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★32話 三叉路

「みんな、集まってくれてありがとう。今日は学園自治連合(キャンパス・ライン)の今後の方針を決めようと思うんだ」


 ホワイトボードの前に立って、そう話を切り出したのはシエナだ。

 講義室より小さなゼミ室に、俺を含めて8人が集っている。

 シエナとユーリカ、その隣に彼女たちの友人らしい黒髪の少女。エヴァンとイリスのオーウェン兄妹と、俺とエクセリア、そして何故だかいるネンで計8名。

 話を始めようとしたシエナへ、ふてぶてしく腕組みをしたエヴァンが問いかける。


「このメンバーでかよ? よそ者2人と敵が1人、そんな連中を方針決めなんかに関わらせていいのか?」

「お兄様の言う通りですわ! さらに言うなら自慢じゃありませんけどわたくしたち兄妹も結構なバカでしてよ!」

「おいイリス、それは言わなくていい」


 やたら自信満々に自虐する妹に、エヴァンが横目で微妙な視線を向ける。そういうことを言いたかったわけじゃないらしい。

 数日前の戦いではあわや殺し合いになりかけた兄妹だったが、すっかり怪我も治ってわだかまりもない様子だ。

 そんな二人へと、シエナが不満げな目を向ける。


「自分だって反抗勢力だったじゃん」

「まあそれはそうだけどよ」

「それにアリヤたちは学園を守って戦ってくれた。仲間だよ」


 そう言ってシエナがこっちを見たので、俺とエクセリアはそれぞれ言葉を継ぐ。


「俺たち行くところがなくてさ、居させてくれてる学園には感謝してる。力になれたらいいなと思ってるよ」

「私は姫だぞ姫、最強だ。至強の戦力として五体投地で迎え入れるがいい!」


 胸を張って言い放ったエクセリアの言葉に、エヴァンが首を傾げる。


「姫って別に強いもんじゃねえだろ」

「あなた、わたくしたちと同レベルのバカの香りがしますわねえ」

「なんだと……? おいお前、不敬だぞ」

「姫っぽさゼロのあなたに不敬もクソもありませんわね! なんかボケッと口開けて雲を見上げて一日ムダに過ごしてそうなマヌケ面してますもの」

「なにを……!? お前こそセミとか手掴みで捕まえてそうなアホ面に見えるぞ!」


 どうも気が合わないようで、不毛な喧嘩を繰り広げるエクセリアとイリス。

 子供並みの因縁の付け合いに気を削がれたのか、エヴァンはため息を一つ吐いてから俺に目を向けてくる。


「まあアリヤ、お前らはいい。命張ってたからな。問題はそこのそいつだ。敵だろ?」


 彼が次に目を向けたのは燃だ。

 そんな非難に対して、彼女はムッとした顔で不満を訴える。


「はあ? なにコイツ失礼すぎひん? 燃さんも命張ったんやけど? アリヤくんGO! 殴っといで!」

「エヴァンの言い分が正しいでしょ。なんでいるんだよ燃さん」

「裏切るん!? 身ぃ張って助けてあげたのに!? ひどいわ〜燃さん除け者にしようとしてからに。ないわ〜。ま、私のことは気にせんといて。いるだけで空気を良くするアロマとか間接照明みたいなもんやから。あ、ユーリカちゃんお茶のおかわりもらえる?」

「あ、はい……」


 敵陣にいても相変わらずのマイペースぶりは健在だ。

 エヴァンはすっかりなんだこいつという目をしているし、おかわりを要求されたユーリカをびっくりしたように目を丸くしていた。

 そもそも二十代半ばは過ぎてそうな良い歳の大人なのに恥ずかしげもなく学生グループに混ざれる図太さがすごい。

 シエナが口を開く。


「燃さんは仕方ないって言うか……こういう場に彼女を同席させるのが星影騎士団(ステラ・イドラ)との休戦の条件で、呑むしかなかったんだよね。もちろん内部事情を知られるのはまずいんだけど、今のタイミングで騎士団とも正面きって争いになったらいよいよ保たないからさ。とりあえずアリヤくんたちに対応お願いしとこうかなと」

「私は知らーん。人の面倒を見るのは好かん。燃はズボラだから特にめんどくさい。アリヤ任せた」

「え、俺? やだな……」

「イェーイよかったやんアリヤくん。美人な燃さんのお世話係任命やって。姫様のお世話もしてるから両手に花やん? そのクッキー食べへんならもらっていい?」

「あげませんよ」


 これは話が一段落してから食べようと思ってるのだ。取らないで。

 そこでシエナがパンパンと軽く手を叩く。話が逸れてきたのを戻す合図だ、


「方針決めって言っても、学園運営の細かい話とかじゃないんだ。そっち方面は頭の回る子たちに任せてるよ。この話し合いはそういうのとは別で、戦いの方針というか外の話っていうか……えーと、まず何から話そう。状況の説明かな。私たち学園自治連合(キャンパス・ライン)にはいくつか選択肢があって、あ、先に敵対してるとこのことを話さないといけないんだった。ええと混乱してきた、ちょっと待ってね……」


 シエナの頭がオーバーヒートしている。

 ここでしばらく過ごしてきてわかったことだが、彼女はそんなに勉強が得意なタイプじゃない。

 隣にいたユーリカがとんとんとシエナの肩を叩く。


「シエナちゃんはあんまり説明上手くないんだから無理しないで。ミトマちゃんに任せよう?」

「うーん……そうだね。ミトマ、お願いしていい?」

「うん、任された」


 そう言って白板の前に立ったのは、シエナの隣にいた黒髪の少女だ。

 俺はこの子を見たことがある。普段からシエナとユーリカの二人と仲良さげに連れ立って歩いているし、先日の戦いの最中にも負傷したシエナを戦場から連れ出したのは彼女だった。

 長い黒髪を後ろで束ねて凛とした印象の彼女は、ペンを片手にコツコツとホワイトボードに文字を書き連ねていく。

 俺たちを1分と待たせることなく、学園を取り巻く勢力図が完成した。


学園自治連合(キャンパス・ライン)と敵対している勢力は二つあります。一つは皆さんご存知の七面會(マスケラド)。これは撃退できたので、一時的に撤退中です。他のメンバーが仕掛けてくる可能性はありますが、それを考慮しても一ヶ月程度は猶予が望めます」


 そこで一度言葉を区切ると、ミトマは七面會(マスケラド)の隣に書いたもう一つの円をトンとペン先で突く。


「ですが、もう一つ。七面會(マスケラド)が雇用している“群狼団(ウルフパック)”という傭兵団が現在も学園を睨んでいます。七面會(マスケラド)ほどの大軍勢ではありませんが、兵士一人一人の練度はこちらの方が高い」

「前から七面會(マスケラド)の攻撃の中日(なかび)を埋める感じで仕掛けてきてたんだけど、かなりやり手なんだよね。特にリーダーと副リーダーが」

「俺はこいつらの方が苦手だな。物量ゴリ押しより実力者がまとまってる方がタチ悪いぜ」


 シエナとエヴァンが交互に口を挟む。この二人がそう言うからにはかなりの戦力なんだろう。

 頷いて、ミトマが二人から言葉を継ぐ。


学園自治連合(キャンパス・ライン)が窮地を脱するためには、七面會(マスケラド)が体制を立て直すまでの猶予期間、短く見積もって一ヶ月の間にこの群狼団(ウルフパック)をなんとかしなくてはなりません。かと言って、今の消耗した学園の戦力で全面戦争は望ましくない」


 再びミトマのペンがおどる。

 カカ、カカカカッと鋭く文字がつづられて、勢力図にいくつかの名前が増えていく。


「今、私たちが選べる手段は三つあります。一つは少数精鋭で群狼団(ウルフパック)の拠点へ赴き、停戦交渉をすること。最もシンプルな手段ですが、多少の交戦は想定しておく必要がありますね」


 続けてもう一つ、白板に新たな組織の名前が増える。


「二つ目、群狼団(ウルフパック)にはバックの組織がいます。都市の西部に自治区を持つ暴力組織(マフィア)血の門(シュエメン)。首領の女傑マダムホンと直接交渉をして群狼団(ウルフパック)に停戦を命令してもらうこと。上手くいけば効果は確実ですが、最も危険な賭けかもしれません」


 真剣な眼差しでそう語ったミトマは、さらに白板に文字を増やした。


「そして三つ目。学園には裏で出資してくれているスポンサーがいます。都市議会に代々議員を輩出し続けている名家ランドール家。そこに支援を依頼しに行くこと。ランドール家の方とはシエナしか会ったことがないけど、どうなんだ?」

「ううん……優しい人ってタイプじゃないよ。どう頼むにしても一筋縄ではいかないと思う。トラブルが起きる可能性も十分あるかな」


 シエナがミトマにそう答えて、三つのルートが出揃った。

 彼女たちは本気で方針を決めかねているようで、ここにいる面々での多数決を提案してきた。

 監視役としてここにいる燃を除いての七人での多数決だ。だがそれぞれの様子を見る限り、二票ずつで割れそうな雰囲気が見て取れる。


(俺がどれに入れるかで決まりそうだな……となると)




————鐘が鳴った。




『運命分岐点』


『今ここが、お前の運命を大きく分かつ岐路。選択肢を示そう。選ぶ権利を与えよう』



 まあ、そうだなと俺は一人で納得する。わざわざ分岐点と言われなくてもわかるくらいにわかりやすい分かれ道だ。

 ただ事は重大なので、じっくり考える時間が与えられたのは助かるけど。

 


【①.“群狼団(ウルフパック)”と直接交渉する】


【②.群狼団の上部組織、“血の門(シュエメン)”との交渉に赴く】


【③.学園のスポンサー、“ランドール家”に支援を頼みに行く】



 うーん、どうしようか。





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