★18話 ガールズルーム
七面會の攻勢は激しくないとシエナは言う。
使い捨てにできるモンスターの軍団を差し向けて、真綿で首を絞め続けるような攻めを繰り返してきていると。
(連中、シエナがパンクするのを待ってるんだな。学園自治連合はとにかくこの子ありきの組織ってことか……)
考え込む俺に、シエナは戦場の後方を指差して示す。
「敵陣の後方に指揮を執ってる七面會がいるみたいなんだよね。ガスマスクを着けた“アブラ”って男」
「アブラ? ああ、そういえば聞いたような……エクセリアは何か知ってる?」
「知らんな。それよりあの鉄骨組みは何がしたいのだ?」
エクセリアが気にしているのは、パイプと鉄骨を使って即席で組み上げたような巨大な櫓だ。
その下には櫓を支える何台もの巨大トレーラーがエンジンをふかして排気ガスを撒き散らしながら待機している。
強度も規模も違うけれど、俺は高校の体育祭で組んであった櫓をぼんやりと思い出す。
生徒の席として使われてたけど、風が吹くとちょっと揺れて危なっかしかったんだよな、あれ。
そんな関係のないことを頭の隅に思い浮かべていると、敵陣の巨大櫓から天高く炎が吹き上がった。
「うわっ! 火吹いたぞ!?」
「な、なんだあれは。カッコ良いではないか!」
美的センスに直撃したのか、エクセリアがテンション高めに声を上げた。
シエナが苦笑いしつつ口を開く。
「アブラが率いてるのは企業連の七社のうち、ニューシティマテリアルってエネルギー企業なんだ。パンドラ全域に引かれた魔素パイプラインはあそこが所有してる」
「エネルギー企業? めちゃくちゃ金持ってそうだな」
「そうそう。あんなものを建てて炎を吹き上げてるのは象徴のつもりなんじゃないかな。あとこっちへの威嚇」
「なるほど。いくらでも持久戦をやれるぞって言いたいのか。エネルギー企業だから」
こうして見ると、学園の障壁が外部の音を遮断する設計になっている理由がよくわかる。
日夜あんな風な脅しを受け続けたらいずれパニックが起きるだろう。精神を病んでしまう生徒も出てきそうだ。
シエナは付近に待機していた見張り番の生徒に指示を出して、俺たちに声をかける。
「よし、今は大丈夫そうだから戻ろっか。宿舎に二人の部屋も用意したからさ、案内するよ」
そう言って、シエナは下りのリフトへと走っていく。
いつも快活で楽しそうに走り回っていて、元気な幼稚園児くらいの男の子、と言った無邪気さを感じさせる子だ。
健康体に見えるけれど、シエナの体力にはどれくらい猶予が残されているんだろう。
俺はこの世界に来た初日を思い起こす。
研究所から逃走しようとしたとき、魔法を連発したエクセリアは体力を大きく消耗してダウンしてしまった。
シエナの召喚は研究所の一角を吹き飛ばしたエクセリアの魔法と比べても見劣りしないものに見える。
召喚は燃費がいいのか? だとしても、寝ている最中も召喚を維持し続けてどれだけ耐えられるものなんだろうか。
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学園自治連合は小さな町だ。
敷地の中央に位置する校舎を都心として、そこから少し距離を置いたところにいくつもの宿舎群がある。郊外のベッドタウンみたいなものだろうか。
宿舎には俺とエクセリアの部屋が用意されていた。
シエナはそれぞれ一部屋ずつ用意してくれていたようなのだが、エクセリアが激しくごねた。
「私とこいつは同部屋にしてくれ! いいな、絶対私を一人にするなよ!? お願いだから!」
何事かと思えば、昼の地下街やグールの恐怖がまだ抜けていないらしい。
まあ、性格はともかく見た目は姉さんだ。俺としても同部屋で一向に構わない。
少ない荷物を部屋に置いて、少し休んでから小一時間後、俺たちはシエナの部屋を訪れる。夕食を一緒に食べようと誘いを受けたのだ。
「何か手伝うことあるかな?」
「いいよいいよ、お客さんなんだから二人は座ってて」
そう言われては座っているしかない。
一人暮らしが長かった俺は家事を自分でやっていため、何もせずに座っているとどうも落ち着かない。
比べてエクセリアは堂々としたもので、ソファーに置いてあったクッションを勝手に膝に抱きかかえてあくびをしている。ちなみに猫は部屋で留守番だ。
「シエナちゃーん、大きいお皿持ってきてくれる?」
「丸いやつ? 四角い方?」
そんなやりとりがキッチンの方から聞こえてきた。
シエナの部屋は二人部屋だ。ユーリカと同室で暮らしているらしい。
料理はほとんどユーリカがしているようで、シエナも手伝っていたが、野菜の皮剥きが雑だと注意されていた。
改めて部屋を眺めてみると、家具やインテリア類はパステルカラーが多めでかなり少女趣味だ。
女の子二人で暮らしている部屋だからそうなのかな? と最初は思ったのだが、よく見ればそうでないことがわかる。
部屋にはロフトがあって、ロフト下にシエナのベッドと机、上にユーリカのベッドと机がある。
シエナのスペースを見ると、青やモノトーン中心で揃えてあってかなり中性的なセンスの色使いだ。
対してユーリカの方は部屋全体と同じパステルカラー系で、俺は二人の間のパワーバランスを理解する。
と、ちょうどシエナが料理を運んできたので尋ねてみる。
「ユーリカには頭が上がらない感じ?」
「部屋のこと? まあ……お察しの通りかな。でも本棚のマンガとかテレビ台の下にあるゲームとかは私の趣味で」
「シエナちゃん、次のお皿おねがーい」
「あっ、はいはーい」
ユーリカに呼ばれてそそくさと立ち上がる彼女の背中を見ていると、野球で華麗に長打を放った姿や、学園のリーダーとして七面會と戦う姿が嘘のようだ。
頬杖をついてその背中を眺めていたエクセリアが、「ああいうのを尻に敷かれてると言うんだな」と面白そうに呟いた。
それからいくつかの皿が運ばれてきて、テーブルの上にはユーリカお手製の料理がずらりと並んだ。
彩り鮮やかで品数が多い。肉に野菜に魚まで、数えれば全部で10品近い。しかもシンプルな料理ばかりでもなく、どれも一手間が加えてある。
特にスパイスを効かせた豚肉のソテーは絶品で、ライムも絞ってあってくどくない。
トマトのパスタを皿いっぱいに盛って頬張るエクセリアと二人で、ユーリカへと思わず声を上げる。
「どれも美味いよ、ユーリカさん」
「おいしいではないか! 料理上手だな!」
「本当? 異世界の人とお姫様相手に料理を出すなんて機会なかなかないから緊張しちゃって……」
「いやいや、本当に美味しい。俺の国で店出してもすぐ人気店になるぐらいの味だ」
「ふふ、お口に合ってよかったぁ」
ユーリカは両手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。
初対面の時は警戒されていたので、素直な笑顔を見せてくれるとなんとなく嬉しい。
俺もそれなりに料理が得意な方なので、せっかくだからと質問をしてみる。
「軽くスパイス効かせた料理が多いよね。この世界の料理の特徴だったりするのかな」
「えっと、クミンとかカルダモンはよく使います。それと香草も多いかな。お肉の臭み消しにローズマリーとか、レモングラスをスープに入れたり」
「ふうん、欧風もエスニックも混ざった感じなのかな……こっちの肉は低温で?」
「あっ、わかりますか? オーブンの低温調理機能で仕上げたんです。柔らかいでしょ?」
「うん、食感がしっとりしてる。上手いもんだなあ」
「それと、サラダにも一工夫してあったりするんですけど……」
「このタコのやつだよね。なんだろう、少しだけ柑橘っぽい香りが……柚子胡椒?」
「あっ、正解! さてはアリヤさん、違いのわかる人ですね?」
意外に話が盛り上がった。
これは料理をする人間にしかわからないかもしれないが、ちょっとこだわった料理をした時にそれを理解してもらえるととても楽しい。
俺はなかなか他人に食べさせる機会がなかったからこそ、その気持ちはよく理解できる。
姫かつ記憶があやふやなエクセリアは論外。シエナも料理にはまるで詳しくないようで、俺とユーリカの会話をぽかんと眺めている。
シエナが皿にいくつめかの唐揚げを乗せた、その時、ユーリカの目が光った。
「シエナちゃん、お肉ばっかり食べないの! 野菜も食べないと。よそってあげるからお皿貸して」
「えっ、いや、食べてるってば。そこのサラダとか……」
「だーめ。ちゃんと見てたよ。ほっといたらすぐお肉とかから食べるんだから」
「うっ……」
図星を突かれたようで、シエナはそれ以上抗わずに取り皿をユーリカに手渡した。
たちまちカラフルな野菜が皿いっぱいに盛り付けられる。まるでデパ地下の惣菜コーナーだ。
大量に盛り付けられたそれを、シエナは情けない顔でもしゃもしゃと咀嚼する。
「いや、ユーリカには感謝してるんだよ。生野菜があんまり得意じゃない私のためにちょっと温野菜気味にして食感変えてくれたりさ。けどこんなにいっぱい食べなくても……草食動物じゃないんだしさ」
「文句言わないの。シエナちゃんは学園の軸なんだから、食生活はちゃんとしなくちゃ。昨日だってこっそりカップ焼きそば食べてたの、気付いてるからね」
「ううっ……」
ぐうの音も出ない。そんな顔で野菜を口に押し込むシエナ。
「気の毒になー」とエクセリアが他人事のように言ったので、その皿にサラダを盛っておく。君も野菜を食べろ。
とても楽しい会食だった。
食べ終えた後は片付けを手伝って、シエナのゲームをみんなで遊んだ。
どうやらシエナはゲーマーでもあるようで、結構な本数のソフトをテレビボードの下にしまい込んでいた。羨ましいぐらいのコレクション数だった。
昼は学生としての勉学とスポーツに励んで、夜はインドアな趣味に没頭。これでもかというぐらい学生生活をエンジョイしながら、並行して七面會と戦い続けている。いやいや、どんな体力だ。超人か?
自分たちの部屋に戻りながらそんなことを考えていると、エクセリアが大あくびを一つした。
「ふあああ……今日はなんだか疲れた。よく眠れそうだ……」
「俺はあと少し散歩しようかと思ってたけど、眠いならまっすぐ戻ろうか」
「いや……私のことは気にしなくていい。もう部屋まで遠くないし、まだまだ生徒たちがうろついてるから危なくもなかろ……」
「でも君、部屋に一人だと怖いんじゃないのか」
「眠くて眠くて怖れる余裕もないわ……ユーリカがコンブにやる餌を用意してくれたから、これだけやって私は寝る。じゃあな……」
そう言い残すと、エクセリアはふにゃふにゃとした足取りで部屋へと向かっていった。
まあ彼女の言った通り、治安の悪い雰囲気でもない。ほっといても危ないことはないだろう。
さて、シエナたちとの食事が楽しかったからか、なんだかあと少しふらつきたい気分だ。
うろついてる人も多いみたいだし、探せば誰かと会えたりしないかな。
————鐘が鳴った。
『運命分岐点』
『今ここが、お前の運命を大きく分かつ岐路。選択肢を示そう。選ぶ権利を与えよう』
ああ、この鐘にも少し慣れてきた。大したことのない迷いにでも鳴る時は鳴るらしい。
まあ人間の運命なんて何が影響するかわからないもんだ。選べというなら何かの意味があるんだろう。多分。
【①.シエナを探して会話する】
【②.ユーリカを探して会話する】
【③.リズムを探して会話する】
【④.オーウェン兄妹を探して会話する】
【⑤.屋上で一人になる】
おっと。示された選択肢を見て、俺は少し身構える。
これまでに出た選択肢は二択か、多くて三択。それが今回はいきなり五択だ。
シエナとユーリカはいいとして、個人的にいけすかない学園の副リーダーのリズムと、野球で敵チームだった不良とエセお嬢様のオーウェン兄妹。この辺をわざわざ探して会うメリットはあるんだろうか?
それに屋上。確かにさっき屋上に上がれる階段を見て、少し気になってはいたけれど。
俺が選ぶのは——




