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26話 リベンジマッチ

 上空100メートル、200メートル、300メートル!

 シュラは俺の耐久力がどれほどものか測りかねているようで、上へ上へと100メートル刻みの転移を重ねていく。


「30階、60階、そしてこれで約90階だ。タフなテメーでもこれだけ高けりゃ死ねるだろ?」

「さあね。案外落ちてもピンピンしてるかもよ」

「ア? だったらもう100昇っとけや!」


 四度目の転移を受けて、俺の視界は上空400メートルへと到達する。

 転移直後、少しばかりの無重力のタイムラグ。そこから重力に従ったフリーフォールが始まる寸前、俺はシュラへと語りかける。


「あんたら七面會(マスケラド)は全員地球出身なんだってな。カービィ知ってるか? 星のカービィ」

「ア? 知るか」

「ニードルって技があってさ、全身からトゲ出してグサグサっと串刺しにするんだよ。よく考えたら結構エグいんだけど、あれが出来たら便利だよな……ってな!!」

「ッ!? 痛えっ!」


 シュラが苦痛の声を上げて手を引いた。

 

「テメー! 何しやがった!」

「見ればわかるだろ? 血のトゲを生やしたんだ。不用意に触れてるもんだから手がズタズタだな? 良いザマだね! 俺も痛いから二度とやりたくないけどな!」

「クソが……!」


 してやったりだ。けど俺も背中が痛い!

 背中にハリネズミみたいに立てた血のトゲはそこそこ長い。

 シュラの左の手のひらから前腕部までメタメタに貫いて怪我を負わせてやった。結構なダメージのはずだ。


——重力! 


 グンと下へのベクトルを感じて、俺の体は地上へと落下を始める。

 今の高さが400メートルだとして、落下時間はどれくらいだ? きっと10秒はないだろう。だけどシュラ相手の対策をしてきたってのはハッタリじゃない。俺は指先に意識を集中させて、アブラが乗っていたやぐらへと腕を振るう。

武装鮮血(ブラッドナイト)血茨(アドラ)』。地下街の戦いで会得した魔法、赤黒い有刺鉄線を伸ばす!

 

(引っ掛けて落下を止める! 空中での姿勢制御用にちょうど良い能力だ、これ!)

「させるか!!」

「撃ってきた!? 痛っ!」


 シュラの次の手はテレポートからの射撃だった。

 無事な右手でハンドガンを握り、俺の頭上へ、背後へ、真正面へと転移を繰り返しながら銃弾を浴びせてくる。

 右腕を撃たれて狙いがブレた。上手く鉄骨に血のトゲを引っ掛けられず、俺の体は地上へと近付いていく。


「そのまま落ちて死ね!」

「パンパンパンパン撃ちやがって……! 細かく狙いが付けられないなら、こうすりゃ良いんだよ!!」

「な、ッ……!」


 大放出だ。俺には両手に十本の指がある。ついでに足にもう十本。

 その指先全部に血を集めるイメージをして、血で編んだ有刺鉄線を櫓めがけてでたらめに解き放つ。

 ジャラララギチチと細い鉄と鉄が擦れ合う音がして、左の中指と右の親指にぐっと引っ掛かりを感じた。続けて両足を振り上げる!

 

「どこでもいいから引っ掛かれ!!」


 また何本かが引っ掛かり、俺の体はターザンロープみたいに櫓へと引き寄せられる。

 鉄骨とパイプで組み上げられた巨大なアスレチック、俺はその隙間を通り抜けて内部へと入り込む。

 隙間を抜けるときにガツンと頭を打ち付けたが、この程度で死ぬほど俺の体がヤワじゃないことはもう覚えた。

 さらに続けて有刺鉄線を振り回して、俺はアスレチックの内部に大量のトゲ付き足場を掛けまくる。

 足場を得た。落下が止まった。尻ポケットに突っ込んでおいた鉄分サプリを一袋まるごと口に流し込んで、バリボリ噛みながら両手に矢と弓を。すかさずシュラへと狙いを付けて、射る!


「形勢逆転だな!」

「チィッ……!」


 普通の弓で動く的を狙い撃つのは至難の技だが、あくまで俺が持っているのは血から作った魔法の複合弓(コンパウンドボウ)だ。

 威力、速度、安定性のどれを取っても段違い。矢がほぼ直線に飛ぶくらいだから、その分狙い撃つのも容易になる。

 シュラめがけて放たれた矢は直撃ルートを飛翔するが、シュラはそれをテレポートで避けて別の場所へ。だが俺は焦らず、二の矢をつがえて射つ。テレポート、射つ、テレポート、射つ!


「前回といい今回といい、雑魚のくせに小細工だけは達者なヤローだ! コソコソした手を使いやがって!」

「あんたの能力は初見殺しだ。知ってしまえば対策できる。俺に触れてまたトゲで刺されるのが怖いんだろ? 攻めあぐねながらフラフラ空中にいるのは楽しいか? 雑魚はあんたの方なんじゃないのか!」

「誰に向かって口利いてやがる……煽ってんじゃねえぞ!」


 口の悪さは知っていたけど、それにしたって短気な男だ。

 軽く煽っただけでまるで瞬間湯沸かし器。声に激怒の色を浮かべて、こちらへ鋭く凝視を向けてくる。


「上等だ、この技は使いたくなかったがよ……テレポーターの真髄、見せてやる。テメーは追放だ。今ここで! この世から!」

「最後まで油断グセが抜けなくて助かったよ」

「何言ってやが、ッぐうっ……!! が、はっ……!?」


 シュラが血を吐いた。その胸を貫いているのは俺が放った血茨(アドラ)

 ただし出所は俺の指先じゃない。シュラに当たらず通過した矢、そこにくくり付けておいた小さなフィルムケースからだ。

 

「何を、しやがった……!?」

「話すわけないだろ。あんたみたいに油断できるほど自信家じゃないんでね」


 俺は学園で過ごした数日の間に、自分の能力の検証を済ませておいた。

 一度武器や金属に加工した血を他の形に変えることはできなかったが、未加工の血は自分から離れていても変形させることができる。ただし一定以上の量が必要で、地面やコンクリートに染み込んでしまってもダメ。

 二つの条件を満たすことができるのが、採血したばかりの血を容器で密閉してしまうことだった。

 持ち運びやすさと加工可能な最低限の量を両立できるのがフィルムケースだ。それを矢のうち一本にくくり付けて、シュラの死角から血茨(アドラ)へと加工して放ったのだ。そんな経緯を教えてやる気は微塵(みじん)もないけど。


「大技出し損ねたままリタイアしてろ!」

「っぐうううッ……!!」


 傷を負って落ちるシュラへと追撃の矢を続けて二本!

 一本は見事に腹をとらえて、もう一本は彼の仮面をこすって剥ぎ取った。

 あらわになった素顔は意外に若く、俺よりも少し年下に見える。それこそ学園にいる生徒たちぐらいの。

 ツリ気味の反抗的な目を苦痛に歪めたシュラは、中指を立てて「アブラに殺されちまえ……」と言い残して下に落ちていった。


 念のためにもう一発追撃を。

 そう思って櫓から下を覗き込んだ俺の目に飛び込んできたのは、炎を纏いながら猛烈な勢いで上昇してくるアブラの姿だ。

 面前に迫るガスマスク。炎の塊と猛烈な衝撃が、凄まじい勢いで俺を叩いた!


「よくもシュラをやってくれやがったな小僧!!!」

「ッ……!!」


 キャノン砲じみた勢いの火炎を受けて、俺は一瞬で櫓の中から押し出された。なんて火力だ! 

 全身が炎にまかれている。ただの炎じゃなくて、粘着質な燃焼剤をぶちまけられてそこに火を付けられたみたいな炎だ。多分ナパーム弾みたいな。

 100メートルとは行かないが、30メートル近くを一気に落下して右半身を地面に打ち付けた。痛みで息ができない。いや、それ以前に酸素がない。全身が燃えて火だるまになっている!


(ま、ずい……呼吸ができないのは、いくら頑丈でも……死ぬ……!)

「よーしよし、アリヤくん。落ち着いて息止めとってな」

(っ、燃さん……!?)


 言われた通り、俺は苦痛をこらえながら必死に息を止めた。

 燃がすっと俺の背中をなでると、長い指先に俺を包んでいた炎が絡め取られていく。

 薄布を持ち上げるようにふわりと俺の炎を剥がした彼女は、まるで手品のように炎をハンカチめいて折りたたんでしまった。

 

「はーい、鎮火っと」

「……っ、がはっ……! げほっ……! た、助かった……!」

「いやいやぁ〜アリヤくんにしては結構頑張っとるやん。私がサクサク雑魚減らしてる間にまさか七面會(マスケラド)一人減らしてくれるとは思わんかったわ。自分めっちゃ使えるやん。お姉さんが今度なんかおごってあげよ。何がいい? 駄菓子? 安いやつなら三つまで買ってええよ」

「そ、そんなことより、アブラが来ます……!」


 俺の目はずっとアブラを捉えている。

 ガスマスクを付けて真っ赤な軍人コートを羽織った彼は、背にジェットパックのようなものを背負って自在に空を舞う。

 俺を櫓から打ち落とした彼はマグマのような怒気を帯びていて、こっちへ一直線に飛んできながら詠唱をがなり立てる。


「“すさべ・遊べ・狂い・叫べ!! むせび泣く木々の大呼! 乾上がりし珊瑚の叫喚! 弾けろ、爛熟した黒柘榴(ザクロ)!” 焼き尽くしちまえ!!『絶哮紅蓮(ヴァルゴナ)』ァッ!!!」


 アブラが放ったのはもう炎かもわからない灼熱の塊だ。彼の名前に相応しく、漆黒のオイルに火をつけたものをそのままぶちまけてくるような恐るべき熱攻撃。

 対して、燃は向かってくる黒い熱にピタリと剣先を合わせて構え、温度のない声で彼を迎え撃つ。


「“星待ちの祭禮(さいれい)、積み重ねる罪の階梯(かいてい)あざなえる回天、いざなうは摩天(まてん)。緋色の契りをここに刻まん”。……『炎日聖典(サンサライア)』」


 燃の前に、筆で書いたような読めない文字列と陣が浮かび上がった。

 その陣を境界に、まるで触れられない聖域めいて、アブラの炎が止まって消える。

 火の粉一つ逃すことなく、彼女の後ろでしゃがみ込んでいる俺にほんのわずかな熱さえ伝わってこない。

 消滅させた灼熱の最後の一灯しを剣先に宿して留めた燃は、それをバースデーのロウソクのようにフッと吹き消してみせた。


「いやいや、これでも深層六騎(ディープシックス)やからね? 専門の炎で挑まれたら流石に負けへんやろ。負ける要素ないわ。よっしゃ、燃さん最強〜!」

「ハッハハハハ!!! やるもんだな、バケモノ女!」

「さっきは私のせいで戦争始まるんかなと思ってめぇっちゃ焦ったんやけど、まあ勝てばいいんよね。勝てば。アブラやっけ? ここで討ち取れば私の大手柄やん。特別ボーナス出るかもしれんわ。死んでくれる?」


 自分でもそう言っているが、さっきの動揺が嘘のような強気っぷりだ。

 炎刀をすらりと水平に構えて、細められた彼女の目がアブラの首を見つめる。

 だが、アブラは笑った。


「俺じゃ相性悪そうだからよォ、技術力で勝負と行かせてもらうぜ? ハッハ! 起きやがれ! 炎機人(イフリート)!!」

「なんて?」


 燃が首を傾げた瞬間、アブラの背後でゴゴゴと金属が軋る音がする。

 櫓だ。さっきまで俺がいた櫓が、ギシギシと鈍重に、しかし確実に人の形へと変形して立ち上がっていく。

 全身に血管のように通されたパイプから炎がまぶされて、櫓はたちまちビルほどの巨大なモンスターとして屹立を果たす!


七面會(マスケラド)魔素(マナ)製造技術の粋を結集したギガモンスターだ!!! 蹂躙しちまえ、炎機人(イフリート)!!」

「え、嘘やん。めんどくさ。アリヤくん助けて。あれなんとかして」

「つ、強気の時間が短すぎる……!」


 相手のサイズ感に早くも意気消沈した燃に呆れつつ、俺は立ち向かうべく大規模なモンスターを見上げる。




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