★113話 意識の覚醒
「で、これどうするん?」
「ニ゛ャアァァアァツッッ!!!!!」
コンブが凄まじい叫び声を上げる。
なぜそんなことになっているかと言えば、燃さんがコンブの首根っこを掴んで持ち上げているからだ。
黒猫は手足をジタバタさせて暴れているが、燃さんはわりと手慣れた手付きでホールドしていて逃す気配がない。
腕から猫を取り上げられたエクセリアが「おい! コンブを離せ!」と抗議の声を上げるが、燃さんはそれに取り合う様子を見せない。
片眉を吊り上げて胡乱な目を猫へ向けつつ、彼女はちょっと厳しめの声で口を開く。
「猫。キミ喋れるんよねぇ。で、それを黙ってたわけよね? なんで? コミュニケーション取れた方がいいに決まっとるやん? なんかやましいことでもあったん?」
コンブが声を上げる。
「離せ狐女! 飼い主以外の人間は信用できない!」
「いやいやいや信用で言ったら喋れるんを黙ってた時点でこっちからキミへの信用もゼロやからね。何も知らんと呑気にエサ食べて毛繕いして寝てるだけの猫ならともかく人を認識できて会話の内容を理解できてベラベラ喋れるわけやろ? 余裕でスパイやれるやん。え怖っ。怖ぁ〜っ。そんなん野放しにできるわけないやん調子乗ったらアカンよ猫」
「おい、コンブはスパイじゃないってば!」
「はいはい姫様は黙っとってなー。アリヤくん、押さえとってくれる?」
「は、はい」
俺はエクセリアの肩を軽く掴み、無理にコンブを取り返しに行かないように牽制する。
いや、猫が喋った瞬間にはこんなことになるとは思いもしなかった。俺は猫と喋れるとわかってかなり嬉しかったしちょっとメルヘンな気分になりかけていたのだが、燃さんの対応は極めてドライなものだった。
言われてみれば喋る猫なんて俺たちの会話を聞き放題なわけで、喋る知能があれば電話を掛けられるかもしれない。外との通信手段を持っているかもしれない。
例えば学園自治連合内部の情報を外に流したりしていた可能性がある。
「猫ちゃんが喋った! わぁ〜い! で看過できる話やないんよね、残念やけど。そりゃ私だって動物に手酷いことはしたくないけど詰問はしっかりさせてもらうわ。キミいつから喋れたん? 最初から? 姫様とアリヤくんに地下道で拾われたのは監視のための演技やったとか?」
「ち、違う」
「じゃあいつから。なんで喋れるようになったん。私あんま気ィ長い方じゃないんよね。もっと自発的にキリキリ答えてくれへんと、うっかり手が出るかもしれへんわぁ。意思疎通のできない猫ちゃん相手に暴力振るうんは最低やけど喋れるんやったら話は別やわ。場合によっては痛い目見てもらうで」
「うっ……そう言われてもわからない。いつの間にか喋れるようになってたから」
コンブは俯き加減にそう答える。燃さんのどこかチンピラめいた語調の脅しに怯えている様子で、嘘をついているようには見えない。
だが、燃さんはそれで追及をやめるほど優しくない。
「はぁ〜? そんなんで通るわけないやろボケ。なんか具体的にないん? いつ何してたときとか精神的なきっかけとか。あるやろ一個ぐらい!!! 猫ォ!!!」
「わ、わかんないよ!」
「ぁア〜〜〜!? 猫やからって甘えた口利いても許されへんわ!! 「わかんないよぉ〜」じゃあらへんわ甘えんなカス!! なんなん自分!! しばいたろか!!?」
「ひいっ」
「……まあまあ、燃さん。猫相手にあんまり怒鳴っても可哀想ですよ。ここは穏便に穏便に」
ここで、俺はコンブに助け舟を出す。極力優しい声……まさに猫撫で声を出して、仲裁する様子を見せたのだ。
と言っても俺の独断じゃない。燃さんはチンピラめいた口調でコンブを脅し始める直前、俺へと軽く目配せをしてきていた。
その意図はすぐに汲めた。「良い警官・悪い警官」とかいうアレだ。
二人コンビで尋問をするとき、片方が脅し役、もう片方が柔和な役を意図的に担当して聴取相手に良い警官への親近感を持たせることで、良い警官側になら話してもいいと思わせようという手法だったはず。
俺は意識して優しげに微笑みながら、コンブへとゆっくり語りかける。
「コンブ、今までもエクセリアとは喋ったことはあったんだよな。初めて喋ったのはいつか覚えてる?」
「……学園にいて、しばらくお前がいなかったときに初めて飼い主と喋った。「お腹すいた」って言ったと思う」
「エクセリア、合ってる?」
「うむ、間違いない。アリヤがシエナの護衛で外に行ってた頃だぞ」
「あの時か……コンブが人間を信用しないのはわかるけど、エクセリアはなんで教えてくれなかったんだよ」
「コンブが秘密にしててくれって言ったからな」
「はい出た出た出ましたよ。めーっちゃ隠したがってるやん! 怪しいわ〜! やっぱこの猫スパイちゃう?」
「まあまあ……人間を信用してなかったって説明で一応通りますし」
燃さんを宥めつつ、俺はコンブに問いかける。
「明確に話せるようになったのがいつかはわからないとしても、エクセリアに拾われてから話せるようになるまでに何か変化を感じたりはしなかった?」
「…………飼い主と一緒にいると、少しずつ頭の中がスーッとしていくみたいな感覚はあった、かも?」
コンブは自信なさげにそう言うが、俺はその発言に信憑性を感じる。
あくまで俺の感じ方でしかないが、拾った当初はただの猫だった。それが時間の経過とともに、徐々に知性を感じさせる様子が増えていったような覚えがある。意識が覚醒していった。そんな印象だ。……今になって思えばというレベルの話だけど。
今度は俺はコンブにではなく、肩を押さえているエクセリアへと問いかける。
「エクセリア、コンブになんかした?」
「別に特別に何かをした覚えはない。あ、でも話せたらいいのになあとは思ってた!」
「うーん」
俺は少し考え込む。
魔法はイメージを実現させる力だ。だとすれば「話せたらいいのに」という思いが動物に干渉して話せるようになる、なんて魔法もありなのか?
わからない。俺はそこまでこの世界のルールに詳しくないので、燃さんに尋ねてみる。
「そういう魔法ってアリなんですか?」
「えーナシちゃう? 聞いたことないわ。んーでも、姫様は姫様なわけやし特別なんかなあ……動物を喋れるように変えれるんやろか。……んなアホな」
燃さんは納得がいかない様子だが、俺はこの件についてはここでこれ以上考えていても結論は出ない気がする。
そこでふと気になって、俺はもう一つ質問をコンブに投げてみた。
「そういえばさ、なんで俺のことを嫌ってるんだ?」
「……お前からは嫌な匂いがする。この狐女からも怖い匂いがするけど我慢できる。お前の匂いはもっと嫌だ」
「え〜アリヤくん臭いって! 面白! いやそれより怖い匂いってなに? 猫、キミ喧嘩売っとるん? 毛ぇ全部剃る?」
「ち、違……」
「燃さん落ち着いて。……なあコンブ、匂いって? 俺は風呂には毎日入ってるし服だってちゃんと洗濯してるのに……」
「そういうんじゃない。なんか嫌なんだ」
そう言ってコンブはそっぽを向いてしまった。喋れたからって簡単に仲良くなれるもんでもないようだ。
ただ、 コンブはスパイではないんじゃないかという気はしてきた。
下手な返事をすれば身が危うい今の状況だと、人間ならもっと好感を持たれる返答をするのが普通だ。
だがコンブはあからさまに俺に拒否を示した。とても本能的な言動だ。取り繕うほどの知性はないように見える。
それを踏まえて、俺は燃さんに声を向けた。
「燃さん、離してあげても良くないですか? 細かいことはわからなかったけど、とりあえず悪気があるようには見えませんよ」
「……ま、とりあえず今回は釈放したるわ。燃さんが優しくてよかったなぁ、猫」
「ひっ」
掴まれた状態からようやく解き放たれたコンブは、小走りに跳ねてエクセリアの腕へスポリと収まった。
ようやく飼い猫が手元に戻ってきたことで、終始不満げな顔をしていたエクセリアはフンと鼻を鳴らしながらコンブを撫でる。
この件で俺が気になったのは、コンブが喋れるようになったことよりもエクセリアの力についてだ。
この子の力の範疇がわからない。漫画で読んだ技をそのまま使ってみたり、動物に流暢な言葉を喋らせてみたり。一人だけ力のベクトルも規模も異なっているような気がしてならない。
そもそも、だ。
「燃さん、そろそろ詳しく教えてほしいんですけど、エクセリアはどういう存在なんです? 姫ってなんですか」
「え、それ聞く? いやそりゃ気になるやろなとは思うけど、星影騎士団の最高機密なんよね……団外秘なんはもちろん、幹部クラスしか知らへんし教えちゃいけないんよ。姫様が自分で思い出すんを待つのが一番……」
「自慢じゃないが、全然思い出せないぞ! 魔法使えるようになったりしたのになーんにもわからん!」
「エクセリアもこう言ってることだし。燃さん、なんとかチョロっとでも教えてくれませんか」
「いやいや無理やって! クビになるわ! それだけじゃ済まへんかもやし!」
「見合い話の無茶に付き合ったじゃないですか!」
「あんな茶番と一緒にせんといてくれる!?」
基本的にヘラついている彼女にしては珍しく、わりと必死な様子での拒否だ。
だが俺はもう少し食い下がってみることにする。
「なんとかお願いします! なんだったら燃さんが直接喋らなくても、俺たちが事実に近付ける方法を教えてくれるだけでもいい。なんかないんですか」
「燃、教えろ。私も気になるぞ。いつまで経っても自分が何者なのかわからんのはひどく居心地が悪い!」
「え、ええ〜無茶言うわぁ。近付く方法って言われても……星影騎士団に入るぐらいしかないんちゃう? 内部なら調べようもあるやろ。まあ……全然! まーったく! オススメせぇへんけど。あ、それか七面會のカラスに尋ねるか。アイツもいかにもなんか知ってそうやったし。ま、どこで会えるかは知らんけど」
————鐘が鳴る。
久々の鐘だ。え、ここで? と俺は少し驚かされる。
だが頃合いなのかもしれない。血の門との戦いが終わって以降なんだかダラダラと過ごしていたが、そろそろ方針を定めるべき時だ。
『運命分岐点』
【①. 正体の追求は後回しにして独立に集中する】
【②.独立は一旦保留、学園に残留する】
【③.独立した上でカラスとの接触を目指す】
【④.独立は一旦保留、カラスとの接触を目指す】
【⑤.独立はやめて、星影騎士団に加入する】
俺は目の前に示された五択をじっくりと眺める。
①を選べばシエナたちとの共同戦線を張ることができる。今まで積み重ねてきたことの延長線上の選択肢で、周りとの関係性を保ちながら着実に前に進むことができるだろう。
②は②で悪いわけじゃない。シエナたちは残るなら歓迎すると言ってくれているし、2000万クレジットの使い道も追々ゆっくり考えることができる。オーウェン兄妹が行き先を無くすのが少し気がかりではあるけど。
③もアリだ。独立してしまえばカラスとの接触ルートを探りやすくはなるだろう。ただ独立後に七面會と近付きすぎれば、シエナたち学園との関係性が崩れてしまうリスクはある。
④という考え方もある。敵対組織の学園に籍を置いたままの人間と七面會が安易に会ってくれるかという不安はあるが、一つの選択肢ではあるだろう。
そして⑤。七面會とも学園とも対立している騎士団に身を置けば、培ってきた人間関係をかなぐり捨てる結果になりかねない。ただ、エクセリアの正体に近付くためにはきっと最も有効な道だ。
さあ、どうする?
いつまでも先延ばしにすることはできない。決めるべきはきっと今だ。
停滞した時間の中、俺は進むべき道筋を見定める。
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