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★30話 異形の鉄血

 炎はエネルギーの象徴だ。

 車も機関車も工場も、何かを燃やして動力に変えている。いや、電気だったり他の動力だってあるけどそれはそれ、これはこれ。


 俺はそこに閃きと想像力を介在させる。

 炎で体を燃やされてしまうんだったら、いっそそのエネルギーを魔力に変換してやることはできないか?

 いや、考えるべきは可能か不可能かじゃない。どれだけ詳細にイメージできるかだ。


 何を燃やす? 決まってる、俺が魔素(マナ)を通せるものなんて血しかない。

 心臓は炉、血を燃料に、炎を熱と力(エネルギー)に。

 体へのダメージは生み出されたエネルギーを自己修復に回して強引におぎなえ。

 止まれば俺は燃えて死ぬ。ただし、熱量を魔素(マナ)へ変換して消費し続けられるなら話は別だ。


灼血(イグナイト)


 腕を伸ばし、アブラの両手とがっしり組み合う。

「馬鹿が!」と声を上げたアブラが、二つの掌から超高音の炎を放射してきた。

 その熱を直に取り込む。血がガソリンのように燃え盛る感覚、焼け焦げた体が急速に修復していく。

 回せ、回せ! 内燃機関を回し続けろ!

 炭化した皮膚が巻き戻しのように肌色へと還り、蒸発していた血を纏って赤黒く変化していく。

 炎熱で熔かされていた血の鉄も、込める魔力量が増せばそれだけ強靭さを増す。

 炎に耐えられる強度を得た鉄血のガントレットで両腕を覆った俺は、アブラの両手を力任せに握り砕く。


「ぐぎ……ッ゛! なんて力、してやがる……! なんだその治癒力は、自動治癒ってレベルじゃねえぞ……!?」

「もう限界だ……! さっさと決めさせてもらう!」

「上等じゃねえか!? やってみろよ!!」


 アブラは背面のジェットパックから上着の袖へ、小さなパイプを通している。

 手首の位置に噴出口があって、そこから魔素(マナ)燃料を出すことで炎魔法の燃焼力を高めている。間近で組み合ったことでそれがはっきりとわかった。

 燃が燃料タンク付きのバーナー刀を使っているのと同じようなことだ。別にズルいとは思わないけど、そこが弱点なら容赦なく突かせてもらう。

 アブラが新たな炎を繰り出そうとするのを見計らい、俺は素早く彼の右手首を掴んで燃料の噴出口をギュッと潰した。

 行き場を失った燃料が袖の中で弾けて、そこにアブラの魔力がピリッと火花を通した。炎が服の中で暴発する!


「ぐぅおおおっ!!! 俺の右手……!! その速度、身体能力を底上げしてやがるのか……!」


 激痛に顔を歪め、アブラが後ろにト、トとたたらを踏む。

 その二歩を一歩で詰めて、姿勢を低くした接近距離で腰を回す。肩から腕までを胴体にあてがうイメージで、胸部に鋭く叩き込む肘鉄。

 ボグッと胸骨が凹む音がして、苦悶に呻きながらアブラが後ろに三歩。追って、大股の一歩で深く踏み込む。

 俺は格闘技経験があるわけじゃない。間合いもフォームも適当だ。とにかく力を込めて右ストレートを突き出せ!

 だが寸前、カウンター気味に放たれたアブラの前蹴りが俺の膝を叩いた。

 めしゃりと嫌な音を立てて膝関節が逆に曲がる。へし折られた!

 

「魔術師舐めんじゃねえぞ!! 陰気なツラしたガキが!!」

「っ、何が魔術師だ……! ただのヤクザキックだろ、今の!」

「相手の姿勢を崩してブチかます! 当たり前の戦術だろうが!? “荒べ・遊べ・狂い・叫べ! むせび泣く木々の大呼! 乾上がりし珊瑚の叫喚! 弾けろ、爛熟した黒柘榴(ザクロ)!”」

(詠唱!)

「くたばれ!!! 「絶哮紅蓮(ヴァルゴナ)!!!』」


 掌からしきりに放ってきた炎弾とは格の違う、オイルのようにベタつく漆黒の炎が目の前に迫っている。

 膝の治癒が間に合わない。避けるのは無理だ。なら受ける。焼かれずに耐えしのぐしかない。

 指先からにじんだ血で武器を作るテクニック、背中に血の針を立ててみせたテクニック。これまでの経験値を活かして、俺は全身に行き渡った血管へと意識を広げていく。

 武装鮮血(ブラッドナイト)。俺の魔法の大元のイメージは騎士だ。エクセリアを守る騎士だ。だったら!


「オイオイオイ、マジか……!?」


 アブラが息を呑む。

 漆黒の灼熱が通りすぎたそこには、赤黒い西洋甲冑の姿があった。

 その全部位が俺の血で形成された全身鎧だ。どんなフォルムになっているんだろう?

 鏡でもないと自分を見ることはできないが、イメージしたのはダークファンタジー系アクションRPGのパッケージになってそうなオーソドックスな騎士の鎧だ。ちゃんとイメージは反映されてるんだろうか。


「バケモンが……!」


 少なくとも、アブラには俺がバケモノに見えるらしい。まあ、どうでもいいけど。

 大地を真っ赤にかすほどの灼熱を耐え切ってみせた俺は、アブラを見据えながら喉を揺らす。


「『武装鮮血(ブラッドナイト)顎門(ガーラ)』」


 鎧を着た背中、脊椎(せきつい)沿いに意識を集める。

 血のトゲを生やした要領で、そこから血茨を何本も連ねて展開する。

 俺はそれを自在に操って上下に分けて、並んだ牙のように獣のあぎとめいて、アブラの右腕を挟んで閉じた。

 

「ぐうおおおっ!!!?」

「両腕を潰した。もう炎は出せないだろ……?」

「っ、が、うああっ……! 俺の腕が……!」


 アブラの肘から先をほぼ切断した。肉と骨を潰して、ひしゃげた腕が靭帯だけでぶら下がっているような状態だ。

 戦いを遠巻きに見守る人々がざわついているのが微かに聞こえる。

 自分では見えないが、怪物的な姿にでも見えているんだろうか? けど大丈夫だ。俺は俺を制御できてる。意図した通りに力を使えてる。


「こいつを、喰らえ……!!」

「が、っ、ぐっ、ぎゃあっ!!」


 尾のようにうごめかせた血茨で、両方の肩口を数回貫いておく。

 これでこの男の腕は完全に壊れた。あとは何をすればいい? どこを壊しておけば、こいつは俺たちに害を及ぼさなくなる?

 緋色の具足でアブラの腹を踏みつけながら、俺は血塗れになった男の全身を眺め下ろす。

 そんな俺を見上げながら、アブラが慄然とした震え声を漏らした。


「この野郎ッ……お前、本当に転移者か……!? いや違う、お前は絶対に違う……! 別物だ、人間じゃねえ……!」

「……俺に言わせてもらえば、人間じゃないのは平気で他人を踏みにじるあんたたちの方だよ。死んだ生徒だってきっと少なくない。……人でなしめ」

「クソッ、そもそも最初からおかしな話だったんだ。いきなり研究所内に降って湧いた転移者だと? 妙だぜ、不自然だ。だがわからねえ。なんなんだ……一体何がどうなってやがる!?」

「錯乱してるのか……? 何を言ってるのかまるでわからないけど」

「忌々しい……! 人間の言葉を喋りやがれ! バケモノが!」

「はあ?」


 苦し紛れの煽りにしたって意味がわからない。負傷の痛みでか出血のせいか、アブラは錯乱してしまっているようだ。

 まるで会話にならないので、俺は兜の下で眉をしかめながらどうするべきかを思案する。

 ふと背後に目を向けると、俺に向けて切羽詰まった表情で何かを叫ぶエクセリアの顔と、口元に笑みを浮かべた燃の顔が目に入った。

 俺はなにがなんでもエクセリアを守りたい。なんだかんだ言いながら手伝ってくれた燃さんにも多少はむくいたい。




————鐘が鳴った。




『運命分岐点』


『今ここが、お前の運命を大きく分かつ岐路。選択肢を示そう。選ぶ権利を与えよう』



 今、俺の頭に浮かんでいるのはシンプルな二択だ。

 アブラは七面會(マスケラド)の一角だ。ここで確実に禍根(かこん)を断っておくべきか、命までは取らずに見逃すか。



【①.アブラにトドメを刺す】


【②.アブラを見逃す】



 俺は、どうするべきだろう。

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[一言] そのままトドメを刺すと致命的なところへ行って戻って来れなさそうな気がするので②で!
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