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190話 予期せぬ信頼

 何をやっているんだ、あの連中は。


 レストランの一席から、アリヤたちのテーブルへと訝しみの目が向く。視線の主は四侠のリーダーにして最後の一人、グゥエンだ。

 彼はサイハイが寝返ったことを知っているが、そのことについて大きな感慨は持っていない。むしろ血の門(シュエメン)は沈む船だと考えていて、サイハイが上手い具合に共闘相手を見つけて船を乗り換えられたならそれは良いことだと考えている。

 とはいえ、グゥエン自身には血の門(シュエメン)から離れる気はない。齢30も半ば、彼が他の生き方を探すのには少し遅すぎた。

 四狭が総崩れになった今、グゥエンの狙いは藤間或也一人だ。

 サイハイが手を組んだエヴァンはもうどうでもいい。斜陽を迎えた組織内で少しでも良いポジションを得るためには、マダムホンに直接引導を渡したアリヤを殺すのがベストだろう。


 そんな算段を胸に、グゥエンはアリヤを数日付け回している。

 裏社会で汚れ仕事を請け負うことで名を馳せてきた男だ。尾行、隠密の腕はおそらくパンドラでも五指に入るほどで、四狭があと一人残っていると知っていて警戒は怠っていないアリヤがまるで気付けていないほどの卓越した技巧で、ぴったりと彼をマークし続けてきた。

 だがどうしたことか、今日に入って突然ブリークハイド、ラクリ、そして燃と深層六騎(ディープシックス)のうち三人と突然絡み始めている。

 燃はともかく、他の二人と交友があるとは聞いていないが。

燃は元々親しいと聞いている。ブリークハイドはマダムホン殺害の場にいたからまだわかる。だがそこにラクリまでが集うとはどういう関係性だ? 

 グゥエンは首を傾げるが、確かなことはこんな状況では手の出しようがないということだ。

 星影騎士団(ステラ・イドラ)はパンドラの自治組織で、暴力組織の血の門(シュエメン)はその敵だ。存在を気取られればアリヤだけでなくあの三人を相手取ることになるだろう。それは無理だ。

 と、いうことで存在感を消して観察に務めていたのだが……状況がよくわからないことになってきた。


「なんで邪魔するようなことばっかり言うんだ!? 何を考えてるんだよ!」

「はあ~? ポッと出の部外者がやいやい口出しせんといてくれる!?」

「口出しって! 俺が部外者なのは認めるけど、そっちだってただ状況をややこしくしてるだけじゃないか!」

「いやいやいや。謝りました。はい全てチャラ~。なんてあるわけないやろご都合主義極まりすぎ。アホちゃう?」

「ああああ~もう! 頼むから燃さんは黙ってろよ!」

「アリヤくんこそ何ヒートアップしてるん? アホらし!」


 ヒートアップした言い合いが3テーブル隔てたグゥエンの席にまではっきりと届いてくる。アリヤと燃が店内の耳目が集まるレベルの喧嘩を繰り広げているのだ。

 事の経緯はといえば、初めにブリークハイドが姉、ラクリへと頭を下げた。「改めて、あの日のことを謝らせてください。俺の愚かさが姉さんを傷つけてしまったあの日のことを」と。

 それを受けてラクリは微妙な表情を浮かべ、反応を慮る様子を見せる。沈黙のまま五秒、そこで口を開いたのが燃だ。

「許されへんやろ。そんな一謝罪ぽっちで」と冷たい言葉。“あの日のこと”の詳細はグゥエンにはわからないが、それにしたって冷徹な切り捨て方だった。そこで声を上げたのがアリヤだ。

「そう言わないであげてほしいな、燃さん。俺も詳しいことはさっき聞いたばっかりだけど、深く後悔してるみたいだからもう少し聞いてあげてもらえないかな。ラクリさんも……」と、そんなアリヤの言葉にラクリが反応するよりも先に燃が口を開く。

「後悔してようが反省してようが関係ないやろ。自省してようがなんだろうが、謝罪の場に部外者のアリヤくんを同席させてムードを緩和しようって考えがまず浅はかでせこい」

 その言葉にブリークハイドの表情が曇る。アリヤもまた苦虫を噛み潰したような顔になって、反論を述べる。

「それを言うならそっちだって燃さんが」

「いやいや。アリヤくん事の本質理解してる? ラクちゃんは被害者。そっちは加害者。被害者が一対一で向き合って話すのを怖いと感じて誰かに同席を求めるのを責めちゃアカンやろ」

「そ、それは……」

 アリヤが口ごもる。グゥエンは根本の出来事を知らないからお互いの言い分の是非は判断できないが、少なくとも言い合いは燃に一日の長があるらしい。

 ラクリとブリークハイドの姉弟は気まずい沈黙に沈んだままで、そのムードに耐えかねるようにアリヤが再び口を開く。

「元は、仲の良かった家族が仲違いをしたままってのは……」

「アリヤくんさ、自分のとこの姉弟の関係性と重ねて変な感情移入してへん? アカンやろそれは。話し合いのノイズにしかならへんって。ま、気持ちはわかったから。もう帰ってええよ」

「……ラクリさん。もう少しだけ、謝罪を聞いてあげてくれませんか」

「聞かへんって」

「燃さんに言ってないって」

「いや、ラクちゃんが返事するまでもないわ」

「……!! なんで邪魔するようなことばっかり言うんだ!? 何を考えてるんだよ!」



 ……と、大まかにそんな経緯を辿って言い合いは今に至る。

「他のお客様の迷惑になりますので」と注意に赴くべきか戸惑っている店員が遠目に見える中、睨み合うアリヤと燃に制止を掛けたのは、話し合いの当人のはずのラクリとブリークハイドの姉弟だった。


「……燃、もういいです。行きましょう」

「あ、そう?」

「藤間。もういい。済まなかった」

「ブリークハイド……」


 当人たちに制止されればそれ以上言い合う理由もない。

 アリヤと燃はそれぞれ憮然とした雰囲気を漂わせながらも黙り、ラクリと燃が連れ立って店を去って行った。

 それからしばらくして無言のままでいたブリークハイドとアリヤが店を去り、静寂を取り戻した店にはグゥエンだけが残される。

 彼は深層六騎(ディープシックス)三人とのニアミスを無事にやり過ごせたことに若干の安堵を覚えつつ、腕組みをして低く唸った。


(藤間或也の人間関係は今一つ不確定な部分が多い。確実な好機を狙うのであれば、もう少し様子を見たいところだがな……)




----------




(はーっもう! アリヤくんなんなん! 邪魔せんといてホントに! 誰のためにこんなセコセコした立ち回りしてると思ってるん? アリヤくんのためなんですけど!? 腹立つわ〜なんで燃さんがこんな憎まれ役ムーブせなアカンの面倒臭い!)


 そんなことを考えてイライラと歩く燃。

 レストランから出て5分ほど、会話なくラクリと一緒に歩いている。

 苛立ちと共に胸の内に募るのは不安だ。ラクリは一言も喋らないが、燃が彼女の感情を代弁、というか勝手に決裂の方向へと持っていったのを怒ってはいないだろうか。

(いや怒ってるやろ普通。これこの場で戦いになったりせぇへんよね。怖)と、内心戦々恐々と歩いていると……後ろから、ラクリの手が燃の袖を握ってきた。


「燃」

「……な、何ラクちゃん? いや〜あのガキ二人腹立ったよなぁ〜ラクちゃんの気持ちも知らんと謝罪だのなんだの」

「……燃」

「!!?」


 驚愕に燃の眉が上がる。一体何が起きたのか? 

 涙目のラクリが、燃の手をぎゅっと握りしめてきたのだ。

 意図が分からずに燃がフリーズしていると、ラクリは切々とした声を喉から漏らした。


「燃、ありがとう。あなたがいてくれなければ、私は弟可愛さにあの子を許してしまっていたかもしれません」

「え? あ、うん。そうね」

「ですが……それは私の本意ではない。私は、やっぱりもう一度あの日に戻りたい。彼が理性で押し込めている本性が剥き出しになって、理不尽な暴力を向けてきたあの甘美さに……もう一度触れたい」

「せ、せやろ?」

「あなたはただ利害に従って動き、私を利用しようとしているとばかり思っていました。いえ、今もそうなのかもしれませんね。でも……あなたがしてくれた代弁は、私の願いを正しく叶えてくれるものだった。あなたは私の理解者だった……燃……」


 熱っぽいまなざしのラクリから手を両手で包まれて、燃はちょっと危ういものを感じてしまう。

 以前は堅物女とばかり思っていたのだが、どうやらそこに加えて鬱屈した後ろ暗い情愛とか執着とか、そういうものを持ち合わせているらしい。

 弟への偏愛はいいとして、その一部分とかがまさか自分には向かへんよね……? と、危ういものを感じつつ、燃は恐々としながら笑みを浮かべてみせた。


「そ、そうなんよ。ほら、燃さん人の気持ちがわかる子やから? どーんと信じてくれてええよ?」


 期せずして得た信頼が吉と出るか凶と出るか。

 燃にはまだ判別がつかない。

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