119話 初仕事へ
「エヴァン、イリス、それにコンブ。ランドール家の浮気調査をやってもらってもいいか?」
アリヤはそう決断を下して、二人と一匹に声をかけた。
そうした理由はいくつかある。まず、雷とオーウェン兄妹を組ませたくない。
自分の都合で事務所に加わると言ってきた雷だが、その意図は今のところよくわからない。
現状自称だが仮にも星の意思だ。本当に安心できる味方なのかは全くわからないわけで、それを自分の目の届かないところに置くのは少し怖い。
ただでさえオーウェン兄妹は彼のことを嫌な匂いがすると言っていて良好な仲になれるかは微妙なところ。それを3人セットで運用するのは好ましくないだろう。と、それがアリヤの頭にある一つ目の理由。
「シエナたちと協力してか? フン、今までと代わり映えしねえな。別にいいけどよ」
「わたくしも構いませんわ! こ、コンブちゃん。同行する仲間としての信頼の証に、少し抱っこしてもよろしくて……?」
「やだよ。いいご飯くれたら考えるけど」
「んまっ、小生意気な猫……!」
イリスは喋る猫に興味津々なようだが、気まぐれなコンブはどうも彼女に塩対応だ。
(上手くやってくれるといいんだけど)と考えながらアリヤがそれを見ていると、エヴァンが軽い調子で問いかけてきた。
「俺らがそっち担当な理由はあるのか? 不満があるわけじゃねえが」
理由ならある。雷と不仲になりそうなのと、エヴァンとイリスは強いがもし雷が攻撃してきたら対処しきれるかわからない……のが理由だが、それを言えばエヴァンは気を悪くするだろうとアリヤは言い淀む。
「お前じゃ雷に勝てないけど俺なら勝てる」なんて意味のことを言えばエヴァンは確実に気を悪くするだろう。
少し迷ってから、アリヤは頭の中にあったもう一つの理由を口にする。
「あー、本当にくだらない事情で言いにくいんだけど……俺、この前ランドール家と揉めてさ」
「あぁ? 血の門の件の後にか? あの大金持ち一家とどこでどう接点あったんだよ」
「いや、なんというか……知り合いの家庭のゴタゴタに巻き込まれて」
「なんだよゴタゴタって。濁すんじゃねえ」
「……燃さんいるだろ。あの人に彼氏のフリをしてくれって頼まれて渋々承諾して家に行ってみたらお見合いが予定されていた日で見合い相手が来ててそれがランドール家の次男でそいつの部下連中と刀で斬り合いさせられて見合いが破談になったんだ」
「一言一句意味わかんねえ」
困惑も露わに鼻周りにシワを寄せたエヴァンは、「あの騎士団の女か?」と聞いてくる。
「燃さんのことを言ってるならそうだよ」とアリヤが頷くと、エヴァンはより表情のシワを深くする。
「彼氏のフリだの見合いだの……お前あの女と結婚でもする気なのか?」
「え!? いやまさか! 付き合ってもないよ!」
「別にどっちだっていいが、お前あの女の匂いがすんだよ。エクセリアからもするから二人であの女の家にいたせいだろうけどよ、距離感近すぎやしねえか」
「まあ、親しいとは思うよ」
「……なんでも鼻で判断すんのもアホみたいだけどよ、あの女は良くない匂いがするぜ。具体的に何ってんじゃないが、嫌な雰囲気がある」
「みんなそういうこと言うんだよな。そんなめちゃくちゃな悪人ではないと思うんだけどなあ……迷惑な人ではあるけどさ」
「まあ深く口出しする気はねえけどよ。俺には関係ねえしな。じゃ、猫借りてくぜ。行くぞイリス」
そう言って事務所を出ようとしたエヴァンの前に、エクセリアが立ち塞がって見上げて口を開く。
「お前たち兄妹はガサツそうだから言っておくが、コンブは猫じゃなくて対等な仲間として扱うのだぞ。猫用のキャリーバッグを渡しておくから動物が入れなさそうなところではこれに入れてあげてくれ。構って欲しそうだったら優しく撫でろ。触れて欲しくなさそうな時は触るな。コンブを雑に扱ったら減給だからな!」
それを受けて、イリスの隣をひょいひょいと歩いていたコンブが兄妹を見上げて偉そうに呟く。
「そーいうこと。ふふん、よろしく頼むよ犬兄妹」
「まあクソ生意気な面構え。あなた甘やかされすぎではありませんの? わたくしエクセリアのアホほど甘くありませんわよ。早速芸の一つでも仕込んであげますわ。ほら、お手してごらんなさいな。お手」
「オレは犬じゃない!」
「めんどくせえな……とりあえず仲間としては扱ってやるよ。オラ行くぞ、猫」
「オレのことは名前で呼べよ!」
そんな会話を交わしながら、二人と一匹が事務所から出て行った。
エクセリアはコンブのことが気がかりなようだが、元々は野良で生きていた賢い子だ。喋れるし大丈夫だろうとアリヤはそれほど心配していない。
(さて、問題はこっちだ)
そう考えながらアリヤが振り向くと、雷はメモ用に使ったペンを指先でくるくると回しながら鼻歌を鳴らしている。
アイドルというだけあってアマチュアよりは歌が上手い。
ふと気になって、アリヤは彼に質問を投げかけた。
「そういえば俺はあんまり詳しくないんだけど、君ってどれくらい人気のアイドルなんだ?」
「おや、ボクの人気が気になるのかい?」
「あーいや、本人に聞くのも微妙な質問かなとは思うんだけど、調査ってことで一緒に街中を歩いても大丈夫なのかなと思って。どこ歩いてもファンに囲まれるとかだと調査しにくいからさ」
「フフッ、そんな超一流じゃないさ。そうだな……地下アイドルに毛が生えたくらいかな。帽子でも目深に被っておけば気付かれないよ」
雷は自嘲した風でもなく、あくまで客観的に事実を述べるような口調でそう言った。
だが、アリヤは不思議そうに首を傾げた。
「血の門自治区では街頭のスクリーンに大映しになってたけど。あれは地下アイドルってレベルじゃなくないか?」
「あれは自治区限定のマダム紅の影響力だよ。血の門の一員だったボクを人気アイドルに仕立てて政治的宣伝に利用していたのさ。ここだけの話、面倒になってきてたからね……彼女が死んだのはボクが自由に動くのにちょうど良いタイミングだった。フフッ」
なるほど、そういうもんかとアリヤは一人で頷く。
アイドルとしての人気についてもだが、雷がマダム紅との戦闘をほぼ傍観していた理由に納得がいったのだ。
同じ星の意思仲間として援護しなかったのは何故だろうと思っていたが、なんのことはない。雷はマダムに死んで欲しがっていたのだ。
(とりあえず、雷については前向きに捉えてみよう。もしかしたら本当に戦力になってくれるかもしれない。彼の言ってることの虚実を一つ一つ確認していけば、仲間として扱っていいかの判断もそのうち下せるさ)
そんなことを考えていると、自分用の荷物をまとめてきたエクセリアが俺たちへと急かすようにをかけてきた。
「おいアリヤ、雷。いつまでおしゃべりを続けるつもりだ。依頼が来たのだから動くべきだろう!」
「おっと、お姫様がご立腹だよアリヤ君。彼女の言う通り、早速依頼主に会いに行ってみないかい? 善は急げって言うしねぇ」
「ん? アポ取ってあるのか?」
「早いほど助かると言っていたよ。折り返し連絡するって言っておいたから、連絡さえ入れれば今日で問題ないんじゃないかな」
「なかなか淀みない対応ではないか、雷。よし、行くぞ二人とも! 我が事務所の初仕事だ!」
厳密に言えばシエナの依頼が少し早かったし仕事に取り掛かったのもエヴァンたちが先だったのだが、エクセリアがやけにノリノリなのでアリヤは指摘せずに黙っておく。
それに一応事務所は藤間或也名義なのだが、エクセリアの中ではすっかり自分の事務所になってしまっているようだ。
(まあ、そこはどっちでもいいさ)と内心で呟き、アリヤは傘立てに立ててあった刀を手にする。
晨星。燃さんの実家でもらった刀を腰に帯びて、アリヤたちは事務所を出た。
失踪人捜索。
まあありがちな話かな、と思いながら取り組んだ初めての仕事が思いもよらぬ大きな事態へと繋がっていくことを、アリヤはまだ知らない。




