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1話 復讐劇

 人を殺した。


 車のフロントには衝突痕(しょうとつこん)と血のあと。足元に動かなくなった死体が四つ転がっている。


「思い知ったか」


 俺は呟く。

 偶然の事故じゃない。これは俺、藤間(とうま)或也ありやの人生を賭けた復讐。十年前に姉さんを殺した連中を探して、殺し返してやったのだ。


 当時十歳だった俺の目の前で、優しくて綺麗ではかなげだった姉さんは、アホみたいな大音量でレゲエを流す黒のワンボックスカーとぶつかって、ふわっと空を飛んでから道路に転げた。即死だった。

 わけもわからず呆然とする俺の少し先でワンボックスは急ブレーキ。窓からヒョコヒョコとアホ面のヤンキーたちが顔をのぞかせて、「やった」だの「死んでね?」だの口々に騒いで数秒、迷わずどこかへと走り去っていった。

 ()き殺したんだ、病弱だった姉さんを。

 幼い頃からずっと病院暮らしで、ようやく病気が治ってきて、退院できたばかりだった、十五歳になったばかりだった姉さんを!


 それからの十年間、俺は復讐のことだけを考えて生きてきた。

 ……ああ、俺の初恋は姉さんだった。

 子供なりの淡い恋心だけど、ギュッと抱きしめてキスしたいと思っていたし、タンポポの綿毛みたいにふんわりと弱々しく笑うこの人を、一生守っていきたいと願っていた。

 実の弟にそんなことを思わせるくらいに姉さんは、藤間(とうま)(よる)は素敵な女性だったのだ。

 それを奴らは! 野良猫でもハネちまった程度のノリでき逃げしたあの連中が許されるとでも? 許すわけないだろ。死んでくれ。


 だから体は鍛えた。よく食べてたら背丈もそれなりに伸びた。

 一心不乱にバットを振り込んで、ネットで怪しげなサイトを漁って毒物の作り方だの爆弾の作り方だのを必死に覚えようとした。

 探し出した犯人グループが十年経っても相変わらず不良のままで悪事を繰り返してることも、リーダー格の男が県議の息子だから奴らが捕まらないということも、全部どうでもいい。俺のやることは変わらない。

 連中のたまり場のバーでたっぷりと酒を飲んだ帰りの夜道、猿みたいに騒ぎながら横に広がって練り歩く後ろ姿めがけて車のアクセルをグッと踏み込むだけ。


 ——ゴッ、ガッ、ドカッ。


 想像していたよりも大きな音が響いて、奴らはボウリングのピンみたいにアスファルトに転がった。

 バンパーのひしゃげた車を路肩に停めて、助手席に置いていた金属バットを片手に一人一人にトドメを刺していく作業を怠らない。

 一人、二人、三人……四人。

 最後の一人の頭を全力で殴りつけて、俺は「ふうーっ」と長く息を吐いた。

 姉さんが死んだあの日からずっと呼吸の仕方を忘れていたかと思えるぐらい、長い長いため息を。

 

「……終わったよ。姉さん」


 そう、終わりだ。十年来の復讐の日々も、俺の人生も。

 一人ならまだしも四人も殺した。細かい法律のことはわからないけど死刑になったって驚かない。

 それでも構わない。両親ももう死んでしまっているし、親族は顔も見たことのないような遠縁だけ。俺が捕まって迷惑がかかる人間は誰もいない。


 ……終わったんだ。


 緊張でこわばっていた手からようやく力が抜けて、金属バットがカラカラと路面を転がる。

 達成感か安堵(あんど)のせいか、気怠(けだる)くて、真冬の夜なのになんだか暑い。

 羽織っていたコートを脱ごうと視線をそらすと不意に、ドンと衝撃を受けた。


「っ……は?」


 息がもれた。脇腹にナイフが刺さっている。

 顔を上げてみれば、そこに立っていたのは不良たちのリーダー格だ。邪悪なWANIMAって感じの顔面は血まみれのままに。

 嘘だろ。なんで立てる? トドメを刺したのに。全力で殴った。致命傷の手応えがあった。

 こいつはもう、絶対に立ち上がれるはずがないのに。

 

「な、んで、生きてるんだ……!?」


 返事は返ってこない。

 男は受けた暴力への怒りをあらわにするわけでなく、不意打ちで刺してやったとあざけりを浮かべるでもなく、感情のうかがえない虚無の瞳で淡々と、ナイフを持つ手首をひねり回した。

 その非人間的な目にゾッとするのと同時に、刺された傷口が大きく開いて血があふれるのを感じる。

 ああ、ダメだ、これは内臓までえぐられてる。力が抜ける。声が出せない。

 致命傷を受けた俺の耳が最期に捉えたのは、不良の口からこぼれた無機質で機械的な声だった。


「管理番号J-30817、処分完了」

(……なんだ、そりゃ)




 ——意識が溶けていく。


 くそっ……ああ、俺は死ぬらしい。

 ぼやけていく思考に浮かぶのは、俺を刺したあの男の顔だ。

 一体なんだったんだ? あいつが死ななかった意味がわからないし、最後の声はまるでロボットめいて不気味で。

 ……いや、そんなのはどうだっていい。


 畜生……畜生ッ!! 失敗した!!

 よりによって一番肝心なリーダー格の男を殺せなかった。返り討ちにされるなんて俺は何がしたいんだ!?

 姉さんになんて謝ればいい? ここで終わり? 冗談じゃねえ!

 まだだ、まだ死にたくない。あきらめきれない。

 もしもう一度チャンスがあるなら、あいつを必ず、確実に、完全に殺してやるのに!!





『終われない?』

(……!?)

『ここで終わりたくないんでしょう。なら、お前にもう一度チャンスをあげる。転生のチャンスをね』

(誰だ? 知らない声だ)

『それと、一つ力を与えましょう。運命を選び取る力……やがてお前を魔王へと変える力を——





「——!? ゲホッ!! がは、っ! ゲホゲホ!!」


 気管支に水が入ったみたいな苦しさに激しくき込む。

 手と膝を地面についてひとしきりせて、そこで俺はハッと息を飲んだ。


「生き、てる……!?」


 女の声だった。若い少女にも年寄りにも思える不思議な響きの。

 あの声が途切れたのを皮切りに、俺の意識は一気に死から生の淵へと引き戻されたのだ。


「ナイフで刺された傷がない。どうなってるんだ? 生き返ったのか? ……なんで?」


 さっきのあの感覚、間違いなく俺は死んでいたはずなのに、全部なかったことみたいに無傷だ。

 あの声は夢か? 現実なのか?

 ポケットから取り出したスマホのカメラを起動してみる。電源は入るが電波が入らない。

 インカメラに切り替えて自分の顔を確認すると、そこに映っているのは見慣れた藤間(とうま)或也ありやそのままの顔だ。


「……転生、って生まれ変わるって意味じゃないのか? なんだよ魔王って……特に変わって見えないぞ」


 そんな独り言をブツブツと呟きながら、ふと考える。そもそも実はもう死んでるんじゃないか?

 転生だのなんだのは死に際に見た都合のいい幻で、ここは地獄だったりして。

 ……まあ悲観的に考えても答えは出ない。クレームを言う相手もいないので、立ち上がって周囲を見回してみる。


「どこだ、ここ」


 さっきまでいた夜の車道沿いじゃない。屋外でもなく、だだっ広くて薄ら寒い部屋だ。

 ぼんやりとした緑色の明かりに室内が照らされていて、壁際に点々と並べられた培養(ばいよう)カプセルみたいなものが目に止まる。

 第一印象はあれだ、バイオハザードなんかに出てくる悪の研究施設。

 のぞき込んでみても液体がにごっていて中の様子がわからない。


「何の容器だろう。用途がわからん……理系じゃないからな、っ、と?」


 そこで俺は思わず足を止めた。

 広い部屋の一番奥まった位置、そこには他と様子の違うカプセルが一つ。

 濁りけのない輝く液体の中に浮かんでいるのは人間だ。たぶん自分よりは年下の、あどけなさの残った顔立ちの少女。

 目を閉じたまま両手で膝を抱えて、胎児のように眠っている。

 知ってる顔だ。

 ああ、俺は知っている。

 当たり前だ! 忘れたことなんて一日もない!


「姉さん!!?」


 藤間夜、大好きな俺の姉さん!

 どうしてここに? どうして十年前のま

まの姿で?

 そんな疑問よりも先に、俺は弾かれたように容器を叩いていた。

 中に振動が伝わったのか、姉さんがこちらに気付く。おどろきに目を丸くして、ガラス越しに容器の右側のレバーを指差す。


「何を指差して……そうか、これが開閉レバーか! 待っててくれ姉さん! すぐにそこから出す!」


 数人がかりで開けるような大仰(おおぎょう)なレバーに両手をかけて、全体重を乗せて強引に引き下ろす。

 ガコン! と大きな音が鳴って、姉さんを閉じ込めているカプセルから大量の薬液が排出されていく。

 死んだはずの姉さんがここにいるのなら、ここは死後の世界ってことか?

 いや、生きてようが死んでようがどうだっていい。また会えたんだ、姉さんに。また優しい声で名前を呼んでもらえる。頭をでてもらえる。姉さん……姉さん!

 カプセルが開ききったのを見て、感極(かんきわ)まった俺は涙ぐみながら歩み寄ろうとする……が、予期外の行動が俺の足を止めた。

 姉さんは尊大に腕組みをして、高笑いを始めたのだ。


「あっははははは!!!! 見ろ! マヌケめ! ざまあ見ろ!! 出し抜いてやったぞ小癪(こしゃく)陰険(いんけん)な科学者どもめ! 天運未だ我にあり! ええ〜いクソッ腹立たしい、この私をこんな気色の悪い粘液の中に閉じ込めて! まあ? 持たざる者どもなりの涙ぐましくせせこましくてみみっちーぃ努力に少々困らされたことだけは認めてやらんでもないが? 出られた以上それも全ておじゃんよ! はーっはっはァ!!! バーカ!! バァ〜〜カ!!!」


 誰に向けて言っているのだろう。明後日の方向をにらみながらひとしきり騒ぎ散らして、満足したのか彼女は俺へと視線を向ける。


「よく開けてくれたぞ、褒めてやる。さ、なにか着る物をよこせ」

「……な……いやいやいや、え?」

「なんだお前、身をこわばらせて。さーてはこの私の完璧な裸身に見惚(みほ)れているな? まあ気持ちは理解できないではないがな! 思春期め!」


 おしとやかだった姉さん。恥ずかしがり屋だった姉さん。コロコロコミックぐらいの下ネタでも眉をしかめてた姉さん。

 裸のまま前を隠そうともせず、無駄に堂々と胸を張る姉さん似の何か(・・・・・・・)に向けて、俺は万感の思いを込めて叫んだ。


「姉さんはそんなこと言わない!!!」

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― 新着の感想 ―
 ここでもやってる人がいたーっ!  しかも王道から外れて魔王もの。  斬新だ。  あと、最後の方のネタが面白いです。
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