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14話 能力の進化

『いい? アリヤくん。魔法を使うために大事なのはとにかく想像力なんよ。例えばここにな、ドンペリがパッと現れます〜って妄想をリアルとフィクションの境目がほんまにわからなくなるくらいできればドンペリだって出せるはずなんよ。まあ私は無から高いお酒を錬成できたらノンストップ飲酒でアル中の酒クズ化待ったなしやんって脳内ブレーキかけてまうからお酒は出せへんのやけど。お茶目ビューティーなネンお姉さんの手が四六時中ブルっブル震えまくってるのなんて見たくないやろ? え、それはそれで面白い? なんなんキミ』


 昨日、ネンから聞いた言葉を思い起こす。

 酔った彼女のレクチャーはちょっと支離滅裂でノイズ多めだったが、俺は俺なりにその教えを噛み砕いてみる。


 いわく、壮大で非現実的な絵空事を思い浮かべればいいわけじゃない。

 必要なのは自分が“ありえるかもしれない”、“現実的だ”、とギリギリ思える範囲の見極め。自分の常識をごまかすための理論武装。

 俺は心臓から腕、肩から肘、手首から指の先端へ、細かく繋がっていく毛細血管をはっきりと思い浮かべる。


(血だ。血を指先に集めろ)


 俺は大きく勢いよく腕を回して遠心力で先端に血を集める。指先がピリピリする気がする。

 実際に血が集まったかは関係ない、イメージの骨子に現実味の肉付けをしていくことが大切なんだ。

 

『詠唱は想像力を安定させるための補助輪やね。頭に浮かんだならうたえばいいし、素撃ちで魔法を成立させる自信があるならガン無視でもいいよ。でも初めて使う魔法ならできるだけ詠唱しといた方が確実かもなぁ。初回お試しコースってことで』


「——穿うがみ破れ、刺命の凶手! 『武装鮮血(ブラッドナイト)血茨(アドラ)』!!!」


 指先に集めた血を、皮膚の内側から弾けさせる明確なイメージ。

 五指から伸びた赤い爪が、エクセリアの前に立ちはだかる五体のグールをそれぞれ貫いた。

 いや、これは爪じゃない。鋭さとつよさと汎用性を追求するために、俺の想像力が導き出した形は有刺鉄線だ。

 鞭よりは硬く、槍よりは柔軟に。

 俺は腕を振るい、大量のトゲでグールたちを絡めながら横薙ぎに引き倒す!


「ねこ返せ!」


 グールたちが倒れるより早く、エクセリアが捕まっていた黒猫をラグビー選手めいてもぎ取った。自分のものじゃないのに返せはおかしいんじゃないか。

 さておき、ダメージを負ったグールたちはまだ起き上がる。片腕がもげた個体も獣のように唸りながら起き上がっていて、まるっきりゾンビ映画の光景だ。


「ニキ君、グールが元は人間の死体だって言ってたけど、あの人たちが生き返れる可能性はあるの?」

「い、いえ、腐敗しているので無理だと思います」

「触れると自分もゾンビに感染するとか、そういう系の特徴はある?」

「今のところ確認されてません!」

「だったら!」


 俺は指から出した鉄線を解除して、素早く新たなイメージを練り上げる。

 血茨(アドラ)を起点に指から血は出せた。ここからはブリークハイド相手に履修済みだ。

 血から刀を作って握り、重心を低く沈めて間合いを詰める。

 トン、タン、トと跳ねるような足捌きから、浮上するように赤刀一閃! 一体目の脇から首まで斜めの斬線が刻まれる。

 二体目の喉元に刀を突き立てて倒し、刃をねじって脳幹を破壊する。

 抱きしめるように両腕を交差させてきた三体目を前蹴りで遠ざけて、すかさず血で二本目の刀を形成。

 残りは三体。右に四歩、そこから斜め後ろ、さらに奥。位置を素早く把握した俺は、クリティカルな軌道で斬る、斬る、斬る!!

 完璧だ!

 自分でも驚くほどの手際でグール五体の襲撃をさばき切って、俺は「ふう」と息を吐きながら血の武器をしずくに戻した。


 剣道をちゃんと習ったことはないのに想像した通りにするすると体が動く。

 まるで中学生の見る都合のいい夢みたいで、自分でもちょっと気色悪いぐらいだ。

 だがそんな俺の微妙な心境なんて知るはずもなく、エクセリアは助けた黒猫を抱えたままで上機嫌にグーサインを見せてくる。


「やるなーアリヤ! 偉いぞ! 流石は私の騎士だ!」

「へへ、そうかな」


 まあ、褒められるとやっぱり嬉しい。

 俺が君の騎士になるなんて話を初日にしたっきり大して役に立ててなかったが、今回はまあちょっと良かったんじゃないだろうか。力の使い方も少しは掴めた気がする。

 

 エクセリアはというと、さっきは未知の存在だった“ねこ”を怖がってたくせに、いざ触れてしまうとすっかり気に入ったようで、がっしりと抱え込んでいる。

 黒猫は黒猫でグールに掴まれて命の危険を感じたのか、エクセリアの腕の中にすっぽりと丸く収まっていて大人しい。保護してくれそうだと判断したのだろうか。うらやましい。


「なあエクセリア、その猫ちゃんちょっと触ってもいいかな。撫でさせてくれよ、お腹とか脚とか」

「駄目だやめろ触るな! こんなにふるふると怯えてるんだぞ、驚かしたら可哀想だろう!」

「ケチだな……」


 そこで、槍を握ったまま俺たちのやりとりを聞いていたニキがハッと気を取り直す。

 倒れたグールの群れと俺とを交互に見比べてから、大きな目をさらに見開いて息を吐いた。


「す、すごい! しぶとくて厄介なグールたちをここまで圧倒できるなんて……!」

「いや、こんなに上手く行ったのは初めてだよ。買い被らないでくれ」


 謙遜(けんそん)しておく。

 照れ隠し半分、あんまり高く評価されても今後の要求ハードルが上がりそうで怖いのが半分。

 だがニキは駆け寄ってくると俺の手を握り、希望を見出したような語気で口を開く。


「あの、アリヤさん! どうか僕ら学園自治連合(キャンパス・ライン)に力を貸してください! 今は一人でも戦力が欲しいんです……シエナさんの手助けになってあげてほしいんだ。僕じゃ駄目なんです。僕みたいなのじゃ役に立てない……シエナさんはすごい人だけど、やっぱり人間だから体力にも精神にも限界はあるはずで……!」

「わ、わかったわかった。落ち着いて、ニキ君」


 喋っているうちに感情がたかぶってきたようで、ニキの目には涙が溜まってきている。

 期待を寄せてくれるのはいいけど、俺は「前向きに考えるよ、前向きに」と返事をすることしかできない。


 シエナを殺せ。


 そんな指示を燃から聞かされていることが、喉に小骨が引っかかったような感覚を残す。

 だが俺の煮えきらない返事をニキは言葉通り“前向き”に受け取ったようで、「本当ですか!?」とはしゃぐ様子を見せる。

 ここまで同行してきて、ニキは素直で良い子だとわかる。まっすぐな反応が眩しくて困る。


 その時、通路の奥から男の声が響く。


「ウーン……? それってさ、あんまりスマートじゃないよね。ニキ」


 新手の敵か? 俺はとっさに警戒の目を向けるが、ニキはその声に表情を明るくした。


「リズムさん! 迎えにきてくれたんですか!」


 見通しの悪い暗闇から現れたのは、ニキと同じ上着に袖を通した数人の男たち。

 上着の胸元には“CL”とロゴが刺繍してあって、それはCampus Line、学園自治連合(キャンパス・ライン)の頭文字。つまり、ニキの仲間だ。

 先頭に立っているリズムさんと呼ばれた男は、くいっと片眉を上げて首を傾げてみせる。


「ニキさ、泣き落としみたいな勧誘ってオシャじゃなくない?」

「す、すみません! ついはやってしまって!」

「やっぱりこういうのって当人の自由意志で参加してもらわなくちゃ、肝心のところで使い物にならないと思うんだよね」


 なんだオシャって。オシャレって言いたいのか? 腹立つな。

 “リズムさん”の容姿を見た俺は、ついつい顔をしかめてしまう。

 黒い肌はたぶん地肌だからいいとして、髪を薄めのピンクに染めている。ツーブロックにした髪型と白フレームの眼鏡、やけにタイトな服と合わせて、怪しげな情報商材屋系のYouTuberでもやってそうなルックスだ。アムウェイとかに勧誘してきそう。


(なんだこいつ、フェミニンなEXILEみたいな見た目しやがって)

 

 俺が偏見たっぷりの目をリズムに向けていると、仲間と合流できて元気付いた様子のニキがこちらへと振り返って口を開いた。


「あ、紹介しますね! この方が学園の副リーダー、リズムさんです!」

「え、副リーダー? この人が」


 紹介を受けて、リズムはこちらに歩み寄って握手を求めてきた。

 俺がそれに応じると、彼は俺を見ながら値踏みするように目を細める。


「リーダーのシエナが君を招いたみたいだけど、僕が歓迎するかは別の話だよね。何事も自分の目で判断しなくちゃいけない」


 少し含みを持たせてから、リズムは洋画みたいに肩をすくめて口を開く。


「ただ、グールを一人で片付けた強さは悪くないね。あと少しで到着だよ。学園自治連合(キャンパス・ライン)へようこそ」


 リズムたちに伴われ、俺とエクセリアは通路の先の階段を上り、ようやく学園の敷地へと辿り着く。




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