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31話 決着と幻覚

 俺はアブラを殺さない。


 そうだ、元の目的を忘れちゃダメだ。

 なんとかアブラに勝てた高揚感に飲まれて頭から飛びかけていたけど、俺の目的は生徒たちの解放だ。そのためにはアブラを殺してしまったら意味がない。

 それに、やりすぎだ。こいつはもう戦えない。十分だろう。


 運命分岐の思考を終えた俺は、血の鎧を腕回りだけに残して解除する。

 そして地面に転がったまま動けずにいるアブラの服を掴んで立たせると、生徒に銃を突き付けている兵士たちに向けて「銃を下ろして下がれ!」と声を上げた。

 上司だか雇い主だかを死なせてまで戦闘を続けようという兵士はいないようで、彼らは素直にゆっくりと後退していく。

 俺もアブラを引きずりながら前に歩き、横並びにされた生徒たちを逃してから兵士たちへとアブラを引き渡した。


「これ以上やりあっても意味ないだろ。帰ってくれ」

「……撤退。撤退しろ」


 リーダー格らしい兵士が命じて、彼らはアブラを連れてヘリへと乗り込んでいく。

 担架に乗せられて運ばれていくアブラが、俺に憎悪の目を向けてくる。


「情けをかけて良〜い気分か? ふざけんじゃねえ! 俺はシュラを殺しやがったお前を許さねえ! 絶対に許さねえぞ!!」


 傷口から血がにじむのにも構わず叫び散らすアブラへ、担架の横を歩く兵士が声をかけた。


「シュラ様はご存命です。医療班が回収を済ませています。重傷ですが、おそらく一命は取り留めるかと」

「おお……? マジか」


 怒りから困惑へ、そして笑みへと表情を移行させて、アブラは俺に視線を向け直す。


「アイツが死んでねえなら話は別だなぁ? おう、借り一つにカウントしといてやるよ陰キャのバケモノ野郎!」

「借りに数えるなら悪口言わないでくれ」


 あれだけボロボロにされてもまだ尊大な態度を崩さないまま、アブラはヘリで空へと運ばれていく。

 兵士たちも一様に退き、それに合わせて瘴気のモンスターたちも姿を消した。


「終わった……?」

「助かった、の?」

「やった、七面會(マスケラド)が帰っていったぞ……!」


 生徒たちから戸惑いの声が漏れる。それが次第にざわざわと、喜びと安堵の声へと変わっていくのが耳に聞こえた。

 ケガ人は多いし死んだ生徒もいるはずだ。手放しに喜べる状況じゃないけど、それでもなんとか連中を撤退させることはできた。

 全身の力が抜けて地面に膝を折りながら、俺は「はあああぁ……」と長いため息を吐いた。


 と、そんな俺の背中にドンと衝撃!

 攻撃か!? いや、エクセリアだ。

 

「アリヤ!! お前、大丈夫なのか!?」

「ぶつかってこないでくれよ、今ので背骨が折れたかと思った」

「そんなのはどうでもいい! 私のことはわかるか? 私が立てている指は何本に見える?」

「え? いや、わかるけど……君はエクセリアで、人差し指と中指と薬指を立ててるから三本だよ」

「自分の名前は!?」

藤間(とうま)或也ありやだよ。あのさ、別に俺は頭打ったりはしてないぞ。どうしたの? なんか変だぞ」

「変なのは貴様だろうが!? いきなり妙なバケモノに姿を変えて! おかしな声で吠えて! 私が声を上げても反応せずに!」

「えっ、なんだそれ」


 エクセリアの言ってることの意味がわからず、俺は困惑して首を傾げた。

 そこに「はいはーいお疲れ〜」と歩み寄ってきたネンが、スマホの画面をひょいと俺の前に出してきた。


「アリヤくんの勇姿撮っといたで。まあちょーっと暴走気味やった気もしないでもないけど?」

「見せてください」

「ええよ。はい動画再生っと」


 燃が見せてくれた動画の中には、わけのわからない映像が映っていた。

 アブラが放った炎に俺が飲み込まれた次のシーン、血液の鎧を纏った俺が現れる。ただ、俺が思っていたフォルムと動画のそれはまるで別物だ。

 オーソドックスな西洋甲冑をイメージしたはずだったのに、炎の中から現れたのは赤黒くいびつに歪んだ怪物的な何か。

 俺がアブラと会話をしていたつもりだった場面も、俺の口から漏れていたのは意味不明で不気味な咆哮だった。

 鎧といえば鎧に見えるが、全身が異様なほど刺々しい形をしている。

 その背中から大量の有刺鉄線が現れ、アブラの腕をザクリと噛み砕く。

 二足歩行って以外に俺のイメージと合致する部分はほぼない。これはなんだ?


「ま、気にしなくていいんやない? アリヤくん自分は姫の騎士だとか言っちゃったりちょっと厨二気質なとこあるし心の闇的なサムシングが投影されちゃった結果やろ多分。よくあることやって。知らんけど」

「燃は適当だなあ。心配したんだぞ、アリヤ。私はお前があのままアブラを殺してしまうかと思って……いや、戦いなのだから殺すこともあるだろうが、それにしたって無抵抗になった相手を殺めるのは……うーん、絶対ダメってわけじゃないけどあんまり良くないからな、うん」

「俺は……っ、頭が痛い……」

「あ、おい! アリヤ!?」

「あれ、アリヤくん。アリヤくーん? あ、これアカンわめっちゃ苦しそうやん」

「誰か! 医者を呼んでくれ! 誰か………………」





 急に襲ってきた猛烈な頭痛で、俺の意識が曖昧になっていく。

 医者を呼ぶエクセリアの声が遠くにぼんやりと聞こえる。身動きはできないし声も出せない、けど意識が落ちきってはいない。そんな微妙な状態だ。

 脳梗塞とかくも膜下出血ってこんな感じなんだろうか。無理しすぎたか? そんなことを考えている俺の前に、不意にクチバシがぬっと突き出てきた。


「うわっ!?」

「やあやあ、久しぶりだなアリヤ。楽しめてるか? この世界は」


 目の前に現れたクチバシはペストマスクの先端部分だ。

 こんな不気味なものを好んで被る男を、俺は一人しか知らない。


「アンタは……七面會(マスケラド)のカラス!」

「ハハハ、覚えてたか。初日以来だから忘れられてるかと思った」

「っ、アブラたちの復讐にでも来たのか……!?」


 いや、それはおかしい。俺は自分の言葉に疑問を抱く。

 倒れた俺は今、エクセリアの膝に抱えられて空を見上げている格好で、そこにカラスが現れている。

 変じゃないか。どうしてエクセリアと燃が反応しない? そもそも俺は今半分失神したような状態で声が出せないのに、どうして会話できてるんだ。


「あんたは俺の……妄想とか幻覚?」

「さあねえ? そう思うならそうなんじゃないか」


 柄物のスーツにレモン色の襟巻きを合わせた派手すぎる男は、答えをはぐらかすようにわざとらしく小首を傾げてみせる。

 

「それより凄いじゃないか。七面會(マスケラド)を二人撃破、まだこの世界に来て一週間も経ってないのに上々な戦果だ」

「戦いたいわけじゃないんだ、ほっといてくれ」

「それだけ強いんだから戦わなきゃもったいないだろ?」


 カラスは懐から取り出した一枚の紙を読み上げる。


「エクセリア姫と逃げる。本当の名前を伝える。大声で助けを求める。燃の指示に従う。シエナと野球をする。オーウェン兄妹に話を聞く。燃を呼ぶ。アブラを殺さない。……これがお前の選んできた選択肢か。なるほど? なかなか常識人だなぁ。シエナを死なせずアブラも殺さず、今のところ実に受け身かつ平和主義だ」

「……」

「とりあえず、運命分岐の力を活用してくれてるみたいで何よりだ。どうだ? 選択には慣れたか」

「幻覚相手に言うのも変だけど、おかげさまで慣れたよ」

「そいつは良かった。それじゃあ、少しアップグレードしてやろうか」


 そう言うと、カラスは両手の親指で俺のこめかみをグッと押し込んだ。

 まぶたの裏が光るような感覚がして、俺は酔うような体感にウッと小さくうめく。

 カラスは満足げに二度頷くと、ペストマスクの奥で目を細める。


「礎世界と異世界、二つの世界は表裏一体。連なって、ねじれて、歪み続けている。解体しろ。それがお前の役割だ」

「解体? 役割? 抽象的なのはやめてくれ。わかるように言えよ」

「なぁに、いずれわかるさ。アリヤ、この都市は無限だぜ」

「……無限?」

「ああそうさ。せいぜい上手くやってくれよ、解体者。また会おう」

「おい待て、どういう意味…………!」





「どういう意味だ!!」

「お、目を覚ました」

「……? あれ、ここは……」


 気が付けば、俺はいつの間にか別の場所にいた。

 俺は身を横たえていて、白くて清潔なシーツが敷かれ、頭には少し硬い枕が一つ。

 かたわらの窓からは心地よい涼気と日差しが差し込んでいる。

 

「病院?」

「ってほどの場所じゃないよ。保健室だね。君、丸二日寝てたんだ」


 俺に声をかけてきているのはシエナだ。

 ベッドの近くに立っている彼女はすっかり元気そうな顔をしていて、片手にカレーパンの包紙を持っている。

 俺が起きたのを見て慌てて食べ終えたのか、口元にカレーが少しと袖口に生地のパン粉が付いている。

 それを誤魔化すように、シエナは「あはは……」と照れ笑いをしてから表情を改めた。


「ありがとうアリヤ。君のおかげで学園の被害は最小限で済んだ。君がいなかったら学園自治連合(キャンパス・ライン)は終わってたよ」

「いや……役に立てたなら良かった。それより気付いてたかもしれないけど、俺はシエナを暗殺しろって命令された状態でここに来たんだ。黙っててごめん」

「大丈夫、ちゃんと気付いてたし事情もわかってるよ。彼女からも色々聞いたからね」

「彼女?」


 シエナが指した方向を見ると、室内のソファーにくつろいだ姿勢で座ってお茶を飲んでいる燃が目に入った。

 俺の視線に気付いた彼女は、相変わらずのマイペース顔でひらりひらりと手を振ってくる。

 騎士団にとって学園は敵地じゃないのか? なにくつろいでるんだ、人に暗殺命じておいて。

 俺のそんな疑問を汲んで、シエナが先に口を開いた。


「燃さんには一時休戦ってことでお願いしてる。目下、色々と交渉中ってとこかな」

「ああ、そっか……俺としては少し安心だなあ」


 俺はシエナたちには友達意識があるし、燃さんに対しても結構親しみを抱いてる。

 板挟みになってしまっていて立ち回りが難しかったので、一時的にでも争わないでくれるならそれは嬉しい。

 燃と同じソファーにはエクセリアも座っていて、チーズケーキを1カットまるごとフォークに突き刺してもぐもぐとかじっている。

 どうやら俺の分に用意されたケーキにまで手を付けていたみたいで、隠蔽(いんぺい)するようにモゴモゴと口に押し込みながら、「早く起きないお前が悪い!」と軽く逆ギレしてきた。別に、堂々と食べればいいのに。

 

「今日はこのままゆっくり休んでね。明日体調に問題がなければ、今後のことを話し合いたいから」

「そうするよ、ありがとう」


 シエナが部屋を去ったのを見て、俺はもう一度ベッドに身を横たえる。

 エクセリアと燃には気を使わなくてもいいだろう。二人ともケーキに気が向いてるし、そういうキャラでもないし。

 ぼんやりと天井を見つめていると、頭の中で鐘が鳴る。運命分岐点の鐘を小さく鳴らしたような音だ。

 好感度、知名度、カルマ値。そんな言葉が脳裏にはっきりと浮かんでいる。


(なんだこれ)


 俺は幻覚で見たカラスの「アップグレード」という言葉を思い出す。

 頭の中に浮かぶこの文字列も、カラスと同じように俺の幻覚か妄想なんだろうか?

 それともこの文字もカラスも、幻じゃない?


 俺は本当に藤間(とうま)或也ありやなのか?


 ……考えてもわからない。疲れのせいかもしれない。

 俺は少し休もうと決めて、深く目を閉じた。




-----Chapter.1 完-----

・好感度

エクセリア +25

燃 +25

シエナ&ユーリカ +15

エヴァン&イリス +5


・知名度

F(学園の有名人)


・カルマ値

F(平和主義者)


※数値は1〜100、ランクはA〜G



一章完結です。

三日お休みして、次の更新は30日木曜の夜を予定しています。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ADVゲームっぽい表記!ADVはステータスでごり押しできないから怖いですね。
[一言] 頭の中に鮮明に映像として浮かび上がってくる圧巻の文章力、自分で物語の選択肢を選ぶ緊張感、そして多くの謎…どんな風に話が進んでいくのか毎日楽しみにしてます! 第1章完結お疲れ様でした!
[良い点] 作者の描くキレッキレの臨場感が、選択肢を選ぶ方式によってより読者も物語の世界に入り込めて非常に面白い! [一言] 第1章完結お疲れ様です! 章の最後に選択肢の総評のような話が入って震えまし…
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