★145話 交渉の使者
「でぇすから〜、僕は話を聞いてもらいに来ただけだって言ってるじゃないですかぁ。敵意はないんですって。他意もありません。まずは落ち着きましょう、揉めたってお互いにいいことないですよ」
手首を後ろ手に縛られてホテルの部屋の床に座らせられた凱秀英は、悪びれもせずに不満を訴える。
エクセリアを人質に取ろうとしておいて、どの口がそんなことを言うのだ。
全員が白い目で彼を見る中、まだ彼の背へと小刀を突きつけているミトマが「論外だな」と一言で断じた。
そう、論外だ。ただ……血の門との戦いで裏切ったこの男がわざわざ顔を晒しに来た理由は知っておくべきだとアリヤは考える。
「用件は聞くよ。その後どうするかは……うーん、まだ決めかねてるけど」
「あ、聞いてくれます? いやあ、藤間さんったら話がわかるな〜。親友になれちゃうんじゃありませんか?」
秀英はそう言って、握手でも求めるかのように上体を傾ける。
前はアリヤさんと名前で呼んできていたはずだが、名字呼びになっているのはこの男なりに引け目を感じているのだろうかとアリヤは思う。
それはともかく、表には出していないがアリヤはかなり怒っている。交渉のつもりだろうとなんだろうと、エクセリアに刃を突き付けたのは許せない。
アリヤは腕組みをしたまま、秀英の中身のない軽口を無視して隣にいるエクセリアへと目を向けた。
「エクセリア、こいつをどうしたい?」
「うーん、まあ危うかったのは事実だが、すぐに助けてもらえたし……簀巻きにして高いところに吊るして放置ぐらいで許してやらんでもない」
「よし、じゃあそれで」
アリヤが頷いて同意すると、秀英がゲェッと思いっきり顔をしかめた。お咎めなしで済むと思っていたんだろうかこの男は。
改めて、アリヤは秀英へと問いかける。
「それで、一体何の用事でここに来たんだ?」
「えー。普通は先に罰の話しませんよね。正直に話したってどうせ簀巻きで吊るされるんでしょう? あーあ、話す気なくなっちゃったな。せっかく情報を提供しに来てあげたっていうのに」
「勘違いしないでくれよ、凱秀英。今のは最低限の罰の話だ。素直に有益な情報を話してくれたら今の罰だけで済ませてやるって話をしたんだよ」
「あれ? じゃあ僕がこのまま黙秘したらどうなります?」
秀英の問いに、アリヤは無言で手から血の槍を出してみせた。
背後ではミトマが刃を突き付けたままで、エクセリアも掌に魔力を迸らせている。最後に、ベッドサイドに腰掛けていた雷が蛇腹剣をシャラリと鳴らした。
「秀英、意地張らないほうがいいんじゃない? 本当に殺されちゃうよ。彼らは善人だけど、やるときはやると思うなぁ」
「いやいや。さっきから気になってたけどどうして雷春燕が藤間さんたちの味方ヅラしてるんです? 僕よりよっぽど胡散臭いでしょその人。ねえ藤間さん?」
「いいから。本題を話してくれ」
心底から信用しているわけでは全くないが、今のところ雷は真面目に働いて貢献してくれている。女装趣味に反して落ち着いた物腰も悪くない。
少なくとも裏切った実績のある秀英と比べれば何倍もマシだ。
アリヤの声色に遊びの色がないことを読み取って、秀英は慌てた様子で口を開いた。
「はいはい発表! 血の門の残党が藤間さんたちのことを狙ってますよ! しかもかなり腕利きの厄介な連中が……!」
「知ってるよ。四俠とかいう連中だろ? 昨日そのうちの一人に襲われて返り討ちにした」
「あ、そうだったんですか」
「……それだけかな? それで話が終わりなら」
「いやいやいや! まだ終わってませんよ僕の話は! 槍向けるのやめてもらえます?」
両手は後ろに縛られながらも、秀英は両肩を動かして手をブンブンと振るような仕草を模す。
それからいつも眩しげに細めている目を薄く開いて、いつもよりは真剣な面持ちで言葉を継ぐ。
「藤間さんたちはなんで四俠が動き出したかご存知です? 血の門ってマダム紅が倒れた時点でバラけるはずだったんですよ。うちの父もそうですけど、マフィア組織の幹部連中なんて基本的に自分が上に立つことしか考えてません。マダム紅っていう絶対的すぎる個の力への畏怖で抑えつけられてまとまっていただけで、いなくなれば自分が主導権を握ろうと考えた連中が抗争を起こしてしっちゃかめっちゃかになる予定だったんです」
そんな彼の語り口にアリヤは違和感を覚える。
しっちゃかめっちゃかになる予定だった。だった、だって?
アリヤは秀英の言葉を遮って問う。
「待った。あれ? なってないのか? めちゃくちゃに。てっきり四俠とかいう連中は、マダムを殺した俺たちを殺すことで内部の権力争いをリードしようとしてるとかそういう感じかと……」
「ああ、それ間違いです。今の血の門は統制が取れてますよ。むしろマダムが死ぬ前よりよっぽどね」
「どうしてそうなる?」
「現れちゃったんですよ。唸るほどのお金で有無を言わせず幹部連中を従わせちゃう大口スポンサーが」
血の門の残党を丸ごと抱き込む大口のスポンサー。秀英の口にした情報に、アリヤは静かに驚かされる。
どれだけの金を積んだのだろう。一体何が目的で?
「まあ、つまるところ血の門なんて組織はもう存在しないんです。残ってるのは名前だけで、実態としてはもっと大きな何かに取り込まれてしまってる。諸行無常ですよねえ」
「……」
血の門や四俠がもはや自発的な意思で動いていないのだとしたら、自分やアブラといったマダム襲撃組が襲われているのは何故だ?
新たな体制の体面を誇示するため? 本当にそれだけなのだろうか。既に幹部連中をまとめて支配下に置いてしまったなら、わざわざ体面を保つような真似をする必要もないのでは?
わからない。わからないままアリヤは尋ねる。
「で、そのスポンサーってのはどこの誰だ?」
「わかんないんですよね」
アリヤの問いかけに、秀英は平然とそう言い放った。
思わず、「は?」とアリヤの口から意図しない声が漏れる。
情報を隠している? この期に及んで交渉しようって腹づもりか?
そんな姿勢を不快に感じたのか、エクセリアはムッとした顔で彼に声を掛ける。
「おい、交渉しようとか思うなよ! 素直に話さなければ泣かせるぞ!」
「そういうんじゃないですよ。本当に知らないんですって。文字通り。他意も言葉の裏もなく」
「はー? そんな言い訳が通るか。貴様も血の門だろうが」
「いやいや、僕と父はとっくに血の門じゃないですよ。忘れました? 黒貌王さんのとこにお世話になってるんですよ、僕ら親子は」
その言葉を聞いて、アリヤは(そうだった)と思い出す。
色々とゴタついていて忘れていたが、凱親子は死者を蘇らせて使役する黒貌王とかいう男と組んでいたのだった。
ああして黒貌王との同盟関係を公にした以上、確かに血の門に戻ることはもうできないだろう。
それを踏まえてアリヤは問う。
「今日ここに来たのは黒貌王に言われてか?」
「お、そうそう。ご名答ですよ藤間さーん。黒貌王さん的には血の門に元気なままでいられると色々困るみたいで」
秀英はそう言って目元を緩ませた。
どうやら得体の知れない大物である『黒貌王”の名前を出したことで、交渉が有利になりそうだと感じているらしい。
まあ、無視できない名前なのは事実だ。アリヤは秀英へと重ねて問う。
「黒貌王はなんて言ってる?」
「共同戦線を張ろう、だそうですよ。僕はその友好の使者として来たわけです。だからまずこの綱ほどいてくれません? また仲良くしましょうよ。あ、黒貌王さんの個人情報はトップシークレットなんで開かせませんよ。あしからず」
「……」
概ねの話はわかった。
血の門の残党たちには新たなバックがいて、既に血の門と呼べる組織は存在しなくなっている。
その暫定血の門勢に誰が出資しているかはわからず、血の門残党勢がニューシティマテリアルを焼き討ちにしたということはその出資者にとってアブラ個人、あるいは七面會や企業連が邪魔な存在なのだろう。
そしてアリヤもその出資者から邪魔者としてカウントされているらしい。
そんなどこの誰かもわからない“出資者”を探るために、黒貌王が「手を貸せ」と言ってきている。
これをどう見る?
アリヤが目を向けると、エクセリアは「難しいから任せる」と言ってきた。
雷は「重要そうな決定に関わるほどの立場じゃないよ、新参の僕は」と言うし、ミトマは「自分の立場は学園だ。口出しする立場にない」と首を横に振った。
————『運命分岐点』の鐘が鳴る。
【①.凱秀英の伝言通り、黒貌王と共同戦線で血の門残党のスポンサーを調べる】
【②.黒貌王も秀英も信用ならない。彼らからの提案は断固として断る】
【③.黒貌王からの申し出は保留にして、ココルカ第十二号団地とバーガンディから聞いた森羅の光についての調査を優先する】
現状取り得る選択肢はこの三つだろう。
血の門残党を放っておけば、それだけ攻撃を受ける可能性は高まる。黒貌王と協力すれば、それに先手を打てる可能性が高まるかもしれない。
だがまるで信用ならないのも事実だ。いきなりエクセリアを人質に取ろうとした秀英は論外で、黒貌王も胡散臭いことこの上ない。
仕事を優先するなら団地と“森羅の光”について調べるべきだろう。こっちだって刺客を送り込んできている。ただ、その間は血の門残党の脅威に身構え続けなくてはならなくなる。
悩ましいが……アリヤは決断を迫られる。
投票は明後日の正午までで締め切りとします。
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