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2話 世界姫エクセリア

「誰だお前は!?」


 ありったけの大声で疑問をぶつけると、姉さんにそっくりの少女はムッと顔をしかめた。


「なんだ、いきなり怒鳴るとは無礼なヤツめ。お前のことは知らんしお前の姉などもっと知らん。人違いであろう」


 少女は服を着ていないことをまるで恥じず、やたら堂々と俺に歩み寄りながら胸を張った。


「いいか、我が名はエクセリア・レオ・ユグドラシア! この都市世界の姫である」

「は? エク、なんだって? ええと、もう一度聞いても?」

「エクセリア! 一度で覚えんとは失礼なやつめ。それとリアクションが薄い。聞き逃したか? 姫だぞ姫」

「いやいや……」


 この姉さんモドキ、自称姫君の言っていることがよくわからない。

 俺は困惑したまま、エクセリアへと言葉を並べ立てる。


「その、まず謝っておくよ。いきなり大声を出して申し訳なかった。ただ……本当に似てるんだ。顔だけじゃない。十五歳にしては低めだった身長、長期の入院でかなりせていたけど、体が治ってきて女性らしい健康的な丸みを帯びてきてた体型……」

「いや知らんし……人の体をじっと見て丸みがどうとか言うなよ、怖いわ」

「なのに違う! 喋り方とか仕草とか表情とか、君は姉さんと比べて決定的にアホっぽ……いや失礼、その……トンチキというか……」

「ん? 今バカにしたな。この私をあざけったな?」


 いよいよカチンとした様子でエクセリアがにらんできたが、すぐにそっぽを向いて、「まあいい」と周囲をキョロキョロ見回し始めた。

 性格はまるで別人でも見た目は姉だ。裸でいさせるのが忍びなくなってきて、着ていたコートを脱いで手渡しておく。


「よかったら着てくれ」

「うむ。ふぅん? 安物でもないよりマシか。褒めてやる」

(うーん、びっくりするほど偉そうだ)


 サイズの大きなコートをポンチョのようにすっぽり羽織ったところで、エクセリアがふと真剣に問いかけてくる。


「お前、ここの研究員ではないのか」

「ああ、うん。部外者だよ」

星影騎士団(ステラ・イドラ)の者、にも見えんな」

「ステ……? 知らないな」

「どうやってここに入ってきた」

「気が付いたらここにいたと言うか……自分でもよくわからなくて」

「はぁ? 妙なやつめ。自分がここにどうやって来たか知らないなんて馬鹿な話があるか。狂人か? 頭でも打ったか?」


 エクセリアがいぶかしげに眉根を寄せる。

 すっかり警戒されてしまっているようだが、こっちとしても右も左もわからない状況だ。なんとかしてこの子に話を聞きたい。

 まずは事情を理解してもらおうと、ここまでの流れを説明してみる。


「こんなことを言うとますます妙に思われるかもしれないけど、俺はさっき殺されたはずだったんだ。ナイフで刺されて」

「ほーう?」

「それで気を失って……あー、ええと、気が付いたらここにいたんだ」

「……ふむ」


 意識が戻る前に聞いた女の声のことははぶいて伝えた。

 知らない女に「転生させる」と言われたなんて、真面目に話したところで気味悪がられるか漫画の読みすぎと笑われるだけだろう。

 少し間を置いて、エクセリアはうなずきながらこちらを見る。


「お前の名は?」

「ああ、ごめん。名乗るのが遅れた。俺は藤間(とうま)或也ありやだよ」

「ふうん……。アリヤ、教えてやる。ここはお前のいた世界ではない」

「……と、言うと?」

「いいか、ここは都市世界“パンドラ”。お前あれだろう、地球とかいう場所の出身だな? 今いるのは別の世界だと心得よ」

「パンドラ……」


 まず、ここが別の世界だという宣告には驚かなかった。

 死んだ姉と同じ顔の少女が奇妙なカプセルに浮かんでいるなんて状況、あの世か夢か異世界でもないと説明がつかない。

 ただ、かえって疑問は増えた。どうして俺が別の世界の人間だとわかったんだ? それに都市世界ってなんだ?

 そんな疑問を俺が問うより早く、エクセリアは劇女優のようにくるりと回りながら言葉を継ぐ。


「もう一つ。お前はとっても運がいい。あのカプセルから出してくれた礼に、ここを出るまでお前を守ってやろう」

「はあ。それはありがたいけど、守るって何から?」

「この施設の主は、お前のような部外者をこころよく思わないということだ。……なあそうだろう! 覗き見していないで出てこい! カラス!」


 エクセリアが俺の背後へ向けて大声を出した。

 カラスってなんだ、あの鳥の?

 いや、違う。彼女の声に応じるように、コツ、コツと靴音が響く。

 人の気配がないものだから無人だと思いこんでいた部屋の奥、並んだカプセルの陰から、ゆらりと細身の人影が歩み出てきた。


「ハハハ、姫様から直々にご紹介いただけるとは。俺が当研究所の管理責任者、カラスだ。初めまして、アリヤ君」


 この男は俺の名前を知っている。

 エクセリアが「覗き見」と言った通り、少し前から会話を聞いていたのだろう。

 良い気はしないが、挨拶(あいさつ)にはとりあえず頭を下げておく。


「……どうも、ご丁寧に」

「少し話をしよう」


 派手派手な色の細身のスーツ、首元にはレモン色のファーでできたえり巻き。有毒生物の毒々しい色を警戒色なんて言うらしいが、この男の配色はまさにそれだ。

 おまけに顔には鳥のクチバシに似たペストマスクを付けた風貌(ふうぼう)。あまりにも怪しい。

「あんなのに返事しなくていい」とエクセリアが俺の脇腹を肘でつついてくるが、それを気にする様子もなくカラスは話し続ける。


「俺も同じ、地球からの転移者さ。君の気持ちは理解できる。突然わけのわからない場所へ来てしまって困惑してるんだろ?」

「そりゃもう、何がなんだか」

「ここは奇妙な世界だぜ。なあ、気付いてるか? 君が俺の言葉を理解できる不自然さに」

「あ……言われてみれば、変だ」


 そうだ、カラスが口にしている言葉は日本語じゃない。

 自慢じゃないが、姉さんを殺した奴らへの復讐ばかりを考えてきた俺はそれほど熱心に勉強をしてこなかった。

 全部の教科が苦手ってわけでもないが、英語はまるっきりダメ。他の外国語なんてもっと論外だ。

 なのに理解できる。聞いたことのない言語を思考のタイムラグなくスラスラと。


(エクセリアだってそうだ、意識してみれば聞いたことのない言葉を喋ってる。なのにわかる。どうなってるんだ?)


 素直に戸惑う俺の姿が好ましかったかバカに見えたか、カラスがマスクの下で微笑のような息を漏らしたのが聞こえる。


「そう。俺と君の言語は違うのに、意思疎通がとどこおりなく行えている。それがこの世界の仕組みなんだ。面倒な英会話教室も、通訳もGoogle翻訳も必要ない。便利すぎるよな」

「はあ……これ、どういう仕組みなんです?」

「大気が特殊だ。大気に含まれる粒子を介して、人の感情がそのまま物理現象に反映される。面白いな、面白いよ。探究心をそそられる」


「へえ」と俺は相槌(あいづち)。なるほど、一応の理屈は理解できた。

 かいつまんだ感じの説明だったけれど、とにかく誰とでも会話できるということはわかった。

 うなずいて理解を示した俺へ、カラスが一歩近付く。


「俺はこの世界を調べたいんだよ。調べなくちゃならない」


 カラスの腕がすらりと伸びて、指先がエクセリアを指した。


「そのためには、姫様を捕らえて調べる必要がある。彼女はこの世界の重要な鍵なんだぜ」


 ゴウン、ゴウンと研究設備の動く音が重苦しく響く。

 マスク越しで少しくぐもったカラスの声は、言外(げんがい)に「邪魔をするな」と伝えている。

 途中から黙っていたエクセリアが、心底不愉快げにフンと鼻を鳴らした。


「いかれ頭め。貴様のような外道に身をゆだねてやるつもりはさらさらないぞ。かかってこい、叩き潰してやる」


 その挑発を無視。カラスはあくまで俺に声を向ける。


「どうだいアリヤ。俺を手伝わないか。右も左もわからない異世界だ、心細いだろ? 不安だろ? 衣・食・住を提供する。適度な仕事を与えた上で、万全の庇護(ひご)を約束しようじゃないか」

「それは……お誘い、ありがたいです」


 俺がカラスに頭を下げると、エクセリアが苛立ちもあらわにチッと舌打ちをするのが聞こえた。

 横目に見ると、彼女は俺へ刺すような視線を向けてきている。失望と怒り、そしてどこか寂しさを感じさせるまなざしだ。

 姉さんの顔でそういう表情をされると、胸が痛む。

 けど大丈夫だ姉さん、心配しないで。

 俺は顔を上げてカラスを見る。


「突然知らない場所に出て何もわからないし、同郷の人がいて安心しました」

「その困惑も恐怖も、俺なら理解してやれる。さあ、まずそこを退いてくれよ。お転婆(てんば)な姫様はもう一度カプセル行きだ」

「ただ」


 言葉をさえぎる。

 視線を切らずにしゃがみ、床に転がっていた清掃用具らしい鉄の棒を手に取り、その先端をカラスへと突き付けた。


「ただ、決めたんだ。カプセルに浮かぶ姉さんを見たときに。俺は二度と姉さんを失わない。姉さんを守る。あんたこそ俺の邪魔をしないでもらいたい」


 俺はこの世界のことを何も知らない。エクセリアがどういう存在なのかも理解していない。守ると言ったって役に立てるかはわからない。

 そんな諸々を無視してでも、姉さん似の少女を助けない選択肢は俺の中になかった。

 俺の答えが意外だったのか、エクセリアがさっきよりも強く俺の脇腹をどついてくる。痛い。


「うぐっ!」

「おいアリヤ、頭おかしいのか! 私はお前の姉ではないと言ってるだろう! バカか? バカめ! バーカ! あはははは!」


 バーカと言いつつ嬉しそうな笑い声。

 姉さんはこんなに単純で単細胞な反応をする人じゃなかったが、これはこれでかわいい。


「気にしないでくれ、自己満足だから」


 そう声を返して、精一杯粋がるように鉄パイプを構えた。

 復讐のためにバットなら振り込んできた。バットと鉄パイプじゃ重心がかなり違うが、最低限の武器にはなるはずだ。

 対して、勧誘を突っぱねられたカラスは、あくまで落ち着きを崩さずに手をひらりと揺らす。


「ま、いいんだ。今決めなくて構わない。熟考してくれ、この世界で生き延びるにはどうするべきかを」


 パチン。カラスが指を鳴らすと、室内の研究設備が一挙に作動する。

 なにかのロックを外すような音がいくつも連なり、ビーッ、ビーッと煽るように響くアラート。壁際に並んだカプセル群から濃い緑色の液体が排出されていく。

 むわっとした蒸気が室内を満たした次の瞬間、開いたカプセルから飛び出したのは黒く小さないくつもの塊だった。

 小柄な人間ほどのサイズで前屈みに二足歩行。口をぐぱっと開けば、そこにはナイフのように鋭い牙が並んでいる。


「なんだ、こいつら……!?」


 驚いた俺に、カラスがチッチッと指を揺らしながら講釈(こうしゃく)を垂れる。


「この都市の大気には特殊な粒子が含まれてるって言ったよな。魔素(マナ)と呼ばれるそれを、極度に濃縮した瘴気(しょうき)から生まれる生命体。モンスターと言えばわかりやすいか?」

「モンスターだって!?」

「RPGで遊ぶか? MTGは? ファンタジー小説でも映画でもなんでもいいが、虚鬼(ゴブリン)って言葉くらい聞いたことあるだろ?」

「ご、ゴブリン!? いやいやいや……!」


 ゴブリンという名前こそ漫画やゲームで聞き慣れたものだが、青や緑の肌をした小鬼のようなそれとはイメージが違う。

 影だ。影のような黒いモヤがひとかたまりになって生物の形を模しているような、得体の知れない不定形の怪物。

 意思や思考があるのかさえ不明。はっきりとしているのは襲いかかってこようとしていることだけ。

 数が多い。十、二十、いやもっといる。


(モンスター! なんでそんなのがいる!? なんだあの尖った牙は! くそっ、鉄パイプなんかでやれるのか……?)


 少しひるむ。が、すぐに気を取り直した。

 お前は姉さんを守ると決めただろうが。だったら二度とおびえるな!

 気合を入れ直して前のめりな気持ちで構えた、そんな俺の襟首を、背後からエクセリアの小さな手がグイッと引っ張った。


「うぐっ!?」

「場所が悪い。ここを出るぞ」


 その小柄な体のどこにと驚いてしまうような力で俺を強引に引っ張っていく。

「く、首゛が締まる……!」とタップする俺を無視して走りつつ、エクセリアはうたうように言葉をつむぐ。

 

「“(そら)い踊れ、真紅の胡蝶(こちょう)”——『火綴り(ファーリ)』!!」


 空中を滑った少女の指先から、蝶を象った炎の塊が解き放たれた。

 一匹や二匹ではなく、数え切れないほどの大群で。


(モンスターの次は魔法かよ……!)


 蝶の群れが壁に触れた瞬間、見たこともないような猛烈な炎と熱が渦を巻いた。

 溶鉱炉めいて真っ赤に熱されて、バターみたいにとろけていく部屋の一角。

 分厚かった壁にたちまち大穴が開いて、エクセリアと俺はそこから廊下に転げ出た。


「走れるか? アリヤ」

「あ、ああ、大丈夫。すごいな、魔法」

「フフン、驚いたか? あとでもっとすごいのを見せてやる!」


 大量のゴブリンが追ってくる足音を背後に聞きながら、ひんやりと薄暗い廊下を走っていく。

 その時、ズキンと頭痛がして、頭の中に声が響いた。


『——運命の分岐点が迫っている』

(なんだって?)


 頭の中で問い返してみても返事はない。

 ただ、今の声には聞き覚えがある。「転生させてやる」だとか言ってきたあの女の声だ。

 

(運命の分岐点? 意味はわからないけど気になるな……)

「曲がるぞ!」


 いや、幻聴を気にしていても仕方ない。

 俺は気を取り直して、指示通りに廊下を曲がる。

 エクセリアはそこで立ち止まり、俺に目配せで合図をした。

 さあ、反撃のターンだ。

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