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135話 束の間の休息

 団地が怪しい!

 そう意気込んでココルカ第十二号団地の再調査を始めて早3時間、アリヤたちの調査に進展はまるでない。

 襲撃も喫茶店での一度きり。団地の住民が暗殺に来たという事実にひどく驚かされたが、あれ以来まるで音沙汰なしだ。

 アリヤが各部屋を回ってひたすら聞き込み、エクセリアとレイが怪しい要素を調べて回るという分担で団地探索を進めてみたが、収穫はゼロ。アリヤは情報を得られなかったし、エクセリアたちも依頼人の老女マルシアが主張する団地の地下空間や秘密組織の存在を見つけることはできなかった。


 すっかり日も落ちてしまい、夜遅くに聞き込みをするのも流石に非常識なので、今日の調査はここまでだ。

 ココルカ地区は廃れていてロクに夕食を食べられる場所もないので、3人は30分近くバスに揺られてココルカの隣に位置するモントア地区まで戻ってきた。調査に備えて今夜の宿もこの地区に取ってある。

 店によってはオーダーストップの時間だ。バスを降りた3人は、夜間も営業しているチェーンのファミレスへと足を向ける。


「やれやれ、歩き疲れちゃったよ。ボクはパフェが食べたいな。プリンが乗ってるやつ。生クリームも欠かせないね。植物性のホイップじゃなくて乳脂肪の純生クリーム。ねえ、所長」

 

 腰の後ろで手を組んで前屈みになって、レイは媚びを感じるポーズでアリヤの顔を下から覗き込んでくる。

 夕方頃まではツインテにしていた黒髪を後ろで一本に結え直していて、整った容姿と合わせてまるで美少女アニメに出てくるキャラのような印象だ。

 だが男だ。ついでに星の意思(イデア)だ。


「好きなの食べればいいじゃないか。別に文句は言わないよ」

「そうじゃないよ。ボクは奢ってくれないかって聞いてるのさ。ねえ、いいだろ?」

「え? ああ、まあ……意外と真面目に働いてくれたしな」


 そう、本当に意外なことに、レイは今日一日しっかりと勤勉な働きぶりだった。

 電話応対に始まり、聞き込みや調査に文句一つ言わず足を使い、依頼人のマルシアの発狂ぶりにも動じず聴取をこなし、レコーダーでの録音も忘れず、暗殺者まで撃退してみせた。

 何もかもが不慣れな初日を乗り切れたのは彼のおかげだ。パフェの一杯や二杯ぐらい安いものだろう。


「奢るのはいいけどチェーンのファミレスのパフェは生クリーム入ってないんじゃないか。大体安っぽいホイップ使ってるイメージだけどな」

「へぇ、そうなの? ファミレスってあんまり行かないからねえ」


 残念そうに眉をひそめたレイから視線を逸らして、アリヤは隣を歩いているエクセリアに目を向ける。

 いつもならこんな話題の流れになれば「私はあれが食べたいこれが食べたい!」と盛んにアピールしてくるのに、今日はやけに静かだ。

 顔を見てすぐその理由がわかった。辛うじて足を前に進めてはいるが、すっかり眠気に襲われているのだ。


「エクセリア。エクセリア?」

「……ん。む。なんだ、アリヤ……騒がしい……」

「寝そうだけど大丈夫か? 歩くのキツかったら背負おうか?」

「バカに、するな……歩くぐらい、なんてことは……ぐ」


 前に首をガクッと垂らして“ぐう”と寝息を一つ立てたのを見て、アリヤはエクセリアを背中に背負い上げる。馬鹿にするなと言ってはいたが、いざ背負うとすっかり無抵抗だ。

 無理もない、時刻はもうすぐ夜の10時だ。早寝な日ならエクセリアはもう寝支度に入っている時間帯で、しかも今日は初めての労働漬けな一日だった。

 アリヤも不慣れなスーツに袖を通してネクタイをしていたせいで、なんだか首回りが凝って仕方がない。ついでに燃さんの実家でもらった刀を腰に提げている重みで重心がおかしくなっているのか、なんだか肩が凝っている。とにかく一休憩したいところだ。

 5分ほど歩いた場所のファミレスへと入ったアリヤたちは、席に座ってそれぞれ適当な注文を済ませる。

 今にも寝落ちしそうなエクセリアは眠気と同じくらい食欲もあるようで、半ば意地のように目を開いて「チーズハンバーグとライス……」と注文を済ませてから机に突っ伏した。

 レイはボロネーゼのパスタとプリンパフェ、アリヤはガーリックステーキとピラフとポテトがワンディッシュに乗ったメニューを注文した。

 オーダーを取った店員が下がっていったところで、レイが興味ありげに「ふぅん」とうなってアリヤへ尋ねる。


「そういえばキミ、普通の食事もできるんだねえ。血だけしか飲まないとかじゃあないの? 吸血鬼なんだろ?」

「いや、吸血鬼って言ってもこんな体質になったのは後天的だからなあ。そんなホラー映画みたいにグビグビ血を飲む体質じゃないよ。飲めば効率よく魔素(マナ)を補給できるってのと、血を操れるってだけだ」


 アリヤはスーツの上から羽織ったコートの内ポケットから血を入れたフィルムケースを取り出すと、ケースの中で血を四角く結晶化させたり球体に変えたりと形を操ってみせる。


「こんな具合で」

「血の操作ねぇ。器用なんだ」

「いやあ、にわか仕込みだよ」

「けど、おかしいなぁ」


 レイがその目に疑問を浮かべる。

「何が?」とアリヤが尋ねると、レイは視線を斜めに傾けながら


「ボクはキミの他に、もう一人だけ吸血鬼を知ってる。星影騎士団(ステラ・イドラ)深層六騎(ディープシックス)のジーヴァって男だ」

「ほー」


 アリヤは間の抜けた声を返す。これといった意図のある返事ではなく、(いるんだな、他にも)という単純な感心だ。

 レイが続ける。

 

「ボクが直接会ったことがあるわけじゃないから又聞きだけどねぇ、そのジーヴァって吸血鬼は血を常飲しているらしいよ。固形物の食べ物はあまり好まないんだって」

「へえー」

「十字架、流水、銀にニンニクもあまり得意じゃないんだって。キャラ付けとかじゃなくて実際苦手で、ニンニクに触れた手が軽くかぶれていたらしいよ」

「なんかアレルギーみたいで可哀想だな」


 運ばれてきたガーリックステーキを口に運んでムシャムシャと咀嚼して飲み込みつつ、アリヤは彼の話に頷きながら相槌を打つ。

 それを見ながら、レイは訝しげに問いかける。


「ニンニクたっぷりのステーキは美味しいかい?」

「思ったよりニンニクが多くてさ。ガーリックソースぐらいのやつかと思ったら、こんな刻みニンニクがゴロゴロ乗ってるようなタイプだとは思わなかった」

「確かにメニュー表の写真より多めだね」

「でもまあ、疲れてるから美味いよ。元々ニンニクは好きでさ。ラーメンなんかには備え付けのおろしニンニクがあったら匙二杯ぐらいたっぷり入れる方で」

「キミ、本当に吸血鬼なの?」


 彼は呆れたような口調でそう言うが、そんなことを言われても困る。

 十字架を見ても何の感慨もない。流水のせせらぎは心が休まる。銀はなんだか格好いいし、ニンニク料理は普通に美味しく感じるのだから仕方ない。

 運ばれてきたボロネーゼをフォークで巻くレイへ、アリヤは眉をしかめながら声を返す。

 

「確かに俺だって亜人種だの吸血鬼だの眉唾ものの話だとは思うけどさ、ようやくこっちの世界で過ごすためのアイデンティティみたいなものが掴めたんだ。俺はとりあえず自分は吸血鬼って思い込んどくよ」

「そうだそうだ。なんだか強そうだしかっこいいから良いではないか。吸血鬼! 漫画で読んだぞ!」

「あ、エクセリア。起きたの」


 チーズハンバーグが運ばれてきた途端、死んだように突っ伏していたのが嘘のように起き上がってフォークとナイフを握るエクセリア。

 キコキコと肉にナイフを入れて頬張りながら、やいやいと拳を上げて主張を挟む。

 アリヤとエクセリア二人から意見を受けたレイは肩をすくめながら、パスタへ雪のように粉チーズを振りかけた。


「素性をつっつくのは野暮だったかな? ボクだって星の意思(イデア)だ。怪しさではボクが上かもしれないね。この話はここまでにしておこう」

「そんなことよりも何故お前だけパフェを頼んでいるのだ! ずるい!」

「キミ寝てたからね」

「知らんわ! ねえアリヤ、私も食べたい。このバナナのやつがいい。頼んでいい?」

「ん……電話だ。シエナからか。好きなの頼んでていいよ、ちょっと電話出てくるから」

 

 そう言って席を外したアリヤは、店外にある駐車場の前でシエナからの着信に出た。

 聞かされた内容は、シエナ側の今日一日の騒動の経緯と顛末だ。

 シエナ自身が捕まってしまい、追ってきたオーウェン兄妹とコンブを巻き込んでしまったこと。魔女の力を浴びたイリスが意識不明のままだということ、エヴァンの傷は大部分癒えたということ、コンブの尻尾が半分の長さになったこと。

 始まりの魔女の出現、魔女とラナ・コルネットの同盟、七面會(マスケラド)のサイレンとシュラによる魔女への襲撃、そのサイレンが星の意思(イデア)だということ。

 オーウェン兄妹とコンブを巻き込んでしまった謝罪と共に多めの情報量を聞かされて、アリヤは目を白黒とさせつつ気遣いの声をかける。


「と、とりあえず大変だったんだな。お疲れ様、シエナ」


 そんなアリヤへ、暗がりから向けられた強い敵意。

 駐車場に停められた車の中から、一人の男がアリヤを見つめている。

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