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189話 二人の立会人

 夏休みの宿題を先にやるか後にやるかというのは雑談の定番の一つだが、アリヤはどちらかと言えば残り一週間くらいになるまで溜めてしまって必死にこなすタイプだ。

 そんなアリヤにはブリークハイドの精神性が理解できない。この男はきっと初日に早々と済ませてしまうタイプに違いない。

 まあ真面目な男だとは思っていたが、こうも即断即決だとは。背中を押したほんの一時間後に、ああも気重そうにしていた姉との話し合いをセッティングするとは。両極端さにアリヤは呆れてしまう。

 

(なんで俺が参加しなくちゃならないんだよそんな場に。でも後押ししちゃったしな……放置ってのも無責任な気がするし……)


 戸惑いのままブリークハイドに帯同して、訪れたのは街中のカフェチェーン。価格帯が高めの大人びた店で、けれどチェーンなので入りにくさはないと話し合いには程よい店にアリヤには思える。

 また女子向けフォトジェニック系のキラキラした店を選んだらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたので、その点においては一安心だ。

 が、アリヤがそんな心配をしていられたのは初めのうちだけだった。

 指定した時間のきっちり5分前に現れたブリークハイドの姉ラクリは席に腰を下ろすよりも先に、想像を絶するほどに冷たい目をアリヤへと向けてきたのだ。


「ブリークハイド。何故それ……いえ、彼がここに?」


 初めて顔を合わせての一言目が“それ”呼ばわり。なんだこの人!? とアリヤは思わず身を硬くする。

 だからといって気圧されてばかりもいられない。「は、初めまして。藤間或也です」と挨拶を向けるが、しかしラクリはそれを一瞥だけで黙殺した。

 なるほど、顔はブリークハイドとよく似ていて血の繋がりを感じさせる。

 西洋人形みたいな整った目鼻立ちの金髪碧眼。ただし姉の方が目元は怜悧で、どこか見すくめる蛇のような印象を与えるもの。

 そんな双眸が睨みつけてくるものだから、アリヤはすっかり萎縮してしまう。

 流石に見かねてか、ブリークハイドが姉へと口を開いた。


「姉さん、お呼びたてして申し訳ありません。藤間は第三者に立ち会ってもらうと思い、私が呼んだのです」

「そう、ですか。あなたがそう言うのであれば構いませんよ、ブリークハイド」


 そう言って矛を収めたラクリが弟に向ける声は存外に穏やかだ。というか、優しさすら含まれているような。

ただ説明を受けても腑に落ちないのは変わらないようで、アリヤに向ける目線は冷たいままだ。嫌われている? 見下されている?

(初対面なのに)

 アリヤは釈然としないまま、ラクリの視線から逃れるように目を斜めに逸らす。……と、そこへ不意に調子の外れた声が聞こえてきた。


「は? え、待って待って。なんでアリヤくんがここにおるん?」


 燃だ。少しだけ遅れて現れた彼女はおもむろにラクリの隣の席に腰を下ろしつつ、若干の狼狽を感じさせる声でアリヤへと問いかける。

 だが不思議なのはアリヤも同じ。ついでにアリヤの隣に座っているブリークハイドが「げっ」と口には出さないが微妙な表情を浮かべた。生真面目な彼は奔放な燃のことが苦手らしい。

アリヤが問い返す。


「え、燃さん? 燃さんこそどうして」

「どうしてって、あー、仲裁? ブリ坊が急に声かけてきたってんでこの子が燃さんに付いてきてほしいって言うから。で、アリヤくんは何なん」

「いや、俺の方も彼が今言った通りで。第三者の立ち合いというか……」

「はあ?」


 燃さんが狐につままれたような顔をする。

無理もない、アリヤ当人だって自分が何故ここにいるかいまいちわかっていないのだ。ブリークハイドと長年の親友だとでも言うならともかく、まともに会話を交わした回数すら指折りで数えられる程度なのに。

 どう言葉を続けていいか自分でもわからず、アリヤは困りながら燃へと質問を投げる。


「ええと……燃さん、仲良かったんですね。ラクリさんと」

「ん? あーうんうん、せやね。もう抜群。以心伝心。ラクちゃん燃ちゃんってみーんなせっとで呼んでくるからコンビ組もうかってくらいツーカーな仲なんよね~」


 だが、ラクリは片方の眉を曲げて首を傾げた。


「……? 深谷燃、あなたは何を言っているんです。そんな事実はありませんが」

「いや真面目か。面倒臭いなぁそういうことでいいやん。っていうかアリヤ君とブリ坊仲良かったん? 知らへんかったわ。いつの間に? アリヤ君そんな話1ミリもしてくれへんかったやん。まあ二人とも結構マジメくんなとこあるから気ィ合うとか?」

「燃。私の弟とそこの彼を同類のように語るのはやめてください」

「何がアカンの。そんなこと言ったらあんまアリヤくんのこと邪険にするのやめてもらえる? 燃さんのお気に入りなんやけど」


 燃が肩を持ってくれているのは嬉しいが、その会話一つ取っても、アリヤの目には燃とラクリの波長が合っているようにはとても見えない。

 隣のブリークハイドに(いつもはどうなの)というつもりで目配せをすると、彼も困惑を滲ませた表情で首を小さく左右に振った。別に普段から仲がいいわけではないらしい。

 とにかく奇しくも姉弟の両方が立会人を連れてくる形になってしまい、それがアリヤと燃という状況。しかもラクリが敵対的な目を向けてくるという状況にアリヤが内心辟易(へきえき)としていると、燃が「ちょ……っと待っててな。ラクちゃんブリ坊、一分待ってて。勝手に話始めんといてね」と言って席を立ち、アリヤへと手招きをしてきた。

 呼ばれるままに付いていくと、姉弟を残したテーブルから少し離れた位置で燃さんが口を開く。


「アリヤくん、悪いけど帰ってくれる?」

「え? いや、そういうわけにも」

「いやいやいや、ごめん。今回だけはごめん。帰って。お願い。一生のお願い」

「燃さんの言う一生のお願いに価値ないって……この前だって洗い物が面倒だからって頼むときに言ってたし」

「まあいいやん細かいことは。アリヤくんも燃さんになんかお願いある時に気軽に使えばいいやん一生のお願い。っていうかホント今回はいられたら困るんよ。あれやろ? ブリ坊が姉弟二人で改まって話すのは緊張するから付いてきてほしいとかそんなノリで連れてこられたわけやろ? あの子あんま友達おらへんから思い付きでアリヤくん頼ったんやろね。真面目すぎておもんないから友達できへんのよブリ坊。アホかってぐらいマイペースなとこもあるから余計にね。まま、それはええんよ。とりあえず第三者がいれば誰でもいいわけやろ? じゃあ燃さんおるからもうええやん。燃さんな、ちょっとここで絶対にやらなアカンことがあるの」


 いつにもましてまくしたてる燃。いつだっておしゃべりな人ではあるが、今日はまた偉く必死だ。

 普通ならそこまで頼み込まれれば引くところだが、今日はブリークハイドを放って帰るわけにはいかないという責任感が胸の内にある。加えて、燃の目的も気になり始めた。


「なんです、やらなアカンことって」

「え、いや、うん。それ聞く? それは……あー、うーん……」


 舌先三寸でいくらでも嘘を述べられるタイプの燃がやけに歯切れが悪い。ますます気になってきたアリヤの心から、ここを立ち去るという選択肢が消え失せていく。

 さておき、燃は本当に困っている。

 燃がやろうとしているのは、ラクリとブリークハイドが円満に仲違いを解決させるのを妨害することだ。

 何故か? 燃の今の目的は始まりの魔女の打倒。そのための戦力を集めていく上で、ラクリはかなり重要なカードだ。

 彼女を味方につけておくにはブリークハイドとの近親愛を成就させてやるという条件を餌にし続ける必要がある。

 だがここで下手にブリークハイドとラクリが仲直りしてしまえばどうなるだろう? 歪な恋愛関係にはならないとしても、ラクリの中にある鬱屈した愛情が過去の仲違いを原因にこじれてしまった愛情が変化したものだとすれば、仲直りをきっかけにまともな姉弟愛へと修正されてしまう可能性がある。

 そうなれば彼女が燃に付いて魔女と対立する理由はなくなる。ラクリは情に厚いタイプではないので、多少手伝ったからと言ってメリットもなく味方してくれるようなことはないだろう。

 故に、燃はこの姉弟が仲直りする邪魔をしなくてはならない。ラクリに付いてこいと言われて来たが、ここは巧妙に邪魔をしてやるつもりでいた。

 だがアリヤが現れたのが大誤算。

「姉弟を仲違いさせておくことが目的」なんて言ったところで、アリヤが「はいそうですか」と引き下がってくれるとは思えないし、善意で来たんだろう彼は最大限仲直りをサポートしようとするだろう。


(困る。めっちゃ邪魔や)


 だが大元の事情を説明するとなると、そもそも燃がなぜ魔女を倒そうと決めたか、そしてアリヤが何者なのかという連鎖した事実を語らなければならなくなる。


(それはない。アリヤくんにはあのろくでもない事実は知らせずに、クソ魔女にはこっそり消えてもらう)


 そんな諸々を踏まえた上で、燃はアリヤにもう一度頼む。


「帰ってくれへん?」

「ごめん燃さん、今日はそういうわけにはいかない」


 残念なことに交渉は決裂。

 お互いに釈然としないまま、二人は姉弟のいるテーブルへと舞い戻る。


仕事多忙のため26日は更新をお休みさせていただきます。

次回更新は28日の予定です。

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