分の属してる組織の秘密漏らすアホはそうそうおらんやろ。クビになってまうわ〜。ははは!」


 ケラケラと笑いながら振り返り、後部座席までちょっと身を乗り出しながら「も〜イヤやわ〜」とパチンと肩を叩いてきた。怖いからハンドルから手を離さないでほしい。あと胸がでかい。

 彼女は桜色の髪をかきあげながら勢いよくハンドルを切って、車線をはみ出しそうになっていた車をグイッと元に戻す。


「でも七面會(マスケラド)のことなら教えてあげる。なんせ敵やから情報流したい放題!」


 まあ、そっちはそっちで気になる。

 俺はうなずいて話の続きをうながす。


「さっきも言ったけど、パンドラは資本主義社会。資本主義なら企業がある。その中でも特別大きな七つの会社が連合を組んでて、都市運営に大きな役割を果たして発言力を持ってる。それを“企業連”って呼ぶんよ」


 燃は指折りに企業の名前を挙げていく。

 つらつらと名前を並べられただけでは正直一つも覚えられなかったが、エネルギー企業とかマスメディアとか、いかにもな大企業が並んでいたのはわかった。


「そんな企業連を、異世界から来た七人組が乗っ取った。どんな手段を使ったのかは知らんけど、運営の実権を握っていきなり都市を牛耳り始めたんよ」


 カラス、アブラ、サイレン、ミヤビ、アンヘル、シュラ、ドクロ。

 燃は七つの名前を並べて、「どいつもこいつも偽名やろうけど」と面白くなさそうにボヤき口調。


「仮面で顔を隠した七人組、連中は自分たちのことを七面會(マスケラド)って名乗ってる。キミの会ったカラスはその一人ってわけ」

「あの施設はなんだったんですか? 変な培養カプセルみたいなのが並んでたりしたけど」

「企業連の一角、ドミニオン・バイオファーマ。製薬会社やね。映画とかでよくあるやろ? 技術力を悪い方向に使って変な実験ばっかしてる悪の製薬会社。そこが持ってる研究者の一つやね〜」

「ははあ」


 いかにもバイオハザードなんかで出てきそうな施設だと思ったけど、その印象は間違いじゃなかったらしい。

 と、「むにゃ」と寝言とも寝息ともつかない声を漏らしながらエクセリアが身を倒してきた。

 俺の膝を枕代わりにして熟睡している姉似の少女の髪に触れてみる。色素が薄いのか、染めているわけでもないのに黒くない。

 クリーム色だとかミルクティー色って言うんだろうか? 姉さんそっくりだ。不気味なくらいに。

 そう、絶対に聞かなくてはいけないことがもう一つ。


「エクセリアは一体どういう存在なんですか? 姫だとか、この世界の重要な鍵だとか言われてたけど」

「お、着いた」

「うわっ!?」


 キキィッと急ブレーキ。喋っていた俺はあやうく舌を噛みそうになる。

 車が止まったのはいかにも安宿然とした、遅く着いてすぐ寝るだけが目的ですといった印象のホテル前だ。

 うながされてエクセリアを背負って車を降りると、燃は紙袋を二つと部屋番号の記されたキーを手渡してきた。


「それ着替えね。片方キミのでもう一個は姫様の。この街で使えるお金ないやろうからちょっとお金入った財布も入れといたよ。私のポケットマネーやから感謝してな」

「宿を取ってくれたんですか?」

「だって野宿は嫌やろ? パンドラ寒いし」


 そう言いつつ、燃はメモ帳を一枚ちぎってサラサラと何かを書きつけて渡してくる。


「は〜い美人な燃お姉さんの電話番号プレゼント。スマホは持っとるやろ? 設定でデータローミングってとこ切り替えたらこの世界でも使えるから、それ」

「ええ……? 本当に異世界なんですか、ここ。別の世界だと思ったら実は元の世界の辺境にある特別な島に飛ばされてました、的なやつだったりするんじゃ」

「あーハンタやろそれ。読んだ読んだ。G.I編面白いよね」

「……」


 確かにそこから連想したけれど、音楽やら漫画やら文化の話がやたらと通じて違和感がすごい。

 バイト先の女の先輩が意外にマンガ読む人でしたぐらいの感覚。ますます異世界に来た実感が薄れていく。地球の文化はどれくらいこっちに輸入されているんだろう。

「最近冨樫描いてる?」と聞かれたので「いやあ全然」と返すと、燃は「そらアカンわ」と笑いながら運転席に戻った。


「ま、困ったらいつでも電話してな。じゃ」

「え? ちょっ、いやいやいや!」

「ん、何?」


 アクセルを踏みかけていた燃が、言うべきことは言いましたけど? とばかり不思議そうな顔でこっちを見る。


「いや、その……いいんですか? エクセリア置いてって」

「あーそれね。うん、別にええよ。今は姫様には自由にしてもらってて大丈夫やから」

「自由にして大丈夫? じゃあなんであんなに……」


 あんなに必死の争奪戦を繰り広げていたのに。

 ブリークハイドにカラス、あの二人の戦いは間違いなく殺しあう勢いのものだった。

 なのにそんなに軽〜く……ええ?

 俺の困惑を見て、燃はひらひらと片手を振る。


「姫様な、ブリ坊から『星裁(サンクティオ)』って技受けたやろ?」


 ブリークハイドが何かを発動して、エクセリアに黒い紐がまとわりついたのを思い出す。


「だから大丈夫。今は……うーん、こういう言い方すると印象悪いかもやけど、価値ないから」

「そう、なんですか」


 いやいや全然わからない。説明になってない。

 ただ、星影騎士団(ステラ・イドラ)が一時的にエクセリアに対する興味を失っているんだということだけは理解できた。

 不意に、燃がすっとてのひらを上に向けて口を開く。


「——『八卦焔命図(フレイムメイズ)』」

 

 すると彼女の手の上に青い炎がぼうっと筋を描く。

 たちまちひろがっていく炎の線は図面を描き出して、立体地図のようなものへと変化した。

 なぜか見覚えのある地形だ。というか、これは今いるこのホテルを中心とした区画の地図のようだ。


「これはなんです?」

「これが私の能力。このホテル前にな、目立つ感じで燃えてる炎の点があるやろ」

「見えますね」

「これ、キミな」

「俺?」

「それ」

 

 燃が俺の肩を指差す。

 そこにはいつの間にか、温度のない青い炎が小さく灯されていた。

 俺は慌ててその火を消そうとするか、はたいてもこすっても消えてくれない。


「マーキングはさせてもらったから。キミがどこに行こうと私の探知からは逃れられない。ま、あんま気にせず生活するとええよ〜」


 そうか、さっき肩を叩かれた時だ。

 星影騎士団(ステラ・イドラ)のことを聞こうとして肩を叩かれたタイミングで目印を付けられてしまったらしい。

 燃が炎の図面を消すと肩の炎も一緒に消えたが、マーキングは付いたままだろう。どうにも落ち着かない。

 居心地の悪さを感じる俺を横目で見つつ、燃はハンドルを握りながら口を開く。


「姫様は騎士団とは縁切りしたいみたいやし、当分の間はキミに任せとくわ。ほら〜女の子のプライベートなことペラペラ喋るって良くないやん? 姫様のことは姫様に聞くとええよ」


 そこでアクセルを踏むと、「ま、聞けるならやけど」と言い残して急発進していった。やっぱり運転が荒い。

 にぎやかだった彼女が去ると、急にしんとした静けさに包まれたような気がする。

 背中にエクセリアの安らかな寝息を感じながら、俺は激動の今日へのため息を深々と漏らす。


「…………疲れた」


 ようやく、一日が終わった。

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