102話 思いがけない提案
紅血楼での戦いの翌日、燃さんの家を出た俺は街中のカフェでのシエナとの待ち合わせに出向いていた。
色々あったからな、仲間とは情報は共有しておかないと。
ちなみにエクセリアはまだ寝足りない様子だったので、燃さんの家に預けてきた。まああそこなら安心だろ。
少し早く着きすぎた。天気がいいのでテラス席に座り、薄いコーヒーを啜りながらそんなことを考えていると、シエナとユーリカの二人が待ち合わせの10分前に到着した。
「アリヤ〜! ありがとう!」
「うわっ」
再会一番、シエナは満面の笑みで俺に抱きついてきた。
ストレートな感情表現に驚く俺に構わず、シエナは心底嬉しげな声で口を開く。
「イリスとエヴァン、エクセリアとアリヤも! 血の門に行ったのにみんな無事で帰ってきてくれるなんて……ほんと嬉しい! しかもマダム紅を倒してきたって聞いてびっくりしちゃったよ!」
「はは、余裕余裕」
実際は思いっきり死にかけたのだが、結果的にはなんとかなったし全員生還したのは事実なので伏せておく。
それよりシエナに抱きつかれてることで、後ろにいるユーリカがほんのり目元を引きつらせているのが気になって仕方がない。シエナ大好きかつ嫉妬深い彼女は俺がシエナに変なことをしないか気が気でないのだ。しないってば。
俺はやんわりとシエナの腕から抜けつつ、こっちからもお礼を述べておく。
「鍛えてもらったおかげで勝てたよ。ありがとう」
「あ、役に立った!? よかった〜、付け焼き刃だったけどねえ」
「いやいや、教え方が上手かったよ。スパルタだったけどさ」
「そりゃ三日で仕上げるってなるとね! どうする? また銀騎士と一戦やっとく?」
「いや、今日は勘弁……」
「あははは! 冗談冗談!」
そんなやりとりから、話題は血の門の件の細かい内容へと移っていく。
アブラとの取引、生き延びていたリズム、血の門自治区の様子、意図の知れない凱親子、星の意思としての正体を露わにしたマダム紅、そして最後に現れた黒貌王。
そんな話を語っていくと、シエナとユーリカは徐々に表情を険しくしていった。
「なんだか、思ってたより大変な状況だったんだね……」
眉をひそめたユーリカが気遣うように声をかけてくる。
そうだぞ。だからシエナが俺にちょっと抱きつかれたぐらいでピリつくのはやめてくれ。
シエナは腕組みをしながら、難しい顔をして小さく唸る。
「うーん星の意思か。噂程度に聞いたことはあったけど実在したんだ。他にもいるって?」
「ああ、マダムだけじゃないってさ」
「なら、今後はそいつらも意識していかないとなあ……はぁ、めんどくさい……」
「ふふ、もっと頭使わないとね。シエナちゃん」
「嫌だよ〜……誰か私の代わりに全部考えてくれないかな……」
ショートヘアを指でわしゃわしゃと掻きながら、シエナがテーブルに突っ伏した。
成り行き上トップにいるだけで、考えるのは本来得意じゃないのがシエナだ。
そんな彼女の苦悩を眺めながら、俺とユーリカは苦笑を交わす。
そこでシエナがふと俺の方を見た。
「あー、考えてくれるといえば。リズムは元気してた?」
「元気も元気、ムダに生き生きしてたよ。相変わらず意識の高そうなことばっか言っちゃってさ。まあ今回は助けられたけどさ」
「ふーん……人柄はともかく頼れるのは頼れるんだよね、あいつ。リズムに関しては学園を出てよかったんだろうな」
「いつもビジネスビジネスって言ってたもんね。リズムさん。社会に出た方が向いてたのかも。裏切られた時はびっくりしちゃったけど」
「アブラとは気が合ってそうだったよ。金回り良さそうだったからなぁ……」
「へえ……1発、いや2、3発殴ってやりたい気持ちはあるけど、数年一緒にやってた仲間だったからさ、元気にやってるって聞いてホッとしたとこもあるかも。一応」
時刻が12時に近付き、テラス席から見える街並みにも活気が増してきた。
ハンチング帽を被った老人の奏でるアコーディオンの音が心地良い。
柔らかい陽光と風が吹き抜けるのを感じていると、カフェの店員がシエナの注文したチリドッグとポテトとレモネードのセット、ユーリカのミルクティーを運んできた。
真っ赤なチリソースがたっぷりとかかったパンに齧りつきながら、シエナは俺に視線を向け直す。
「そういえばさ、アブラからエクセリアと二人で2000万もらったんでしょ。何に使うか決めてるの?」
「いやあ全然。俺はそんなに趣味がある方でもないし、エクセリアは使い道は俺に任せるって言ってるしで」
「ふーん……」
少し間延びした相槌を打ってから、シエナは少し真剣な目をして口を開く。
「昨日の今日でまだピンときてないだろうけど、アリヤたちが血の門を潰したことは色々なところでかなり話題になってる。バーガンディ曰く、情報屋界隈ではアリヤの情報が頻繁に売り買いされ始めてるって」
「えっ、俺の情報が?」
「みたいだよ」
自分の知らないところで自分の話がされているのはなんだか不気味だ。それも好意的な形ならともかく、敵意、警戒、好奇心やらの感情をベースに。
ネットで炎上するのってこんな感覚だろうか? いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。
シエナが言葉を続ける。
「今後、アリヤを利用しようとして接触してくる勢力が増えると思う。それと、アリヤが大金を持ってることもあちこちに知れ渡ってるからそっちを狙って近付いてくる人もいるはずだよ」
「なるほど……気を付けないとな」
「で、私から一つ提案があるんだ」
チリドッグを皿に置いて、シエナは真剣な顔で俺を見てきた。
人一倍、いや三倍は食い意地の張ったこの子が食べ物を途中で置くのはよっぽどだ。
どんな提案だろうと身構える俺に、彼女は珍しく静かな声で語りかけてくる。
「先に断っておくけど、今からする提案は学園としての都合をめちゃくちゃ含んでる。即答する必要はないし、嫌なら嫌って素直に言ってね」
「ずいぶんかしこまって話すんだな……大丈夫だよ」
「……アリヤさ、2000万を元手にして独立する気はないかな
「独立?」
「そう、独立。学園から離れて、独自の勢力として旗揚げする」
「……?」
思いがけない提案に、俺は返す言葉に詰まってしまう。
良し悪しとか嫌だとかより困惑が強い。シエナは一体どういう意図でそれを?
「ええと、それは……色々な勢力から狙われそうな俺が学園にいると迷惑とかそういう?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。まったく。もし今後も学園にいてくれるなら助かるし大歓迎!」
そう断った上で、シエナはさらに言葉を続ける。
「けど、今のアリヤは色々な勢力が無視できない存在になってきてる。今回アブラから2000万もらえたみたいに、学園とは別で動いた方がアリヤにとって得になることも出てくると思う」
「それは……そうかもしれない」
「そんな時に私に気を遣わせるのは悪いなと思ったんだよね。これが一つ目の理由」
シエナの指がトン、と机を叩く。
「二つ目に、もしアリヤが独立するなら最初に同盟を組ませてほしい」
「同盟。学園と、ってことでいいのかな」
「そう。アリヤは学園にいてくれてるけど、ハタから見れば引き抜ける存在に見えてると思うしモーションをかけてくる勢力は増えると思う。私たちはアリヤを引き抜かれたくない。仲間でいたい。だったらいっそ独立したアリヤと正式な同盟を組むことで、よそが引き抜きに来るのを牽制したいんだ」
「なるほど」
確かに、学園の居候みたいな今の状態は宙ぶらりんだ。
あれは日本人だからという理由だったが、超日本帝国軍が俺を仲間に引き込もうともしてきた。
今後ああいうことが増えるのはちょっと勘弁してほしい。
シエナの指がもう一度机を叩いた。
「で、三つ目。エヴァンとイリスを連れていってあげてほしい」
「ん? 連れていくってのはどういう意味で?」
「エヴァンは……勝手に血の門に乗り込んだことに責任感じてるみたいで、責任取って学園を離れるって言ってるんだ。イリスも兄のことが大好きだから、多分ついていくと思う」
オーウェン兄妹が学園を離れる?
そう聞いた瞬間、俺の脳内には懸念しか浮かばなかった。
大丈夫なのか? あのアホな兄妹が?
そんな俺の考えを察したか同じことを考えていたか、シエナが俺へと頷いた。
「オーウェン兄妹も血の門の一件に絡んでるから、アリヤほどじゃないけど注目されてる。あの二人は……利用されやすそうだから、後ろ盾がない状態でフリーにするのは避けてあげたいんだ」
「利用……されるだろうなあ」
「絶対危ないよね……」
シエナの話を邪魔しないよう黙っていたユーリカが深刻な顔で首を縦に振った。
エヴァンは直情径行だし、イリスに至っては今回も軽く洗脳されかけていたらしい。危なっかしいったらない。
「だからアリヤが独立するなら、あの二人を雇ってあげてくれないかなって……この辺りが理由だよ」
ポーカーで手札を開示するかのように、シエナは両手をぱっと広げてみせる。
概ね納得した上で、俺は唸る。
独立。独立か。
この街のことにはまだ詳しくないけれど、2000万あればいけるもんなんだろうか……?
多分この件は、ゆっくり考える時間が必要だ。
現在仕事が多忙なためしばらく投稿ペースが一日置きとなります。
次回投稿は21日月曜日の予定です。よろしくお願いします。




