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126話 オーウェン兄妹の捜索

 シエナが消えた。

 その報せをユーリカとアリヤたちが共有したのと同じ頃、オーウェン兄妹と黒猫のコンブもまたシエナの失踪を耳にしていた。

 

「あぁ? シエナが消えただと?」

「そうだ。ユーリカと連絡が付かなくなっている」

「そりゃまた……なんでだ?」


 エヴァンたちに情報を伝えているのはユーリカと並ぶシエナの親友、ミトマだ。

 学園のメンバーが調査の拠点にしているホテルの待合室で、浮かない顔をした彼女から話を聞かされたエヴァンは、状況の悪さに思いっきり眉をしかめる。

 なにせ、ランドール家と対面して交渉できるのはシエナだけだ。それがいなくなってしまったままでは浮気調査は続行不可能。

 エヴァンにしてみれば学園に居場所がなくなり、新たな職場を得て心機一転頑張ろうと思っていたところで出鼻を挫かれたようなものだ。

 だがミトマにも消えたシエナの行方はまるで見当が付いていないようで、いつも怜悧に見える表情が曇っている。

「わからん」という彼女の呟きと共に、後ろで束ねた長い黒髪が戸惑い混じりに揺れた。


「ユーリカにも私にも何も告げていないし、ホテルの部屋に電話も置きっぱなしだった。急用か、トラブルがあったのか……」


 そこまで聞くと、エヴァンは踵を返してミトマに背を向ける。

 訝しげに「どうした?」と問うミトマへ、エヴァンは自分の鞄の中をゴソゴソと漁りながら返事をする。


「探すんだよ。ランドールとの接触はシエナしかできないんだろ。あいつがいなけりゃ浮気調査もクソもないからな」

「即断即決!! さっすがお兄様ですわ〜!!」


 横で聞いていたイリスが合いの手を入れるが、その足元から冷めた調子でコンブが口を挟んだ。

 

「探すったってどうすんの。広い街で人間一人探すのが簡単じゃないことぐらい猫でもわかるけど」

「猫が喋った!?」


 ミトマはギョッとした様子で黒猫へと視線を向けるが、コンブはそれを意に介した様子もなく後ろ足で耳周りをカリカリと掻いている。

 だがエヴァンは鞄を探る手を止めて、取り出した紙切れをひらつかせながら「こいつで探す」と宣言した。

 

「お兄様、その紙なんですの?」

「今朝シエナと会った時に渡されたメモだ」

「それに手掛かりが書かれているんですのね!! さっすがお兄様ですわ!! あいたっ!?」

「早とちりすんな。これは仕事内容を伝えるだけのメモだ」


 せっかちな妹の頭をコンと軽く小突いて、エヴァンはメモを鼻に押し当てる。

 そのまますうっと息を深く吸うこと三度、顔を上げた彼はミトマへと指を突きつけた。


「俺とイリスと猫でシエナは探してやる。学園は調査進めとけ」

「探す? それは助かるが……どうやって探す気だ?」

「メモを書く時にあいつは紙に触れてるだろ。匂いが残ってる」

「そうか。嗅覚か」


 ミトマは納得して大きく頷く。

 人狼の血を引くエヴァンの嗅覚は犬以上だ。鼻が良すぎると不便もあるので普段は抑制しているが、その気になって集中すればその嗅覚は常人の一億倍は下らない。

 雑多な匂いの入り混じった街中で、1キロ先の家屋の中に置かれた果物を言い当てる、そんな常識外れの芸当すら実現させてみせるのが人狼の鼻なのだ。

 と、ミトマが彼に問いかける。


「そのメモでなくてもシエナのホテルの部屋には彼女の匂いが付いたものがいくつもある。昨晩使った枕や寝巻きだとか、朝顔を拭いたタオルだとか。そっちを調達しようか?」

「必要ねえ。部屋の物は朝の匂いだろ。俺がメモをもらったのは昼過ぎだ。できるだけ新しい匂いの方が間違いがないんだよ」

「お兄様の言う通りですわ。素人は黙ってご覧になってなさいな! お兄様、わたくしにも嗅がせてー!」

「そういうものか。任せよう」


 人狼兄妹がこぞってメモの紙切れをすんすんと嗅ぐのを、ミトマは腕組みをして見つめている。

 10秒ほど無言の時間が続いてコンブがあくびを一つしたのと同時に、弾かれたようにイリスが駆け出した。


「こっちですわ!」


 勢いよくエントランスを飛び出したイリスは、立っていたホテルのスタッフがぎょっとするのにも構わず地べたに両手をついてスンスンと鼻を鳴らす。

 後を追ってエヴァンたちが出てきたところで、イリスはグッと身を起こして右の方向を指差した。


「あっちですわ!」

「あ、おい」


 ミトマはイリスに声を掛けようとしたのだが、それに聞く耳も持たずに先へ先へと駆けていく。

 仕方なしに、ミトマはエヴァンへと困惑気味に話しかける。


「一人で先走らせて大丈夫なのか」

「可愛いだろう。俺の妹は」

「ん? うん、まあ、子犬のようだなとは思うが……車に轢かれたりしないか、あの勢いで」

「あいつも俺と同じ人狼だからな。轢かれたぐらいじゃ死なん」

「轢かれる前提なのか……」


 理解できないとばかりに唸るミトマの足元で、ニャーと注意を惹くようにコンブが鳴く。

 ミトマは走りながらも腰を折り気味に黒猫に視線を近づけて、丁寧な口調で話しかける。


「さっき、君は人語を喋っていたな」

「喋れるようになったんだ。前と変わらず猫語も喋れるけどね」

「それは素晴らしい。挨拶が遅れたな、私はミトマ・コトブキ。君は確か、エクセリアの猫だったと記憶しているが」

「そうだよ、名前はコンブ。よろしくね。で、ミトマは別に用事があるんじゃないの?」

「む、それは……」


 コンブの指摘に彼女は戸惑いを見せる。

 そう、エヴァンたちのところへは情報共有に来ただけで一緒に捜索に移る予定ではなかった。

 だがイリスが猛然と駆け出したせいで、成り行きで一緒に来てしまっている。

 危なっかしさのあるオーウェン兄妹を放っておいて良いものか……そんな迷いのあるミトマへ、賢げな口調でコンブが言う。

 

「バカ犬兄妹の面倒はオレが見とくから。ミトマは自分の仕事に戻っていいよ」

「そ、そうか? だがコンブくん、君は猫だ。知的ではあってもいざという時には対処が難しいのでは?」

「猫にでもやりようはあるよ。あんた忙しそうだし真面目そうだし、こいつらに振り回されない方がいいって」

「ふ、ふむ……」


 先の方から「右手の方角ですわー!!!」とイリスの声が。

 少し前を走るエヴァンが「いいぞ! そのまま突っ走れ!」と妹を後押しする。

 コンブの言う通り、このまま後を追ったのでは良くも悪くも推進力に溢れたオーウェン兄妹に際限なく巻き込まれてしまいそうだ。

 そう考えたミトマは、立ち止まるとコンブに深々と頭を下げた。


「すまない、コンブくん。私は私の仕事に戻る。オーウェン兄妹とシエナを頼む」

「いいよ、任せといて」

「感謝する。君の好きな食べ物を今度奢らせてくれ」

「じゃ、三割増しで頑張ろうっと」


 ふふんと気位の高そうな表情でヒゲを揺らした黒猫は、ミトマと別れてすぐにエヴァンへと追いついた。


「なんだ、ミトマのやつは来ないのか?」

「彼女忙しいって。オレたちと違って立場があるんだよ」

「ま、そうかもな。なぁに、俺らだけで十分だ。さっさとアホのシエナを見つけて一発ブン殴ってやるぜ」


 エヴァンがそう息巻いたのと同時に、先を走っていたイリスがピタッと両足を止めた。


「あれぇ? お兄様ー変ですわー!!」

「どうした?」

「ここでシエナの匂いが途切れてますの!!」

「ああん?」


 イリスが足を止めたのは橋の途中だ。

 そんな場所で匂いが消えた? ということは。エヴァンが橋の下を指差す。


「落ちたってことか」

「ですわね」

「よし、俺たちも落ちるぞ」

「合点承知ですわ!!」


 迷いなし。即座に橋の欄干に足を掛けるエヴァンの小脇に抱えられながら、コンブはやれやれと尻尾を垂らす。


(犬はあんまり好きじゃないんだ。アホっぽくて)


 そんなコンブの憂鬱にはまるで気を向けず、エヴァンとイリスは橋から勢いよく飛び降りる!

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