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124話 襲撃者

「もうおしまいかい? つまらないなぁ」


 喫茶店に突如現れた刺客。しかし、決着までに要したのはほんの数秒だった。

 初撃を受け止めたレイは、立ち上がると同時にゆらりと腕を振るった。

 彼が手にしていた剣はジャコと伸びて蛇腹剣に。刃が優婉にひと泳ぎすると、店内の椅子や食器を掠めることなく刺客が手にしていた剣と手首だけが払われたのだ。

 痛みよりも驚愕が先立ったような短い悲鳴を上げて、鋭利に切り飛ばされた手首から血を流しつつ、刺客の男はレイによって床に組み敷かれた。


「食器や家具の弁償代を払わずに済むようしっかり配慮しておいたよ、所長。床にこぼれた血の清掃代ぐらいは必要経費だよね?」

「た、助かるよ」


 流石は星の意思(イデア)の一人と言うべきか、レイの手際は鮮やかで淀みない。

 アリヤは臨戦態勢を解くのも忘れて呆気に取られたままひとつ頷いて、包帯で覆われた刺客の顔を覗き込む。

 

「誰なんだ、あんたは。何の目的で俺たちを襲った?」

「……」

「だんまりか……」

「アリヤ、そんな包帯は剥いでしまえ! 私たちを急襲するとは不届きものめ!」

「そうだな。レイ、そのまま抑えててもらえるか?」

「いいよ。気を付けて」


 エクセリアに促され、アリヤは指先に小さな形成した小さな血の刃で顔に巻きつけてある包帯を切断した。

 それを解きほぐしてみると、出てきたのは変哲もない、これといった特徴のない男の顔だった。

 人種で言えば東南アジア系だろうか? 目の周りが少し落ち窪んだ印象の三十路絡みに見えるが、特筆するほどの強い印象は残らない顔だ。どこかで見かけたような覚えもない。

 少なくとも雰囲気は強者に見えないし、狂人かと言われても判断に困る。

 アリヤが首を傾げていると、刺客を器用に抑え込んでいるレイが口を開いた。


「ボクを狙ってきた星の意思(イデア)ではなさそうだねぇ。弱すぎるよ」

血の門(シュエメン)の活動絡みで恨みを買ってたって可能性は?」

「どうだろうね。血の門(シュエメン)に恨みを抱くとすれば自治区の住民だろうけど、あそこは銃を手に入れるのが簡単だ。自治区住まいなら不慣れな刃物より銃を使うんじゃないかなぁ」


 そんな会話を交わしている間も、刺客はねじ伏せられたまま無言無反応を貫いている。

 だが彼は手首から先を蛇腹剣で切り落とされているのだ。放置すれば出血で死んでしまう。

 アリヤは手に魔素(マナ)を集めて、傷を癒せる『癒血(ニリグラ)』の準備をしながら刺客へと語りかける。


「ええと、あんたの名前は? 俺たちを襲った目的は? 答えたらその傷を治療するよ」

「……」

「答えなけりゃ血が足りなくなって死ぬぞ。早く」

「……」


 刺客は呆然としていたのか、アリヤの言葉を聞いてようやく失血死の可能性に思い至ったかのように目を泳がせる。

 早く聞き出してしまいたい。返事を渋られて意識を失われては面倒なのだ。

 それに喫茶店のマスターや店員が遠巻きにこちらを見ていて、この膠着があんまり長引けばもっと大騒動になってしまいそうだとアリヤは少し焦る。

 ……と、刺客の男が口をもごっと動かした。奥歯で何かを噛むような仕草。なんだ? アリヤが訝しんだのと同時に、レイが俊敏な動作で男を仰向けに転がして口の中を覗き込んだ。

 直後、男の体が大きくビクンと跳ね始める。

「しまった」と呟くレイへ、エクセリアがうろたえながら問いかける。


「な、なんだ? 何がどうしたのだ?」

「彼、口の中に毒を仕込んでいたみたいだねえ」

「毒!? 自害したのか!? な、何のためにだ? 別に拷問をしようとしていたわけでもないのに……」


 理解できずに動揺するエクセリア。その気持ちはアリヤも同様だ。この刺客の行動にはまるで理解が及ばない。

 仕込んであったカプセルか何かを噛み潰したようで、口の中が真っ青に染まっている。

 ほんの10秒ほどで脈も呼吸もなくなり息絶えてしまった様子を見るに、よっぽどの強毒が詰まっていたのだろう。

 タイミングも仕草も間違えて噛み潰したという風には見えなかった。彼は彼自身の意思で、情報を漏らさないために意図して毒を飲んだのだ。

 

「うーん、ワケがわからん……」


 レイが弾き飛ばした剣を拾い上げて、エクセリアが眉をしかめながらボヤく。

 剣そのものに手にした者の行動をコントロールする呪詛が施されている……というようなこともなく、そこらで売っていそうな量産品の刃物でしかない。

 だが、彼が毒を飲んだことで推測できることも少しだけある。

 白目を剥いた死体を見下ろして、アリヤは思考を巡らせながら呟く。


「俺たちに情報を渡さないように死んだってことは、他にも仲間がいる可能性が高いよな」

「何故そうなるのだ」

「単独犯なら毒まで飲んで死ぬ理由はないだろ? 仲間がいて後続の計画もあるから情報を漏らせなかったんじゃないか?」

「でも拷問とかされるのが怖くて楽に死ねるように毒を仕込んでたかもしれないぞ。ビビって噛んじゃったのかもしれん」

「まあ、そういうのもないわけじゃないけど……」


 少し考えて、アリヤは言葉を継ぐ。


「最初、こいつはいきなり現れた。後ろから襲われたレイはともかく、俺とエクセリアからは真正面だったはずなのに二人揃って気付かなかったんだ。それは流石にありえないから、気配をなくすか不可視になるか……なにかしらの手段で俺たちに気付かれない状態になってたんだと思う」


 アリヤの言葉にレイが追随する。


「ボクは背後の足音と衣擦れで偶然気付けたんだ。音に気付けたということは気配そのものが上司雨していたわけじゃない。不可視が妥当なところかな? それと、少し風を感じたね。関係あるかはわからないけど」

「風? ふーん……?」


 エクセリアが不思議そうに首を傾げる傍らで、アリヤは死体に手を合わせてからスマホのカメラで顔写真を撮っておく。

 服の内側を探ってみたが、出てきたのは少しの小銭ぐらい。身元に繋がるような物は何も入っていなかった。


(そもそもこいつは誰を狙ってきたんだ? レイが狙われたのは座ってた位置のせいかもしれないわけで……)

 

 そんなことを考えていると、恐る恐る喫茶店のマスターと店員が近寄ってきた。

 小柄であごひげを生やした初老のマスターが、2メートルほど離れた位置から首だけを伸ばすようにして様子を尋ねてくる。


「あの……お客様。そちらの倒れていらっしる方は体調が優れないので?」

「ああ、すみません。彼は……その、亡くなっていると思います」

「ええ!? お亡くなりに!?」

「ええ、事情はわからないんですが毒を飲んだみたいで……」

「あ、あなた方のお知り合いというわけでは……?」

「ないですね。初対面です」

「こ、困ったな……どこに連絡すれば……うーむ」


 喫茶店のマスターはすっかりうろたえてしまっている。人の良さそうな人だけに気の毒だ。

 アリヤは(まあ、穏やかそうな人で助かった)と胸を撫で下ろしつつ、床のクリーニング代の請求を回してもらおうと自分の連絡先を紙に書いて渡そうとする。

 そんな折、マスターの隣に立っていた店員の女性が「あっ!」と小さく声を上げた。

 アリヤたちとマスターの視線が一斉に彼女へと集まる。注目を集めてしまったことに気付いた彼女は、慌てて両手を小さく振った。


「あ、ご、ごめんなさい。お話の邪魔しちゃって」


 恐縮する彼女へ、アリヤは怖がらせないよう落ち着いた調子を心がけて話しかける。


「いえ、大丈夫です。何か気付いたことでも?」

「い、いえ、大したことじゃないんですけど……この方、何度かこの店に来たことがある方だなって」

「え? そうだったかい?」


 マスターが首を傾げると、店員の女性は店の隅の座席を指差した。


「ほら、あそこの角の席に座りたがる方ですよ。マスターがいるカウンターからは見えにくいのかも」

「……ああ〜、いたねえ。いたよ。確か毎度ホットドッグを頼んでたね」

「ですよね。ご近所に住まれてるって言ってましたよ。えー、この人死んじゃったのか……」


 アリヤよりは年上に見える女性店員はまだ事態に現実味を感じられていないようで、倒れて白目を剥いた顔見知りの客をじっと見つめている。

 今は大丈夫でも服毒した死体を見たことで後からショックを受けるかもしれない。いや、パンドラの住民は案外死体にも慣れっこなのだろうか?

 そんなことを考えながら、アリヤは彼女へと問いかける。


「この方の名前とかどこに住まれてるかとかご存知ありませんか?」

「ごめんなさい、名前は知らないな……あ、住んでるのは近くの団地だって言ってましたよ。ここを出て右手に進んだところにあるココルカ第十二号団地」

「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、アリヤたち三人は顔を見合わせる。

 突如現れた刺客はついさっきまで調べていた疑惑の団地の住人だった。

 果たしてこれは偶然の一致だろうか。それとも、団地というコミュニティに蠢くなにかしらの悪意が介在しているのだろうか。


 その瞬間、懐で電話が震える。

 はっと身を固くしたアリヤがスマホを手にすると、画面には見知らぬ番号からの着信表示が映っていた。

 エクセリアとレイに目配せをして、アリヤはゆっくりとその電話に出る。

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