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12話 「キミの牙が見たいの」

「わかりました。行きますよ、学園自治連合(キャンパス・ライン)に」


 結局、俺は迷うことなくそう答えた。

 選択肢こそ提示されたが、冷静に考えてみればここで仕掛けるのはどう考えても悪手だ。

 自分の力はまだ未発達、エクセリアは泥酔して睡眠中。おまけにここはネンの家、つまり燃のホームグラウンドだ。

  床も棚もガラクタで埋まってるような家だけど、それでも向こうに有利な戦場になってしまうはず。多分。

 俺が申し出を受け入れたことに、燃は両手を合わせて喜びを示した。


「お、行ってくれるん? 助かるわ〜! アリヤくんめっちゃお利口やん。えらいえらい」

「行くだけだ。殺せなんて指示は受け入れてませんからね」

「ま、それはそれ、これはこれやん? またちょくちょく連絡するからその都度考えたらええやん」

「……」


 とりあえずで行かせておいて、最終的にはシエナへの刺客(しかく)として使うつもりなのだろう。

 冗談じゃない、利用されてたまるか。誰の味方について誰を敵に回すかは自分で決めてやる。

 ひっそり内心に反骨心を宿したままでいると、彼女は俺の目を凝視してきた。

 いつもへらへらとマイペースな態度ばかり取っているが、黙るとあやしげな美しさが強調される。

 俺が思わず目を逸らすと、彼女はゆっくりと口の端をあげて笑みを作る。


「キミのその目、好きなんよね」

「俺の目がなんだっていうんですか」

「奥に獣を飼ってる、人殺しの黒いまなざし」

「……」

「その気になれば平気で人を殺せる色をしてる。それとももう経験済み? 一人殺した? 二人? もっと?」


 俺は答えない。けど燃の見立ては間違ってない。

 こっちの世界に来る前に姉さんの仇を三人殺した。自責はなく、あるのは一人を仕留め損ねた後悔だけ。


 彼女の酒がいつの間にか安物の缶チューハイからシャンパンの瓶に変わっている。

 俺の視線が瓶に向いたのを見て、「姫様に見せたらガバガバ飲まれそうやし。高いのに」と笑う。ちょっとケチだ。

 細長いフルートグラスに桜色の液体が注がれて、微細な泡が光を反射して輝く。

 

「キミも飲む? 飲んだことないやろー、モエシャン」

「なんです、それ」

「モエ・エ・シャンドンって有名シャンパンやけど。聞いたことない? ほら、シーキープスモーエエシャンドン〜、って歌い出しのやつあるやん。Queenの歌で」

「酒もQueenも詳しくないんですよ、悪いけど」

「え〜? それくらい抑えとかなアカンやろ〜。ちなみにこれはロゼ色のやつで、一本50万ぐらいやね」

「50万!? シャンパンってそこまで高いんですか!?」

「この世界での価格やけどね。そっちでの価格は知らんよ? こっちに流れてくるんは激レアやから、希少品ってことで値段も上がるんよ。うわ美味っ」

「へえ……」


 疑問だ。燃はこの都市の信仰を一手に集めている組織、星影騎士団(ステラ・イドラ)の騎士だ。きっと高給取りなんだろう。

 ただ、今の話を聞くと、地球からこのパンドラに流れてくるものは希少価値から付いているものが多いらしい。

 だとして、燃の家にあるのは地球の文化ばかりだ。書棚の幅を取ってる横山三国志の全巻セットも、ダボっと着ているパルプフィクションのTシャツも、どれもこれもきっと珍しくて高価なんだろう。

 いくら給料が良い仕事だからって、値の張る異世界のものばかりを偏執(へんしゅう)的なほど集めているのは少し不思議だ。何か理由があるんだろうか。

 そんなことを考えていると、燃がアルコールで赤らんだ顔を再び寄せてくる。


星影騎士団(ステラ・イドラ)としての方針は置いといて……私はね、お姫様よりアリヤくんに興味あるんよ」

「俺に? 別に、俺は大した人間じゃありませんよ」


 燃が面白げに首を横に振る。


「キミの牙を早く見たいの。殺意を剥き出しにした本性を見せてほしい。キミはそれができる子って信じてるんやけど、どう?」

「……必要になればお見せしますよ。あなたを敵だと判断すれば、あなた相手にでも」

「……」

「……」


 おい、何か反応くれ。

 俺の言葉を聞いたっきり、燃は真顔でこっちを見つめていて無言が長い。

 言ってしまってから思ったんだ、今の言葉はなんかイキってた。ちょっと痛かった。

 返事を頼む。できれば流してくれ!

 が、俺の願いも虚しく、燃がプッと吹き出して真顔を崩した。


「フッ、フフッ……! か、かぁっこええ〜! 待って待って、アリヤくん今のめっちゃかっこよくない?」

「わ、笑うな。言い回しがアレだったのはともかく、俺は本気です」

「はーわかったわかった。姫様にも今のはちゃんと教えとかんとね。姫様、起きてー」

「やめてくれ! なんか嫌だ!」


 寝ているエクセリアを揺すって、わざわざ起こして教えようとする燃。意地悪いなこの人!

 揺する手を止めようと片方の手を掴んだところで、不意打ちのように燃の瞳がこっちを向いた。


「じゃ、二人だけの秘密ってことで」


 シーっと自分の唇に人差し指を添えてから、その指を俺の唇にあてがってきた。

 果実みたいな甘さを含んだアルコールの香りがして、俺は思わずたじろいで後退(あとずさ)りしてしまう。

 サブカルズボラ女が唐突に大人の女感を出すのはやめろ。

 そこでふいっと立ち上がった燃は、パンパンと景気よく両手を叩く。


「じゃ、今日はここまででお開きにしよか。えーっと6品作ってくれたやろ? 残りあと4品作る約束は日を改めて」

「これだけは言っておくけど、5品でチャラって約束でしたよ。最初は」

「ふふ……だって増やしとけば、またキミに会える理由になるやろ?」

「……」


 俺は反応にきゅうする。

 言葉だけなら蠱惑(こわく)的な女性のそれに聞こえるが、この人の言葉はまともに取り合ってはいけない適当さと、裏を感じさせる不穏な色を常に孕んでいる。

 そんな相手に返すべき言葉を俺はまだ知らない。


「期待しとくわ。またおいで、いつでもね」


 今ここで挑んでいたら、どうなっていたんだろうか。




----------




 翌日。

 ホテルを引き払った俺とエクセリアは、燃から渡されたメモに従って街を移動している。

 パンドラの街は思っていたよりも広大で、学園まではそこそこ距離が離れている。

 列車に揺られながらスマホを触っていると、窓を眺めていたエクセリアがつんつんと俺の肩をつついてきた。


「ん? どうかした?」

「シエナに連絡はしたのか。今から行くぞって」

「うん、朝イチで連絡しといたよ。歓迎してくれるってさ」

「ふーん。ならいいが」


 会話を切って、俺はまたスマホに目を落とす。

 こっちの世界にもインターネットはあるようで、GoogleやYahooじゃなくて聞いた事のない検索エンジンではあるけど問題なく使うことができている。

 シエナとの連絡で気になったのが、学園の最寄から二つ手前の駅で降りてほしいという点だ。

 案内人を待たせてあるから、そこから地下道を通ってきてほしいという話。

 ただスマホで地図をいくら見ても、地上から普通に歩いて行った方が早く着きそうなんだけどな。

 ……と、エクセリアがまたつついてくる。これで列車に乗ってから5回目だ。


「おいアリヤ」

「どうしたの何度も」

「ヒマだ」

「……」


 子供か。そう言いかけたが、まあスマホを眺めてばかりだった俺も良くなかった。

 道を把握したかったんだけど、隣で黙ってポチポチやられたんじゃ確かに良い気はしないだろう。

 

「ごめんごめん、これはしまっとくよ。どうせ着いてみないとわからないしな」

「いや、しまわなくていい。それ私も触ってみたい」


 エクセリアが俺のスマホを指差す。

 いや、いやいや。俺は端末をそっと懐へとしまいながら、やんわりと断りを入れる。


「いや、これはちょっとダメだ」

「なんだ? なぜ嫌がる。さては貴様いかがわしい画像やら何やらを隠しているな?」

「違うって! 精密機械だからだよ! 燃さんとかシエナの連絡先とかも入れてあるから生命線だし、触らせるのはちょっとさ」

「壊さんわ! 少しいじるぐらいいいではないか! やましいことがないなら貸して!」

「だ、ダメだって! いじるって言い方が怖い! エクセリアはなんでも雑なんだから、もしものことがあったら」


 その時、ズズンと列車が揺れた。

 なんだ? 俺とエクセリアが目を見合わせると、カッと車窓の外でまばゆく閃光が輝く。

 一体なんだと外に目を向けると、そこに広がっていた光景はここまでに見たパンドラの街とはまるで異なるものだった。


「アリヤ、なんだこれは。ほぼ更地ではないか」

「さあ……これもパンドラの街の一部なのかな」


 元、街。そんな形容が相応しい景色が延々と続いている。

 廃ビル、廃屋、折れた信号機。原型を残さず崩れた瓦礫と剥がれたアスファルト。

 灰色の大地が続く数キロ先に、黒い何かが空を舞っているのが見える。黒い何かが地面を這っているのが見える。それを薙ぎ払うかのように、閃光が横薙ぎに大地を舐めた。

 一瞬遅れて巻き起こる爆発。伝わってきた爆風に、ビリビリと車窓が揺れる!


「戦場か?」


 呆気に取られたエクセリアがつぶやくのと同時に、列車が駅に滑り込む。

 まさか俺たちは今からここで降りて、あの戦場に向かおうとしているのだろうか。いやいや、死ぬのでは?

 降りるべきか、やっぱりやめて引き返そうか。

 俺が迷っていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。

 振り向くとそこには青年が立っていた。きびきびとした態度の彼は、シエナの用意してくれた案内人だ。


藤間(とうま)或也ありや様とエクセリア姫ですね。シエナから聞いてお待ちしていました。案内役のニキと申します」

「……ええと、ニキさん。早速一つ質問なんだけど、今から引き返すってのはアリですかね?」

「ナシですね!」


 ニキのスパリとした言い切りに、俺たちの退路はあっさり断たれてしまう。

 先行きに待ち受ける不安の渦に、俺は小さくため息を吐いた。

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