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157話 高速・立体

 瞬時に目の前に迫ったアリヤと刃を交えながら、ゲーデは苦々しげに左目をしかめる。


(なんやこのカス! 速い!)


 血で形成されたフルフェイスの兜、その隙間から覗くアリヤの瞳は自信に満ちていて、気に食わないことこの上ない。

 一般人たちの人垣を、こいつはどうやって飛び越えた? 

 激しく切りつけてくる刀を風の刃で辛うじて受け流しつつ、ゲーデは押し返すべく次の魔法へと集中を移行させる。

 レイ春燕(シュンイェン)とミトマとかいう学園の女はゲーデが操る手駒との戦闘で疲弊し始めている。ある程度疲れさせてしまえば気圧操作で操ってしまうこともできるだろう。それを差し向けてやってもいい。

 カイ秀英(シゥイン)もだ。何故だか「僕は無関係です」とばかりの顔でフロアの端に体操座りをして見学を決め込んでいるあの男もいざとなれば操って手駒にしよう。何を考えているのかは知らないが、いい残弾だ。


「カッ、手ならまだまだいくらでも——ッグぅ!?」


 衝撃!! 横から襲来した黒い影に、ゲーデは寸前で風の壁を作るので精一杯だった。

 辛うじて威力を和らげはしたが、横原を太い鞭で打ち据えられたかのようなダメージに彼は床を激しく転げる。

 すぐさま体勢を整え直してアリヤを見ると、血の鎧の背から蜘蛛のように血で編まれた茨が生えて蠢いている。

 ゲーデはアリヤが追撃できないよう抜け目なく操られた人々で壁を作りつつ、忌々しげな舌打ちを一つ鳴らした。


(クソが。せやったわ、あのウネウネ気色悪い鉄の触手もあの男の特徴やった。横っ腹を殴ってきたのはあの足やな)


 ランドール家の当主マクシムに護衛として仕えるゲーデは、当然のようにアリヤの戦闘スタイルについて既知だ。

 都市を牛耳る議員一家のランドール家の情報収集力は極めて高い。アリヤがマダムホンを倒して名を挙げるよりも以前から、アリヤについての情報は徹底して集められていたのだ。

 だが解せない。どうやって素早く動いた?

 その答えとばかりに、アリヤが刀を片手に身を低く沈めた。

 

「人を盾にしても無駄だ!!」

「ッッッ!!?」


 アリヤは跳んだ。片手と両足だけでなく、蜘蛛脚めいて展開した有刺鉄線の先端を地面へと食い込ませてバネのように折り畳み、超速で地面を弾いたのだ。

 弾丸めいたスピードで人垣を飛び越えたアリヤはまばたきの間に天井付近へと到達する。そこで身を捻って天井へと手足を触れさせて、有刺鉄線の脚でそこを弾く!

 立体に縦横無尽に。空間を活用した高速移動で、アリヤはゲーデの目の前へと瞬時に到達していたのだ。

 晨星(しんせい)が翻り、鋭い高速移動からの斬撃がゲーデの傍らを払い抜けた。

 アリヤの手にはザンと手応えが残り、ゲーデの右腕が切り飛ばされる!

 

「が、あああっ!! 畜生が!! 疾鳥(バリ)!! 暗雀(アムナ)!!」


 ゲーデが発狂めいて手を振り下ろすと、高速の風の弾丸と、低速不可視の風塊がミサイルめいた追尾軌道でアリヤへと飛んだ。

 応じ、アリヤは手を翳して自分の周囲に血茨(アドラ)骨杭(ルブラ)でバリケードを形成した。

 四方を囲うバリケードにぶつかって風塊が爆ぜて、すり抜けてきたものは有刺鉄線の揺れで見極めて刀で割り、斬り、断つ!

 

 一ヶ月間の幽閉中、アリヤが磨いた技術は二つだ。

 一つは部屋を閉ざした封印から脱出するための魔力斬り。レイが蛇腹剣を用いてやってみせるように、形のない魔素(マナ)を刀で斬ることができるように集中して特訓した。

 結果、刀身に血を帯びさせることで封印を斬り壊すことに成功。魔素(マナ)で形成された魔法をも断つことができるようになった。

 もう一つは血茨で形成した多脚を利用した移動術。

 一ヶ月の特訓中、アリヤは刀の熟達を目指す道はほんの数日で諦めた。しばらく素振りをしてみてわかったのだ。自分はまともな剣術家になるには遅すぎた。

 自分に素養やセンスがあるのかはよくわからない。もしかするとそれなりには振れる方かもしれないけれど、超一流の遣い手になんてすぐなれるはずもない。

 多少マシになったとしても、本職の剣士に出会ってしまえば手も足も出ないだろう。

 だったらどうする? 自分にしかできない道を追求するべきだ。

 そう考えたアリヤが突き詰めたのが、血茨の多肢による高速移動術。今のアリヤはひたすら速く自由だ。


「風だろうがなんだろうが、魔素(マナ)で編まれたものだったら!!」


 さらに斬る!!

 刃と触れた瞬間に身を裂くような烈風が生じるが、血の鎧はそれを防いで通さない。

 盤石の防御姿勢を見せるアリヤへ、ゲーデは落ち窪んだ眼孔を狂おしげに光らせながら口を開いた。


「ボケが……何も知らんと愚かなことや。自分、利用されとるだけやで」

「何がだよ」

「決まっとるわ! そこの女共にや! 燃とかいう狐女はこのフロアに姿現した時、プンップンに血ィの匂いをさせながら出てきよった。尋常やない臭気、あれは拷問の臭いや。人肉が焼け焦げて、血と悲鳴が蒸発した空間にいたんや。あのエレベーターでさぞ楽しく人間を解体(バラ)したんやろなぁ? ちょっと顔が良くて乳デカいわ〜思ったらとんだバケモンや。殺人狂やんけあんなもん。藤間(とうま)或也ありやァ、お前あの見た目に鼻の下伸ばしてあんなモンに関わってたらロクなことにならへんで。カカカカッ!!」

「……」


 ゲーデの品のない笑いを、アリヤは身構えながら黙して聞く。

 風の砦で身を守っているエクセリアと燃にはゲーデの声は聞こえていないようで、二人が口を挟んでくる様子はない。

 それに気を良くしたか、ゲーデは腕を斬られて優れない顔色のまま、歪んだ笑みを浮かべて喋りたくる。


「そしてあのメスガキィ。お前、あれがどう見えてるんや? ええ?」

「……」

「言わんでええで。どうせ可愛らしいお人形さんみたいな女の子にでも見えてるんやろ。自分の家族そっくりやったりするんやろなぁ? ひー、アホくさ」

「どういう意味だ」

「ああ、言葉通りやで。確かにあれは可愛い女の子に見える。俺の目ェにも一見そう見えてる。ククク……よおおおぉぉぉぉく目ェ凝らしてみてるんやな。万に一つ!! ……気付けるかもしれへんで〜? ヒャハハハ!!!」


 笑う笑う、自身が劣勢に追い込まれていることも忘れて笑うゲーデ。

 背後から操られた人々が押し寄せてきて、アリヤは多脚で跳ねつつ天井へと避難する。

 そこからゲーデを見下ろしながら、アリヤは嫌悪感を滲ませた口調で彼へと返す。


「アンタにはわからないよ、俺がどんなにエクセリアに救われてるか、燃さんがどんなに俺を助けてくれたか」

「アホか? それが目的ありきだったって話や」

「関係ないね。俺は敵より俺の好きな人たちを信じる。アンタみたいな他人以下の相手がが何を言おうが、二人への信頼は揺るがないよ」

「ハッ、やったら死ねや。多重風殺・七曜嵐転(ラオ・セプタククル)!!」


 今度は可視。膨大な魔素(マナ)をあてがわれて、エメラルドグリーンに染まった風が天井付近に渦を巻く。

 徹底的かつ微細な気圧操作が空中で為されて、まるで工場の歯車のように互い違いに噛み合った風が激流を生み出していく。

 噛み合い、乱れ、ギアを上げていく空気の渦。その只中に囚われたアリヤは拘束され、脱出できずに視線を細める。


「ぐ……っ」

「ギャハハハハ!!! 大人しく聞いてくれて助かったで〜。じっくり準備せなアカン七面倒な大技がこの通り見事命中ゥ〜。死ね! 全身バラッバラに引きちぎられて死ねカス! あ、ただなぁ、あの女二人に対する感想は本音やで。ちゃんと調べといた方がええんちゃう? 俺は親切やから教えといたるわ。ま!! お前はここで死ぬんやけどなぁ!? ヒャヒャヒャヒャ!!!」

侵血(スフィーラ)

「は?」


 ゲーデへと手を向け、握る。

 アリヤのたったそれだけの動きに応じて、ゲーデの胴体を鋭い槍が刺し貫いた。

 槍は内側から生じている。続けて、刃、刃、刃刃刃! 絶え間なく現れる数本の刃がゲーデの胸を続々と穿ち貫いた。

 マダム紅を倒した時に会得した侵血(スフィーラ)は相手の体内に侵入させた血を武器へと変えて暴走させる技。

 自分の血が付着した刀で腕を切り落とした時点で、アリヤは勝利を手に収めていたのだ。

 ……が、終わらない。

 

「……が、う……クソ、こんな、ゴミみたいな、死に方……受け入れられるかぁ……!! “獄門空道(オルルスアグラ)”……!!」

「なんだ?」


 ゲーデは胸から生えたアリヤの刃の一本を引き抜くと、その先端でガリガリと自分の腹に文字を刻みつけた。

 ラファエル・ゲーデ。ランドール家の勢力でも指折りの実力を誇る術師は、当然のように破格の切り札を隠し持っている。

 重傷のゲーデの傍らに、底の見えない深淵がぽっかりと口を開けた。

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