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101話 魔女との対話

「ハーイ、 良い夜ねえ藤間(とうま)或也ありや


 燃さんの部屋で遅めの夕食を取って、俺も少しだけ酒を飲んでからソファーに寝ていたのだが、喉が乾いて目が覚めてすぐに世界の時間がどろりと停滞した。

 この感覚には覚えがある。というか、今回は予想できていた。俺が何か節目を迎えるたびに顔を出してくる“始まりの魔女”の来訪だ。

 七面會(マスケラド)のカラスの姿だったりエクセリアの姿を模して現れていた彼女だが、今回は俺の見知らぬ姿で現れてきている。

 少しウェーブのかかったミディアムヘアに度の弱い眼鏡をかけて、タートルネックのセーターの上から白衣を羽織った理系っぽい女だ。

 寝そべったままの俺は背はそれほど高くない彼女を見上げながら、不思議に思って問いかける。


「あんた、それが本当の姿なのか?」

「“本当の”って言われると返事に困るけど、普段使いしてる姿ではあるわねぇ。それにしても、は〜最高。ほんといい夜だわ〜」


 始まりの魔女が笑みを浮かべてぐぐっと伸びをしたのにつられて、俺もソファーから立ち上がった。

 あれ? 今回は体感時間の停滞だけじゃなくて俺も動けるんだな。

 燃さんとエクセリアは隣の部屋の布団で寝ている。多少動いても起こすことはないだろう。いや、そもそも時間が停滞しているから気にする必要もないか。

 窓をカララと引き開けてベランダに出る。俺の後をフラフラと付いてきながらフンフフーンと鼻歌を鳴らす魔女に「上機嫌なんだな」と問いかけると、彼女はベランダの手すりに腰かけて、「そりゃあそうよ」と上ずった調子で答えてきた。


「忌々しい星の意思(イデア)の一人を殺してくれたんですもの。私の作った完璧な異世界(パンドラ)に礎世界の愚昧を持ち込んでけがそうとするあのゴミを!! せ〜いせいしたわ!」

星の意思(イデア)はあんたにとっても敵なんだ?」

「当たり前。マダム紅が何をしようとしてたか知ってるかしら? あのクソ、人種と差別の概念を持ち込もうとしてたのよ。血の門(シュエメン)ではかなり根付いちゃってたから自治区にして逆に封じ込めてやったけど、あんなつまんない概念広げられたら百害……いや万害あって一利もないとこだったわ。それをあなたがグロめに殺してくれたわけで、いや〜愉快痛快ってやつね! あっはははは!」


 あけすけな物言いで星の意思(イデア)を罵った彼女は、居酒屋の客みたいな大声で笑い声を響かせた。なんか品のない人だな。

 理系女(リケジョ)っぽい見た目のくせに知性もイマイチ感じられないし。

 なんてことを考えていると、魔女は片眉を釣り上げた底意地の悪そうな表情で俺を睨め上げてきた。


「アンタなんか舐めたこと考えてない? イラつく。アタシがその気になればアンタなんかブッ殺よブッ殺。頭カチ割って脳髄引きずり出して吊るし切りにしてハラワタで塩辛作ってやろうかしら?」

「よくわからない脅し文句を……本当にこの世界を作った魔女なのか? どうも実感が湧かないよ」


 というのは嘘だ。

 この女はバカそうに見えて奇妙な威圧感を纏っているし、出てくる時は時間が引き延ばされたように停滞する。

 この状況は多分彼女が作り出しているんだろうから、時間やら空間やらその辺りの要素にアクセスできる魔法を所持してるんだろう。他人の姿を完璧に模倣できるのも常識外れだし、少なくとも超が付く大物なのは間違いない。

 ただ……俺は情報が欲しい。

 この魔女はわりと直情径行っぽい雰囲気なので、適度につっつけばポロっと情報を落としてくれそうだ。本気で怒らせると殺されそうなので気を付けないといけないけど。


「こいつ、舐めたクチを……マジよ! 大マジ! 七面會(マスケラド)深層六騎(ディープシックス)もアタシに言わせりゃガキよガキ、クソザコ!」

「だったら不思議なんだけど、どうして自分で星の意思(イデア)を倒さなかったんだ? アブラとかブリークハイドをガキ扱いできるくらい強いならマダム紅くらいなんとでもなったんじゃないのか。強かったけど、俺たちでもなんとか倒せたんだし」

「そりゃ……色々あんのよ」

「色々って」


 一気に歯切れが悪くなった。

 言葉を濁してきたところに追及を入れると、魔女はチッと舌打ちをしながら身振り手振りでベランダの縁を殴る。


「問題がマダム紅一人ならどーとでもなる。けど、星の意思(イデア)ってのはあいつ一人倒せばハイおしまい、じゃないのよ」

「やっぱり、この街には他にも星の意思(イデア)が?」

「入り込んでるわ。建物を食い荒らすシロアリみたいにワラワラうじゃうじゃと! マダム紅と違って派手に活動してないやつは目処が付けにくいし……」

星の意思(イデア)って何が目的なんだ?」

「さあ? 知らないわ。世界征服とかじゃないの。あ、目的ってのがこの世界で何をしようとしているかならそっちは明解ね。連中はアタシを殺そうとしているのよ。だからアタシはマダム紅が邪魔だからってウカウカ出向けないってわけ。せっかく居場所を隠してるのにバラすなんてバカの所業でしょ? アタシはそーいうことやんないわ。頭いいから」

「へえ……殺そうとしてるのは何のために?」

「欲しいんでしょうねーこの世界も。連中、欲の皮がつっぱってるから。はーウザいウザい。……ってかさあ、ゴッチャゴチャゴチャゴチャ質問多くない? アタシがしたい話してもいーい? するわ。質問タイムおしまーい」


 俺に返事の余地は与えてもらえず、情報を引き出せそうな時間は終わってしまった。

 そもそも質問タイムなんて言っても嘘で返されてた可能性もあるわけだが、とりあえず参考程度に頭に留めておく。

 自分の話したい内容に思考を向けたらしい魔女は、「今回もまたまた運命分岐チェックターイム!」とうそぶいて探るような目付きに変わる。


「さーて今回の選択は? っと。シエナと鍛えて、血の門(シュエメン)に向かって、展望台に登って、エクセリアに別働を任せた……と。ああ〜、ついにやっちゃったのねえ。正当防衛じゃない“自発的な殺し”。

はーいカルマ値1ランクアップおめでとうございまぁ〜す!」

「なんだって?」


 基本的に、俺は魔女の見せるカルマ値だの好感度だののうさんくさい数字を気にしないようにしている。

 カルマ値ってのはおそらく悪行の度合いとかを示してるんだろうけど、人の善悪なんてそう簡単にランク付けできるものじゃないだろう。

 好感度なんてもっとアテにならない。

 恋愛の他に友愛や家族愛。もっと歪んで入り組んだ好感まで色々と、人が人に向ける好意の種類は多元的なものなのに、それらを全部ひっくるめて好感度なんて言われたって参考になるもんか。

 とにかくそんな諸々のランクや数字に振り回されないように、意識して気にせずにいた……のだが、いざカルマ値アップ! なんて言われると少し気になる。


「アップもなにも……あまり選ぶ余地がなかったと思うんだけど」

「え、なに? 選ぶ余地がなかったって? あっははは! そのクッソ舐めた思考超笑える! アンタは自分で見知らぬ相手を暗殺するって決めたの。燃の腕を損ねてしまった自責感を和らげるために、あるいは報酬の2000万クレジット欲しさに、アンタはマダム紅という他人をブッ殺した。相手が結果的に悪だったとか星の意思(イデア)だとかは関係ないから。元から殺す気で相手の家に乗り込んどいて、場合によっちゃ和解の余地でも見出すつもりだった? できるわけないでしょバァ〜カ! いい? アンタは人殺しになったの。自発的にね!」

「それは……」


 甘く考えていたって点についてはぐうの音も出ない。

 ただ、そもそも先に仕掛けてきたのはマダム紅だ。人違いでイリスが拐われはしたけど、本来狙われてたのはエクセリアだった。

 大人しく正式な交渉のテーブルに着くべきだったのか? だけどそれで大人しく話をしてくれるような組織じゃなかった。そして結果論だが、マダム紅は俺が倒すべき星の意思(イデア)だった。

 ……うん。魔女がなんと言おうが、俺は俺の選択を間違っていたとは思わない。

 

 そう考えを固める俺をよそに、魔女はケラケラと笑いながら手のひらをそよがせる。

 

「でもま、気にすることないって。パンドラに住む人間の二割ぐらいは殺人経験あるからフツーよフツー」

「えっ……二割も?」

「あ、私のイメージだけどね。ちゃんと統計取ったわけじゃないわよ」


 ビックリした。いくらなんでも街ゆく五人に一人が殺人鬼であってたまるか。

 なんて雑な会話だ、ニュアンスでしか喋ってないじゃないか。


「それにねえ、アタシは大満足よ。邪魔者を一人消してくれたし、それに……ああそうだ。気が変わったからさっきの質問に追加で答えてあげる。なんでアタシが直接星の意思(イデア)と戦わないかって話」

「……! ああ、聞かせてほしい」


 頷いた俺に魔女はいびつな笑顔を見せて、禍々(まがまが)しさを感じる声色で口を開く。


「アタシはね、アンタにはドシドシ殺してじゃんじゃんカルマ積んで、ガンガン強くなってさっさと魔王になって欲しいの。それには強い相手との戦いが必要でしょ? だからアンタの踏み台になってほしくて、星の意思(イデア)を野放しにしてたわけ。ちょうどいい感じに強かったでしょ?」

「……」


 色々言いたいことはあるが、俺は黙ってそれを飲み込む。どうせ言ったって無駄だ。

 代わりに、俺は気になっていることを一つ聞いてみる。


「この前も言ってたけど、その魔王ってなんなんだ? ふわっとしててよくわからないんだけど」

「魔王は……アタシの夢。憧れ。愛。そういうやつよ」

「はあ……?」

「今のアンタは魔王の揺籃(ようらん)。魔王の力はゆりかごの中で眠ってる。けど、その目覚めは一歩近付いた。アタシは満足よ。そのまま頑張ってカルマを積みまくりなさい。いいわね? アリヤ」

 

 ……そこで、彼女の姿がふっと消えた。


 ベランダから見下ろす外は限りなく時間の流れが鈍化した無音の世界だったのに、彼女が消えた途端にざわめきや車のエンジン音、クラクションの音が戻ってくる。

 俺は始まりの魔女の言葉を噛み含めながら、理解できないノイズを抜いて、理解できた部分だけを頭に収めていく。


 この街に星の意思(イデア)はまだいる。

 始まりの魔女は身を隠している。

 始まりの魔女は俺を戦わせたがっている。


 まともな情報として真に受けて良さそうなのはその三つだ。

 他に聞いた内容は……頭の隅に置いておいて、その都度判断していくのがいいと思う。


 エクセリアと燃さんが起きてくる様子はない。俺は夜風に吹かれながら、自分の手のひらをじっと見つめる。

 初めての自発的な殺人。血にまみれていた手。魔王の揺籃……?

 わからない。わからないけど、この街の暴力に慣れすぎちゃいけない気がする。

 それを胸に刻みながら、俺はしばらく夜風に吹かれ続けた。




・現在の好感度


エクセリア 45+5

燃 40+15

シエナ 30+5

ユーリカ 15

エヴァン 20+10

イリス 5+5

バーガンディ 10

キョウノ(ドクロ) 15

ドミニコ(アブラ)10+20


・知名度

E(裏社会の噂)

→D(血の門(シュエメン)潰し)


・カルマ値

F(平和主義者)

→E(暴力都市の住民)


※数値は1〜100、ランクはA〜G



三章完結です。

5日お休みして、102話の更新は19日日曜の夜を予定しています。

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