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13話 地下街を行け

学園自治連合(キャンパス・ライン)の敷地まではここから地下街を歩いていただきます。少々距離がありますが、僕についてきてくださいね」


 案内役のニキからそう伝えられた俺たちは、駅の構内から階段を降りて地下街へと入った。

 どうでもいい話だが、俺は地下街というものが結構好きだ。秘密の空間って感じでワクワクする。

 地元の街にも地下鉄と連結した地下街はあったし、昔用事があって訪れた大阪の地下街はまるで迷宮みたいで面白かった。迷いまくって疲れたけど。

 パンドラの地下街ってのはどんな感じだろう。地上は廃墟化していても、地下ではちょっとぐらい店が営業してたりするんだろうか。

 しかし、そんな俺の期待はすぐに裏切られてしまう。


「真っ暗だなー! 何も見えん!」

「こういう感じか……」


 エクセリアが声を上げた通り、通路は暗闇に包まれていてまさに一寸先は闇状態だ。

 壁面がレンガ造りになっているのは一応見える。明るかった頃はきっとモダンな雰囲気を演出していたんだろうが、闇に包まれてしまってはダンジョン感が増すだけだ。

 どこかからピチャン、ピチャン、と水の滴る音が聞こえてくるのが余計に不気味。

 先導するニキが、「大声を出さないようお願いします」と言いながら強めの懐中電灯で道を照らし出した。

「むう」とうなったエクセリアが、少し声のトーンを落としてニキに尋ねる。


「なぜ大声を出してはダメなのだ?」

「魔物の巣窟になっているんです。残った物資を漁る野盗もうろついていますので、気付かれないようにするのが目的です」

「ふ、ふーん……」


 エクセリアが心なしかきゅっと身をすくめた。

 無理もない、俺だって怖い。

 こんな見通しの悪い場所で魔物やら野盗と突然出くわすなんてまるで三流スリラー映画だ。大きな音で強引に驚かしてくるタイプのやつ。

 そんな俺たちの不安をよそに、ニキは声を抑えつつ元気よく片手を上げる。


「安全なルートを確保してあるのでご心配は無用です。さあ、行きましょう!」



 ニキに先導されて俺たちは暗闇を歩く。

 先の見通せないレンガ造りの通路はまるでレトロなRPGだ。ウィザードリィめいている。

 昔は営業していたらしい服屋や飲食店の跡にはシャッターが下されていて、それをバールや斧でこじ開けた形跡がある。きっと中は荒らされ尽くしてるんだろう。

 足下をネズミが走り抜けて、エクセリアが「ひっ」と小さく声を漏らした。


「あ、アリヤ、なにか明るい話をして。だんまりでは怖くないものも怖くなるわ!」

「明るい話をって言われてもな、俺だって怖いし……」

「明るくなくてもいいから声を出してて!」


 仕方ない。どうせ聞きたいこともあったしと、俺は前を歩くニキに話しかける。


「ええと、ニキ君、今話しかけても大丈夫?」

「構いませんよ」

「聞いてるかもしれないけど、俺はこの世界に来たばっかりの転移者で、こっちのエクセリアは記憶喪失なんだ」

「はい、シエナさんからうかがってます」


 前を照らしながら相槌(あいづち)を打つニキ。

 それなら常識レベルのことを聞いても不自然がられずに済みそうだ。


「地上の街並みが荒れてたのって全部戦闘でこうなったの?」

「いえ、学園の周囲一帯は放棄区画でして、荒廃は元からです。放棄区画についてはご存知ですか?」

「いや、知らないよ」

「では簡単にですが、説明を」


 ニキ曰く、パンドラは都市運営全般を支える燃料として、生活圏全域の地下に濃縮した魔素(マナ)を輸送するパイプラインを通している。

 そのパイプラインが劣化したり破損が起きたりすると、地上に濃縮魔素(マナ)が漏れ出すのだという。

 濃すぎる魔素(マナ)はモンスターを生む。漏出の度合いが一定を超えた地区は、どんなに多くの人々が住んでいても居住禁止区画として設定されて、エネルギー供給や水、交通などのライフラインが全て止まる。

 住民が避難するための猶予時間が経過した後に爆撃と焼却による除染作業が行われ、文字通り放棄された区画となるのだと。


「それが放棄区画。誰も住めなくなったゴーストタウンというわけです。先ほどお二人に降りてもらった駅が居住区と放棄区画の境目でした。電車もあそこが終点となっています」

「そうだったのか。けど、建物とかをわざわざ壊す意味はあるの? 封鎖して誰も住まなければいいだけじゃないのか」

「残した建物が魔物の温床になる、というのがおおやけの理由ですが、反乱分子が居座れる拠点を作りたくないというのが都市側の本音でしょうね。パンドラは管理社会ですから」

「なるほどなあ」


 会話をしながらいくつかの角を曲がり、いくつかの階段を上下した。

 貼りっぱなしにされたポスターでは買い物袋を両手に持った女性が笑顔でバーゲンをアピールしているが、劣化で色がすすけてとんでもなく不気味だ。

 壊れて時間の止まった時計付きの彫刻が飾られている広場を過ぎたところで、ニキが壁際にある小さな扉をガツンと蹴り開けた。


「こちらです」

「こんな狭いところに? 腰を屈めないと入れなさそうだ」

「この地下街が生きていた頃に緊急時の避難通路として用意されてたものですので。あ、でも中は広いですから」

「は、早く入ってくれアリヤ! 暗いところで立ち止まってると怖い! でかいなお前! ちぢめ!」

「わかったわかった」


 普段のエクセリアは言動が尊大なだけで暴力的ではない印象なのだが、よっぽど恐怖ゲージが溜まってるのか今にも俺の背中を蹴りそうな勢いだ。

 あんまり怖がらせるのも可哀想なので、俺はニキに続いてうようにして中へ入る。

 低い姿勢で少し進むと、ニキの言った通り広々とした通路に出た。

 通路の脇にある照明が点々と生きていて、さっきまでの道よりはほんのりと明るい。

 恐怖に手足を震わせながらよろよろとってきたエクセリアを立たせてあげて、持参した水のボトルを手渡しながら深呼吸を一つ。ニキが声をかけてきた。


「お疲れ様です。この通路を抜ければ学園に着きますよ、あと少しです」

「ありがとう、ニキ君。ここまでは敵に会わなかったな」

「はい、ラッキーでした! この通路は定期的に学園のメンバーが巡回しているので、ここから先はもう安全ですよ」


 ニキが嬉しそうに笑ったことで、俺とエクセリアの緊張も少しほぐれる。

 ここまでは薄暗かったのもあってよく見ていなかったが、彼はまだ顔立ちと声にあどけなさを残していて俺より年下に見える。高校1、2年ぐらいか?

 だが腰には柄が伸縮する槍を提げているので、たぶん戦闘員ではあるのだろう。この歳の子が前線に出るほど戦力が足りていないんだろうか? 率直に聞いてみる。


学園自治連合(キャンパス・ライン)は都市と抗争中みたいな感じって聞いたけど、結構厳しいのかな?」

「現在、我々学園自治連合(キャンパス・ライン)は二つの勢力と交戦中です。七面會(マスケラド)率いる企業連の部隊と、企業連に雇われた腕利きの傭兵部隊と。さらに加えて、星影騎士団(ステラ・イドラ)も我々を取り込もうとモーションをかけてきています。四面楚歌(しめんそか)ってやつですね!」


 ニキが幼い笑顔で「あはは」と笑う。

 いや、それは笑ってる場合なのか?


「めちゃくちゃじゃないか。大丈夫なの?」

「もちろん戦力も物資もなんとかやりくりしてる状態です。けど、うちのリーダーは凄いんですよ。七面會(マスケラド)を相手に真正面からやり合えてるんですから!」


 ニキは目をキラキラとさせてシエナのことを語る。

 異性へ向ける目ではなくて、純粋な尊敬や憧れを感じさせる輝きだ。

 シエナとは一度助けられて少し話しただけだが、性別を感じさせない颯爽(さっそう)としたただすまいは俺の印象にも残っている。

 

「彼女、良いリーダーなんだな」

「かっこいい人です! それに副リーダーも素晴らしくて……」

「ん? あれ? い、今何か動かなかったか!」


 ニキが話を続けようとしたところに、エクセリアの震え声が割って入った。

 またネズミとかじゃないのか? そう思ってエクセリアが指さした先を見れば、確かに通路のすみっこに黒い生き物がいる。薄明かりの中に光る一対の瞳!

 

「ひいっ!?」

「なんだ、黒猫じゃないか。エクセリア、怖がらなくていいよ、猫だ」

「ねこってなんだ!? ねこ怖い!」

「あ、猫についても記憶なくしてるのか。別に怖くないって。ほらよく見なよ、耳と尻尾があって可愛いだろ」

「よく見ろだと……? ぎゃっ!? 吠えたぞ! フシャッて!」

「おいおい、動物ってのはこっちが怖がると向こうも怖がるんだって。よーし、ちょっと見てろよ」


 俺はかなりの猫好きだ。犬も柴犬とかサモエドとかは好きだけど全体的には猫派だ。

 怖がらせないように姿勢を低くして「にゃー。にゃーん。ネコちゃんネコちゃん、ほら怖がらなくていいよ〜」と猫撫で声を出しながらゆっくり近寄ろうと試みる。

 エクセリアが「なんかキモいな」とつぶやいたが無視だ。フン、素人め。

 ……と、ニキが鋭い声で警句を発した。


「危ない。止まってください」

「え? いやいや、飼ったことはないけど猫の扱いには結構慣れてるんだよ。近所に地域猫飼ってて餌やりOKな公園があってさ、そこでたまに」

「猫じゃありません。奥……!」

「!」


 言われて初めて気が付いた。照明が途切れている奥の暗がりに、うぞりと動く何かがいる。

 よく目をらして見れば、そこにいたのは人だ。人が数人立っている。

 よくわからないけど、人ならうまく話せば戦わずに済むんじゃないか?

 だが彼の方を見ると、この状況は想定外だったようで、少し青ざめた顔で槍を伸ばしている。


「こんなはずじゃなかった……どうしてここに?」

「なあニキ君、あの連中と交渉するってわけにはいかないのか」

「む、無理なんです。彼らは死鬼(グール)だ」

「グールだって?」


 ニャン、と猫が鳴いた。

 それを引き金にグールたちが一斉に駆け出した! 猛スピードで!

 

「放棄区画に取り残された死体が高濃度の魔素(マナ)に汚染されると動き出すことがあります! それが彼らグールです!」

「要するにゾンビか!? くそっ、ゾンビが走るな!」


 距離を一気に詰めてきたグールたちに驚いて、黒猫が通路の端から飛び出した。それに反応したグールが猫を鷲掴みに!

 あっと俺が思ったのと同時に、エクセリアは弾かれたように駆け出していた。


「ねこを助ける! 援護しろアリヤ!」

「任せろ、突っ込め!」


 エクセリアはオブジェ倒壊騒動で手に馴染んだらしい斧を持ってきている。だが魔法を忘れてしまった今の彼女が斧だけでグール数体を相手取るのは無理だろう。

 走ってきているグールは4体、いや5体。一気に仕留めないとエクセリアがやられる。猫もやられる。


(あんなに怖がってたのに迷いなく突っ込めるぐらい、エクセリアは俺を信頼してくれてる。絶対だ。ここは死んでも成功させろ!)


 全神経を指先に集中させて、意識を鋭敏に研ぎ澄まし、俺は能力の最適化に挑む。

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