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195話 ある青年の回顧

 もし平和な世界で起伏のない人生を送ったとして、きっと自分は孤独死するだろう。

 生まれ、物心が付いて、思春期を終えたくらいの頃からずっと、七面會(マスケラド)・シュラの中にはそんな達観と諦観が共存している。


 魔法が絵空事になった礎世界において、シュラの家系は代々細々と魔法の実在を語り伝え、か細い魔力の糸を脈々と紡ぎ続けてきた。

 そんな一族の中で、はっきりとした魔力をその身に宿して生まれたシュラの存在は不世出の奇跡だ。

だが魔法がほぼ失われてからの長い雌伏の歳月は、シュラの一族を貧しい存在へと変えてしまっていた。

 魔法を使えるほどの魔力もないまま、世捨て人のように魔法なんてファンタジーを偏執的に追い続けていた一族が落ちぶれていったのは自然な流れで、社会の構造は落ちてしまえば這い上がるのは容易ではない。

 気力なく働きもせず、自分にも関心を示さず、面白くもなさそうに惰性のギャンブルで金を溶かす、表情に乏しい父と母。一族からはもはや魔法への興味も薄れてしまっていた。

 両親はどちらも在日外国人の二世。低所得層向けの集合住宅の一室に隠れるような陰気な暮らし。

食事は近所の薄暗いスーパーで投げ売りにされている低価格の弁当や期限の怪しい菓子パンばかり。服はリサイクルショップでまとめ買いした襟元がよれたようなものばかりで、繊維の間に見えない汚れが付着しているのか洗っても古ぼけた臭いがしていた。

 地に足の付いていない両親から半ば育児放棄(ネグレクト)のような状態で育てられた子供の纏う退廃的な空気は、まだ物事の道理がわかっていない子供同士でも伝わるものだ。

 彼の持つ鋭い雰囲気が周囲を威嚇したのかいじめられることはなかったが、誰かと仲良くなることも一度もなかった。

 小、中学生の頃を思い起こしてみて、まともに友達と呼べる存在がいた記憶がシュラにはない。

 運動神経は良い方だったし頭が悪かったわけでは決してなかったが、貧困に培われた鬱屈した精神は彼の気持ちを素直に部活に勉学に励む方向には向けさせなかった。

 費用のかかる部活なんてやらせてもらえるわけがなく、真剣に勉強に励もうにも塾に通える金が家にあるわけもなく。

 痩せすぎて骨ばってはいたが、顔は悪くなかったから彼に関心を示す女子はいた。だがシュラの感受性の乏しさと人間としての面白みのなさ、そして他人への関心のなさに触れるうち、すぐに彼へと寄り付かなくなっていった。

 そんな彼は押入れの段ボールに押し込まれていた一族の培ってきた魔法理論をつづった書物を読み解き、野良猫が集うスポットでのエサやりだけを趣味として年齢を重ねてきた。

 成果はあった。彼の中に確実なものとして芽吹いていた魔力は10センチに満たない程度の瞬間移動を実現するに至らせる。こんなものが何の役に立つかはわからないが、魔力も魔法も確かに存在するのだ。

 かつて魔法書をブックオフに売ろうとして買い取りを拒否された両親を蔑視して、魔法なんてものが実在すると知らずに生きる同級生や教師たちを見下して過ごす日々は、彼の精神の孤独性を確固としたものへと完成させてしまっていた。


 誰も自分に関心を示さない。自分も誰にも関心はない。

 そんな生き方を今更改められるわけもないし、改める気もない。

 

 そんな日々に変革が訪れたのは、六人の同志たちとの出会いだ。

 魔法を絵空事だと笑う世界にいながら、その六人は確かにシュラへと魔法の片鱗を発揮してみせた。

 価値観を共有できる同志たちとの出会いはシュラの心を躍らせて、礎世界、異世界、世界を牛耳り魔法を潰えさせた星の意思(イデア)という概念は彼に憤慨を抱かせる。

 その計画が持ち上がった時、シュラは一瞬たりと迷うことなく決意した。


「俺はこんな下らない世界に興味はない。行くなら早く行こう、異世界に」


 両親と折り合いが悪い子供が時間を潰すために似た境遇の子供たちと集い、不良グループを形成するパターンは珍しくもない。

 シュラが仮面を被って七面會(マスケラド)を名乗る魔術集団に傾倒していったのは、大きく括ればそれと同じ現象だ。

 魔法は強固なイメージの反映。瞬間移動という魔法は、ここではないどこかへ行きたいという気持ちが結実したものだったのだろう。


 魔素(マナ)に乏しい礎世界で確かに元素を操ってみせるカラスは尊敬に値する人物だったし、それに次ぐ素養を見せるサイレンは冷淡なシュラから見ても人格者だと思えた。

 何を考えているかわからないアンヘルも柔和な笑顔で年下の自分にも対等な態度で接してくれたし、女癖の悪いミヤビも悪意のないノリの軽さがシュラにとっては新鮮だった。

 そして明るい人柄のドクロは初めて親しい友人のように思えた存在で、良くも悪くも豪快な性格のアブラは、もし兄がいたらこんな存在だろうかとイメージしてしまうほど。


 他のメンバーが無機質な名前を名乗るのに従って、元の自分の名前は捨てた。二度と思い出そうとも思わない。

 そうしてパンドラへの移住を済ませ、大気に満ちた魔素(マナ)で自らの魔法を開花させ、企業連を乗っ取り都市の経済を牛耳り、悪童めいて奔放に自己実現を果たしていく日々は心底楽しいものだった。

 彼の不良めいて高圧的で攻撃的な物言いは、慕っていたアブラの言動を付け焼刃に真似たもので、自分の本質はもっと空虚だとシュラは考える。

 

 だが、それも束の間だった。

 今やドクロは死に、サイレンとカラスには見切りを付けた。

 ミヤビは都市を取り巻く情勢に不干渉を決め込んでいるし、アンヘルは既に七面會(マスケラド)とは道を違えてしまったように見える。

 あとはアブラだけ。せめておかしくなってしまった彼だけでも助けてやりたいとシュラは願っているが、駄目なら駄目で仕方がないという冷めた感情も自分の奥底に。

 異世界は崩壊の予兆を見せていて、自分は敵と見做していた藤間或也と行動を共にしている。

 結局自分は、他人とまともな関係性を築ける人間ではないのだ。

 平和な世界に生きていたとすれば、友人はいない。恋人もいない。当然子供がいるはずもなく、無為に歳を重ねてやがて一人で死んでいくだけの存在。


 だが幸い、ここは異世界パンドラ。魔法が確かに実在する世界。

 研鑽を重ねてきた魔力を振るい、唯一自分が誇れる価値を誇示してやろう。七面會(マスケラド)を率いてきた両巨頭、カラスとサイレンを仕留めてやろう。

 カラスと会う目的はあくまで詰問だが、戦闘は避けられないだろうという確信がある。殺して、越えてやるのだ。


 黒猫(コンブ)をツテのあるペットホテルに預けて後顧の憂いは断った。

 猫は好きだ。過干渉を好まない気質に親近感を覚える。この黒猫とはひょんなことからのごくごく短い付き合いだったが、願わくば幸福に生きてもらいたいと思う。

 重傷こそ負っているが、傷口は大方塞がっていて化膿もない。無理に動かず安静にしていれば、きっと快方に向かうだろう。


 シュラがアリヤとエクセリアを連れて空間を跳んだ先は、パンドラで最大の規模を誇る放送局、クラウンメディアネットの本社ビルの目の前だ。

 クラウンメディアネットはアンヘルが入り込んでいる企業。そして何故だか、カラスもここを訪れている。

 社屋ビルを銃で武装した兵士が大勢の兵士が取り囲んでいて、それを見たアリヤが驚いたような声を漏らす。


「シュラ、これは……」

「企業連の中で俺が抑えてるのは PMC(民間軍事会社)のジヴィラ・グループだ。私兵を動かせるだけ動かして包囲を済ませてある」

「な、なんかすごいな」

「行くぞ。――――突入しろ」


 シュラの指示を受けて、統率された動きの部隊が、アリヤたちに先んじてテレビ局への突入を開始する。

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