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162話 真相と消滅

 これは、一体何が起きてるんだ?

 憎悪も憤怒も大きな力を振るった快感も忘れてしまうほど、アリヤにとって目の前の光景は謎尽くしだ。

 始まりの魔女が急に現れた。外とは隔絶されているはずのホテルの中に……と、そこじゃない。前々から超常の力を見せつけてくる魔女のことだ、閉ざされた空間に入り込むことぐらいは朝飯前なのかもしれない。

 問題は、なぜ魔女が星影騎士団(ステラ・イドラ)を引き連れているのかという点だ。


(魔女……? 騎士団……? あれは騎士団、だよな。脇の二人は初めて見る顔だけど、あのマイロンって黒人天使とは何度か会ってる。深層六騎(ディープシックス)のはずで、脇の二人も多分深層六騎(ディープシックス)なんじゃないか? 佇まいとか、雰囲気とか……魔女が星影騎士団(ステラ・イドラ)のトップなのか? じゃあ燃さんは魔女の部下で、魔女と面識があって……)


 混乱しながら燃に目を向けると、彼女は複雑な表情をしてアリヤから視線を背ける。

 後ろめたさや申し訳なさをないまぜにしたような……騙していた?

 いや、でも具体的に何を騙されたかと言われるとピンと来ない。

 そもそもアリヤは燃との間に築いた信頼関係に一点の疑いも持っていない。

 じゃあどうして目を背けるんだろう。見ていられないとか、気の毒とか?

 わからない。ピンとこない。魔女は何を考えてる?

 

「アッハハハ! ほんと最高! よく育ってくれたわね藤間(とうま)或也ありや〜。血を媒介に放つ大斬撃! あれその気になればビル一つぐらい簡単にブッ飛ばせるでしょ! ね、威力の割にほとんど負荷なく使えたんじゃない? 普通の魔法と違って他人の命をコストに使えるんだから血の魔法ってお得よね〜。そこで死んでる一般人(モブ)の血の味はどうだった? あんたが吸ったことある女の子二人の血よりはまずかったんじゃない? きゃははっ」


 悪辣だ。アリヤが殺してしまったホテルマンの男性を指してモブ呼ばわり。

 どことなく、ゲーデのような性根の腐った醜悪な発言とは種類が違って聞こえる。

 どちらかといえば上位者。生物として高階級にいる存在が下位の人間を純粋に、悪意なく見下したような物言いだ。

 が、だからといってその発言は看過できない。アリヤは身構えながら彼女を睨む。


「魔女……何をしに来たんだ。今までは表に出てこなかったくせに」

「あら、なんか反抗的? あはは、まあいいわ。今日はアタシとっても気分がいいの。だってよ〜うやく長年の悲願が達成されるんだもん!」

「何の話だ」

「うんそうね、わかるように言わなきゃね。ダメねアタシったら、調子付いたら自分一人でペラペラ喋っちゃうから。わかるように伝えなきゃね? じゃ単刀直入で言うけど、その体もらえる?」

「は?」

「いやだから、体もらえる? 力が完成したならもうあなた自身には用ないの」

「……?」


 ロクなことを言っていないのはわかる。まずいことを言われているのもわかる。

 ただ、突然体もらえる? なんて言われても意味がわからない。

 体をあげるってなんだ。あげる訳ないだろ、としかアリヤには思えない。

 そんな様子を見て、魔女はもう苛立ち始めた様子で舌打ちを鳴らす。


「いや首傾げてんじゃないわよ。何? 理解遅くない? ええと、だからアンタは私の所有物であってアンタをどう扱うかの権利は私が持ってて、アンタ自身の人格にはもう用がないから……あーヤバい、イライラしてきた。アタシ説明って嫌いなのよね。ねえマイロン、アンタたちの中で一番説明上手いの誰?」

「ラクリかと」

「じゃラクリ、あと説明して〜」

「はい」


 ラクリと呼ばれた女性は怜悧な鉄面皮だ。

 肩より少し短い金髪に碧眼、絵画のように美しい顔をしているが、一瞬たりと表情を緩めることなく虚無の顔立ちを崩さない。

 そういえば深層六騎(ディープシックス)のブリークハイドとそっくりだな、とアリヤは思う。

 この場でアリヤがそれを知ることはできないが、実際ラクリはブリークハイドの実姉だ。

 彼女が口を開く。


「まず第一に、始まりの魔女の目的は礎世界の奪還です。我々星影騎士団(ステラ・イドラ)は彼女の尖兵。ですがこれだけでは礎世界を牛耳る星の意思(イデア)を打倒する戦力としては不十分です」

「……」

「礎世界奪還の戦力として不可欠なのが、“魔王”。本名ではありませんが、私たちはその名を口にすることを許されていないため、便宜的に“魔王”と呼んでいます。強大な力を有する魔王はかつて魔女の伴侶でした。しかし星の意思(イデア)の侵攻によって異世界へと落ち延びる際、魔王は魔女を逃すためにその身を犠牲としたのです。ここまでは理解できていますか?」

「……一応」


 アリヤの心中には一体何の昔話を始めたんだと異議を挟みたい気持ちもあるのだが、魔女はアリヤのことを指して「魔王の揺籃」と言っていた。

 魔王。それが魔女のかつての恋人? ああ、ロクな予感がしない。

 アリヤは静かに呼吸して体内に魔素(マナ)を練りつつ、黙してラクリの話の続きを聞く。


「始まりの魔女は嘆きました。星の意思(イデア)への復讐を誓うと共に、魔王の再生を胸に誓いました。この異世界(パンドラ)を築き、長い歳月を掛けて準備を整え、既に彼女は魔王の魂を再生することに成功しています」

「魂を再生? そんなことが……」

「可能です。彼女は全能ならずとも全知。そのためのすべを持っています。しかし、魂は再生できてもそれに見合う器がありません。魔王の魂は人や亜人の身には余る膨大な魔力で象られていて、受け容れられる者が誰もいませんでした。彼女は強き人、弱き人、老いた人、幼い人、さまざまな亜人種、男に女、どちらでもないもの、石人形から機械仕掛けにまで、ありとあらゆる物人で魔王の体とするべく実験を行いました。しかし、その全てが魔王の力を受け止められずに弾けてしまうのです」


 アリヤは馬鹿ではない。話はなんとなく見えてきた。

 まあ性悪な魔女がやけに上機嫌で出張ってきた時点で嫌な予感しかしなかったが……情報はもらえるだけ欲しい。アリヤはさらに話に耳を傾ける。

 だが、話はアリヤの予想とは異なる方向へ転がり始める。


「故に、魔女は専用の体を作ろうと思い至りました。既存の器に魂を合わせるのではなく、魂に適合する器をゼロから生み出すのだと。幾度とない試行と失敗。100年以上を費やしたトライアンドエラー。苦心して作り上げた器たちはいくら数を重ねても適切に育たず、やがて魔女は一つの確信を得ます。魂なき肉体は育たないと。故に、魔女は器に偽りの魂と偽りの記憶を植え付けました。それが貴方です。藤間(とうま)或也ありや

「……ん、うん?」


 アリヤは顔をしかめる。この人は何の話をしているんだ?

 急に話が飛んだ。魔女が魂の器を作ろうと試行錯誤していたのは理解した。アリヤの体を魔王の魂の器として利用しようとしているのも理解した。ただ、その二つがいきなり結び付く意味がわからない。


「偽りの魂と記憶? 何言ってるんだよ、俺は礎世界から来た転移者で」

「いいえ、違います。あなたは転移者ではありません」

「は?」

「あなたは魔女とその協力者によって生み出された実験体10712号。藤間(とうま)或也ありやという人格と記憶はあなたを適切な器として育成するために植え付けられた偽りのものです」

「何を……」

「思い起こされてみてはいかがです。あなたが目覚めた場所は? それを見た者の反応は?」

「場所? 研究所の……」


 アリヤはこの世界に来た時の記憶を思い起こす。

 目覚めたのは七面會(マスケラド)の研究所の奥、エクセリアがカプセルの中に囚われていた部屋だ。


「思い出せましたか? あなたは研究所の一室で目覚めた。肺の中に水が入っていたような息苦しさを覚えていたでしょう。あなたもエクセリア姫と同じように、液体に満ちたカプセルの中に入っていたのですよ。無垢で無知な白紙の肉体として」

「いや、そんなわけがない。確かに咳き込んだような記憶はあるけど、服は死ぬ前のそのままだった」

「貴方は死んでなんていませんよ。あの少し前に白紙の肉体へと記憶や知識が刻まれて、そこでようやく器として生まれたばかりだったんですから」

「……! ……?! 意味のわからないことを言って煙に巻こうとしてるのか? 俺は……そう、姉さんだ。姉さんを殺した奴を探し出して、殺そうとして返り討ちにされて」

「ですから。フフッ……」


 ラクリが失笑を漏らした。

 物分かりの悪い生徒に呆れて見下すかのような碧い視線が、アリヤの目を突き刺すように見据えてくる。


「姉だか父母だか知りませんが、その家族の思い出も全て偽りの作り物だと言っているんです」

「そんなはずがない」

「聞き分けの悪い。反論の根拠はありますか? 一つ一つ潰してあげましょう」

「マダム紅だ。星の意思(イデア)のあいつは俺に姉さんの話をした。野心家だのなんだの……真偽はわからないけど、少なくとも姉さんは実在してる。疑う余地もない」

「……」

「それに父さんだ。俺の父さん、藤間(とうま)良悟りょうごはこの世界で本を出してる。“異日”の試し刷り版さえ手に入れば」

「奇書として名高い異日。数々の奇譚が綴られた本の中に、この都市についての真実が語られている……そんな話を深層六騎(ディープシックス)の一員、フッコから聞きましたね?」

「そうだけど」

「失礼しました。誤解を招く言い方は改めましょう。藤間(とうま)或也ありやという人間は、かつて実在しました。姉の夜も、その父母も。ですが、それはあくまであなたとは別人。藤間(とうま)或也ありやは既に死に、彼に転生などという都合のいい事象は起きていません。彼はあなたの記憶のモデルケースとなっただけの存在に過ぎず、あなたは作り物の体に他人の記憶を植え付けられた存在。星の意思(イデア)はそれを誤認しているのです」

「……」

「そして藤間(とうま)良悟りょうごがこの世界で本を出したなどという事実もない。この都市の真実が綴られている本? 仮にそんなものがあったとして、我らが全知たる“始まりの魔女”が放っておくとでも?」

「それは……」

「あれは単なる気狂いの作家が残した与太本に過ぎず、試し刷りされた数冊などというものも存在しません。都市に噂を流したのは我々騎士団。全ては制御下にあり、フッコは魔女から仰せつかって、あなたに行動指針を与えて行動を制御すべく与太話を吹き込んだに過ぎません」


 いや、そんな、それこそ根拠がない話だ。馬鹿げてる。あの女の言っていることこそ根拠がない。

 だがラクリが一言一言を発するたび、その言葉は何故だかストンとアリヤの心深くへと真実味の根を張っていく。

 理屈じゃない。実感があるのだ。

 転移だのなんだのと異様な状況に対する違和感へのアンサーとして、ラクリの話は不本意ながら腑に落ちる。

 慌てるな。落ち着け。アリヤは浅く早まった呼吸を一度留めて深く整える。

 ラクリの話は動揺を誘っているだけだ。アリヤは首を強く横に振るって、根拠となる要素を思い起こす。

 待て、そうだ。自身の体質は? 遺伝は嘘をつかない。


「母さん。そう、母さんだ! 俺は吸血鬼の体質。俺の母さんは吸血鬼だった……んだと思う。それらしい記憶がある。多分、きっと。だからこの亜人種の体質は遺伝として受け継いだもので」

「ふ、ふふっ。クッククク……」


 細く高い、押し殺したような笑い声。

 笑ったのはラクリではなく、魔女らと共に現れた銀髪の少年だ。

 彼は深い血の色をした目に同情と嘲笑の色を滲ませて、片手を軽く揺らして口を開く。


「笑ってごめんよ。僕はジーヴァ。深層六騎(ディープシックス)の序列二位だ。僕の名前を聞いたことは?」

「ジーヴァ? 最近どこかで……」


 と、すぐに思い至る。

 昨晩……といってもアリヤの体感的には一ヶ月ほど過ぎているのだが、とにかく昨晩ファミレスで夕食を食べようとしていた時にレイがその話を出していた。

 曰く、深層六騎(ディープシックス)に名を連ねている本物の吸血鬼らしい。こんな13、14歳くらいの子供だったのか。

 アリヤが思い至った様子を察したのか、ジーヴァがにんまりと笑みを浮かべる。


「ご存知なら話が早いな。僕、流水に弱くて銀が苦手でニンニクが食べられないんだ。君はどう?」

「……別に、なんとも。流水は心地良いし、銀はかっこいいと思うし、ニンニク料理は好きだ」

「そりゃ羨ましい! でも当然だよね。君の体には僕の体組織もベースの一つとして組み込まれてるんだから」

「な……」

「僕の改良版ってこと。魔王の魂の器になるには膨大な魔力を受け容れても壊れない肉体が必要だ。僕ら吸血鬼は不死者(ノスフェラトゥ)。多少壊れようが再生する。ただ、僕みたいな純正の吸血鬼じゃさっき言ったみたいにやたら弱点が多いから器には適さなくてさ。僕の細胞を材料の一つとして君の体は組み上げられてるってわけ」

「あんたの細胞……?」

「あ、他にも色々混ざってるけどね? 僕のクローンとかそういうわけじゃないからあしからず。僕のクローンが魔王の器とかなんかやだしね」


 左右の手のひらを見せてひらひらと揺らすジーヴァ。

 ラクリがわずかに首を傾ける。


「ご理解いただけましたか? では、体を提供していただけますね」

「……っ」


 激しい混乱と深い当惑、アリヤは即座に拒否を叫べずに口籠る。

 白紙の上に他人の記憶を書きつけられた存在、それは果たしてまともな人間と呼べるのだろうか?


「させるわけがないだろう!!! アリヤは私のパートナーだ!!!」


 そんな当人の戸惑いを塗り潰すように、背後で高らかにエクセリアが叫んだ。

 その手には高圧の魔力が練り極められていて、爆圧のレーザーが魔女めがけて放たれる。

 同時、側面から飛び出す人影。唸るエンジンの轟音。ミトマの回天麒麟(ミケイロン)が魔女めがけて振り下ろされる。


「今の話の真偽は判らんが、盟友をみすみす奪わせるわけにはいかない。それと昨日シエナを襲撃したことへの返礼だ!」

「ふうん?」


 魔女が面倒臭げに息を漏らすと、すかさずマイロンとラクリが前に出た。

 マイロンが手を翳すと、彼の前に黄金の円環が描かれる。その輪に黒々とした穴が穿たれて、エクセリアの放った魔力レーザーがその中へと吸い込まれて消えてしまった。


「なんだそれは!!」


 不快げに眉をしかめるエクセリア。だが序列一位、マイロンの技は防いで終わりではない。

 直後、エクセリアの背後に同じ黄金の輪が現れ、そこから吐き出されるエクセリアの魔力光。

「後ろだ!」とアリヤが警句を発するのも間に合わない。

 自身が放った魔力の結集、渾身の大爆発がエクセリアを捉えてしまう!

 ミトマの回天麒麟(ミケイロン)は魔女を庇うように立ったラクリの頭蓋を見事に捉えた。が、刃が通らない。

 ギャリギャリと激しい火花を散らして刃が駆動するが、ラクリはそれを防御するでもなく、顔色一つ変えずにそれを受けた。

「馬鹿な」と目を見開くミトマを冷たく一瞥、ラクリはミトマの頭を鷲掴みに。技ではなく、膂力で強引に投げ飛ばす。砲弾のような勢いで投げられたミトマは、受け身を取ることもできずに天井へと叩きつけられた。


「エクセリア!! ミトマ!!」


 アリヤが叫んだのと同時、爆発で巻き起こった粉塵の影から魔女へと蛇腹剣が伸びた。レイだ。


藤間(とうま)或也ありやを魔女が利用しているのは知っていたけど、彼がそういう存在だったとはね。けど、ここで魔王に甦られるのは困る!」

「おっと、不意打ちはずるいんじゃない?」


 魔女に肉薄した蛇腹剣を止めたのはジーヴァだ。

 彼は細身の直剣を片手に振るい、魔力を無効化する蛇腹剣を弾いて捌く。

 そしてジーヴァが剣先を卍の軌道に揺らすと、レイの喉元に卍の創傷が刻まれた。

 抗う術なく、レイはその場に膝から崩れ落ちる。

 10秒足らず。わずかな時間で三人が戦闘不能に追い込まれてしまった。

 疲労と負傷があるにしても……一方的すぎる。

 唖然とするアリヤへ、ラクリは片手で前髪を整えながら再度問う。


「体、渡していただけますか」

「う……っ、嘘を吐くな。アンタたちの話にだって、別に根拠はない。どうとでも言えるような内容ばっかりだ」

「駄々を捏ねないでください。自分のことです、実感はあるでしょう? 復讐したはずなのに蘇る相手、転移、異世界、突然覚醒した吸血鬼の力。釈然としないことばかりだったんじゃありませんか。私の話で、その全てに辻褄が合ったはずです」

「そんなことは……」


 ある。

 納得できないままに積み重ねていた違和感、自分の存在のあやふやさ、都合の良いことばかりの積み重ね。

 ただ復讐心があるだけの一般人だったはずの自分が、トントン拍子に歴然の実力者たちを凌駕する力を手に入れた都合の良い展開。

 全て、全て、全て、全てがお膳立てされた事柄だったとすれば納得がいく。得心しかない。

 だが、それを認めるわけにはいかない。


「そんなことはない」

「ゴネますか。まあ、まだほんの生後数ヶ月の器にまともな聞き分けを求める私が悪いのかもしれませんが」

「あーもういいもういい。ラクリありがと。ま、ハイ左様ですか僕のような人間もどきがノウノウと生きてて申し訳ございませんでした〜! って体渡してくれるとは流石に思ってなかったから」


 魔女はケラケラと笑い声を上げて、アリヤに片手の指を向けた。


「アタシだって鬼じゃないからさ、道なら選ばせてあげたでしょ? 何度も何度も。で、アンタは自分で自分の力を目覚めさせちゃったわけ。どっかで泣き寝入りして全力土下座でもして戦いの道から外れてゆったり暮らせばよかったのにね。あーあ、残念〜。偽物の姉のこと思い浮かべて復讐心燃やしちゃったりして? きゃっは! 滑稽〜!」

「……エクセリアは。エクセリアは? 姉さんにそっくりで、あの研究所の中にいて……」

「ああ、あの子はアンタを育てるための餌よ。最愛のお姉ちゃんに似て見えた? 守るために戦わなきゃって思った? あっはは、だとしたら役に立ったわねえ。あの子は本当は……」


 そこで語り口を止めると、魔女は眉を歪めてベッと舌を出した。


「……やっぱ説明おしまい。アタシ説明って面倒で好きじゃないのよ。どうせアンタの人格はここで消えるんだから、教えたところで無駄骨じゃない?」

「……ぐ、うっ……動けない……!?」


 魔王の器にされれば死ぬ。あやふやだったその部分を明言された以上、自分の存在が何であろうが抵抗しない理由はない。

 空間を喰らい尽くす血の大斬撃。あの技を振るえばいくら怪物四人が相手でも、突破口ぐらいにはなってくれるはず。

 そんな思考を先読みしたかのように、魔女は指一振りでアリヤの体を金縛りにしてみせた。

 考えてみれば当たり前だ。運命分岐点ではアリヤ以外の時間を停滞させてみせるこの女が、アリヤ一人の動きを止めることくらいできないはずがない。

 魔女がアリヤへと歩み寄る。あと五歩、あと四歩、三歩……


「ちょぉぉぉっと、待ったぁ!!!」


 炎を宿した刃が閃く。

 燃だ。負傷と疲労を押して立った彼女は、魔女の歩みに抗うように燃える愛刀を突き立てた。

 アリヤの背中に!!


「が、はっ!? ね、燃さ……!?」

「は……? ねえ燃。これ何の冗談?」


 アリヤにはその行動が理解できない。何が起きた? 燃さん? 裏切られた? そもそもずっと敵だった?

 だが魔女の指示ではない。魔女は不興を示している。

 限りなく全能に近い始まりの魔女は、自らの意図しない、意味合いを理解できない事柄を好まない。

 騎士団の幹部である深層六騎(ディープシックス)の一人とはいえ、燃の序列は五位。下から数えた方が早い彼女は魔女にとって替えの利く駒の一つに過ぎない。

 魔女の指がゆっくりと燃へと向けられ……燃がパッと諸手を掲げる!


「待っ、待っ! ないです! 私全然敵意ありません! ほら刀から手ぇ離しました! 魔女様サイコー! 魔王様バンザーイ! 魔女様の忠実な部下でございます! へへっ、なんなら肩でもお揉みしましょうか……ってそんな場合やないですよねおもんないこと言ってすんませんわかってますわかってます怖い顔せんといてください! ちょっと! ちょぉぉっとだけ待って……私の話、聞いてもらえません? ……ね?」


 窮地、土壇場。

 藤間(とうま)或也ありやという人格の消滅の淵に、燃が心底怯えながら魔女と向き合う。


 

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