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40話 古アパートの訪問者

 スラム街の一角の安アパートに、年に一度の大掃除でもしているのかという物音が響いている。

 叩けば破れそうなもろい壁と、ベニヤ板かと思うくらいの薄い扉。我が物顔のゴキブリが床を這うボロ家の中で家財をひっくり返して、隠してある金を集め回っているのは一人の若い男だ。


「冗談じゃねえ……やってられるか……命がいくつあっても足りねえ……」


 男は誰でもない。主義も誇りもモラルも無くして、売れるものは名前まで売って、いよいよ生きることに追い詰められてギャングに身を落とした。食いつなぐために何も考えずに他人を虐げてきた。

 この街パンドラでは、とりわけスラム街では珍しくもない存在だ。貧富の差は激しく、治安は最底辺。

 今日も割のいい仕事と聞いて、学生のガキを殺せと言われて安易な気持ちで銃を持った。姿を見せたところを蜂の巣にして、上から一週間暮らせるくらいの金を貰っておしまい。そのはずだった。


「チクショウ! 聞いてないぞあんなバケモノ連中だなんて!」


 彼のターゲット、シエナ・クラウンは有名人だ。

 だが学がまるでない彼はそれを知らなかった。襲撃メンバーにいた仲間たちもきっと同じだろう。

 シエナとその仲間らしいよくわからない連中に徹底的に蹴散らされて、男も危うく死にかけた。そして、今も危機は続いている。

 

 無法地帯に見えるスラム街にも最低限の秩序(ルール)がある。

 殺しや暴力に許可はいらない。当事者同士の問題だ。

 だが爆破、水道やら電線やらのインフラ破壊。あれだけはいけない。街を仕切る連中へのおうかがいと同業者への周知が必要とされている。


(だってのに! あの超日本帝国軍とかいうイカれ連中は同業者の俺たちにも知らせずに街の地下を大爆破しやがった! あれは全方面にケンカ売る行為だ。そして“同じ襲撃者”として居合わせた俺ら全員が粛清対象にされる! 上は俺ら使い捨ての下っ端を細かく区別してくれたりはしねえ……殺される! ふざけやがって巻き込むんじゃねえよキチガイどもが……! 逃げよう。1クレジットでも多く金を抱えて、この街のどこか別の遠い方角まで足を延ばして姿を隠そう。ほとぼりが冷めたら真面目に働いたっていい。やり直そう、身を隠してる間に勉強をして——)


「はいちょっと邪魔するで〜」

「!!?」


 鍵をかけていたベニヤ扉が蹴破られて、黒衣の女が部屋に踏み込んできた。

 桜色の髪に青紫の瞳、手にした刀がめらめらと燃えている。

 

「クソ、クソッ! もう始末に来たのか!?」

「あ、そういうんやないんよ。私(ネン)さんって言うんやけどな、ちょっとお話し聞かせて欲しいねん。燃さんだけに。ふふっ、挨拶代わりの面白ジョーク」

「……!?」

「アカン滑った。二度と言えへんわ今の」


 ガックリと肩を落としながら、燃と名乗った女はくるりと室内を見て回す。

 硬直している男を気に留めず土足でズカズカと部屋を歩いて回りながら、机の上に置いてあったDVDを手に取って眺めつつ口を開く。


「ちょっとね、人探ししてるんよ。ウッザい上司から色々お叱り受けててな、たまには真面目に仕事こなさなヤバイかな〜思ってて」

「ひ、人探し……」

「うん。あ、ちょい待って写真があって……えーとこれやこれ。見たことない?」


 彼女が取り出したのは四枚の写真だ。

 そこに写っている四人のうち、三つの顔に男は見覚えがあった。というか、今まさに騒動の渦中にいる男たちではないか。


「し、知ってる。こいつら、超日本軍の幹部連中だろ……泥濘童子、くちはて、汚レ和尚……」

「おっ、さすがチンピラ。蛇の道は蛇ってやつやん。もしかして居場所わかったりする?」

「い、今もいるかはわからないけど、さっき東のクランブルストリートで爆破騒動を起こしたのはこの連中だ。三人はいた。あと一人は知らない。見たことないな……」

「ふーん、ワーワー騒いでたのは聞こえたけど噂通りにイカれた連中なんやねえ。クランブルストリートね〜、はいはい」


 心底面倒くさそうな表情を浮かべて、「邪魔臭いわ〜」とボヤく燃。

 ふと、手にしていたDVDパッケージをヒラヒラと揺らしながら流し目を向けてくる。


「さっき言ったウザ上司がちょっとメイス・ウィンドゥに似とるんよ。あのツラで説教されたらめっちゃ怖ない? は〜しんど」

「は? メイ……?」

「ん。知らんならいいわ」


 つまらなさそうに呟くと、彼女は風呂場の方へと足を向ける。

(そっちは駄目だ……)

 男は燃を引き止めようとするが、適当に見えてまるで隙のない彼女のたたずまいに気圧(けお)されてフラフラと後を追うだけ。

 洗面所で足を止めた彼女は、使い古しの歯ブラシを見てヘラヘラと笑う。


「これわかるわかる、使い終わった歯ブラシを細かい部分の掃除に使おうと思って取っとくやつやん。でも燃さんあれ一回も使ったことないんよね〜。今度アリヤくんにやらせよ。缶ジュース一本奢っとけば喜んでやるやろきっと」

(誰だそれは。何の話だ。いやそんなことより頼む、引き返してくれ……)


 男は内心で必死に念じるが、そんな願いも虚しく、燃は風呂場のドアをガチャリと開けた。


「風呂の排水溝ってめっちゃ毛溜まるやん? あれ取らん人許せへんのよ。実家にいた頃、両親ともわりと限界まで毛をほっとくタイプでしょっちゅう水はけがとどこおるもんやから燃さんがせっせかつまんで取って捨ててたんよね〜。え、水回りの掃除する少女めっちゃ偉ない? 結婚したら良妻確定やん。にしても、これはちょっと溜まりすぎちゃう?」


 長い毛でびっしりと埋まった排水溝を一瞥(いちべつ)してから、燃はおもむろに浴槽の蓋を持ち上げる。

 そこには全身を滅多刺しにされた老女の死体が押し込んであった。流れ出た血のプールに半身が浸っている。

 燃の背後で、男がすっと息を吸う音。隠し持っていたナタを振り上げている。

 が、振り向きもしない燃の蹴りが男の喉首を痛烈に捉える。重心の据わった重い一撃!


「げェ……ッ……!!?」


 勢いよく吹き飛んだ男の背中が横倒しにされたボロベッドの裏側にブチ当たった。

 ガシャアン! と金属のシャフトが振動して、喉を蹴り潰された男は呼吸困難に目を白黒とさせる。

 はー、とため息を吐いた燃は、刀の炎をゆらゆら揺らしながら散らかった室内をゆったり歩いてくる。

 

「おかしいな〜とは思ったんよ。めっちゃ腕利きの情報屋のおばあちゃんがいるって聞いて来てみたはいいけどノックしても返事ないし中にいたのは若い男やん? 家具が散らかってるのはまあゴミ屋敷系おばあちゃんなんかなと一旦スルーするにしてもキミ孫には見えへんし、どういう関係? って燃さん混乱したんよ。なんだったらアレかな、若いツバメを囲うタイプのお盛んなおばあちゃんかなとか色々想像膨らませたんよ。それやったらなんかちょっと引くやん? 気まずいしあんま深入りしたくないな〜とか思ててん。そしたらDVDがあるやん! スターウォーズのEP3! 詳しいんかな〜と思ってキミにちょっと話振ったら全っ然知らんやん!? メイス知らへんとかありえる!? 人気キャラやろ! 絶対同居人じゃないやん! これは大方物盗りやろな〜って風呂場覗いたら案の定よ。スラムに住んでたらまあよくある末路やけど押し込み強盗に殺されるとか気の毒やわ〜。スターウォーズっておばあちゃんが見ても面白いんか聞きたかったわ。人にもらってたまたま持ってたとかやろか。キミどう思う?」


 燃の問いかけに、男は荒い息と鋭い視線で応える。


「っ、ぎ……クソ女……! ぐぎゃあっ!!?」

「あ、やっぱいいわ。あんま話して楽しいタイプやないわキミ。会話全然噛み合わへんし。あとどっかで見た顔だと思ったけどギャングの“ハルカル”のメンバーやろ? 他の構成員はもうみんな殺したからキミで最後。あの世でお仲間によろしくー」


 しゃがみこんで、逆手に握った刀で男の心臓を雑に突く。

 刀身の炎が男の体に燃え移り、燃の能力でコントロールされた火勢はほんの10秒足らずで強盗の全身を灰に変えた。

 それから同じように浴槽の老婆を火葬して、「よーし」とポンポンと手をはたく。


「超日本帝国軍とかなんかサブカル崩れのマイナーバンドみたいな名前やし、そんなん追っかけてもテンション上がらんわ〜。勝手に潰れてくれんやろか。ま、目立つ格好みたいだからすぐ見つかるやろ多分」


 ギャング狩りみたいな細々した仕事はなあなあでこなしておくとしても、必ずこなさなくてはいけない大仕事が二つもある。

 そのうちの一つ、超日本帝国軍の幹部四人(・・)の討伐はなんとしても早めにこなさなくてはいけないだろう。

 与えられた仕事の多さを指折りに数えつつ、燃はうんざりとため息を吐きながら部屋を出た。

 


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