★45話 休息の夜
17:30、カフェオルカ前。俺たちが待ち合わせ時刻の少し前に到着して待っていると、シエナたちも時間を置くことなく現れた。無事に合流に成功だ。
そこから先はさっきまでの戦いが嘘のようにスムーズだった。バーガンディが人脈と知識をフルに駆使して道案内役を見事にこなし、敵との遭遇を見事に躱し、シエナたちが予約していたのとは別のホテルに飛び込みでチェックインする。
合流から2時間が過ぎた今、俺たちは荷物を置いて、シエナとミトマの部屋に集まって話をしている。
「びっくりするほど手際良かったね、バーガンディ。こんなに楽に宿まで来れるなんて思ってなかったよ。助かった〜」
「アンタたちが敵引き連れて来た時はどうしようかと思ったけどね、一度振り切っちゃえば後はざっとこんなもんよ。大体の組織の力関係とナワバリは把握してるから、あとはリアルタイムで情報集めればどうとでもなるってワケ」
バーガンディがフフンと不遜に鼻息を鳴らす。
ゲイバーで最初に見たときはイロモノが出たぞと思ったが、わざわざシエナたちが大枚はたいて依頼しただけのことはあるなぁと俺は感心する。いや、イロモノなのは合ってたけど。
改めて今日のお礼言っとかないとな。
「地下でも助けられたよ、ありがとう。俺一人だったら死なないにしても迷いまくるところだったから」
「いいのよアリヤちゃん。お代はしっかり頂戴したから、ネ……」
「……」
「え。アリヤ、もしかしてこのオカマに何かされた?」
悪い記憶がフラッシュバックして、俺は思わず沈黙。唇を押しつけられた記憶なんて二度と思い出したくないのに。
シエナが顔を覗き込んできたので「いや、なにも……」と力なく返す。
「うっわ、被害者の目。何したのオカマ」
「ちょっとしたスキンシップよスキンシップ。何よその批判的な口ぶり、アタシが何かしたって決めつけちゃって。傷付くわぁ〜、性差別よ性差別! ポリコレ警察呼んで〜!」
「な〜にが性差別! 善良な同性愛者の人は年下の異世界人にセクハラしません〜! 私は個人の性根のこと言ってんの! 悪のオカマだよ悪の」
「ンマッ正論」
O字型に開けた口に手を当てたバーガンディは、旗色悪しと見たか話題をササッと切り替える。
「それよりアンタたち、夜の襲撃には気を付けなさいよ。この宿は比較的安全だけど、何があるかわかんないから」
「大丈夫だ、夜間は私がしっかり護衛する」
窓際の椅子に腰掛けていたミトマが口を開く。
部屋割りはシエナとミトマが二人部屋、その両隣の部屋をそれぞれ俺とバーガンディで抑えている。
「アリヤちゃんはいつでも部屋に来ていいわよ」とバーガンディは言うが、そんな自殺行為を誰がするもんか。
「ま、アタシとアリヤちゃんが隣にいるから何かあったら大声出すか、最悪銃ブッ放しなさいな。どっちかは起きといてすぐ来れるように気にしとくから」
「了解。私とシエナも交互に起きているつもりだ。何かあれば呼ぶから、その時は頼む」
そんな会話を経て、自室に戻った俺はようやくベッドに身を投げて長い息を吐いた。
はあ、疲れる一日だった。気を抜くと今にも深く眠ってしまいそうだ。
だがまだ眠れない。バーガンディと話し合って、もしシエナの部屋に何かあった時のために交代でどちらかが起きておくと決めてあるのだ。
今から深夜一時半までの五時間ちょっとが俺の担当で、そこから朝までがバーガンディの担当。彼女は今眠っているはずなので、今俺は絶対に寝てはならないのだ。
「となると暇だなあ」
たっぷりとお湯を溜めた風呂に全身を深く浸してから、湯上がりにテレビを見ながら買っておいた夕食を口に運ぶ。夕食といっても鶏ハムと野菜と黒オリーブが挟まった簡単なサンドイッチだ。
襲撃されたり後を付けられないように今夜は宿から出ないと決めているので、途中の適当な店で買っておいたものを食べるしかない。
けっこう味は良かったけどしょせんサンドイッチ、すぐに食べ終わってしまった。血を補う鉄分サプリをザララと飲み下してわびしい夕食はおしまい。でもまあ満腹だと眠くなるから仕方ない。
「こんな時に限って見たいテレビもないもんだよな……」
椅子に腰掛けてぼんやりとチャンネルを送ってみても、興味をそそるものが一つもない。
いや、元気な時なら異世界のニュースを眺めているだけでも面白いし、日本よりもチャンネル数が多いので延々とこっちの世界の映画を垂れ流しているチャンネルもある。
燃さんはこっちの世界の映画やら音楽は礎世界よりもレベルが低いと言うけれど、どことなく毛色が違うから見慣れていない俺にとっては面白い。
具体的にどう違うかといえば、モラルに欠けた作品が多い。コンプライアンス的な配慮も全然ないし、全体的に暴力的だ。
え、なんで今殴った? みたいに感情も理解も追いつかないシーンが多くて、正義側だと思っていた人間が普通に犯罪をしたりする。しかも作中でそれが咎められない。
きっとこっちの世界の住人は日常的に暴力と隣り合わせで生きているせいで、悪事への抵抗が薄いんだろう。それでそんな作品ばかりが生まれているのかもしれない。
……と、普段ならそんな考察モドキをしながらパンドラ映画を楽しむこともできるのだけど、今は疲れているせいか黙って画面を眺めていると眠ってしまいそうだ。
スマホを触りながら危うく寝落ちしかけて、危ない危ないと俺は椅子を立つ。
「まだ9時前か。普段ならちょっと散歩にでも出るところだけどそうもいかないし……」
スマホゲームも今は眠くなってしまいそうだ。小さい画面をじっと見ているのがきつい。
じゃあ体を動かす? 武器の素振りやら何やらの訓練は毎日するようにしている。別に広い部屋でもないけど、簡単に体を動かすぐらいはできそうだ。
……と考えたが、すぐにそれも思い直す。
「やめやめ、全身へとへとだ。せっかく風呂も入ったのにこれ以上体動かしたくないね。明日使い物にならなくなったらそれこそダメだしな」
さて、いよいよ困った。
困った俺は、誰かに電話をかけて眠気を紛らわそうと思い至る。
日本にいた頃は姉さんの仇を討つことばかり考えていてまともに人と電話する機会もほとんどなかったが、眠気覚ましには一番いいんじゃないか、多分。
電話帳に登録してある名前をつらつらと眺めていく。シエナとミトマはダメだ。どっちかは眠っているはずだから話し声で睡眠を邪魔しちゃ悪い。バーガンディも同じくダメ。その他は誰でも大丈夫じゃないかな、まだ9時ちょいだし。
すると、頭の中でリンゴンと鐘の音がなった。
『運命分岐点……』
うるさいな、こんな時まで鳴らなくていいんだよ。どうせ誰かには掛けようとしてたんだから分岐も何もないだろ。
【①.エクセリア】
【②.燃】
【③.ユーリカ】
【④.エヴァン】
【⑤.イリス】
【⑥.京野】
選択肢が表示されるが、特にサプライズがあるわけでもない。俺のスマホに登録されている乏しい連絡先はこれだけだ。
とりあえずエクセリアがどうしてるはすごく気にかかる。一人でちゃんと過ごせているんだろうか。部屋をめちゃくちゃに散らかしたりしてないだろうか。あとスマホ壊したり間違って課金したりしてないだろうか。
燃さんのことも気になる。シエナたちが街で見かけたと言っていたけど、何をしていたんだろう。この時間は酒を飲んでるはずで絡まれるかもしれないけど、まあ眠気覚ましにはもってこいの人だ。
それかユーリカ、エヴァン、イリスの学園残留組に電話してみるのもいい。まだそんなに関わりが深いわけでもないけどお互いの近況報告はできる。嫌な顔はされないだろう。……されないよな?
それと、今日知り合ったばかりのキョウノだ。同じ転移者で年齢も近い上に気安い性格をしてる。こっちが気負わずに電話できるって意味ではかなり上位かもしれない。
そんなことを考えながら、俺は電話帳の上で指をゆっくり滑らせる。




