表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

167/212

164話 二つの通話

「いやあ〜ヒヤヒヤしましたよ。いつ僕に矛先が向くかわかんなかったですもん」


 獄門空道(オルルスアグラ)が打倒され、ホテルアムランが解放されてから小一時間後。

 救急車に報道に野次馬が大勢集ったホテルから少し離れた路地裏のゴミ箱に腰掛け、カイ秀英(シゥイン)が電話を手にしている。

 惨劇を辛うじて切り抜けた後とは思えないにこやかな表情で、ペットボトルのミルクティーを片手に通話口へと語りかけている。


『でも危なげなかっただろ? 実際さ』


 電話越しに返ってきたのは若い男の声。秀英(シゥイン)と組んでいる黒貌王(ブラックフェイス)だ。

 そもそも秀英がホテルへと来ていたのは彼の指示を受けてのこと。アリヤへと対血の門(シュエメン)の共同戦線を持ちかけに来たところを抗争に巻き込まれた形だが、実のところ黒貌王(ブラックフェイス)はランドール家がアリヤを襲撃することは事前に把握していたのだ。


「確かに大丈夫でしたけどね、みんな僕のことをほどよく忘れてくれてましたし。これのおかげなんですかね?」


 秀英はそう言って、ポケットから黒いブローチを取り出した。

 それは黒貌王(ブラックフェイス)星の意思(イデア)の一人を打ち破り、奪い取った技術の結晶だ。

 魔力の干渉を遮断し、他者から認識されるのを不自然にならない程度に阻害する効果を持っている。

 アリヤたちもゲーデたちも秀英の存在を時折気に留めつつも、“動かないなら保留でいい”と無意識に優先度を下げていた。

 今回の件で血の門(シュエメン)の残党が出張ってくることとホテルの封印は予想外だったが、秀英は荒事になった場合の対策を万全に施した上でこのホテルを訪れていたのだ。


「こんなちっぽけな石なのに、星の意思(イデア)って方々の技術はすごいんですねえ。やられる前に降参しちゃいません?」

『ははは、そしたら俺は消されちゃうよ。もう星の意思(イデア)を三人倒してるし』

「んー、僕は大丈夫そうだと思いません?」

『マダム紅を倒すのに絡んでるからアウトじゃない?』

「あー。今後ともよろしくお願いしますね! 黒貌王(ブラックフェイス)さん!」

『毎度ビジネスライクな声出すよなあ』


 呆れ声で黒貌王(ブラックフェイス)が応じる。

 黒貌王(ブラックフェイス)と凱親子が組んでから日は浅いが、お互い付かず離れずのスタンスが功を奏して同盟関係は良好なようだ。

 雑談めいたテンションのまま、電話越しの問いかけが続く。


『それで、魔女が出たんだって?』

「来ましたよー。いやあ、なんか星影騎士団(ステラ・イドラ)をぞろぞろ引き連れちゃって、なんか大事そうな話もペラペラしちゃって」

『ほー』

「ドヤ顔で色々話した後に時間を巻き戻して無かったことにしてたけど、ブローチのおかげで魔力干渉を受けなかった僕は記憶残っちゃってるんですよねえ〜。魔女も案外マヌケだなって」

星の意思(イデア)さまさまだな」

『ですねえ。ま、細かい話は電話じゃアレなんで、帰ったら色々お話ししますよ。あ、これ死亡フラグですかね? 帰る前に殺されちゃったりして。ハハハ」


 秀英はそう言って笑いながら電話を切るが、彼は消されることはなく無事に拠点へと帰り着く。

 時間の巻き戻しの影響を受けることなく残った彼の記憶によって、黒貌王(ブラックフェイス)へと伝わったアリヤの正体。

 この情報が、都市の情勢を大きく左右することになる。







 秀英が拠点へと帰還したのと同刻、燃はボロボロになった外着のまま、自宅の床に背中を預けて呻いている。


「あー、うー……アカンアカン、どうしよ。どうしたらいい? えー? なんで燃さんがこんな訳わからん責任を負わされる羽目になってるん? はー無理無理無理ィ!」


 駄々をこねる子供のように手足をバタつかせてみるが、家の中に他に誰がいるわけでもない。

 半壊したホテルに駆けつけた騎士団の医療班に怪我の治療は受けたが、今は魔女の息がかかった騎士団と深く関わり合いになるのを避けたかったので入院は断って自宅へと戻ってきた。

 完全には治りきっていない傷が若干疼くが、数日休めば治るだろう。それよりは魔女から少しでも離れたい。

 アリヤたちとは一旦別れた。彼らは激戦に巻き込まれてグロッキー状態な団地からの刺客を一人捕らえて連れ帰っていたので、上手くすれば早晩ココルカ団地の正体へと辿り着くだろう。

 だが、燃にとって団地の秘密や刺客の問題はもう些事だ。

 アリヤの出自を知ってしまった。魔女の企みも知ってしまった。

 アリヤ当人はそれを知らず、魔女からは彼の成長を促すよう命じられている。だがアリヤの力をこれ以上育ててしまえば彼は魔王の器にされて、その人格が消え失せる。それは嫌だ。

 だが魔女の意に反してアリヤの成長を阻害すれば、処分されてしまうのは燃の方だ。それも嫌だ。

 これでもかというぐらいの板挟み。自分の命が秤に乗せられてしまっている状態に、燃は低く「うぐうう」と唸る。


「正直これ燃さん死亡率40%ぐらいのとこまで来てへん? ああ〜嫌や嫌や嫌や死にたくない〜……あとアリヤくんの件どうしよ。伝える? えー、でもアイデンティティとかそういう部分にめちゃくちゃ関わる話やから絶対重い雰囲気になるやん。私そういうの苦手やわ……私としてはアリヤくんが生後20年だろうが数ヶ月だろうが別にどうでもいいんやけど、本人はそうもいかへんやろうし。家族の話もお姉さんの話も全部ウソでした〜って? いやいやいや絶対そんな話伝えるの嫌や〜なんの罰ゲーム? あのクソ魔女めっちゃひどない? 死ね! あ、まさかこれ聞かれてへんよね。待って待って、今の違います、軽い冗談です〜……はあ、しんど」


 正直思考を全部投げ出して酒にでも逃げてしまいたいが、今はそれよりきちんと考えておくべきだ。

 魔女が強力無比な存在なのは知っていたが、時の流れまで掌握しているとなると話は違う。燃の独り言まで把握していたっておかしくない。

 だが気にしていたら精神が病む。普段なら病むほど繊細な性格はしていないが、そんな燃でも病みかねないほど魔女のプレッシャーは強烈だ。


「あー……私わりと一人で生きていけるタイプやけど、今は流石に誰かに話聞いてもらいたいわ……でもあんまそういう話できそうな友達いてへんのよね。学生時代の友達なんて一般人ばっかやし、騎士団の同僚は論外。で、アリヤくんは当事者やから一番話せへん……と」


 じゃあ姫さま?

 燃はエクセリアの顔を思い浮かべるが、首を傾げてその選択肢を一旦頭の隅に追いやる。

 まだ子供だ。案外考え方がしっかりしている部分もあるにはあるが、アリヤの出自をこっそり聞かせたらアリヤへの対応がぎこちなくなって結局本人にバレるかもしれない。リスキーすぎる。

 また寝そべってしばらく考えた挙句、燃はふと身を起こしてスマホの電話帳を開く。


「あ、お母さんに聞いてもらお。アリヤくんのことも一応知ってるしとりあえず相談には乗ってくれるやろ。持つべきものは親やわ〜」


 そう独りごちながら自宅の電話番号をプッシュする。この時間には父はいないはずだが、母はまず間違いなく在宅しているだろう。

 トゥルル、トゥルルと数回コール音が響いて、長く待つことなく電話が繋がった。

 電話を取るのはおそらく使用人たちの誰かだろう。向こうに番号は表示されているから、自分からの電話だと理解しているはず。


「あ、もしもし? 私やけど、お母さんいてる? ちょっと代わってくれへん?」

『お母さんならいらっしゃるわよ。今ねえ、アタシとお茶してたの』

「は……」


 誰? いや、一瞬で理解した。

 電話越しでも空気がピリつく、背筋と臓腑が凍りつくほどに高圧的で嫌味な声! ……始まりの魔女が実家にいる。行動を読まれている。


「は、え……? なんで」

『アンタのことが前より気に入ったから、雇用主として親御さんには一度ちゃあんと挨拶しておかないとと思ったの」

「あの、えっ、お母さんは……!?」

『あっははははは!!! 何〜? なんで怯えてるの。何か私をキレさせるような心当たりでもあるわけ?』

「いや、そんなことは! 全然ないです! はい!」

『よねぇ〜。いい家ね? 使用人の方たちも教育が行き届いてて、お母さんも美人でお淑やかで。ご実家は大切にしなくちゃねえ……?』

「は、はい」

『親孝行、したい時には親はなし。なーんて言うじゃない? 大丈夫。平和にお茶を飲んで、娘さんは頑張ってますよってお話ししただけよ、今日はね。で、どうする? お母さんに代わっとく?』

「……」


 大勢の使用人を抱えている深谷家では、来客に電話応対をさせるような真似は天地がひっくり返ってもしないはずだ。

 なのに電話に出たのが魔女だということは、少なくとも使用人たちは魔女の支配下に落ちていると見た方が良いかもしれない。

 

(お母さんは? 本当に無事なの?)


 晴天の霹靂めいた魔女の登場に思考がぐちゃぐちゃに乱れかけるが、燃は一つ深呼吸をして冷静に思考を巡らせる。

 魔女にとって、今ここで燃の親をどうこうする意味はない。

 燃を手駒として使いたがっているのだから、燃を怒らせる意味は何もない……はずだと思いたい。

 正直まるで確信はないが、魔女がまともな思考の元に動いている可能性にすがって燃は素直な返事をする。


「……大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

『そう? いいのかしら』

「はい。大した用ではなかったんで、本当に大丈夫です」

『そーう。それじゃあ、働きに期待してるわね? 燃ちゃん』


 切れる通話。最後の猫撫で声には脅しのニュアンスが多分に含まれていた。

 大丈夫。脅したいのなら親に手は出していないはずだ。

 そう考えて胸を撫で下ろしながら、燃はベッドの枕めがけて電話を投げる。


 閾値を超えた。


 異常な強度のストレスは、燃が心の奥底に飼っていた反骨心を前面へと引き出した。

 威嚇して利用してやろうという魔女の考えに反して、揺らいでいた燃の意思を固く定めさせる。

 燃の本質は悪女だ。悪女たる魔女に上から目線で脅されて、大人しく引き下がれるほどヤワではない。

 白目を剥いて見えるほどの睨眼で窓の外を見据えた燃は、声を出さず、口だけを小さく動かした。


“殺そ、魔女”と。

・現在の好感度


エクセリア 50+10

燃 55+10

シエナ 35+15

ユーリカ 15+10

エヴァン 30+15

イリス 10+15

レイ春燕(シュンイェン) +30

バーガンディ 10+15

ドミニコ(アブラ)30




・知名度

D(血の門(シュエメン)潰し)


・カルマ値

→E(暴力都市の住民)

→C(一般人殺し)


※数値は1〜100、ランクはA〜G



Chapter.4前半終了です。


一週間お休みして、165話の更新は12/2水曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ