99話 黒貌王との邂逅
突如現れた黒貌王。
凱士安を蘇らせたかと思えばイマイチ毒気を感じない言動をする彼の脇腹を、秀英が肘でツイと小突いた。
「威厳なくなってますよ。いいんですか?」
「え? あ、そうだそうだ」
秀英に促されて、黒貌王は思い出したように右腕でマントを靡かせた。
物語の悪役めいて黒布がはためき、男は仮面の奥で低く押し殺した笑い声を漏らす。
「ッハハハハハ……! 我が名は黒貌王。諸君、よく我が掌中で踊ってくれた。今回の一件、全ては私の掌の上にあったのだ……っ、と、うおっ!」
自らの威厳を誇示するべくムササビのように両腕を広げようとした彼だったが、そんな不自然な動作が災いしたのかバランスを崩してよろけた。
「なんかこう……威厳ないな」
「な、なんだと……貴公、私を愚弄する気かな?」
俺の呟きに黒貌王が過敏に反応する。
なんだ貴公って。ゲームぐらいでしか聞いたことないぞその二人称。
ボイスチェンジャーを通した声も、なんだかその辺の若い男が無理していい声を作ろうとして朗々と喋ってる感じのわざとらしい痛々しさがある。
まあその辺はいいとして、俺は一番気になった部分を彼に向けて指摘する。
「言ってる内容、掌中で踊るって部分と掌の上って部分で重複してるじゃないか。芝居がかって喋るなら脚本とか書いとけよ」
「……? ……!」
ほんのわずかに首を傾げてから、彼は頭の角度を少しだけのけぞらせた。
最初言われた意味がわからなかったが、言われてみればと気付いて驚愕した……といった感じのジェスチャーな気がするが、真っ黒な仮面で顔を隠しているのでイマイチ伝わってこない。
コミニュケーションし辛いからその仮面やめてくれないかな。
と、秀英がそんな黒貌王より前に歩み出た。
「この人喋らせない方がいいんですよね。ってことで僕が代理で」
そう言ってヘラヘラ笑う彼へと最初に声を掛けたのはドミニコだ。
既に戦闘を終えてアブラとしてのガスマスクを取っている彼は、不機嫌さをマスクで隠すことなく秀英へと問いを投げる。
「オイオイ秀英、いや凱親子。どういうことだァ? 同盟者な俺はその真っ黒仮面が出てくるって話は一度も聞いてねえんだが、それにしちゃあ随分なかよしこよしじゃねえか。どう説明してくれるんだ? オイ」
「あれ、ドミニコさんもしかして怒ってます? やだなぁ、元々臨時の同盟じゃないですか。マダムを倒したんだからあれはもう破棄ですよ破棄」
「オーイオイオイはぐらかすなよ? 今日ここで会いましたってツラじゃねえって話をしてんだよ」
「あ〜、まあぶっちゃけ知り合いですね」
「そうかそうか。父親を殺しやがったのは、復活できる算段が付いてるからでしたってわけか」
「ですです。マダムの不意を突くにはこれくらいしかなくって。いやあ、父さんが蘇ってびっくり! ってしたかったんですけど、アリヤさんが先に生き返ってなんかグダグダになっちゃいましたねえ」
「で、だ。それだけで倒せるかわからなかったから俺らに同盟を申し込んで、俺らを体の良い戦力として利用しやがったってわけだ。ふざけんじゃねえぞ?」
怒りを露わにしたドミニコが掌を煽ると、待機中に残存していた残留魔力から火の玉が生まれる。
三、四、五。ドミニコは浮かぶそれを操り、凱親子へと一斉に差し向けた。
だが、前に出た黒貌王がマントを振るって火炎を振り払う。ボウ、とパフォーマンスのように炎が爆ぜて、火の粉のきらめきだけを微かに残しながら火球は潰えた。
その明かりに蘇った顔を照らされながら、凱士安がゆっくりと口を開く。
「申し訳ないことをしたね、ドミニコさん。ただ、黒貌王の存在は隠し球だ。情報の漏れを防ぐためにも話すわけにはいかなかったということで勘弁してはくれないかい」
「我慢ならねえなあ。俺は騙された状態でアリヤたちに誘いをかけて、死にかけさせちまったわけだ。信用問題に関わんだよ、ショボい飲食店経営のジジイにはわからんだろうがよ」
「仮に死んだとしても、私のように黒貌王に復活させてもらえば大丈夫だった。保険は掛けてあった……と言えば、容赦してもらえないかね」
「何が楽しくて訳のわからん黒ずくめ野郎の世話にならなきゃなんねえんだ? アホか?」
そう吐き捨てると、ドミニコは五本の指を握りしめて拳を固めた。その動作に応じて今散ったばかりの火の粉が再び小さな熱を帯び始めたかと思えば、見る間に膨れ上がって炎の渦が生まれる。
その渦は凱親子ではなく、黒貌王へと向けられた。
さらに同時、負傷で座り込んでいたブリークハイドが身を起こす。
吐き気を催した酔っ払いのように頬をいっぱいに膨らませると、吐いた。ゲロではなく魔力のブレスを!
「っげはあっ!! 我が竜の吐息は魔力を含んだ烈風、触れれば裂けて巻き上がる風! 銃にまみれた鋼の体のマダムには効き目が薄いと見たが、貴様はズタズタに裂けてしまうがいい! 不審な輩め!」
「よく喋る野郎だぜ。だが風となりゃ都合がいい、このドミニコ様の炎をそこに乗せてやる!!」
炎を烈風が巻き込んで、それは細く鋭く渦を巻く火災旋風へと変化した。凱親子は素早く飛び退いたが、黒貌王はその中心にモロに囚われる。
その熱風に驚いた俺は、身を挺してエクセリアを庇う。これならマダムにも通じたんじゃないか? 即席のチーム戦ってのは上手くいかないもんだ。
ただ、これなら黒貌王も無事では済まないのでは……?
そんな俺の見立ては、一瞬であえなく崩れ去る。
黒衣がはためいたかと思えば、服すら焦がすことなくその中から現れたのだ。黒貌王が!
「ンだと」「まさか」と仕掛けた二人が驚く目の前で、彼は服をパタパタとはたきながら「ひー、凄いな。熱い熱い……」と緊迫感のないリアクションを取る。
あれだ。熱風を煽ぐタイプのサウナのロウリュに初めて入って暑がる人ぐらいの反応だ。
マダム以上に得体の知れないその存在を目の当たりにして、俺は思わず彼へと尋ねていた。
「あんたも星の意思か?」
「ん、我が? フフフ、ハハハハ……ないない! あんな訳のわからん連中! そなた想像力が豊かだな。アハハハ」
「ち、違うのか……」
ますますわからない。彼の態度は誤魔化しているようなものではなく、思いもしないことを言われて素直に笑っているような調子だ。
あとなんだそなたって。二人称は貴公じゃなかったのか。他にも諸々疑問は抱いているのだが、そんなどうでもいい部分をついつい指摘してしまう。
「……あんたのことはよくわからないけど、仮面とかマントとか着けてやってくならもう少しキャラ固めたほうがいいんじゃないか。二人称ブレてるし、我って一人称もあんまりしっくり来てないぞ」
「……!!」
思わぬ指摘を受けたという様子で、彼は無言のまま身をたじろがせる。何がしたいんだこいつは。
そんな動揺が抜けきらないまま、彼は黒のフルフェイスメットの側頭部をコリコリと掻きながら口を開く。
「ええと……まあ、そんなこんなで、凱親子は私の傘下に加わったわけで。あー、なんか利用するような形になっちゃって悪かったけど、まあ結果的にマダム紅は倒せたんだから良かったんじゃないってことで、どうか一つ矛を収めてはもらえないかなと」
「いくら指摘されたからってそこまで口調崩さなくても……」
俺が呆れる横で、ドミニコとブリークハイドはそれぞれ黒貌王を睨む。
企業連と騎士団、それぞれの立場からすれば、彼はここで潰しておくべき相手なのだろう。
だが彼はその視線に取り合うことなく、合図をするようにすっと片手を掲げた。
するとどこからともなく重い黒煙が立ち込めて、俺たちの視界を一瞬で奪ってしまう。ブリークハイドは風でそれを吹き飛ばそうと試みるが、粘り気のある闇のような煙を風で飛ばすのは容易ではなかった。
「また会おう、七面會に深層六騎、そして藤間或也」
その声を残して、黒貌王と凱親子は姿を消した。
マダムとの死闘を経た掴みどころのないロスタイムに、俺たちはどんな顔をすればいいのかわからなくなる。
終始無言で見つめていたエクセリアがぽつりと、「変なやつだったなー」と呟いた。
あのよくわからない男が、俺たちの運命に関わってくることはあるんだろうか。
ともあれ、紅血楼での長い戦いがようやく幕を下ろし————
半日後。
アタッシュケースを大切に抱えた俺は、彼女の家を訪れる。




