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111話 看破

体調を崩してしまったため8/8分の更新はお休みします。

次回更新は明後日の10日の予定です。

「そこまで」と制止を受けたのだから、これ以上斬り合う理由もない。

 俺が刀に纏わせた血を払って鞘に納めると、ゲーデもまたニタついた表情を浮かべたまま、刀を床へと放り投げた。


「残念やなあ。次は四肢全部切ってダルマにしたろか思ったんやけどなぁ」

「アンタこそ良かったな。叩きのめされる前に止めてもらえて」


 俺とゲーデが睨み合っていると、それを遮るように燃さんの父が低く響く声を発した。

 

「十分だ。素人であれ手練れであれ、太刀筋を見れば人柄はわかる」


 彼は俺を一瞥するが、何も言わず無言のまま視線を切る。……気に入られなかったかな。そう思った瞬間、彼の口から低い声がぽつりと漏れた。


「悪くはない」

「ど、どうも」


 一時代昔の型落ちのツンデレか?

 カイゼル髭をたくわえて軍人然とした壮年男性から些細な好意を向けられても反応に困る。

 いや、実際は悪い気はしないけど。

 そしてそのまま視線をルシアンへと滑らせたお義父さんは、鋭い眼光をより厳めしくして口を開いた。


「ルシアン・ランドール!!! 刀を抜きさえしない貴様は論ずるに値せん!!! 即刻出て行き、二度とこの家の敷居を跨ぐな!!!!」

「なっ……! 貴様、ふざけるな。ランドール家をないがしろにしてこのパンドラで生きていけると思っているのか!」

「黙れェッッ!!!!」


 声がでかい。怒られているわけじゃない俺まで竦み上がってしまうほどの兵器じみた声量だ。

 家柄マウントに余念がないルシアンもこの声には勢いを削がれて、たじろいだところへ燃さんの父がズカズカと歩み寄ってきた。

 彼はルシアンの胸ぐらをギリリと掴み上げると、「や、やめろ!」と騒ぐ彼を力任せに投げ飛ばした。

 放物線を描かず水平に飛んだ彼は、出入り口のドアに激突してものすごい音を響かせた。


「ギャッ!!?」


 背中を強打して倒れた彼へ、続けて燃さんの母が声を掛けた。


「ルシ……あー、あなた名前はなんだったかしら? 歳かしら、最近物忘れ激しいのよねえ。忘れてしまったわぁ」

「わ、忘れただと!? 俺はルシアン……」

「ああ結構ですよ。覚える気ぃないから。あなたねえ、おもんない」

「なんだと……!?」

「娘の連れてくる彼氏なんて、私みたいなタイプの親からしたら一種のエンタメなのよぉ。まあ、そうは言っても見合い相手やし多少お堅い身分がいいかとも思ったけど……びっくりしたわ。ここまで面白みのない男性いる? 上手い下手は置いといて、チャンバラの一つも見せてくれないのは本当におもんないわ」

「……っ! おのれ……!」


 彼女の言葉には字面以上のトゲがある。おもんないの五文字には最大級の侮蔑めいたニュアンスが込められていて、人格否定レベルのこき下ろしが横で聞いているだけの俺にも伝わってくる。

 それを聞いていたゲーデがヒッヒッと嘲るような笑い声を漏らして、ドアの前で床に伏すルシアンへと歩み寄った。


「こらアカンわルシアン坊ちゃん、完全否定や。今日のところは帰るしかなさそうやなぁ」

「ッ……げ、ゲーデ! この無礼な連中を皆殺しに、ッがっ!?」


 ルシアンが潰れたような声を漏らして、白目を剥いて泡を吹いて失神した。

 なんだ? 触れたようには見えなかったけど、ゲーデが何かしたのか? 死んではいないようだけど……。

 俺が彼の挙動に警戒していると、ゲーデがニチャニチャと口元を歪めて笑いながら喋る。


「ほなまあ、今日は帰らせてもらいます。ルシアン坊ちゃんは確かに魅力も実力もない出涸らしのカスやけども、ランドール家には面子っちゅうもんがあるんでねえ。次男坊をこき下ろされて見合いも失敗、すごすご引き下がりましたじゃ色々と困るんですわ。次来る時は、覚悟しとってください」


 ゲーデの粘ついた目が燃さんへ向けられる。と言っても、燃さんもその視線に怯えるような弱々しいヒロイン気質ではない。

 よっぽど不快だったようで、鋭く見下す眼光を向けながら「は? 死ねカス」と怒気混じりの返事を一声。不良か?

 と、部屋の奥でゆらりと熱が渦を巻いた。燃さんの母の背後で炎の狐尾が揺れている。調度品をチリチリと焦がすほどの高熱が尾を成している。

 なるほど……彼女は間違いなく燃さんの母親だ。

 

「どうぞお帰りを」

「また来ますわ」


 起き上がった護衛たちを引き連れて、ゲーデはルシアンを抱えて屋敷から退去していった。

 一触即発の空気が緩んで、ようやく俺は少しだけ安堵する。

 とりあえず目標だった見合い話のぶち壊しには成功かな……と、弛緩した雰囲気の中、燃さんの両親の視線が一斉に俺に向いた。母親が口を開く。


「で、藤間(とうま)くんやっけ? 君なかなかおもろいねぇ。真面目クンに見えて意外に喧嘩に抵抗ないみたいやし、なんやのその体。斬られたのに血ぃでピタッとくっついて」

「ええと、体質? ですかね……」

「あっはは、体質て。人間じゃないよねぇ? 亜人種なん?」

「吸血鬼、みたいです。転移者なんで自覚はそんなにないんですけど」

「へえ〜吸血鬼。初めて見たわぁ〜。吸血鬼なんてもっと遊んでそうな色男タイプやと思ってたわ。燃、あなた血ぃ吸われたりしたん?」

「吸われる吸われる。め〜っちゃ吸われてる! いやーもうアリヤくんったら私のこと好きすぎるもんやから蚊かってぐらいいっつも求めてきてしんどいんよね〜」

「へえ、情熱的なお付き合いしてはるんやねえ」


 質問を投げかけられて、燃さんはペラペラと舌先三寸で語る。

 確かに一度血はもらったけどあれは戦闘中だ。俺は別に人の血を常飲してるわけでもないし燃さんから血をもらったのはあの一度だけ。なのに日常的に血を吸われてますみたいな言い草をされちゃ困る。

 なにが困るって燃さんが血を吸われてますって話をなんだかいやらしいことみたいなニュアンスで言うせいで、父親からの視線が徐々に鋭さと険しさを増しているのだ。俺が身の危険を感じていると、珍しくお行儀よく黙って静かにしていたエクセリアが、ここに及んで手を挙げて声を上げた。


「私だってアリヤに血飲ませたぞ!!」

「あらあらぁ?」

「エクセリア!?」


 俺は息を飲む。エクセリア! 最悪のタイミングでなんてことを!

 燃さんの父の目線がより険しくなった。今にも抜き打ちで切りかかってきそうな目だ。

 母は母で意図の知れない面白がるような目を俺に向けて、にやにやと笑いながら問いかけてくる。


「あらあらあらぁ……藤間くん、エクセリアちゃんは妹みたいなものやって言うてはったよねえ」

「そ、そうです」

「うちの娘から一度は間違いなく血ぃ吸って、その妹さんみたいな子ぉからも血をもらってたんやねぇ。あらぁ……これはここに来ての浮気発覚みたいなもんちゃうの? ねえ燃」

「うっわ、ないわアリヤくん。ドン引きやわ」

「はああ!!?」


 予想外の話の転がりに、俺は思わず悲鳴のような声を上げてしまう。

 なんで俺が責められる流れになってるんだ? ふざけんなよ燃さん。お父さんが俺を睨んでる! 怖い!

 

「い、言っておくと吸血にいやらしいニュアンスは一切ないですからね!? 燃さんの時もエクセリアの時も非常時の補給手段として血を吸わせてもらっただけで!」

「アリヤくんその言い訳はないわ〜」

「燃さんは知ってるだろ! いい加減なこと言わないでくれよ!」

「藤間くん、娘を軽んじられるんは親としてはこころよくないわぁ。なんやったら今ここで……」


 そう呟いた燃さんの母は、炎尾を燃やして両手に火の玉を浮かべてみせる。父も同様に殺気を宿して壁から刀を取ると、抜身の刀身を光らせて俺に殺気を向けてきた。こ、殺される……!?

 とりあえず話を聞いてもらうために土下座をするべきか逡巡していると、不意に俺へと質問が飛んできた。


「で、あれやろ? 藤間くんは燃とは別に付き合ってへんのやろ?」

「は、はい。……って、え!? あ! い、いや、バッチリ付き合ってますよ!」

「あーっ……」


 燃さんが天を仰いだ。俺はとっさに取り繕うが、時すでに遅し。口にしてしまった肯定は取り消せない。

 そんな俺を見て、燃さんの両親が押し黙る。


「………………ふっ、ふふ。ふっふふふ、ははっ、あははははは!!」

「!?」

「藤間くん、君おもろいねえ。燃が気に入るのもわかるわぁ!」

「……!?」


 燃さんのお母さんが大爆笑しながら俺の肩を叩いてきた。同じように、お父さんもまた無口な面持ちを崩して笑いを噛み殺している。なんだこれ?

 俺が呆気に取られていると、エクセリアが後ろから俺の背をつついてきた。


「アリヤ、お前演技はあんまりうまくないな。結構早いうちからバレてたと思うぞ」

「え!?」


 俺が燃さんに目を向けると、彼女はバツが悪そうな顔をしてうなだれながら口を開いた。


「アカンかったか……半ばバレてても強引に押し切れへんかと思ったんやけど……」

「ば、バレてるって気付いてたなら教えてくださいよ!」

「だって嘘の彼氏連れてきたのがバレて怒られたくないんやもん……」

「子供か!?」


 まさかバレバレだったなんて。大恥だ。

 燃さんにもう少し文句を言いたくなるが、彼女は両親から叱責の目を向けられてすっかり肩をすぼめている。

 まあ、今あんまり責めるのも気の毒か……と、燃さんの母が口を開いた。


「でもま、燃、藤間くんはなかなか悪くないなぁ。まだまだ子供やなってとこも見えるけど一応成人してるんやっけ? ならええやん。藤間くんがその気になったらもう一回連れてき。ねえお父さん」

「……まあ、悪くはない」


 そう呟いた燃さんの父は、俺の方へと歩み寄ってくると手にしていた刀を手渡してきた。

 ずしりと重い鞘付きの刀を手に、俺は意図がわからず困惑する。


「……? あの、これは」

「持って帰りなさい」

「え? いや、申し訳ないです!」


 刀をくれるのか? なんで?

 俺が遠慮して固辞しようとすると、燃さんが横から口を挟んできた。


「ええやんアリヤくん、貰っとき。うちのお父さん刀マニアやから大量に持ってるんよ。これを期にちょっと本数減らした方がええわ」

「けど、相当高価なものなんじゃ……?」

「構わん」

「いいんやって。アリヤくん相当気に入られてるやん」


 燃さんがにこにこ笑いながら俺の肩に手を乗せてくる。

 本当にいいのか? くれるならもらうけど……丁重に頭を下げて改めて刀を受け取ると、さて一区切りという具合に燃さんがポンと手を鳴らした。


「じゃ、お父さんお母さん。そういうことやから。アリヤくん、姫さま、帰ろか!」

「燃」

「燃」

「うっ」


 両親から呼び止められて、燃さんの表情が苦しげに歪む。

 得意の口八丁手八丁も両親には通じない以上、いよいよ彼女に逃げ道はない。万事休すだ。

 観念したようにがっくりとうなだれる燃さんをよそに、彼女のお母さんがにっこりと狐の笑みを浮かべた。


「またおいで。次はこのアホの嘘に付き合ってやなくて、本当のお客さんとして来てくれたら嬉しいわ」

「はい、ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、善じいが俺たちを扉の外へと誘った。


「どうぞこちらへ。お帰りは車でお送りさせていただきます」

「燃はどうするのだ?」


 エクセリアの問いに、善じいはふるふると憐むように首を横に振った。

 ギィ、と重い音を立てて扉が閉じ……


「燃!!! そこに正座しなさい!!!」

「はー呆れるわぁ!!! 馬鹿娘!!!」


 両親揃っての叱り声が響いてきて、俺とエクセリアは思わず目を見合わせた。

 あれは相当絞られるぞ、気の毒に。


「ま、帰っとこうか」

「うむ、そうだな!」


 見合い話を嘘でやり過ごそうとした罪は重い。

 あの説教はすぐには終わらないだろうと見て、俺たちは深谷邸を後にした。


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