22話 リズム
中折れのパナマ帽にポロシャツとハーフパンツ。
やけにカジュアルだが絶妙に意識高い系な格好で俺たちの前に現れたリズムは、俺からユーリカの怪我とシエナとエヴァンのいざこざの経緯を聞いて「うーん」と首を傾げる。
「シエナがエヴァンを問い詰めたのにはエビデンスがなかったわけだよね?」
「なんだ? 海老?」
エクセリアが眉をしかめる。俺もピンと来ない。カタカナ語を使うな。
「ンー、わからないかな? 証拠って意味だけど。確かめないで因縁を付けちゃったなんて彼女らしくもない。バッファなくなっちゃってるのかな。ああ、バッファは余裕って意味。僕は反シエナ派の彼らにもっと明確な業務をアサインしちゃえばいいと思ってるんだけどね。リスクヘッジ的にも。彼女クレバーだけど、イシューを処理するためのヴィジョンが少し欠如してるとこあるから」
「なんて?」
カタカナ語、カタカナ語、カタカナ語。エクセリアの眉間にさっきよりもっと深いシワが寄る。
まあきっと大したことは言ってないだろう。俺は頭に入ってこなかった部分を聞き流すことにして話を続ける。
「ええと、リズムくん」
「リズムでいいよ」
ウインク。腹立つな。
「リズムは副リーダーなわけだろ。あの二人の喧嘩を仲裁できたりはしないのかな」
「無理だろうね。ほら、彼らいわゆる反体制主義者じゃない? リーダーに反抗してるところで副リーダーの僕が間に入ったって結局同じ権力者なわけで。問題構造が何も変わらないよ」
「まあ、それはそうか……」
リズムの言う通りだ。溜まった不満を解消させるには、やっぱり派手に爆発させるしかないのだろうか。
俺が考え込んでいると、リズムが別の話を持ち出してきた。
「ねえ、君 深層六騎の燃と知り合いなんだよね?」
「深層六騎……ってなんだ? 騎士団の燃さんなら知ってるけど」
「同じだよ。深層六騎っていうのは星影騎士団で上位六人の実力者のことだから」
「し、知らなかった……あの人そんなに強いのか?」
七面會のシュラが警戒してたから実力者なのだろうとは思っていたが、そんな四天王とか五虎将軍みたいな名前が付く幹部ポジションだったとは。
酒浸りだったり運転が荒かったり部屋が散らかってたりと、思い浮かぶのがそんな要素ばかりで強者イメージとイマイチ結び付かない。
「知り合いなんだね。へえ、人脈持ってるんだ」
「人脈……いや、まあ、そんな大層なもんじゃないよ。たまたま成り行きで知り合いってだけで」
「ふーん。それじゃ君、シエナの暗殺でも狙ってるの?」
「!?」
不意を突かれて、俺は思わず身を固くする。
そんな俺の横で、エクセリアがギッとリズムを睨みながら怒り散らす。
「なんだ貴様、失礼な奴め。この私が暗殺などと姑息な真似をするものか。やるなら正面から堂々とやるわ!」
「彼は図星って顔してるけどね」
「ん? おいアリヤ、なんだそのビックリ顔は。……まさか! そうなのか!!?」
「し、してない! 全然! 確かに燃さんから話はあった。けど、断ってるから!」
「はあ〜〜!? 断ってようがなんだろうがなんで私に話さんのだ! 怒るぞ!」
「うぐうっ!」
俺の腹に一発パンチを入れながらエクセリアが怒る。
怒りながら怒るぞって言われても困る。もう怒ってるじゃないか。
エクセリアは嘘や隠し事が苦手そうなタイプだし、教えないようにと燃が言外の圧力を掛けてきていた。
だから話していなかったのだが、そんな説明をエクセリアにすれば余計に怒るだろう。
仕方ないので謝りながら「あとでちゃんと説明するから……」と弁解すると、エクセリアのパンチがもう一発腹に入った。
「ぐううっ!」
「次からは私にもちゃんと話せ! 怒るからな!!」
「わ、わかった……」
そんな俺とエクセリアのやりとりを、リズムは片手に持っていた意識の高そうなスムージーを飲みつつ眺めている。
とりあえずエクセリアが落ち着いたのを確かめてから、「発言いいかな?」と指を立てる。
「シエナは馬鹿じゃないからね、君を招き入れるリスクも認識してるはずだよ。もちろん刺客の可能性も……というより、刺客前提で接してるんじゃないかな」
「そ、そうなのか。いや、殺そうとはしてないんだよ。本当に」
「それでも呼んだってことはそれなりのメリットを見てるんだろうね。彼女の決定に口を挟む気はないよ」
そこまで語ったところで、リズムは過去を懐かしむような眼差しを浮かべる。
「僕ね、シエナとは幼馴染みなんだよ」
「へえ! そうなのか」
「家が近所だったし、親同士が深いビジネスパートナーでね。子供の僕らも顔を合わせる機会が多かった」
リズムは懐からスマホを取り出して、画像フォルダの古いところから写真を取り出してみせる。
そこには確かに幼いリズムとシエナの姿があった。
リズムの顔には今の若手実業家っぽい小賢しさがなくて、シエナには今と違って重い責任を背負っているような表情の影がない。
俺とエクセリアが「可愛いな」と素直な感想を述べると、リズムは「同感」と相槌を返してくる。殴っていいか?
「彼女、昔からジェンダーレスなとこあるじゃない? いい意味で女性らしくなくて。男のするような遊びにも普通に混ざってくるものだから、性別の垣根なく友人として遊んだりしてたよ」
「今とイメージそんなに変わらないな」
「彼女は変わらないね。変わったのは僕の方かな?」
そう言って、リズムは少し自嘲気味に肩をすくめてみせる。
いけすかない要素だらけのこいつも、今の自分に少し疑問を抱いてたりするんだろうか?
「この写真の頃からは10年以上過ぎてる。生き方はだいぶ変わって趣味が合わなくなって、個人的に親しい友人ってほどの距離感じゃなくなった。よくあるよね、幼い頃に親しかった子とも、お互い大人になってみたらタイプが違ったなってこと」
「まあ、あるよな。子供の頃なんてみんな人格が出来上がってないわけだし」
「そう。それでも一緒に過ごした時間はそれなりに長いからね。この街で数少ない自由が約束された学園自治連合ってフィールドを守りたい。その想いは僕と彼女の間で強く共有されてるんだよ」
白フレームのメガネをくいっと上げて、リズムは改めて俺たちへと目線を向ける。
「都合が合えばでいいんだけど、これからもシエナの味方になってあげてくれないかな。副リーダーの僕が彼女に味方してしまえば学園内の権力構造が固まりすぎる。それは避けるべきだからね」
「ああ、わかったよ」
「シエナとユーリカは好きだ。美味しいものをくれるから。ま、味方してやらんこともない!」
正直、俺はこいつのことを一方的に気に食わないと思っていたのだが、幼い頃の写真だとか人間味を見せられると、少し自省しないとなという気持ちになる。
色黒で髪をピンクに染めてたっていいじゃないか。ZOZOの前澤みたいなファッションだっていいじゃないか。人間性の本質を見ないとな。
そんなことを考えていると、リズムが口を開いた。
「あと気になってたんだけど、君そのシャツの着こなしオシャじゃなくない? 僕がプロデュースしようか」
「いや、結構」
前言撤回。やっぱり腹立つな、こいつ。
そこまでで話は終わったようで、リズムは「それじゃ」と言って立ち去ろうとする。
と、そこで何かを思い出したように足を止めて、掌に光を灯しながら両手を差し伸べてきた。
「そうそう、君たちがシエナへの刺客かもと思って話してなかったけど、僕は仲間の能力を引き上げる魔法が得意なんだ。手を握ってくれる?」
「能力を上げるだと? 面白い!」
止める間もなくエクセリアはガシッとリズムの手を掴んだ。
だが、俺は迷う。俺の肩には燃の炎の刻印みたいな魔法が付与されてる状態だ。そこに何か別の力を上書きして大丈夫なんだろうか。
それに、その魔法は本当に信用していいものなのか?
「あー、俺はまた今度にしとくよ」
そう言って断ると、リズムはそれほど気にした様子もなく「そう?」と言って、エクセリアの手に力を込めた。
リズムの手がピカッと一瞬まばゆく光って、それだけで彼は手を離した。
「終わったよ。じゃ、僕は仕事があるからこれで」
去っていくリズムの背中を見ながら、俺は「何か変わった?」とエクセリアに尋ねてみる。
エクセリアはぴょんぴょんとその場で跳ねて、拳をまっすぐに突き出してみせてから笑う。
「うん、なんか身体能力が上がったような気がするぞ!」
「ような気ねえ。飛躍的に上がったりするやつじゃないのか」
「ま、そんな都合の良いものはないだろう。それよりアリヤ! 今後は私に隠し事をするなよ! 私は利用されるのと騙されるのが一番嫌いなんだ!」
「わかったよ、悪かった。本当にごめん」
「フン、今回は許してやるがな、次はあれだぞ、身体能力向上パンチが火を吹くからな。私は私を利用したり騙してきたやつは殴り倒してやると決めている!」
シュッシュッと拳を繰り出すエクセリアを横目に見ながら、俺はしっかりと自戒しておく。
姉さんと似てるってのを抜きにしたって、エクセリアはこの世界でたった一人の仲間だ。信頼関係を損ねるのは良くない。
それはそうと、リズムと話している間にそこそこ時間が過ぎてしまった。時間を確認してからエクセリアに声をかける。
「もう少しで午後だ。シエナとエヴァンの戦いが始まる。行かないと」
「む。そうだな!」




