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174話 呪詛と追跡

「ほぎゃあああああああっっっ!!!??」


 サイハイの絶叫が響き、エヴァンとニキが顔をしかめている。

 コンブは我関せずの顔でそっぽを向いていて、苦笑いを浮かべて状況を見守っているのはシエナだ。

 一行は待ち合わせ場所にしていたロビーから、一旦ニキたちの部屋へと舞い戻っている。

 連泊で予約していてチェックアウトしたわけではないので、戻るのは簡単だ。


 ……と、そんなことよりサイハイはなぜ声を上げているのか?

 ユーリカのせいだ。

 さっきロビーで出会って初めに、ユーリカはサイハイへとこう語りかけた。


「サイハイさん、初めまして。私はユーリカ。早速ですけど、敵だったあなたがエヴァンくんと組むなら、私たち学園とも共闘関係になる必要があります」

「はいはーいオッケオッケ。別に誰と組もうがオールオッケーよ。むしろ学園自治連合(キャンパス・ライン)なんて一大勢力とツテができるなら願ったり叶ったりってヤツね。ま、好きにやらせてもらうからよろしくぅー」

「うんうん。こちらこそよろしくお願いします。それでね、うちのリーダーのシエナちゃんって色んなところから狙われてて敵が多いの」

「ま、そりゃそーよね。良くも悪くもガン目立ちしてるもの。血の門(シュエメン)傘下の組織にだって暗殺狙ってるとこはいくつかあるわ。学園自体が商売の邪魔だったりで」

「そうなの。知ってるならわかってもらえると思うけど……私たちとしては、組んでくれるって言う人にも確実な信頼が欲しいんです。サイハイさんは血の門(シュエメン)だった人だから、万が一のために“保険”をかけさせてもらってもいいですか?」

「保険? はは、よくわかんないけど勝手にやったらいいじゃん。妙にもったいぶってるけど遠慮しすぎでしょ。ま、なんかあんた大人しそうだもんねー」

「ありがとう! それじゃあ、一度ニキくんたちの部屋に行ってもいいですか?」


 といった具合のやりとりを経て、サイハイは促されるままベッドに寝そべり、ユーリカの膝に頭を乗せ、そして今に至る。

 一体何が起きているのか?

 状況をいまいち理解できていないニキが、慄然とした面持ちでエヴァンへと問いかける。


「あの、エヴァンさん。これって一体……?」

「細かいことは知らねえけど、ユーリカお得意の悪趣味な魔法だろ」

「ゆ、ユーリカさんの魔法ってどういうものなんですか? 遠くを監視するみたいな魔法があるのは知ってますけど……」

「俺に聞かれても細かいことは知らねえって。知りたくもねえし。おいシエナ、教えてやれよ」

「ん? うん……」


 苦笑かつ若干引き気味に様子を見ていたシエナが、ニキへおずおずと口を開く。


「なんていうか……呪詛って感じかな? 相手に約束を強要して、それを破ったら死ぬ呪いみたいなのを掛けられるんだよね。ユーリカは。初めに同意を得ないと効果ないんだけどさ」

「え、ええ……? 呪いですか」


 ニキは下級生、いわば下っ端だ。

 戦力として数えられ始めたのはごくごく最近のことで、シエナやユーリカのことを深く知っているわけではない。

 だから学園を率いている彼女たちに対しては“すごい人”という漠然とした印象を抱いているだけで、その実態的な部分は把握していない。

 ニキは怯える。ふわふわした態度の優しい上級生のお姉さんというイメージだったユーリカが、両目をかっぴらいて膝に乗せたサイハイの頭を抱え込んで、互いの息がかかる距離感で呪詛を呟いている様子は少年には恐ろしすぎた。


「あなたはシエナちゃんを裏切れない、シエナちゃんを裏切れない、シエナちゃんを裏切れないシエナちゃんを裏切れない裏切れない裏切れない裏切れない」

「ぎゃああああああああ!!!!!」

「エヴァンくんのことも裏切れない裏切れない裏切れない裏切れない裏切れない裏切れない裏切れない裏切れない」

「ひいいいいいいいいっ!!!!!」


 ユーリカはこの魔法を多用しない。というよりできない。

 効果が強力なだけに、同時に複数人に呪詛を施し続けることは不可能なのだ。

 サイハイは優良な戦力に成り得ると見て、ここで裏切りを防止するカードを切っている。

 呪詛を施されている間、脳に焼けつくような痛みが伴い続けるのだとシエナが言う。

 かといって力付くに跳ね除けることもできない。金縛りにあったように四肢が動かなくなるのだ。

 そんな阿鼻叫喚の時間は数えれば5分足らず。だが、サイハイの精神を屈服させるには十分すぎる長さだった。

 呪詛を終えてユーリカが立ち上がった横で、サイハイは白目を剥く寸前のような顔で呼吸を荒げている。

 そんな彼女を見下ろしながら、ユーリカは丁寧な声色で口を開いた。


「それじゃあよろしくお願いしますね。サイハイさん」

「は、はい……はい……逆らわないです……ホント……」


 哀れだ。

 さっきまでは迷惑女とうんざり顔を向けていたエヴァンですら気の毒に思うほど、サイハイの目はユーリカに反抗する気力を失って従順な色を宿している。

「じゃあよろしくね」と手を挙げたシエナとそれにいそいそと付き従うユーリカが去って、部屋にはぐったりとしたサイハイとエヴァンたちだけが残された。

 なんと言葉を掛けていいか迷っていると、シエナたちの足音が聞こえなくなったのを契機に、サイハイがよろよろと上体を起こして一言。


「……ふ、フン。何が呪詛よ……大したことなかったわね……! ザーコ!」

「いや無理あるでしょ」


 呆れも露わに、コンブが軽く鼻で笑った。





 二時間後、街中。

 サイハイを新たなメンバーとして加えたエヴァンたちは、昨日と同じく車中から街角を見張っている。

 エヴァンのスマホへ、別の場所で見張りをしている学園のメンバーから連絡が入った。


「『彼女が店を出ました』だとよ」

「それじゃ、じきに来るね」


 運転席と助手席の間のアームレストに乗ったコンブが相槌を返す。

 彼らが今日追うのはリシェルとアランとは別だ。いくら白昼堂々と不倫デートに興じる二人でも、連日の逢引きを敢行するほどは挑発的ではない。

 代わりに追うのはランドール家の老メイド。

 リシェルが人目を気にせず屋敷を出入りしてアランとのデートへ向かえるのは、そのメイドが手助けをしているからだと目されている。

 50歳近いそのメイドは週に一度、ランドール家の不足した備品を買い出しに出る役を担っている。

 そこが狙い目だ。彼女を押さえて問い詰め、リシェルの浮気の確証を得るのだ。

 そんな事情の説明を大まかに受けたサイハイが、「ふーん?」と口を開く。


「要するにそのバーさんをとっ捕まえて拷問して、答えないようならぶっ殺しゃいいのね? 簡単じゃん!」

「ぜ、全然違いますよ……物騒な人だな……」


 戦闘民族思考にドン引きしつつ答えるニキに、サイハイは不満げな目で問いかける。


「じゃ、どうすんのよ」

「まずは穏便に話を聞いて、答えてくれないようなら謝礼を提示するんです。お金で解決できるならそれが一番ですから」

「で、ダメなら?」

「社会的な道義を説いて改めて説得です。不倫なんてダメに決まってますからね」

「それでダメなら」

「え? ならひたすらお願いです。正しいことをしてるのはこっちですから、いずれわかってくれるはずですよ」

「はあ〜? あんたさぁ、正しけりゃみんな従うとか思ってんの? ガキにも程があんでしょ。ちょっとエヴァン、このガキほんとに役に立つの? ここで降ろしてバイバイで良くない? キッズは学校のお勉強に帰りな?」


 ほとほと呆れたとばかりにサイハイが天井を仰ぐ。

 確かにニキは甘い。だがサイハイのやり方もデタラメすぎる。

 エヴァンはそんな二人の会話をスルーして、サイドブレーキを解除してアクセルを踏んだ。老メイドの姿を見つけたのだ。

 学園の下調べによれば、一通りの買い物を終えた彼女はルーティン的に行きつけの喫茶店でティーセットを嗜み、書店や雑貨屋で少しばかりの寄り道を楽しんでから屋敷へと戻る。機を見て接触しなければ。


「対応なんて会ってから決めりゃいいんだよ。行くぞ」



 

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