196話 突入
シュラが指揮するジヴィラ・グループはパンドラ内での派兵業で高い収益をマークしてきた大企業で、企業連の一角を占めている。
製薬会社やエネルギー産業、マスメディアなどのメジャーな企業と民間軍事会社が肩を並べられているのにはパンドラの治安の悪さが大きく関わっている。
個人同士の諍い、地域の争い、不良グループの抗争、企業間の小戦争。さらに七面會は瘴気モンスターを故意に発生させて、その討伐を請け負うというマッチポンプだって意のままだ。
その依頼を片っ端から請け負うジヴィラ・グループは都市運営の一端を担うほどの収益を上げていて、兵の練度も極めて高い。
「突入」
「突入」
シュラからの指示を受けて、アサルトライフルを構えた戦闘兵たちがクラウンメディアネット社屋ビルへの侵攻を開始する。
だがそれに応じるように、ビル一帯の地面から瘴気が沸き上がって瘴気生まれのモンスターたちが姿を現した。
数合わせのような小物じゃない。筋骨の存在を感じさせる影色の人影が30、40、50とその数を増殖させて、さらには3m大の悪鬼のような怪物が黒いモヤの中にむくりと立ち上がった。
だがジヴィラ・グループの精兵たちはそれを見てもまるで動じない。
画一的な装備、統率された挙動。精工なロボットなんじゃないかと思うほどの一糸乱れぬ動きで銃口を敵に向け、個体ごとの弱点めがけて的確な銃弾を浴びせて打倒しながら前進していく。
「す、すごい」と目を見張るアリヤに、シュラが淡々とした表情で声を返す。
「瘴気獣は種類がある。それぞれいざという時に御しやすいように弱点も設定してある」
「そうなのか」
「当たり前だ。俺たち七面會が扱いやすいように調整をかけて造った生き物だからな。例えばあのデカブツ、大悪鬼型は突破力、耐久力ともに上位の型だけど、瘴気で疑似的に編まれた筋骨の継ぎ目が脇の下と足の付け根辺りに存在している。そこに一斉射を浴びせればすぐに……ああだ」
「うおっ、倒れた!」
悪魔めいた怪物が恐ろしげなうめき声を上げつつ、横倒しに転倒した。アリヤたちはシュラの部下の一部隊に先導されながら社屋へと近付いていく。
兵士たちと怪物の戦闘を横目に見ながら、エクセリアが不服げに下唇を付き出した。
「自分たちで怪物を造って自分たちで倒して金稼ぎか。いいご身分だな!」
「そうだな」
エクセリアを無視するでなく抗弁するでもなく、シュラの返事はそれだけだ。
なんだか肩透かしを食らったような表情を浮かべて、エクセリアはムッとしたまま口をつぐむ。
いざ突入という段になって、昨日まで気が立っている様子だったシュラがやけに静かな面持ちに変わっているのがアリヤは少し気掛かりだ。
自分を裏切った仲間に静かな怒りを燃やしているのか、仲間との決別に思うところがあるのか、あるいはまったく別の感情なのかがアリヤには読み取れない。なにせ友達付き合いがあるわけじゃなく、会話をした時間よりも戦っていた時間の方が長いくらいの薄い付き合いしかない相手なのだ。
まあ少なくとも軽やかな精神状態ではないことはわかる。あまり触れずにそっとしておいてやるのがいいのだろうが、しかし今はそうとばかりも言っていられない状況だ。アリヤは彼の横顔へと問いかける。
「建物の中に瞬間移動しないのか? そっちの方が早そうだけど」
「平時ならともかく、既に敵が警戒している時は転移先の安全を確かめてから使うものだ。跳んだ先でいきなり銃撃されたらどうする? 考えて物を言え」
「言われてみれば……意外と万能ってわけでもないんだな、瞬間移動って」
「転移先を間違えれば死ぬ。使い勝手は良くても相応にリスクがある。中に入って警備室を目指すぞ。内部の様子を確かめれば跳べるからな」
「あ、ああ」
淡々と事実を述べるような語調にアリヤは今一つペースを掴めないが、積極的に先導してくれるのは助かる。
なにせ何もかもがぶっつけ本番だ。場当たり的でノープランもいいところなので、シュラのてきぱきとした先導はありがたい。
だとして、今アリヤがやるべきことは一つだ。
「局内より銃撃!」
ジヴィラの兵士が警句を飛ばした。局の正面玄関にはローブのような衣服と怪しげなフードを被った連中が陣取っていて、アリヤたちが来ることを知っていたかのように抗戦の布陣を既に済ませている。
フードの下に垣間見えたその目は団地の刺客たちと同じで、盲信に染まって死を恐れていない。
間違いない。ここにいる連中も「森羅の光」とかいう妙な教えに浸りきってしまっているのだろう。
よくよく見れば、テレビ局に務めていたらしい警備員が惨殺されてフロアの片隅に転がされている。床には血の跡が残っていて、引きずられて打ち捨てられたのだとすぐに見て取れた。
シュラ率いるジヴィラが踏み込んだのはたった今。警備員を殺して奥に引きずっていく暇はなかったことを考えれば、やったのは一階フロアを占拠している森羅の光だ。
他にも何人かのマスコミ関係者然とした服装の死体が転がっていて、おそらく突然テレビ局へと上がりこんできた森羅の光を止めようとして殺されたと見える。
ひどい話だ。殺されてしまった彼らを心底気の毒に思いつつ、これでようやくアリヤにとって今日の初仕事が見えた。
兵士たちの統率された銃撃や榴弾の爆発に一切怯まずに撃ち返してくるフード姿の連中を見据えて、アリヤはシュラと兵士たちに声を掛ける。
「伏せててくれ」
と、鋭く腕を振るえば放たれる血茨!
血液で編まれた鉄線は赤い茨の鞭のようにしなり、空気を裂いてフロアを一文字に横断した。
棘付きの鋼鞭は銃を構えていたフード軍団のうち10人近くをからめとって、痛烈に壁へと叩きつける。
力加減は適切で、すぐに起き上がれるような軽いダメージの一撃ではない。と、フロアの奥から鋭い身のこなしで数人のフードたちが特攻を仕掛けてきた。
それぞれの手には牛刀やナタが握られていて、一切の迷いなく報復じみてその刃をアリヤへと向けてくる。
怯んで遅れれば殺される。だがアリヤは臆さず、すかさず腰の刀を抜き放って応じた。斬、断!
体がスムーズに動くのに任せて足を捌いて、体を傾けつつ刃を振るえば敵の血が飛び散る。と言ってもアリヤの剣術はにわか仕込みだ。ある程度訓練された三人を同時に対処するのは無理で、対応できたのは二人まで。三人目の手にした刃がアリヤの腹を深々と貫いた。
だが、それも織り込み済みだ。
「それぐらいじゃ……死なないな!!」
刺されたまま相手の腕を掴んで、そのまま晨星を斬と払う。
刺客の胸から喉にかけて斜めに斬線が刻まれて、捨て身の鮮やかな一斬が敵を崩れ落ちさせた。
多少の怪我にはもう慣れた。腹を刺されて貫かれたぐらいではアリヤはもう怯まない。刺さった刃を抜き取って捨てて、溢れる血を操作して肉と内臓の高速修復を進めつつ頷く。
(よし、集中できてる)
コンディションは良好だ。覚悟もできている。
正面を固めた敵が排除されたことで勢いを取り戻したジヴィラ兵たちと共に、アリヤたちは警備室を目指して進んでいく。




