5才のおたんじょうび会
「さぁだいちゃん、もう寝る時間ですよ」
ベッドの上で飛び跳ねているだいちゃんにママが言いました。
「いやだよぉ。ぼく眠くないもん」
だいちゃんは飛び跳ねながらイヤイヤと首を横にふりました。だってまだまだ全然眠くなんてありません。それどころか胸がドキドキワクワクしていつまでも飛び跳ねていたい気分です。
「ほら、おいで」
ママはだいちゃんを包み込むように大きく腕を広げました。そうされるとだいちゃんはどんな時でもママにぎゅっと抱きつきたくなってしまうのです。ほら、やっぱり飛び跳ねていただいちゃんはママの腕の中にすっぽりと入ってしまいました。
「さぁねんねしましょうね」
ママが赤ちゃんに話すみたいに言うとだいちゃんはほっぺたをぷぅっとふくらませました。
「ママ、ぼくね、もう赤ちゃんじゃないんだよ」
「そうね、だいちゃんはもう赤ちゃんじゃなかったわね」
「そうだよ! ぼく明日で5さいになるんだから」
えっへんと得意気なだいちゃんにママがほほえみます。
「おたんじょうび会ずっと楽しみにしていたものね」
「うん! おたんじょうび会にはおっきなケーキがあるんだよ! それで歌を歌ってぼくがろうそくの火を消すんだ! それからみんなでケーキを食べるの。あ、でもどうしよう……」
うれしそうに話をしていただいちゃんが急に困り顔になってしまいました。
「どうしたの?」
「ママとパパと僕だけじゃケーキ食べきれないんじゃないかな。だってとびきり大きなケーキだもの」
「そうね、じゃあ誰かを呼ばないといけないかしら。だいちゃんは誰をよびたい?」
ママが聞くとだいちゃんの顔がぱっと明るくなりました。
「じゃあリスさんがいい! 僕ね時々窓の外でリスさんが走っていくのを見ていたんだ! リスさんいっつもほっぺいっぱいにして走っていたからきっと食いしん坊なんだよ」
「ふふふ、リスさんが来てくれたらうれしいわね」
「うん! 他にもたくさん動物さんが来たら楽しいなぁ」
「あら、だいちゃんはどんな動物さんが来てくれたらうれしいのかしら?」
ママはおしゃべりしながらだいちゃんの背中を優しくトントンとたたきます。
「えっとね、ライオンさんとたぬきさんとあとゴリラさんと、えっとクジラさんと……ふああ」
だいちゃんは大きなあくびをしました。温かいママの腕の中でだいちゃんはいつの間にかとろ~んとろ~んと夢の中です。
「おやすみ、だいちゃん」
ママはだいちゃんをそっとベッドに寝かすとふわふわのおふとんをかけてあげました。
みんなが寝静まった真夜中のこと、だいちゃんのお部屋のカーテンの隙間からきらりと何かが光りました。それは夜空に輝く星ではありません。「ヨイショ」という声とともに窓が少しだけ開きます。
パンパカパーン
突然響いた大きな音に眠っていただいちゃんはベッドから飛び起きました。目をこすって音の方を見てみるとそこにいたのは小さなリスでした。リスは黒いピカピカのタキシードを着て手には銀色のステッキを握っています。窓の外で光っていたのはリスのステッキでした。そのリスの姿を見てだいちゃんはすっかり目が覚めてしまいました。
「わぁ! リスさん僕のおたんじょうび会に来てくれたの!? でもちょっと早すぎだよ。だってまだ夜中だもん」
するとリスはノンノンノンとステッキを振りました。
「早すぎるということはない、遅れをとっているくらいさ。たんじょうび会はもう始まっているのだからね」
リスはおじさんみたいに低い声で言いました。だいちゃんが驚いて「えっ?」ときき返すとリスがステッキでだいちゃんのパジャマをさしました。
「君のパジャマのポケットに招待状が入っているだろう?」
だいちゃんがパジャマの胸にあるポケットを触るとクシャッと音がしました。取り出してみるとパジャマのポケットには1枚の紙が入っていました。そこにはひらがなでこう書いてあります。
『5さいのおたんじょうびかいにしょうたいします』
だいちゃんが手紙を読むとだいちゃんの部屋のドアがキラキラと輝き出しました。
「怖いことはないよ。おじさんがついているからね」
そう言ってリスがだいちゃんの肩に乗りました。
「リスさんはおじさんだったんだね。僕子どもだと思っていたよ」
「小さくても君よりずっとおじさんなのさ。さぁ行こう! みんなが待っているぞ!」
だいちゃんは勇気を出して光るドアを開けました。おそるおそるのぞいてみると、そこはだいちゃんの家の廊下ではなく大きく広い部屋につながっていました。壁はきれいに飾りつけられ、ごちそうの美味しそうなにおいがしています。ドアの向こうではきらびやかなパーティがもう始まっていました。ざわざわと賑やかなお客たちを見てだいちゃんはわぁっと歓声をあげました。それもそのはずです。たんじょうび会に来ていたのはだいちゃんの好きなたくさんの生き物たちでした。
鳥も虫も動物もみんなが楽しそうに踊って歌っています。ただだいちゃんが知っている生き物とちがうのはみんなリスのようにタキシードやドレスを着ておめかしをしていることでした。だいちゃんはパジャマ姿の自分がなんだか恥ずかしくなってきました。
「僕のおたんじょうび会なのにパジャマなんて恥ずかしいな」
「恥ずかしいことなんてないぞ。君も着替えればいいのさ」
リスがだいちゃんに向かってステッキをふるとだいちゃんの恐竜柄のパジャマがびんぴかぴんのグレーのタキシードに変わりました。赤い蝶ネクタイもいい感じです。
「わぁ! 結婚式に行った時みたいだ!」
だいちゃんが言うと近くにいたライオンが立派なたてがみを撫でながらだいちゃんを見ました。
「やぁ、こんばんは。話が聞こえてきたけれど君、結婚したばかりなのかい? きぐうだなぁ、俺もやっと力比べに勝てるようになってかわいいお嫁さんがきたばかりなんだ。がはは!」
ライオンがうれしそうに大きな声で笑います。結婚をしたのはいとこのお姉さんでしたが笑った時に見えた鋭い牙の迫力にだいちゃんは何も言えなくなってしまいました。するとライオンの陰に隠れていたたぬきがひょいっと顔を出しました。
「まぁ、ご結婚おめでとう! 私の子たぬきちゃんたちも結婚相手を探しているとこなのよ。あなたがたのお友だちに素敵なたぬきはいない?」
だいちゃんはうーんと考えてみましたが残念ながらだいちゃんのお友だちにたぬきはいません。
「ごめんなさい。僕の行ってる幼稚園にはたぬきさん来ていないんだ」
「あら、そうなのね。ライオンさんはどうかしら? ライオンさんみたいに強いたぬきなら娘も喜ぶわ」
しかしライオンも頭をひねります。
「俺の住んでいるサバンナにもたぬきはいないからなぁ。ハイエナかチーターでよければ紹介するぜ」
「まっ! ハイエナやチーターなんてエサになっちゃうじゃない」
たぬきがポンポコ怒る隣でライオンはがははと笑います。
「冗談だよ! まぁ、親が心配しなくても結婚相手なんて自分でみつけるさ」
たぬきは「はぁぁぁ」っと大きなため息をつきました。
「そうね、そうなのだろうけど親っていうのはいつまでも子どもを心配してしまうものなのよ……あら? なんだかムズムズするわ。ちょっと、失礼」
たぬきはそう言いながら後ろ脚で首をポリポリと掻きました。するとピョーンと飛び出て来たのは小さなノミでした。
「おっとっと、あぶないのう……年寄りは大切にしてほしいもんじゃ……」
ノミはだいぶ年老いているのか声をぷるぷると震えさせて言いました。
「あらやだ、私ったらノミまで連れてきちゃったみたい」
「失礼な。わしだってちゃんと招待状を受け取っておるわ」
ノミはほとんど見えないような招待状をひらひらとさせました。
「そんなことよりたぬきさんや、子どもの心配をしているなんてまだまだ若いのぅ。わしは玄孫の玄孫のそのまた玄孫がおるでの。気づけばいつしか心配される側になっておったわ」
「じいさん、すごい長生きだなぁ!」
ライオンが大きな声を出したのでノミのおじいさんは息で飛ばされそうになりました。それでもおじいさんはピョーンピョーンと高くジャンプしてみせます。
「まだまだ若いもんには負けておれんわい」
そしてノミのおじいさんはまたピョーンとたぬきの毛の中へ戻りました。
「どうりでずっとむずむずしていたわけだわ」
たぬきはぶるぶると身体を揺らしました。
「そろそろみんな集まったかな」
リスはだいちゃんの頭の上に乗って会場を見渡しました。
「ではみなさまご注目! おたんじょうび会の司会のリスでございます」
リスがステッキをマイク代わりに話し始めます。だいちゃんはドキドキしながら頭の上に乗っているリスを見上げていました。
「これからたんじょうび会メインイベントをはじめますぞ」
会場にいるみんなが待っていましたといわんばかりに大きな拍手をしました。リスが気合を入れてステッキを振ろうとしたその時、「ふぎゃーん! 待ってよう!」という大きな泣き声に会場が揺れました。
「おや、誰か遅れてきたのかな」
泣き声は部屋の外から聞こえてきます。みんなで窓の外を見るとそこには長い砂浜と広い海が見えました。
「ふぎゃーん! ふぎゃーん!」
泣き声は波の間から聞こえてきます。
「そこに誰かいるのかね?」
リスが聞くと暗い夜の海に大きな真っ黒の塊が浮かび上がってきました。
「君はクジラの赤ちゃんじゃないか」
「ふぎゃーん! 僕も中に入りたいよう」
クジラの手には大きな招待状がゆらゆらと揺れています。
「リスさんのステッキでクジラさんを中に入れてあげられないの?」
だいちゃんが言うとリスは腕を組んで悩んでしまいました。
「うーん、せっかく来たのだから私も中に入れてあげたいが、なかなか難しいなぁ」
するとウッキーウッホーと砂浜に飛び出したのはオランウータンとゴリラの子どもでした。
「入れないなら外もパーティ会場にしちゃえばいいじゃーん」
2匹は砂浜に紙吹雪をまいてパーティの飾りつけをしていきます。
「僕も手伝うよ!」
2匹がとてもたのしそうだったのでつられてだいちゃんも外へ飛び出します。砂浜ではしゃぐだいちゃんとオランウータンとゴリラを見てクジラもキャッキャッっとうれしそうです。
「楽しそうですねぇ。あれくらいの子どもはなんでも遊びに変えてしまいますからねぇ」
「ええ、今が一番楽しい時ですよね。子ども時代と言うのはあっと言う間に過ぎてしまいますからね」
鶴と狐がお茶を片手にだいちゃんたちを見守ります。
「えー、ではみなさん。海の仲間もいますので続きは砂浜ですることにいたしましょう」
リスが言うとたくさんの生き物たちが砂浜に出てきました。今度こそリスは気合を込めてステッキをぐるぐると振ります。
「リスさん何をするの?」
「おたんじょうび会と言えばアレに決まっているじゃないか」
リスの言葉にみんなが顔を見合わせます。
「アレだ!」
「アレね!」
「アレ?」
だいちゃんにはわかりません。でもみんなが期待しながらリスを見つめているのできっといいものなのでしょう。
「では行きますぞ」
リスが思い切りステッキを振り上げます。
パンパカパーン!
大きな音とともに現れたのは何段にも積みあがったケーキでした。ケーキにはみんなの好きな食べ物が乗っています。そして一番上には5本のろうそくとチョコレートのプレートが乗っていました。プレートにはこう書いてあります。
『5さいのおたんじょうびおめでとう みんな』
だいちゃんの目が輝きます。
「今日はここにいるみんなの5さいのたんじょうびだったんだね!」
みんなが大きなケーキに歓声を上げる中、リスがコホンと咳ばらいをしました。ケーキの上ではロウソクの火がゆらゆらと揺れています。この後にやることといったらひとつだけです。
「みなさま準備はよろしいですかな? ではせーのでいきますぞ。せーの……」
「5さいのおたんじょうびおめでとーう!」
ふーーーーーーー!!!
そこにいるみんなの声が重なりました。そしてみんなでケーキに息を吹きかけます。リスのおじさんも頬袋を空気でいっぱいにして息を吹きかけました。5本全部の火が消えるとだいちゃんはうれしくてたくさんの拍手をみんなにおくりました。みんなも同じ気持ちで鳴き声をあげたり地面を踏み鳴らしたり、クジラはしぶきを上げてお祝いしました。
みんなの息でだいちゃんの髪の毛は嵐の後みたいにぼさぼさになっていました。
コケコッコー!
海の向こうに昇り始めたオレンジ色の太陽ににわとりがたまらず鳴き声をあげます。楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。
「さぁ、もう夜があける。帰る時間だ」
リスのおじさんがステッキをふるとだいちゃんはパジャマ姿に戻っていました。動物たちももう洋服は着ていません。
「えー! まだ帰りたくないよぅ」
「パーティは終わりだがたんじょうびは始まったばかりだぞ。みんながすばらしいたんじょうびを過ごせるようにおじさんは願っているよ」
リスはだいちゃんにステッキと同じ色をした銀色の木の実をくれました。遠くにはクジラの子が吹いた潮が見えます。
ざぶーんざぶーんと波の音だけが響いて、あんなに賑やかだったおたんじょうび会がうそのように今はとても静かでした。
「さぁ私たちも帰ろう。君も家族とたんじょうびを祝うのだろう?」
「うん。リスさんも家族とおたんじょうび会をするの?」
「ああ、今年は特別なたんじょうびになるぞ! 私の孫が生まれるんだ!」
リスは自慢げにそう言うと朝日の中に吸い込まれていきました。
「待って、リスさん」
だいちゃんも追いかけようとしましたが朝日があまりにもまぶしくて目を閉じてしまいました。
「だいちゃん、おはよう」
目を開けるとそこにあったのは優しいママの顔でした。
「おはよう、ママ」
「今日はとっても良いお天気よ」
ママがカーテンを開けると窓際をリスが忙しそうに走っていきました。
「ほら、リスさんよ。だいちゃん、リスさんをおたんじょうび会に誘うんでしょう?」
だいちゃんはトテテとベッドをおりてママと一緒に窓の外を見ました。リスは今日も頬袋をいっぱいにして木の実を運んでいます。でもだいちゃんにはそれが誰へのプレゼントかわかっていました。
「ううん、いいの。だってリスさんも今日は大事な家族とおたんじょうび会をするんだから」
ママは不思議そうに首をひねりましたが、すぐにうれしそうな顔になって、だいちゃんのぼさぼさ頭を撫でました。
「だいちゃん、急にお兄さんになったみたい」
「だって、もう僕は5才だもん」
その時、胸を張っているだいちゃんの胸ポケットがふくらんでいることにママは気づきました。
「あら、だいちゃんポケットに何か入っているの?」
「え? ポケット?」
だいちゃんがごそごそとポケットに手を入れます。ポケットにはリスからもらった木の実が一つ入っていました。
お読み頂きありがとうございます。