★24話 激流
「ジャストアイデア。あ、自分はこれ好きじゃなかったんだって突然気付くことない?」
シエナとエヴァンと俺とを順に見回して、リズムはまるでビジネスのプレゼンをするように両手を広げながら話を切り出す。
「僕はあるよ。例えばこの前カフェで遅めの昼食を取ってたんだ。平凡なチェーン店さ。結構好きな店でね。特別美味しくはないけど、コンセント完備でノマドワークに適してる。PCも触りながら小一時間過ごすのが良くてね」
「いや、何の話だよ」
思わず横槍を入れてしまったが、リズムは両手を下に沈めるジェスチャーを俺に向ける。
まあ落ち着きなよ、とでも言いたいのか?
「頼んだのはランチプレート。サンドイッチとサラダ、たぶん冷食の小さなフライドチキンが二つとホットコーヒー。ドレッシングのボトルが二つ付いてきて、どっちを使ってもいいんだ。サービスいいよね? それで僕はフレンチドレッシングのボトルを取ってサラダにかけて食べたんだけど、ふと気付いちゃって。あれ? 僕って別にフレンチドレッシング好きじゃないなあって。僕が好きなのはシーザードレッシング。フレンチドレッシングはそれと色味が似てるからなんとなく使ってただけで、よく考えればむしろ嫌いじゃないかって。“気付き”、だよね。僕の中で一つのパラダイムシフトが起きたわけ」
ペラペラペラペラと舌がよく回る。
浅く腕組みをして語っていたリズムは、そこから右腕だけを垂直に起こすとピンと人差し指を立てた。
「僕が君を裏切ったのも、そんなフィーリングかな。シエナ」
「……話が長いよ、リズム。つまり、私のことが嫌いだったって気付いたから裏切った。そう言いたいのかな」
「んー? シエナ、君のロジックはいつもシンプルだよね。そう解釈してもらってもいいし、ヴィジョンを共有できなくなったと捉えてもらっても問題ないよ」
「おい……おい、待ってくれよ、リズムさん!」
声を張り上げたのはエヴァンだ。
全身傷だらけのままだが、脚を震わせながら膝立ちでリズムを見る。
「あんた、一体どうしちまったんだ? 俺たち兄妹を学園に呼んでくれたのはあんただ。あの時、リーダーの手助けをしたいって語ってくれただろ? 反シエナ同盟を組んだのもあんたの提案だった。生徒たちに不満を溜めないためのガス抜き役として、大っぴらに反抗するグループがいた方がいいとか言って!」
「実際問題、同盟は機能してたと思うよ。悪くないプランだったと僕は思ってる」
「な、何がプランだよ……!? 俺がシエナに勝って休ませたら、その間の策も考えてあるって言ってたじゃねえか! なんでシエナが撃たれてる!? リーダーにここまでケガさせちまって、門の防衛はどうする気だ!」
語気を荒げたエヴァンからの詰問に、リズムは人差し指でこめかみをトントンと叩きながら答える。
「うーん、ちょっとドライに感じるかもしれないけど、僕がやりたいのって昔から一貫してリアルなビジネスなんだよね。前は学園がその足がかりになると思ってたけど、もっといいステークホルダーが現れたから乗り換えただけだよ。ああ、ステークホルダーは利害関係者って意味ね」
猛烈な爆発音と共に、正門に火がかかった。
巨大な鉄扉が破壊されて、堰を切ったように黒い濁流が学内へと流れ込む。
黒いそれは水じゃない。全身が瘴気で形成されたモンスターの群れだ。
そしてその波に乗るように、巨大なトレーラーの上に築かれた鉄骨の櫓が堂々と敷地への侵入を果たす。
その櫓の上に立つガスマスクの男を指先で示しながら、リズムがビジネスマンの表情で片眉を上げた。
「紹介するよ。僕の現ビジネスパートナー、七面會のアブラ氏さ」
「テメェこの……! 七面會と組みやがったのか! クソメガネが!!」
「伊達メガネなんだけどね、これ。だってアブラ氏、僕の起業に出資してくれるって言うからさ。テイク・ア・チャンス。この期を逃すのはNGじゃない?」
「……な、っ……はあ……?」
手前勝手にもほどがある。自分都合の理屈をつらつらと並べ立てるリズムに、エヴァンは怒りを通り越して唖然と口を開く。
銃口を向けられているシエナは、ただ悲しげにじっと口を結んで……刹那、鋭くリズムへと銃を引き金を引く!
だが、その弾丸は届かない。リズムの周囲に立っていた反シエナ派の面々が彼を庇い、肉の盾になったのだ。
それどころかリズムの代わりに撃たれた青年は、弾を受けても表情が変わらない。血を流しても声を上げない。明らかに妙だ!
「リズム、テメェ! そいつらに何をした!?」
「うーん、洗脳?」
「はあ……!?」
「エヴァン、君たちを強化するって魔法をかけたよね。君は断ったけど。あれ、強化じゃなくて洗脳の仕込みだったんだ。君たちは頭が良くないけど、大丈夫。これまで通り僕に付いてくればマンパワーとして使ってあげるからさ。win-winの関係でいこうよ」
すしざんまいの社長みたいなポーズを決めてウィンウィンとうそぶくリズム。どこがだ、一方的搾取じゃないか。
いきりたって飛びかかろうとしたエヴァンを、そばにいたイリスが地面へと押さえ付ける。
「お兄様、大人しくなさいませ!」
「イリス……!? くそッ、お前も洗脳されてんのか……!」
「はっ、そうだ。エクセリア! どこ行った!?」
背後を見てもエクセリアの姿がない。リズムの言う強化魔法が嘘で洗脳のトリガーだと言うなら、あれを受けてたエクセリアも洗脳を受けているかもしれない!
慌てて辺りを見回した俺の目に留まったのは、リズムの後ろで反シエナ派のメンバーと一緒に武器を構えているエクセリアだった。
手渡されたバットを構えて、アホみたいな顔をしてブンブンと振り心地を確かめている。
洗脳された生徒たちがめいめい武器を構えたのを確認して、リズムがすっと前方を指し示した。
「さ、みんな。敵を排——」
「私を騙したな!? 死ねえ!!」
「除っがは!!」
リズムの後頭部めがけてエクセリアがフルスイング!
思い切りよく振られたバットが見事にリズムを捉えて、白フレームのメガネが落ちて割れる。
「っ、ぐ、あう……!? や、やめろ、僕がいないと、彼らの制御は」
「死ねええっ!!!」
「ぐがあっ!!?」
容赦のない二発目で意識を刈り取られたリズムを踏みつけながら、エクセリアが高らかに声を上げる。
「私はこの世界の姫だ! ……と、聞いた。あんまり覚えてないが。とにかく! この私に安い洗脳などが通じると思うな! 私は私を利用しようとするやつを許さん! ぜーったいに許さん!!」
「エクセリア! わかったから早くこっちに戻っておいで!」
「ふん、せいせいしたわ! 白メガネめ、わかりにくい言い回しばかりして!」
エクセリアがリズムを倒したおかげで戦況が改善するかと思いきや、武器を構えていた反シエナ派の面々はうめき声をあげて暴れ始めた。
リズムがさっき言ったことを信じるなら、彼が倒れたことで洗脳下の彼らの制御ができなくなってしまったのだ。
「っ、ぐがあっ!! うるるるる……!!」
獣のように吠える少女の声がした。
見ると、イリスが兄エヴァンへと掴みかかって牙を剥いている。
人狼の家系と言うだけあって、イリスも兄と同じように獣耳、牙、爪に尾が発達した形態へと体が移行している。
「グッ、落ち着け……イリス……!」
「グアウッ!! うるるァッ!!」
半獣化したイリスの動きは兄と似て俊敏だ。
兄が負傷して弱っているのも手伝って、レスリングのように取っ組み合う二人の戦いは妹の優勢に見える。
妹がエヴァンの肩に牙を立てて、血がじわりとにじんで滴るのが見えた。
まずい、まずい、まずいぞ、もうめちゃくちゃだ!
だが、シエナは「ファインプレーだよ」とエクセリアに口を開く。
「リズムに場の主導権を握られたままよりはいい。早く、この状況をなんとかしないと……!」
「シエナ、君は動かない方がいい! その傷じゃ致命傷になる!」
「けど……っ」
痛みに顔を歪めながら、シエナが見据えたのは正門の方向だ。
そう、リズムをどうにかしたところで彼は前座に過ぎない。大問題はここからだ。
櫓を載せた大トレーラーが近付いてくる。
車両の周囲はアブラと同じくガスマスクの兵士たちで固められていて、彼らは威嚇的に太鼓を打ち鳴らす。
ドドンドドンドン! ドドンドドンドン! 一定のリズムで響く重低音。櫓から突き出たパイプから四方八方に炎が噴き上がって、高台に立つアブラが雄叫びを上げた。
「さんざっぱら焦らしてくれたなぁオイ!!! お待ちかねの蹂躙タイムだガキどもッッッ!!!!」
と、アブラは俺を見て不思議そうに首をひねる。
「あん? お前あれだろ、転移者のなんとかアリヤだ。なんでここにいる?」
「ええと、成り行きで……」
「ほー。まあいいさ!! 戦うなと言われちゃあいたが、この遭遇は不慮だ! 不慮の事故だ! 殺しちまってもオーケーだろ!? なあシュラ!!」
「ああ、今度はブッ殺す」
(げえっ! シュラまでいるのか!?)
マーケットで俺をボコボコにした黒ジャージ仮面の男、テレポーターのシュラがアブラの隣に立っている。
まずい、今回出張ってきている七面會は一人じゃなかったのか。
虚鬼、装甲鬼、彫像兵。
アブラの支配下にある雑多な瘴気モンスター群もわらわらと俺たちに迫ってきていて、比喩じゃなく四面楚歌の状況になりつつある
「上等だー! マスカラだかカステラだか知らんがまとめてかかってこい!」とバット片手に息巻くエクセリアはともかく、シエナは大怪我、エヴァンは妹のイリスと格闘中。
「学園自治連合は私が守らなくちゃ……私が戦う。私がなんとかするから……っ、アリヤ、エクセリア、私をサポートして……!」
「畜生、畜生っ! 止まれッ、止まってくれイリス! 俺はお前を怪我させたくねえっ!」
どうすればいい? 状況を打開するために、俺は何をすればいい? 思考の間が欲しい!
来い……来い! 来い!! 選ばせるなら今だろうが!!!
————鐘が鳴った。
『運命分岐点』
「ああ、そうだよな!」
『今ここが、お前の運命を大きく分かつ岐路。選択肢を示そう。選ぶ権利を与えよう』
「選択肢を出してくれ!!」
【①.シエナのサポートに回って共闘する】
【②.エヴァンをイリスから助けて共闘する】
【③.肩の印に魔力を通して燃を呼ぶ】
運命選択の力は俺の脳内を整理する。浮かんだ考えを即座に取捨選択してノイズを省く。
そうだ、七面會 二人を相手に自分たちだけで挑むのはありえない。それはわかってる。
じゃあ誰を頼る? 問題はそこだ。決めるしかない!
俺が選ぶのは——




