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197話 違和感と急襲

 アリヤとエクセリアにとっては降って湧いた襲撃だったが、シュラにとってはそうではない。

 かねてより丁寧に準備を整え、幾重にもシミュレートを重ねた上での急襲、その手順に抜かりはない。

 彼が率いる部隊はよく訓練された動きで銃弾を放ち、榴弾を炸裂させ、たちまちのうちにテレビ局内に布陣した敵の陣形をこじ開けていく。

 守りが堅牢な箇所ではアリヤも手を貸したが、正直不要だったんじゃないかと首を傾げずにはいられないほど。

 カラスの十八番である毒ガスの散布に備えたガスマスクをシュラはアリヤとエクセリアの分まで抜かりなく用意していて、至れり尽くせりの先導に案内されながら警備室へと辿り着くまではすぐだった。


「動くな」


 そう告げながら拳銃を片手に警備室へと乱入したシュラめがけて、虚を突くようなタイミングで扉の影からフード姿の連中が短刀を持って突進し、銃のトリガーを躊躇なく引いた。

 だがシュラは雷光のように反射してみせ、銃を持った相手の裏を取るように瞬時の短移(イーシャ)を発動。

 瞬間移動と同時にピストルの引き金を引いて、銃持ちの背中と後頭部、短刀を持った二人にもそれぞれ銃弾を二発ずつ浴びせて殺した。

 同時にシュラの部下たちが警備室内で武装していた連中を素早く制圧して、うち一人の腕を後ろ手にねじり上げて組み伏せる。そこへ歩み寄って問いかけたのはシュラだ。


「アンヘルとカラスはどこだ?」

「ひっ、光あれえ! 万物万象に森羅の光の恵みあれえっ!」

「もういい」


 聞き出せないと見ると即座に頭を撃ち抜いて、シュラは局内に設置された監視カメラの映像が網羅されているモニターへと歩いていく。

 アリヤとエクセリアは何もできずにいる。シュラやその部下であるプロの傭兵たちの戦闘はとにかく洗練されていて、アリヤたちのような素人が介入する余地がほぼないのだ。

 アリヤが不慣れなガスマスクに息苦しさと居心地の悪さを感じていると、横からついついとエクセリアが袖を引いてきた。


「ねえアリヤアリヤ」

「ん、どうかした?」

「あそこのモニターに芸能人が映ってるぞ! お昼番組の司会やってるジェイミー・ウィルソン! 芸人のクレーンズもいる! あっちは歌手のミラ・モモセ! すごい!」

「そりゃまあ、テレビ局だからなあ。この騒ぎで収録は止まってるっぽいけど」

「テレビ局ってすごいなあ。サイン貰えないかな」

「テレビっ子に育っちゃったな……」


 アリヤはどちらかと言えば現代っ子まっしぐらに、テレビよりもネットを情報源として重宝しながら生きてきた世代だ。

 マスコミは全部ゴミだなんて偏った思想を持っているわけでもないが、いくらかの不信感と冷めた目線をマスコミに対して向けている節がある。

 しかし記憶喪失のエクセリアにとって、テレビは記憶の欠落をカバーするための数少ない情報源だった。脳内が空っぽになっていた彼女にとってはテレビは万能の面白映像ボックスで、出来の良い番組はもちろん、周期的に同じ話題ばかりを繰り返しているワイドショーもありきたりな筋書きのドラマも、新鮮に興味を惹いてくる最高の娯楽だったのだ。テレビっ子に育ったのも無理はない。

 まあそれに文句を言うつもりは別にないのだが、ガスマスクに狭められた視界をキョロキョロと左右に振るエクセリアに一応の釘を刺しておく。


「テンション上がるのもいいけどさ、ここ敵の本拠地みたいなもんだからな。ちゃんと警戒はしといてくれよ」

「む、うん。うーん……」

「なんだよ、歯切れの悪い声出して」


 エクセリアは素直には頷かず、しかし抗弁するでもない。

 珍しい反応だ。良くも悪くもまっすぐに感情を出すことが多いエクセリアは、納得すればきちんとそれを示すし、不満があれば堂々と訴えてくるタイプ。

 しかし今日はどちらとも言い難い反応を示してきていて、感情の居所がいまいち読み取れない。

 アリヤが様子を伺っていると、エクセリアは戸惑いと確信が入り混じったような目をマスクの下に覗かせながら口を開いた。


「なんだが曖昧な話なのだが……アリヤ。今日、私たちの出番はまだなんじゃないかと思うのだ」

「出番がまだ? まあシュラと部下の人たちが片付けてはくれてるけど、あんまり集中を欠くのも良くないぞ。俺だってもう一回は攻撃受けたし」


 アリヤは警戒を促すように刺された腹部と血に染まったシャツを見せる。

もうとっくに傷は塞がっているが、無駄に頑丈なアリヤの体質だから耐えられただけであって、もしエクセリアが同じことになればもちろん危険だ。

そんな戒めを示すつもりで見せたのだが、エクセリアはそんなことは知っているとばかりにフルフルと首を横振りする。


「子供をあやすような物言いはやめろ。そうじゃなくて……うー、うまく言えなくてもどかしい。えっと、今日の私はなんだか冴えているんだ」

「へえ。冴えてるって頭が?」

「いや、うーん。勘というか感覚というか……とにかく、なんか先を見通せるみたいな感覚がある」

「先を見通せる……って、なんだよそれ。めちゃくちゃすごくないか? 未来予知的な?」

「あ、いや、そこまでのものじゃないぞ。でもなんか、ここのテレビ局……クラウンメディアネットには、あんまり重要さを感じないんだ」


 妙に確信めいた口調でそう述べるエクセリアを見ていると、なぜかアリヤまで「じゃあ適当でいいか」と雰囲気に飲まれそうな心地になる。

 ありえない。今ここが正念場なのは明らかなのだが、しかしそれでもエクセリアの語調は不思議と真実味を感じさせるものだった。

 だが、そんな奇妙に酩酊めいたムードを振り払うかのようにシュラの声が響く。


「いたぞ……! カラスとアンヘルの二人ともだ」

「本当か!」

 

 アリヤは頭を振るって気持ちを入れ直し、エクセリアにほら見ろとばかりにチッチと指を揺らしてみせてからシュラの下へ向かう。

 クラウンメディアネットの社屋はとにかく広く、警備室と役割を兼ねているモニタールーム内には数え切れないほどの監視カメラの映像が映し出されている。

 その中の一つをシュラが指差した先には、確かにカラスとアンヘルの姿が映っていた。しかも二人ともが仮面を取っている。元は仲間だったシュラが素顔を確認したのだから間違いはないだろう。

 シュラが瞬間移動の精度を高めるべくテレビ局内の見取り図を確認しながら、アリヤたちへと声を掛けてくる。


「2分待て。すぐに跳ぶ。リカルド、お前も準備しておけ」

「はい」


 事前に聞いていた話によれば、今のシュラの魔法で同時に瞬間移動できる人数はシュラを含めて4人まで。

 アリヤとエクセリアは重要な戦力として、その他にジヴィラ兵の中から優秀なのを一人同行させると伝えられていた。

 その優秀な兵士らしいリカルドは浅黒い肌と鋭い目が特徴的な壮年の男性だ。事情を全面的には把握していないだろう彼からすれば、そこらの少女にしか見えないエクセリアが決戦の場へと同行するのは不思議でならないだろう。

 そう思ったアリヤは、リカルド氏へと挨拶を兼ねて声を掛ける。


「あの、リカルドさん。藤間或也です。よろしく」

「ええ、伺っています。先ほどの戦いもお見事でした」

「いやあ、プロの人にはまるで及ばない不格好な戦い方でお恥ずかしい……それと、こっちはエクセリア。子供みたいに見えるかもしれないけど、これで相当な実力者です」


「よろしく頼む!」と元気よく挨拶をするエクセリアを見ながら、リカルドは一瞬不思議そうに首を傾けた。

 なんだろう? アリヤは違和感を抱くが、リカルドがその様子を示したのは一瞬。彼は職業軍人らしい無駄のない笑顔混じりの声で返事をしてきた。


「いえ、こちらこそよろしくお願いします。貴女のような頼り甲斐のありそうな女性と戦えて光栄です」

「ん? そうかそうか。まあ大船に乗ったつもりでいるといいぞ!」


 頼り甲斐のありそうな、とは随分お世辞らしいお世辞を言うタイプの人だ。実力はともかく、外見はどう見てもそこらの女の子にしか見えないと思うのだが。

 だがエクセリアは気を良くしたようで、わははと笑いながらに腰に手を当てている。

 お世辞はともかく、まともにコミュニケーションが取れるタイプなのはありがたい。そんなことを考えていると、自分がこの場を離れた後のテレビ局制圧の工程を部下たちと確認し終えたシュラが、アリヤたちの前に片腕を伸ばしてきた。


「触れていろ。跳ぶ」


 言われたままに彼の腕に触れると、刹那に目の前で光が弾けた。

 と言ってもそれはほんの一瞬。視界が明瞭に戻ったかと思えば、シュラの拳銃が火を噴く音が聞こえた。


「カラス、アンヘル。動くな」

「あっ、あっ痛痛痛たたた!! あれぇ? シュラじゃないですか。ちょっとぉ、どうして撃つんですか。間違えてますよぉ?」

「黙れアンヘル」


 瞬間移動慣れしているシュラはリカバリーが圧倒的に早い。

 アリヤが気を取り直した時には既に、完全にカラスとアンヘルの隙を付いたシュラの弾丸が彼らの膝を撃ち抜いていた。

 ヘロヘロとした声で不平を訴えるアンヘルの足の甲に、シュラはすかさずもう一発弾丸を当てた。

 急襲が功を奏して、躊躇ない先制攻撃は完全成功。これは……アリヤたちが何をすることもなく勝った?

 戸惑うアリヤをよそに、カラスが渇いた笑みを浮かべる。


「ああ、来たか」

 

 対峙の時だ。

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