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205話 同盟

「ん~……ま、ええよ。手ぇ組も。もちろん、何する気かは先に聞かせてもらうけど」


 思案顔から一転、燃はパッと両手を広げて笑顔を見せた。

 曇天から急に晴れ間が覗いたかのような急変に、これまで燃とまるで面識のない四狭グゥエンは、あからさまに裏があると考えて表情を引きつらせる。

 実際、燃とレイの間には因縁がある。なにせホテルの件では本気で相手を殺そうとエレベーター内で刃を交わした間柄だ。

 レイが人ではなく星の意思(イデア)だという根本的な問題は何も変わっていないままで、燃のやたらフレンドリーな笑みの裏にはもちろん魂胆がある。


(どんな意図があるか知らへんけど、こいつらをフリーにさせとくのもちょっと危険やわ。上手いこと場が回れば魔女にぶつけられる戦力になるかもしれへんし? ラクちゃんとすぐに合流できるかわからへん以上、単身でクソ魔女と戦わなアカン可能性もあった。それを避けるためにもこいつらとは同行しとくべきやね)


 そんな魂胆を察してか察さずか、レイもまたフレンドリーな笑みを浮かべて握手を差し伸べる。

 女性にも見える中世的な彼と、見た目だけは単なる美人の燃が笑顔で手を握り合えば絵面は良い。

 だが双方一筋縄ではいかない雰囲気が見え隠れしていて、グゥエンは顔をしかめずにはいられない。

 だが、彼には彼で思うところがある。

 このまま藤間或也らしき何かの死体の一部なり確実に殺した証を持って帰れば、血の門(シュエメン)の中での自分の立場を保つことは十分できるだろう。

 だが、それで大丈夫か? この不安定な世界の空はひび割れ、砕けて、別の世界から押し寄せた軍勢と星影騎士団(ステラ・イドラ)との戦いが始まっている。

 血の門(シュエメン)なんて土着マフィアの中での地位を確保したことで安心していようが、あの奇妙な侵略軍が騎士団を圧倒してしまったら、関係なく殺されてしまう可能性だってあるんじゃないか?

 暗殺者なんて裏家業にどっぷり手を染めているが、グゥエンの感性はいたって普通の小市民に近い。

 人殺し家業からはさっさと足を洗って、計画的に貯めてきた貯蓄をうまく運用して、中の上……いや、上の下くらいには恵まれた余生を送るのが彼の人生設計の目標だ。

 血の門(シュエメン)の中で一定の立場を得ることに腐心しているのも、組織を抜けた後の安全を確保するための地盤固めに過ぎない。

 四狭のリーダーなんて言ったってしょせん寄せ集め集団の責任者にされたに過ぎない。グゥエン自身の感覚から言えば、そう、今はバイトリーダーを任された程度のふわついた立場なのだ。

 そんなごくごく平凡な自分が、果たして別世界からの侵略軍の中を生き残れるだろうかと彼は自問する。

 答えは否。そんなことできるわけがない。この街にいる怪物じみた強さの人々は一騎当千とまでは行かずとも、当五百くらいの強さは誇っている奴ばかり。

 だがグゥエンの強さはせこせこと場を整えて、不意打ちだったりなんだりでどうにか一対一の勝利をもぎ取れる程度のものでしかない。

 生き残れる確率を少しでも高めるためにはどうすればいい? そう考えた時、彼は目の前にいる二人に活路を見出してしまう。


(待て待て? 騎士団序列四位の燃に、あの手練れのレイだろ? 一体何をする気なのかはわからんが、都市きっての強者のこいつらと同行すれば少しは生き残りの率が上がるんじゃあないか。ああそうだ、少なくとも血の門(シュエメン)のチンピラ連中やボケた爺どもと一緒にいるよりは安全な気がするぜ。あそこにいたって避難用のシェルターに入れてもらえるわけでもない。まあ雑兵どもよりは重用されるだろうが、最終的には幹部連中とその家族が籠もったシェルターの前で立ち番がいいとこだ。絶対に嫌だぜ~そんなの。なんであの耄碌したジイさんたちのために俺が命を張らなきゃならんのさ)


 結論から言えば、これは判断ミスだった。

 だがこの時の彼には燃と雷の二人が地獄に垂れた、一筋のクモ糸のように見えてしまったのだ。


「なあレイよ、俺も参加していいか」

「あれ、いいのかい? 確かに誘ったのは僕だけど、てっきり君は乗り気じゃないものかと思っていたよ」

「いやいや、思い直したんだ。俺は勝ち馬に乗りたい……ってより、負けて死ぬのだけはごめんなんだ。一口乗らせてくれよ。な、いいだろう」

「構わないけどね。働いてもらうよ?」

「ありがてえ。そっちのあんたも臨時の同盟ってことで、一つよろしく頼む」

「ん、はいはい。こちらこそよろしくな~」


 燃と握手を交わしたグゥエンは、ひとまず自分の身の安全度が上がったように感じてしまう。

 まったく意思の統一が為されていないまま、レイが「それじゃあ」と口を開く。


「僕の計画を簡単に説明するよ。まず…………」




----------




 パンドラの都市部は、礎世界からの軍勢が襲来したという驚愕と、魔女に力を与えられた者たちの暴走によってパニックが起きている。

 恐怖が恐怖を呼び、悪質なデマが人々の間にしきりに飛び交う。

 パニックに乗じた窃盗や強盗があちこちで頻発していて、コンビニやスーパーには意味もなく食料などを買い求めに来た人々で溢れかえり、略奪を受けて空になった店も少なくない。

 そんな中、また違った混乱に巻き込まれているのが学園自治連合(キャンパス・ライン)のメンバーたちだ。

 戦力を得るためにランドール家の浮気調査に協力していたうちに、都市全体が大きく動いてそれどころではなくなってしまった。

 学園が敵と想定していた七面會(マスケラド)は内部から瓦解したという情報があちこちから伝わってくるし、ランドール家の当主であるマクシムは手勢を率いてどこかへ出陣したなんて情報も伝わってくる。

敵も同盟相手も急にいなくなってしまったような状況だ。ここに来て取り残されている状況に、若者たちは戸惑いを隠しきれずにいる。

七面會(マスケラド)やランドール家にとって、学園自治連合(キャンパス・ライン)はしょせん学生の集いに過ぎなかったのかもしれない。突然放り出された今、何をするべきなのか、若い彼らにとっては難しすぎる判断だ。

 学園に所属していた子供たちのうち三割ほどはパニックに恐れを抱き、学園を飛び出して実家への慌ただしい帰路に就いた。一般生徒だけではなく、自治会の役職を担っていたメンバーも数人帰ってしまった。

 だが、それでもその他のメンバーは自分たちがやるべきことを見定めようと動いている。

 顔を険しくしているシエナの下へ、学園の運営メンバーの一人が息を荒げて駆けよってくる。


「シッ、シエナさん! マクシム・ランドールの標的が分かりました!」

「聞かせて」

「マクシムが戦力を率いて追っているのはレオナルド・クラウン! し、シエナさんのお父さんです!」

「目的は?」

「わかりません! ただ、クラウンメディアネットの本社ビルが先ほど爆破されて、そこからレオナルド・クラウンが何かを抱えて出てきたという情報がありました。その「何か」を狙っているんじゃないかと報告が……!」

「うん、わかった」


 シエナは父の魂胆を知っていた。

 テレビ局が爆発した意味はわからないが、どうせ神がどうだとかいう陳腐で迷惑甚だしい野望のために動いているのだろう。

 マクシム・ランドールはそれを奪いに? わからないが、あの野心家の男なら神という概念に関心を持ってもおかしくはない。

 他に誰が絡んでいるんだろう。七面會(マスケラド)のアンヘルは絡んでいたけれど、今も父と同行しているんだろうか?

 頭の中で考えを巡らせながら、それとは裏腹に体はてきぱきと身支度を整えていく。

「出るね」と告げたシエナに、ユーリカが不安そうな顔で問いかけてきた。


「シエナちゃん、どうするの?」


 問いの意味はわかる。

 シエナは元々父の野望を止めるべく、彼を殺すことを目標にしてきた。

 だが同盟相手だったランドールが父を追い、仮に彼を殺して「何か」を奪おうとしているとして、シエナは果たしてどう動くべきなのだろう?

 わからないまま、シエナはコートを羽織って前を向いた。


「着いてから決めるよ!」


 シエナ・クラウンが戦場に出る。

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