25話 青く紫の
「どうせ状況はめちゃくちゃなんだ。だったらもっとデタラメにしてやるよ!」
半ばヤケクソで選んだのは③、燃に付けられた炎印の発動だ。
やり方は簡単、肩に意識を集中させるだけ。焼印を押し付けられたような熱と痛みがビリビリ走って、俺は大声で叫び声を上げる。
「頼む! 来てくれ!」
炎印から滴るように火種が落ちる。
触れた地面に水面めいて炎の波紋が広がって、ボウッと立ち上がったのは青紫の炎の鳥居。
それをくぐって、ゆらりと燃が現れた。
「はいは〜い、みんな大好きサブカルお姉さんご登場〜。自発的な瞬間移動はできなくても呼んでもらえば来れちゃうんやな、これが」
「燃さん!」
いつものだらけた私服とは違い、初めて会った日と同じ服装だ。
光沢のない不思議な質感の黒い布地が全身を覆っていて、肩や胸元を保護する金属プレートと合わせて硬質な重みを感じさせる。
現代、あるいは近未来的な戦闘服。そんな印象の格好に俺が目を向けていると、視線を合わせてきた燃が口を開く。
「うわっ、めっちゃ見てくるやんアリヤくん。引くわ〜、やらしい。確かに燃さんのボディラインが結構出てるから見たくなるのもわかるけどな? それにしても怖いわ〜、女として身の危険感じるわぁ」
「いや、そういうつもりじゃ……いつもと違って真面目な格好だなと思って」
「あ、そうそう。アリヤくんチーたらって食べる? コンビニとかで売ってるやろチーズ鱈。お酒飲まん人はあんま食べへんのかな? まあどっちでもいいんやけど、あれがちょっと残ったやつが冷蔵庫の奥の方で眠ってたんよ。それさっき見つけてな、古くなったせいかチーズの断面がぺたっとくっついて二本が一本みたいになってたんよね、グリグリってDNAみたいにねじれて。で、うわ賞味期限アカンかな〜って思いながらも食べてみたんよ。他につまみがなかったもんやから。そしたら革命やったわ。知見を得たね。あれ一本で食べるよりも二本束ねて食べた方が美味いんよ。チーズの塊感も乾燥鱈の食感もどっちも増強してちょっといいお値段しそうな味になったんよこれが! それをアリヤくんに教えたくてたまらんかったわけなんやけど、ところでこれはどういう状況なん?」
「七面會が二人と雑魚が大量。助けてくれ、燃さん」
「えっ……はあ? いやいやいやいや」
挨拶代わりのどうでもいい会話を投げつつヘラヘラしていた燃が目を大きく開く。
櫓の上からこちらを見下ろすアブラとシュラ、それから少し離れて膝をついている血だらけのシエナを順に見てから俺に視線を戻す。
「あ、シエナ弱ってるやーん。あれ殺して帰っていい?」
「七面會が! 二人! 騎士団は学園の利権が欲しいんだろ、シエナ狙ってる場合じゃないんだよ! もう陥落寸前だ! 手伝ってくれ!」
「大声出さんといてくれる!? 私はもっとこう決着前の状況に呼ばれてカッコよく登場決めてね、大物のシエナに引導渡す謎めいた死神的な立ち位置を狙ってぇ!」
そんな燃の肩を、ポンポンとエクセリアが叩く。
「現実を見ないとダメだぞ」
「ひ、姫様に諭された。無知キャラに……!」
愕然とする燃。
そんな燃に仮面越しの目を向けたアブラとシュラは、顔を見合わせて声を交わす。
「どうする、アブラ。深層六騎の燃だ」
「構うこたぁねえよ! 騎士団との小競り合いにも飽きてたところだ。今ここで開戦しちまえ。“七面會”対“星影騎士団”の戦争をなァ!!」
アブラの高慢な宣言と同時に、周囲を取り囲んでいた瘴気モンスターたちが津波のように押し寄せてきた。
「ああ〜もう最悪や! まだ戦争のタイミングじゃないから水面下でちまちま調整されてたのにここで始まるん!? ないないない! え、これ私の責任? 違うよね!?」
「責任は俺でいいから! 戦ってくれ!」
「あ、そう?」
うじゃうじゃ。個々の姿も見分けられないぐらいの密集度で、モンスターの津波が俺たちの頭上を覆った。
陽光が遮られて影が落ちて、洞窟みたいな暗さが俺たちを包む。
そんな常闇の中に、シュゴ、とバーナーの明かりが灯った。
「死にや、雑魚が」
炎に照らされて、燃の紫眼が光の軌跡を描く。
背を反らしながら上弦に孤旋! 炎が美しく三日月を描いて、頭上を覆った魔物の群れを見る間に焼いて蒸発させた。
燃が手にしているのは片刃の奇妙な剣だ。
ほんのわずかに反りのある刀身の柄に、外付けで小さなボンベのようなものが取り付けられている。
そこから刃に沿ってパイプが伸びていて、握り手の部分にはバイクのハンドブレーキが付いている。ブレーキを握るとボンベの弁が開いて炎を纏う仕組みらしい。
それを斜めに垂らして構えて、燃はニヤリと笑みを浮かべた。
「知らへん? シシケバブ。Falloutってゲームに出てくる剣なんやけど、私あれめっちゃ好きでな、知り合いに似たようなの作ってもらったんよ。ほら、私って自分ではそこまで大火力出せないけど炎の制御と安定化は大得意やん? 相性いいんよね。まあシシケバブ呼びもあれやから私はバーナー刀って呼んでるんやけど」
「その武器かっこいい! 燃、私も振りたい! 振らせてくれ!」
「アカンアカン、お子様には過ぎた道具やわ。やっぱ燃さんぐらいの大人の女性やない、とッ!!」
目の前に迫っていた装甲鬼へ、燃は勢いよくサブカルソードを振り上げる。
高熱が分厚い鉄板を溶解させて、ブスプスと焦げた鎧が崩れて瘴気が散った。それを契機に、燃は炎剣を片手にモンスターの群れへと身を躍らせる。
「責任ないなら気が楽やわ。斬って燃やして斬って斬って燃やして焼いて焼いて焼いて焦がして!! あはははは!!」
「ば、バケモノかよ……!」
凄まじい。正確な剣術ではなくて、思うがままに炎と刃を振り回している。だがデタラメではなく、型を舞うような美しさも垣間見える。
迫るゴブリンの爪を剣先でちょいとズラして、深い踏み込みざまに前傾姿勢で刺突。喉首から刀を入れてブレーキレバーを引き絞る。すぐさま排出、刀身に供給される魔素燃料。体内で炎がヒュゴと燃えてぼんぼりのように光るゴブリンの頭に左手をポンと添えると「ボン」と一言。花火になって弾けるゴブリン!
花火で散った火の粉が周囲の魔物に降り注いで、その全てが触れると同時に強火で燃え広がる。乾いた土地の森林火災はこんな感じなんだろうか。そんな連想をしてしまうほどに速く強く、青く紫、燃の瞳と同じ色の炎がおどろおどろしくモンスターたちを包み込んでいく。その只中で傷一つ受けず剣舞する燃!
「アリヤくーん、責任取るって言ったの忘れたらアカンよ〜!」
この前挑んでたら殺されてたな。そんなことを頭の隅で考えつつ、俺も戦いへと意識を没頭させていく。
指先に魔力を巡らせて、皮下の血管を意識的に弾けさせた。
吹き出す血液、造型されていく赤黒い矢、そして弓。
学園で過ごした数日間に、俺はいくつかの武器の構造を集中的に学んでいた。魔法はイメージだ。細かな造りを思い浮かべられたなら、多少複雑なものでも血から再現できる。
滑車、リム、ハンドル、ケーブル、スタビライザーに照準、部位によって硬度を調整しながら再現してみせたのは、最先端の洋弓、複合弓だ。
ただの弓とは威力も安定性もまるで違う。素早く血の矢を番えながら、俺はエクセリアに「防御頼む!」と声をかけた。
(集中しろ、集中。照準器は再現できてる。掴んだ重さと具合も悪くない。あとは……射つ!!)
指にかかっていた弦の圧力が消えて、鋭く空気を裂く音がした。矢を放った!
魔力の血で練り上げられた赤の矢が高台にいるアブラへと迫る。迫る。迫る! 火炎!!
「くそ、矢が焼かれた。ダメか」
「いきなり狙ってくるとは殺る気満々じゃねえか。活きが良くて嬉しいぜ!!」
「櫓から飛び降りた!」
狙撃にこそ失敗したが、七面會の意識さえこっちに集中させてしまえば、シエナとエヴァンにもそれぞれ活路が生まれるだろう。
そんな考えに応じるように、CLの上着を羽織ったシエナの仲間の少女がバイクで戦場へと乱入した。
後ろで黒髪を束ねた彼女は負傷したシエナをバイクに拾い上げると、「藤間或也、感謝する!」と声を上げて走り去っていく。
「これでシエナは大丈夫だ。あとは」
「今度は殺すぜ」
「後ろにっ……!」
視界がパッと切り替わり、俺は自分がテレポートさせられたことを知る。
今度は前回の短距離テレポートじゃない。上空100メートル、落ちれば即死は確実!
アブラが立っていた櫓を見下ろせるほどの高空で自由落下を感じながら、俺は俺の背に手を当てたシュラと睨み合う。
「仲間の心配をしてる場合か? テメーはここで死ぬ。潰れたトマトになっちまえ」
「いいや、死なないね。アンタへの対策は完璧だ」
空中戦だ。リベンジマッチだ!




