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見た目妖婦な王女さまは母国のために残念王子に嫁ぎます。  作者:
見た目妖婦な王女さまは母国のために残念王子に嫁ぎます。
2/8

後編


 アリシアが目を覚ますと、室内に明かりが灯っていた。


「あれ? 一体……?」

「奥様! 気がつかれましたか?」

「ええ」

「お労しい。初めての奥様に、こんなになるまで無理をさせて……」

「えっ?」

「奥様。ご安心下さい。旦那様には、この度の暴挙、抗議しておきましたから。二度とこのようなことをなさらないように、口を酸っぱくして叱りつけておきました」

「ありがとう?」

「いえ、当然のことです」

「ところで、あなたは?」

「これは申し遅れました。私、奥様の専属侍女を申し付けられました、エバと申します。旦那様の乳母をしておりました」

「そう。それで……」

 アリシアは、彼女の堂々とした風貌に納得した。


「ご遠慮なさらずに、何でも仰って下さいね」

「ええ。ありがとう。ところで、今は?」

「はい、もう夕刻となりました。奥様はずっとお眠りになっておられました。先ずは、お風呂になさいますか? それとも、夕食になさいますか?」

「えっ!? もうそんな時間なのね……。そうね。とりあえず、身体をさっぱりさせたいわ」

「畏まりました」

 

 アリシアは直に浴室へと案内され、エバの手によって清められた。


 部屋に戻ると、疲れ果てていたアリシアは、そのままそこで軽食を摂った。

 その後、ゆったりとティータイムを楽しんでいると、就寝の準備を済ませたデイヴィッドがやって来て、向かいの席に腰掛けた。

 エバは彼の前にお酒を用意した後、就寝の挨拶をして、部屋を辞した。


「昨夜は、無理をさせてすまなかった」

 二人きりになると、早速、彼はアリシアに謝った。


 彼女は頬を染め、(うつむ)きがちに答える。

「いえ」


「心配するな。今宵はしない。ただ、色々と話がしたい。あなたのことをもっと知りたいし、私のことも知ってもらいたい。良いだろうか?」

 新妻の初々しい様子に彼は相好を崩し、安心させるように優しく言った。

 

「ええ」

 彼女はホッとして、(うなず)いた。


 それに気を良くした彼は、早速、話し始める。

「実は俺は、幼少の頃、病弱だったんだ」

「へ?」


 キョトンとした彼女の可愛らしい様子に、彼は思わず笑みを浮かべた。

「フフ。今の姿からは想像出来ないだろうけど。それもあって、皆が過保護だったんだ。常に守られ、悪意からは遠ざけられた。だからというのも情けないが、綺麗なものしか知らなかった。まさか、人に嘘をつかれ、裏切られるとは考えたこともなかった」


 彼女は微妙な表情を浮かべながら、思案していた。

 −−それは果たして幸せなのだろうか?

 ただただ真綿にくるまれているのは、その内息苦しくなりはしないだろうか?

 それに、自己防衛の仕方も知らず、真綿から出てしまえば、無防備に外気(悪意)(さら)されて、直に汚されたり、壊されたりしてしまうのではないだろうか? と。


「そう、ですか……。では、それだけ守られていて、いつ彼女の嘘に気付いたんですか?」

「聞いてしまったんだよ。兄上とその従者の会話を」

「それは……」

「その時の会話の内容は、あまりに酷すぎて、とても信じられないものだった」


 当時を思い出し、苦悶の表情を浮かべた彼に、彼女は遠慮がちに尋ねる。

「お聞きしても?」


 彼は一度目を閉じて、ゆっくりと開き、無表情を装って、(うなず)く。

「ああ。彼女が、俺の子を妊娠しているというものだった」

 そう言った彼の声音は、聞いた者が苦しくなる程、とても平淡に響いた。


「まぁ……」

 彼女もそれ以上は何とも言えず、言葉を詰まらせる。


 彼はそのまま冷静に話を続けた。

「ショックだった。俺は彼女に(ほの)かな恋心を抱いていた。でも、そういうことは結婚してからするものだとの認識があった。口付けすらしていないのに、俺の子を(はら)(はず)がない。俺は居ても立ってもいられなくなって、兄にそう言った。そしたら、彼女は俺と仲良くしていた側近達と関係があったという。誰の子か分からないと。俺はその時、全てに失望した。今まで信じて来たものが信じられなくなった」

「デイヴ……」

「呆然とした俺に、兄が言ったんだ。『今は人を信じられないかもしれないが、俺はお前の味方だ。全ての人間が醜いわけじゃない。それは、今まで味方ばかりに囲まれて守られていたお前には分かる(はず)だ。今回(だま)されて、勉強になったとそう思えばいい』と。それから、心身共に鍛えられるようにと、軍に入れられ、辺境へと送られた」

「そう」

「軍の生活は厳しくてね。毎日、訓練や雑務に追われ余計なことを考える必要がなかった。気付いたら五年が経っていたよ」

「お休みも無かったの?」

「もちろんあったけれど、俺は大抵、疲れを取る為に一日中寝ていたよ。妻や彼女がいる者はその日にデートしていたみたいだけど、俺は、女は()()りだと思っていたからね」


 次の彼女の発言で、どんよりと重たかった部屋の空気が一気に霧散する。

「そうなの? じゃあ男は?」

「もちろん男も。って、いうか、男をそういう対象に見たことは一度も無いから!」


 彼の必死な様子に、思わず彼女の顔が(ほころ)んだ。

「ふふ。冗談よ」

「はぁ。全く君は……」

 呆れたように言いながらも、色々な表情を見せてくれる彼女に、彼の口元が緩む。


「それで、アメリア様にはちゃんと謝罪されたのですか?」

 再び真剣な顔をして、彼女が尋ねた。


 それに答える彼も、再び無表情になる。

「ああ。辺境へ旅立つ前に兄上が席を設けてくれた」

「そうですか」

「先程、君が言ったように、アメリア嬢は真面目で優しい女性だった。一方的に大衆の前で非難し、婚約破棄を突きつけた私を許すと言ってくれたのだから……。それに……」

「それに?」

「辺境から戻るのを待っていてくれるとまで言ってくれた。でも、私にはこれ以上、誠実な彼女に俺と言う重荷を背負わせることが耐えられなかった。だから、彼女に相応しい人物を紹介するように兄上に頼んだ」

「はぁ。あなたときたら、全く女心を分かっておられないのね」


 呆れた様子の彼女に苦笑して、彼は答える。

「それは否定出来ないな。だが、今となってはそれで良かったと思っているよ」

「そうですね。直ぐ傍に、彼女のことを一途に想っておられる方が居られたわけですものね」

「それも、聞いていたのか」

「ええ。まさか、王太子妃様の弟君が彼女への思いをずっと心に秘めていたとは……。あなた様のことですからきっとお気づきではなかったのでしょうね?」

「情けないが、その通りだ。兄上と義姉上のお陰で、今の二人は幸せそうだ。だから、あの時の決断は間違いではなかったと思っている」

「結果的にはそうですわね。ですが、もっと反省して下さいませ。一途な一人の女性を、深く傷つけたのですから」

「ああ」

 彼は神妙に(うなず)いた。



 ちなみに、婚約破棄騒動は、彼の十五歳の誕生パーティーで起きた。

 王太子ではなく第二王子のパーティーということもあり、招待客は国内のごく内輪の者達だけであった。

 また、両親である国王夫妻は、隣国へと外交に出ていた。

 そのおかげで、事があまり大きくならなかったのは、不幸中の幸いであったと言える。


 パーティーが始まり、乾杯が終わったところで、第二王子による、婚約者への一方的な誹謗中傷が始まった。

 その内容は、根拠のないとても酷いものであった。

「懇意にしている男爵令嬢を苛めた」とか「その令嬢を怪我させた」など、婚約者であったアメリアには全く身に覚えのない内容であった。

 そして、「そのような醜い者とは結婚したくはないから、婚約を破棄する」と宣言した。

 王子が話している間、その傍らにいた令嬢は、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて、蔑むようにアメリアを見ていたが、その表情は他の者達には見えていないようだった。

 絶望に染まったアメリアはその場に崩れ落ち、涙を流した。

 それでも、そんな彼女を(にら)み付けるように彼は見ているだけだった。


 周りの者達は、騒然としてただ成り行きを見守っていた。

 下手に王族に意見して、不敬罪にされるのを恐れたのだ。

 他の公務で遅れた兄である王太子がその場に駆けつけて、やっと落ち着き、彼がアメリアとその家族に誠心誠意謝罪する事で、一旦事態を収束させた。



 その後、騒ぎを起こした令嬢の実家であった男爵家は取り潰し、令嬢は成金平民の後妻となった。

 そのお腹の子は、結局、誰の子であるかは分からないまま、生まれてすぐに実家である元男爵家に引き取られた。

 また、令嬢の取り巻き達は、廃嫡、勘当になった者、彼と一緒で再教育となった者、家によって様々であった。





 その夜、アリシアは言葉通り何もされることなく、ただお互いに横に並んで眠った。



 だが、それ以後の彼の溺愛と、束縛は龍顔負けだった。

 大抵の日は抱き潰されて、ベッドから動けないような状態にされ、自分が視察などでいない時は、屋敷からは一歩も出させないように使用人達に言い聞かせ、どうしても出席しなければいけない王宮の夜会などは彼女にぴったりと張り付いて離れることがなかった。

 エバも再三忠告したが、その度取り敢えず謝るものの全く直そうとはせず、アリシアが直に彼を許し、満更でもない様子だった為、結局エバは彼を矯正するのを諦めた。



 また、ある夜会では件の元男爵令嬢(今は成金平民の後妻になっている)がなぜか出席していて、彼が飲み物を取りに離れた隙にアリシアに話し掛けて来た。

 彼女は、相変わらず、夫以外にも取り巻きの男達を侍らせていた。


「ちょっとアンタ。私のデイヴとどういう関係?」

「まぁ。場違いでとても下品な方ね。あなた、私を誰だと思っているのかしら? ターンマリ国を敵に回すおつもり?」


 アリシアの言葉に、彼女は顔を真っ赤に染める。

「なっ!」

「私は別に構いませんのよ。身の程を弁えない畜生がどうなろうとも。それとも、自殺願望でもあるのかしら?」

 アリシアは目をスッと細め、ニヤリと口元に弧を描く。


「毒婦め!」

 取り巻きの一人がそう言って、アリシアに(つか)み掛かろうとしたところで、戻って来たデイヴィッドがその男を取り押さえた。


「私の最愛の妻を『毒婦』呼ばわりとは……。衛兵! この者どもを不敬罪で捕らえよ! 他にも不正など犯しているに違いない。徹底的に尋問するように!」


 彼の怒号に、直ぐに警備兵が動く。

「はっ!」

「そんな! 嘘よ! デイヴ!」

「気安く私の名を呼ぶな! 彼奴に今の不敬罪も追加しておけ!」

「はっ!」


 アリシアは連行されて行く罪人達にただただ呆れ、ぽつりと呟いた。

「全く。『毒婦』はそっちでしょうに……」と。

 


 こうして元男爵令嬢とその夫、それと取り巻き達は、お縄となり厳しい詮議を受け、牢獄へと収監された。





 そんなこんなで、騒ぎもあったが、二人は蜜月を存分に楽しんだ。

 数ヶ月後、アリシアは身籠っていることが分かった。

 そうなると、デイヴィッドは過保護に拍車がかかり、彼女はほとほと呆れたが、何だか嬉しくもあった。

 妊娠すると浮気する男も多いらしいが、彼は彼女にべったり張り付いて、暇さえあればお腹を()でて来る。

 そして、「お前の父親だぞ」とか「元気に生まれて来るんだぞ」とか「あまりお母さんを苦しめないでくれよ」とか、愛しそうな表情で話し掛けている。



 子供が生まれてからも、彼は妻にべったりで、(はら)みやすい体質だったらしい彼女は、彼の子をその後、十五人も生んだ。

 それもあって、あまり家から出ることのない彼女であったが、夫や子、大勢の孫やひ孫に囲まれて、賑やかで温かな人生を送ったのだった。







お読み下さり、ありがとうございます。

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