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171話 人狼と馬鹿女

 四侠サイハイ。性別は女、年齢19歳。

 父は不明で母は娼婦。名付けられる前に捨てられて、気まぐれに彼女を拾った育ての親も物心が付く前に彼女を捨てた。

 本名はなし。髪色にちなんで“緋色”と呼ばれてスラムで育ち、そこから血の門(シュエメン)へと身を投じた。

 赤髪とサイハイブーツがトレードマークで部下を連れて群れるのを嫌い、一匹狼を気取りながら体術の才だけを頼みに四侠までのし上がった。


 ……と、そんな旨がツラツラと綴られたスマホの画面にエヴァンは目を通す。

 アリヤ経由で紹介を受けていた情報屋のバーガンディに連絡して、サイハイについての情報を買ったのだ。アリヤへのツケで。

 

(フン、浮気調査とかいうクソみてえな仕事回しやがって。金ぐらい出しとけ)


 そんな彼が今いるのは、適当に入った安ホテルの一室だ。治安の悪い連れ込み宿のような場所なので、気絶した女性を男が担いで連れ込んだところで訝しまれることはない。

 気絶したサイハイの手足を縛って猿轡を噛ませ、ソファーの上に転がしてある。

 サイハイの名を名乗っているだけの別人という可能性も考慮してバーガンディに写真も送ったが、当人で間違いないそうだ。

 さて、この女をどうしたものか。エヴァンはまだ決めかねている。


(目が覚めたらまた俺やイリス、それにアリヤやらエクセリアを殺そうとするだろうぜ。けど、締まらねえ流れで気絶されたせいで寝首を掻くノリでもないんだわ)


 もちろん警戒は怠っていない。女だからと容赦はせずに服に武器を仕込んでいないかは徹底的に調べ、魔法を唱えられては困るから猿轡を噛ませた。

 まあ今読んだバーガンディの情報を信じるなら、体術頼りの戦闘スタイルだそうだから身動き一つできないように縛ってしまえば問題はないはずだと見越している。

 魔法を使う可能性がないなら猿轡はいらなかっただろうか。

 エヴァン自身はスツールに腰掛けてショットガンを傍らに置き、サイハイが目覚めればすぐに銃口を頭へと押し付けることができる姿勢。

 だが、それにしたってエヴァンは気を削がれている。

 何故か? サイハイをここまで運ぶ最中に、彼はあることに気付いてしまったのだ。


(この女は何考えてんだ? 熱出してやがる。それも頭を打って気絶して出ましたって感じの熱じゃねえ)


 途中のドラッグストアで急ぎで買った体温計で測ってみると、今の彼女の体温は38.8℃。

 頭を打って倒れたことで多少上がったとしても高熱だ。平熱が高いで済むレベルでもない。風邪だろうか。馬鹿なんだろうか?

 だがエヴァンは思慮深くないが、馬鹿ではない。ありえる可能性を脳内に思い浮かべている。


(まあ普通に考えりゃこいつは体調管理のできないバカだ。コンディション絶不調で来たせいでゴミ箱の蓋なんて子供騙しで気絶するハメにやってる。だがよ、あんまりにバカすぎる。例えばだ、これが風邪じゃなくて意図的に仕込まれた病気だったとしたら? 細菌だかウイルスだか知らねえけど、俺もアリヤも多少の怪我なら治癒するタフさがある。仕留めるために手段を変えてくるってことは十分考えられるぜ)


 そう考えたからこそ今ここで、気休めのマスクをして一人で見張っている。仲間を呼んで病気が蔓延でもすれば最悪だ。

 バーガンディからの情報をひとしきり読み終えて、エヴァンはリモコンを手にテレビを点ける。

 タレントが人気店を巡っている映像を無感情に眺めていると、ビク、と一つ小さく身を震わせてサイハイが目を開けた。


「……!? う、ん……!? ンー!!」

「目ぇ覚ましやがったか」

「ンッ!! グムムムッ!? ググゥー!!!」

「猿轡しててもうるせえなテメェ。外してやるから黙れ。手噛んだらマジで撃つからな」


 銃口を頭に押し付けつつ、ガーゼを捻って作った即席の猿轡を人狼の爪で切った。

 と、すぐさまサイハイがわめき始める。


「卑怯者卑怯者卑怯者お前なんて酷いことするのよ!!! 不意打ち!? 正々堂々戦いなさいよ意気地なし! 雑魚! ゴミムシ! ううーっまだ頭がズキズキ痛いしなんかフラフラするしこいつは最低最悪裁判沙汰って感じだわ!!! しぃかも何ここ!? えっラブホ!? ギャアーッケダモノ!!! 犯される誰か助けてオオカミ野郎に犯されるわー!!!」

「……」


 エヴァンは思わず絶句する。わめかれた怒りよりもドン引きが先に来たというのが正直なところだ。

 よくもまあ意識を取り戻して即座にここまで大騒ぎできるものだと驚いている。縛られて頭を銃を突き付けられているのに。

 多少騒がれたところで助けが来るような場所ではないのだが、騒がれるのはやっぱり鬱陶しいと、エヴァンは思いっきり顔をしかめる。


「騒ぐな。チッ、反論してやる。不意打ちについちゃ油断するのが悪いんだろうが? あんなので気絶しやがって、こっちだってビックリだ。それとここは確かにクソ安いホテルだが、金積まれてもお前みたいなクソ女には手ぇ出さねえよ。願い下げだボケが」

「はぁ〜〜〜??? なにこいつクッソムカつく!! 皮剥いで自治区の大門に逆さ吊りにされたいの!? はー腹立つ身の程知らずのクソ犬が!! クソ人狼!! クソボケ!!」

「うるせえな!! クソクソ汚えんだよ黙りやがれ!!」


 マシンガンの如く繰り出される罵詈雑言と睨みと舌出しに、エヴァンは思わず気圧されてしまう。

 負けん気が強いで済むレベルじゃない。頭のネジが外れているんだろうか?

 エヴァンも不良としてそれなりに荒っぽい人生を送ってきているが、それでも両親がいくらか裕福だった時期もあった。支え合える妹もいたし、エヴァンが不良を気取っていたのはあくまで学園という秩序立ったお行儀の良いコミュニティの中でだ。

 比べて、この女は経歴をざっくり読むだけでもまあロクでもない人生を送ってきている。

 バーガンディから聞いた情報はその辛苦まみれの人生の氷山の一角に過ぎないのだろう。

 チッと舌打ちを一つ鳴らして、エヴァンは彼女に話しかける。


「頭痛は知らねえけど、そのフラつきは熱のせいだろ。てめえ風邪か?」

「はぁ〜? 風邪? このあたしが風邪なんてクソザコな病気になるわけ……っ、うーっ……さ、寒い……頭痛い……!!」


 嘘がつけるほど頭がいいタイプには見えない。風邪を否定する今の口ぶりは確信に満ちていた。

 つまりこいつはバイオテロを仕掛けてきたわけじゃなく、本当の体調不良を把握しないまま挑んできてその影響で不意打ちに反応できず、無様にぶっ倒れたということだ。


「とりあえず馬鹿だなお前」

「は!? ふざけんな!!! ちっくしょう……体さえ動けばお前なんか……うううう……寒い寒い寒い……」

「口開けろ」

「何、ぐっ!!? うげっ!! 苦っ、何を口に入……むぐっ!!」

「うるせえな!! 風邪薬と水だよさっさと飲め!!」


 大口を開けて喋るサイハイの口に薬を投げ込み、ペットボトルの水を流し込んでエヴァンは怒鳴る。

 情に絆されたというよりは、あんまりに馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 舌を伸ばして薬を吐き出そうとするサイハイの口にもう一度ガーゼを噛ませて、額に発熱用のシートを貼りつけてソファーへ力任せに彼女の背中を押しつける。


「寝ろ!!!」

「……ッッッ〜!!!」


 サイハイはそれでもしばらく抵抗を続けようとしたが、一分経たずに体力切れで目を閉じた。

 彼女が寝息を立て始めたのを確かめて、エヴァンは窓際にスツールを移動させる。

 万が一に備えてショットガンだけは傍らに置いたまま、彼は自分の行動に首を傾げた。


「放っときゃ良かったのによ」


 知らず知らず、彼女の境遇に同情してしまったのだろうか。こんな悪口女に?

 自分でもよくわからないまま、エヴァンは夜の街を眺め続ける。

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