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97話 決着、そして

 受ければ必死の砲撃を前に、俺は動かない。カウントが1になっても動かない!

 姉さんの死という胸の中の大きな引っ掛かりが一つ解消されたことで、俺の思考は姉さんが死んでからの10年で最もクリアな状態だ。

 頭の中にミント錠をブチ込んだみたいに冷たく冴えていて、周囲の状況全てが図示されたように鮮明に捉えられる。

 俺が動かないのは、動く二つの人影が見えていたから。リズムに片手を掴まれたアブラが、これまでに最大級の魔力をこちらに向けて解き放つ。


「金持ちってのはよぉ、ケチケチしねえんだ。残りの魔力まとめて全部くれてやらあ!! クソ燃えちまえ!! 『赫劫(アロン)』!!」


 マダム紅と間近で交戦していた時に、アブラは床に仕込みをしていたらしい。

 左右に割れたマダムの体から飛び出た巨砲のちょうど真下から、まるで火山が噴火するかのような灼熱がゴウと勢いよく噴き上がった。

 熱波だけでも鉄が溶かせそうな超高温だ。それを浴びても巨砲は損なわれなかったが、俺を狙っていた発射角がほんのわずかに上を向く。

 そこで、俺の前に一人の男が割って入った。傷だらけの金髪の騎士、ブリークハイドだ。


「貴様のような得体の知れない転移者などに、借りを作ってたまるか……!」

「立ち上がるのが見えてた。来てくれると思ってたよ」

れるなっ!! はあああっ!!」


 マダムの砲撃を受けて半死半生になっていたからか、彼の手や首元には鱗が浮き出ている。

 魚の鱗とは違う鋼のような質感の黄金の鱗だ。彼は竜の亜人種のようなので、きっと竜鱗ってやつなのだろう。

 それにしても完全に死にかけていたのに、俺が少し治療しただけでこんなに元気に動けるものか? 竜ってのはよっぽど頑強な生き物らしい。

 彼の盾はもう壊されたが、代わりにブリークハイドは巨大な鉄塊を担いでいる。満身創痍で後退したフッコの大剣を借りてきたのだ。

 それを盾代わりに前面に突き立てて、彼は砲撃に対して斜めの角度を作る。そして気勢を吐きながら大剣の腹に肩を添えて、マダムの砲撃を耐える体制を整えた。——瞬間、砲撃!!!

 一発で終わる砲弾ではない。砲口から放たれたのは膨大な魔力を点に収斂(しゅうれん)させた極大のレーザー照射で、アブラの灼熱を上回る超級の熱量が俺たちを襲う。


「ッッッ……!!」

「ブリークハイド! 大丈夫か!」

「手を出すな!! 貴様は……決着に備えていろ!!」


 長い。マダムは俺の影も残さない気だったようで、レーザー光の照射は五秒経っても終わらない。

 フッコの大剣はなにか特殊な素材なのか溶融はしていないが、それでも赤く熱されて高熱を帯びている。まともな人間が触れば肉が焼け焦げそうな熱の塊だ。

 だがブリークハイドは臆することなく、竜鱗を帯びた両手と肩、頬までを大剣に押し当てて、支えながら光線を逸らす。

 7、8、9……まだ終わらない。まだ。まだ……!


「うッッおおおおァァァッ!!!!」

「——止まった」


 ブリークハイドの焦がされた頬を横目に見ながら、俺はフッコの大剣の影から飛び出した。このタイミングのために魔力を練っていた!

 マダム紅に巨砲の一撃で仕留められなかったことを悔やむ様子はない。砲身の筒がささらのようにバラッとほどけて、数え切れないほど大量の銃身へと変形を遂げる。

 左右真っ二つに分かれた状態だった体は閉じて元に戻り、砲身から変化した百以上の銃口は右腕に束ねられ、彼女は人間の姿に戻りつつも右腕だけが異様に肥大化した奇怪な姿へと変貌。

 その右腕は俺へと狙いを定め直したが、構わず距離を詰めた俺はマダムの脇腹、エヴァンの刃が刺さってできた傷口へと鋭く掌底を叩き付ける。

 からの——殺意の銃口が火を噴くよりも速く、腕に溜め込んでいた魔力を帯びた血をポンプのように排出する感覚。押し込め!


 バチュン。


 俺の右腕がひしゃげた。マダムに撃たれたわけじゃない。大量の血液を押し出す圧に肉体が耐えきれず、水風船が割れるように盛大に弾けたのだ。

 失敗? いや、十分だ。マダムの傷口へ、俺の血を大量に送り込んだ。なんちゃって寸勁と癒血(ニリグラ)を組み合わせて応用した、俺だけにしかできない必殺の一撃。

 送り込んだ血を暴走させる。


「『侵血(スフィーラ)』」

「ッぐ!! あ、が、ぎああ゛あああッッッ!!!!?」


 絶叫するマダム紅の内側から、刃へと変化した俺の血が猛然と突き出した。

 ナイフ、ダガー、刀、剣、槍槍槍斧大剣に剣と針ナイフ鉤爪、鉈に矛にジャベリンハルバード鎌グラディウスククリ剣斧ハサミ野太刀カッター山刀!!!

 俺の知識と想像力が反映されて、凄まじい勢いでマダムの体内に武器が精製されていく。大量の血茨(アドラ)がマダムを内から食い破る様は、まるで大蜘蛛が獲物を捕食する光景のような凄絶さだ。

 ベキベキボキボキと銃と化していた体の部位がへし折られて、断末魔のように何発もの銃弾が明後日の方向へと放たれる。

 大量の魔力を消耗したことで右腕の再生が追いつかない俺は、苦悶に叫ぶマダムを見据えながら膝を折る。


 勝った。殺せた。


 だがそんな俺へ、なおも武器の精製に晒され続けているマダムが目を剥きながら吠えた。


藤゛間(とうま)或也ありや、ァ゛っ……!! 殺せ゛たと思うな、この程度で、私を゛!!!」

「いいや、死んだ。あんたが死ぬまでその技は止まらない」

「が、っ……ぐ、ふ、は……! 我々゛星の意思(イデア)を蘇ら゛せるのは、お前゛たちの想像……! 愚かな人と亜人……お前たちに、自らの意思で想像を止めることはできない……思い浮かべるがいい……私が再び蘇る様を……………………?」


 息も絶え絶えのマダム紅は、その瞳に疑問符を浮かべる。

 これが初めてかもしれない。彼女の表情に生物らしい動揺を見たのは。

 もうマダムは瀕死の状態だというのに再生しない。復活が始まらない。最適化が行われない。

 俺やブリークハイド、アブラ、他にも何人もがマダムが何度も復活する様を目にして恐怖してきたのに、急にマダムの復活が頭の片隅にも浮かばなくなる。そんなことがありえるか?

 そんなマダムの疑問に、俺は口を開く。


「思い浮かべない。いや……悪いけど、思い浮かべられないんだ」

「何、を……」


 俺は何も言わない。ネタバラシをしてやる気はない。星の意思(イデア)が情報を共有している可能性があるからだ。

 俺が思い浮かべたのは“策”を提案してきたリズムの顔。言いそうなセリフが頭の中に勝手に響く。

「ンー、つまり僕の策が結果にコミットしちゃったわけだ?」

 うるせえよ。


 仕掛けは単純。リズムはその洗脳能力で、俺たち全員からマダム紅の復活に関するイメージを剥奪した。

 あいつに洗脳を掛けられるのは不気味だしシャクだったが、今回に限っては仕方ない。戦いが終わったら解除させる約束だし、エクセリアは洗脳状態を見抜けるから気を失っている彼女が目覚めれば洗脳がちゃんと解除されているかは見てくれるだろう。

 触手の槍をエヴァンにけしかけていた男は落下の衝撃で気絶したままで、キノコ兵を使役するレイはいつの間にか姿を消していた。エヴァンの鼻でも匂いを追えなかったので、既に大広間からは離れているんだろう。

 俺の血が魔力を吐き出しきって武器の生成が止まる頃には、マダムは肉塊と壊れた銃と血溜まりへと姿を変えて完全に動かなくなっていた。

 俺たち全員が、ようやく戦いが終わったことに息を吐いて膝を折った。

 いや、アブラだけがパンパンと痛快げに両手を叩き鳴らしながら歩み寄ってきて、「よくやったじゃねえかアリヤ!! ははははは!! 雇った価値があったってモンだぜぇ!!」と笑い、マダムの遺体の前でどこかへと電話で連絡を入れる。元気だ。

 するとどこからともなく七面會(マスケラド)の一人、テレポーターのシュラが現れてすぐに去り、アブラは彼が持参した黒い箱にマダムの遺体を詰め始めた。

 

「アブラ、その箱は?」

「おう、こいつは一切の魔力や思念をシャットアウトする特性の箱だ。今は復活と最適化を防げてるが、あの効果がいつまで続くのかわからねえからな。これに閉じ込めて持って帰って、あとは延々と火葬し続けてやる。何かの間違いで復活しても即殺だぜ」

「ははあ……手際いいんだな」

 

 星の意思(イデア)の死体の所有権とかで揉めるかと思っていたが、ブリークハイドとフッコは特に何を言う様子もない。

 疲れ切っていて余力がないのか、あるいは死体には価値がないと考えているのか。


 ……まあ、俺にとってはどっちでもいい。

 俺個人はもちろん、学園で処理できることでもなさそうだ。

 ズタボロにした相手の死体の所有権を主張するってのも気が引けるし。

 アブラが箱に完全な封をして、これでマダムの復活はなくなった。ああ、やっと終わったんだ。


 全員が疲れ切っていて、勝利を喜ぶってムードでもない。

 とにかくマダムは仕留めた。あとは血の門(シュエメン)の構成員たちの生き残りが喧嘩を売ってこないうちに早くここから……


「うっ……!?」


 背中から衝撃を受けて、俺の口から血が漏れた。

 なんだ? 胸元に、変な生物が飛び出している。ナメクジのような、蛇のような。

 俺が振り向くと、大広間の隅で気絶していた男が奇妙な触手の槍を突き出してきていた。これは……手落ちだ。気絶してるからってほっとかずにトドメを刺しとくべきだったんだ。いやでも、手が足りなかったか。

 ああ、これは……まずいぞ。自分を治す血が残ってない。

 男は仇だのなんだのと喚き散らして、縮めた槍を掲げて部屋から逃げ去っていった。なんだったんだ、あいつ。

 槍を抜かれた俺は血が溢れ出すのを感じながら、前のめりに床に倒れる。ヤバい、体が動かない。力が入らない。死ぬのか? ここで? 嘘だろ。姉さんのことを知って、死ぬわけにはいかないって改めて思ったばかりなのに。


「アリヤっ!!!!」


 突然の出来事に凍り付く場の中で、最初に跳ね起きたのはエクセリアだった。

 エクセリア自身もフラフラになりながら、俺の名前を叫びながら弾かれたように駆けてくる。

 俺を膝に抱き抱えた彼女は、強い瞳で高らかに声を上げる。


「死なせないぞ……絶対死なせないからな!! アリヤ!!」

 

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