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黙示録(アポカリプス)

黙示録(アポカリプス)'リヴ助が遊びに来たよ!

作者: 天雨美姫

 

「な、仲良くできるかな……俺」


「大丈夫やって。変態は変態を呼ぶってどこかの誰かが言うてた」



 鏡のように磨きあげられた回廊。

 等間隔に並んだ扉をいくつ見ただろうか。いくつの角を曲がっただろうか。標識と言えるようなものも数少ない、ある種の迷宮。

 そんな場所を歩くふたつの影。片方は紛れもなく人の形をしている。少し茶髪がかった短髪にインナーカラーを施した女。

 彼女が周囲を窺いながらゆったりと進みつつ、あとに続く影の手を引く。



「変態に否定はしないけど、僕だけじゃなくて、それは天雨ちゃんも一緒!」


「シーっ! 医務室近いねん!」



 その影が天雨と呼んだ女。彼女が焦ったように振り返った。


 その影の姿が廊下の壁に映る。

 それは、一見キリンのよう。だが、何故かその鼻は豚のように潰れて前を向いている。愛らしいフォルムだが、その場にはあまりにも不釣り合いである。



「あんな、リヴちゃん。私もリヴちゃんもここに居ること自体がイレギュラーやけど、それどころじゃなくて……奴らに見つかれば即殺されるねん」


「それは分かってるけど、なんだか落ち着かない……」



 リヴちゃんと呼ばれたその不思議な動物はバツが悪そうに目を逸らし、静かになった。彼女は天雨の友人であるリヴ助というのだが、二人してとあるキャラクター達を好き放題したお陰でこうしてひっそり行動する他ないのだ。



「食堂に行けばグレンのお菓子があるから、もう少しがんば……」


「いま、お菓子って、言った!?」



 天雨のヒソヒソ声を遮ったのは、リヴ助の声ではない。

 もっとハツラツとした、鈴がなるような声。天雨が白目を剥く。

 彼女らの真横にあった扉が奇妙なミシッという音を立てながら開く。その先に居たのは、杏色の髪をした不思議な少女。



「ァアアアアア!」



 奇声を上げた天雨はリヴ助を巻き込みつつこだまの部屋へと雪崩込む。



「ねぇ今お菓子、お菓子って言っ……フグッフゴゴゴゴ!」


「こだま、静かに、して……! お願いだから」


「こ、これもしかして主人公を差し置き堂々人気キャラ第一位をカッさらい続けるこだまちゃん!?」



 体格が一回り違うこだまを必死に押さえつける天雨。それを見て目を輝かせるリヴ助。



「ぶはぁ! なぁに、この動物」



 天雨の拘束をいとも簡単に逃れたこだまが首を傾げた。リヴ助の奇妙な姿を見て、何故かヨダレを垂らしている。



「そ、そうだよ! 俺は天雨ちゃんの友達の……」


「食べられるの……?」


「プッ……」



 案の定といえば案の定の反応に頭を抱える、いや、腹を抱えて嗤う天雨。



「ち、ちがうって! 俺はミュートロギアの皆に逢いに来たんだよ」


「そうやねん、こだま。あ、せや。これから手伝ってくれたらお菓子あげるわ」



 □◆□


「レンはベッドの所で本読んでたし、オルガナは筋トレしてたよ!」


「でかしたこだま」



 餌をちらつかされた彼女は非常に役に立つ。

 食欲のイメージが強い彼女だが、身体能力の高さも常軌を逸しているため本気を出せば普段の倍どころか、それ以上の役目を果たすのだ。



「よし、行こう。ただ、ジムの前を通るのに……どうやってこの異形を隠すかやな」



 リヴ助を振り返った天雨の視線はどこか冷たい。しかしそこに、救世主が現れる。



「ちーす! こだまに頼まれて来たっす」



 扉をサッと開閉して現れたのは赤い髪の青年。ニカッと笑った白い歯が眩しい。



「えーと、あれ。あのー、いっつも三人でいる……」


(やなぎ) 達哉(たつや)ね」


「そうそれ」


「酷いっす。確かに第一章じゃ出番少なかったしオレの存在感なんて大したことないっすけど……。それより、この変な生き物さんをうまく運び出せばいいんすよね」


「へ、変な生き物さん……」


「せやねん。できる?」


「余裕ッスよ。ダイキも後で合流っす」


「ダイキって、あのイケメンの菊川か!」


「反応の速さがオレのときと違いすぎるっす」



 軽く拗ねた達哉を尻目に、天雨とこだまは既に部屋の外を伺っていた。人の気配は無い。



「ほな行くで」



 天雨の号令に従い、廊下を駆け出す四人。ジムの数メートル手前では達哉の話の通り爽やかすぎるイケメンが彼女たちを待ち構えていた。そこには白いニット帽の小柄な青年もいる。



「やっぱりイケメンだわ」



 リヴ助の開口一番。少し困り顔の菊川だったが、その顔もまたイケメンである。



「えーと、謎の生物さんを能力で箱に入れて栁がそれを天井沿いに運ぶっていう手筈なんですけど……大丈夫ですかね?」


「僕が、菊川くんの異能力で捕縛される!? すげぇ!」


「やから騒いだらあかんって!」



 テンションが再燃し始めたリヴ助を宥める天雨。



「ねーねー早く行こうよーお腹すいたあー」


「ハッ、こだまの集中が切れかけてる。はよせな! ほなここをとっとと突破するでぇ……」


「天雨サン、後ろ」


「え?」



 神威の注意も虚しく、途端に首根っこを掴まれ宙吊りになった天雨。暫くもがいていたが、呼吸が止まる寸前で重力に従って地面に叩きつけられた。汚い嗚咽が廊下に響く。



「なんだコイツら。どこから入った」


「流石岸野。見つけるのがはや……おや? プロデューサーじゃないか」



 手をパンパンと払った岸野の背後から現れたのは金色の短髪にメガネ、そして車椅子の紳士風の男。



「ぁ? ああ。この短髪の男みてぇなやつはそうみてぇだが、あの豚みたいなキリンみたいなンはなんだ」


「……僕もわからない」


「岸野さんに、メルデスさん! 俺は天雨ちゃんのダチのリヴ助って言います。その、食堂に向かう途中で……」



 未だ復活できない天雨に代わり説明を試みるリヴ助の横をピンク色のポニーテールが駆け抜けた。そして車椅子の男に抱きつく。



「メルデス! リヴ助は悪い子じゃないんだよ! だから、メルデスも一緒にグレンのお菓子食べよー!」



 顔を赤らめながらもそれに対応したメルデス。しかしはたとなにかに気づいたようだ。



「にしても、なんだってそんなコソコソする必要があったんだい。僕に言ってくれればなんだって手配したし……いいや、何よりプロデューサーはどうして食堂から描写を始めなかったんだい」



 メルデスの超メタい発言。しかし、ご最もである。

 窓のないミュートロギアの施設に冷たい風が吹いた。



「ゴフェッゲホッ、それ言っちゃったらおしまい……いや、でもほら……こうやってみんなとも合流出来たし! ゴフッフゲェ」



 この女は喉が弱い。特に外力からの攻撃に弱い。しかし必死で自らの正当性をアピールしてみせる。



「上の階がうるせぇから文句言いに来たら何だこのざまは」


「おい、その、皆と、云うのに、私は、入って、いる、のか」


「すまんなレンさん。ゴホッグフゥ。フゥ、そりゃあオルガナも入っとるがな。あ、今のダジャレっぽ……い。あ……」


「ヒィイイイイイイイイ!」


「ヒィイイイイイイイイ!」



 抱き合い震えるリヴ助と天雨。

 過去の好き放題の結果である(Twitter参照)。



「で、何の、用だ」



 オルガナが嘆息混じりに問う。



「そのぉ……食堂でパーっとやりたいなぁっておもってぇ……」



 土下座で床に頭を擦り付ける天雨が細々と答えた。

 すると、オルガナは眉をぴくりと上げて不思議そうな顔をする。



「それなら、もう、始まって、いたぞ」


「え?」




 □◆□




 広く明るい部屋。他の無機質な空間とは違い、少し暖色の混じったライトに照らされる落ち着いたそこは、いい香りが立ち込めていた。

 ぞろぞろとあゆみを進める一行。


 その部屋の奥、数名の塊の中から何かが飛び出してきた。

 ロングの髪を軽く染めたタレ目の女。



「あまうぅううう!」


五月蝿(うるせ)蛆虫(うじむし)



 オルガナに負けず劣らぬ膝蹴りが炸裂する。

 だが、彼女はめげない。一瞬怯むが、すぐさま天雨に抱きついた。非常に迷惑そうな顔の天雨。



「のいちゃん? だよね!」


「あーっ! リヴ助ちゃん! こだまもいるー!」



 天雨をはね飛ばし、リヴ助、そしてこだまに抱きつきに行った彼女はのい。天雨の創作の相方であり中学からの同級生。そしてなにより、あのこだまの生みの親である。

 その天真爛漫さはどこか似ている。



「あれ、アキトくんも居たんだね」



 遅れて入ってきたメルデスがその姿を目ざとく見つける。


 冴えない男が奥の部屋で書籍の山に隠れていた。心底嫌そうな顔でこっちを見ている。目にかかるほど長い前髪に加え、奇妙な後ろ髪。一言で言えば野暮ったい。

 しかし、彼こそはこの物語の原作『黙示録(アポカリプス)』の主人公の青年──本城暁人なのである。



「こだまの(自称)母とかいうその人に無理やり……なんの騒ぎですか」


「いやぁ、それが今日は客人がいるらしくてね」



 溜息の延長線のようなアキトの言葉に苦笑混じりに答えたメルデス。ちょうどその時、厨房の方面から一層甘い香りが漂ってきた。

 周囲を見渡せば、可愛らしい形のクッキーが入った器やマフィンが並んだ皿などが卓上にずらりと並べられていた。



「ほら、岸野! キッチンへGO!」



 岸野を顎で使おうとしたのはのいちゃんだった。それも、その並べられた菓子のひとつをつまみ食いしながら。案の定、名指しされた彼の額には青筋が浮かぶ。



「何だこのクソガキ二号みてぇなのは。一発、灸でも据えてやろうか」


「あー、いいんだいいんだー。グレンさんを描いてるのは私なんだよー。へぇー。いいんだぁー。厨房にはグレンさんがいるんだけどなぁー。いいんだぁー」


「そ、そうだ! アレだよね! 岸野ってあのメイドさんLOVEなんだよねっ!」



 のいの死んだ目が岸野を舐めまわし、リヴ助のどこか期待を孕んだような視線が岸野を突き刺す。そして、文字通り彼は姿を消した。



「さてさて! 大体の役者は出揃ったわけだし、宴だぁ!」



 天雨の一声にワラワラと皆が動く。メルデスの車椅子を押して自身の隣に固定したレンや、その隣に座るオルガナ。いつも通りアキトを囲むように四人で座った菊川、達哉、神威。

 こだまを撫で回すのいちゃんも天雨がケツをひっぱたきつつ着席させた。



「えっと、僕は……」


「今日の主役はリヴちゃんなんだから、ほら、お誕生日席へご案内〜」



 わざとらしいが、恭しく頭を下げた天雨。戸惑うリヴ助にそっと椅子を引いて手招きをする。



「ほら、早く! モタモタしてると鉄の胃袋がそこで二匹くらい全裸待機してるから食いっぱぐれるよ」



 鉄の胃袋とはつまり、のいちゃんとこだま母娘。

 天雨の指示により、菊川が立方体(キューブ)状のシールドで防衛戦を張っているがあの二人ならばそれも拳で破壊しかねない。



「そ、そうだね!」



 リヴ助は長い首を縮めつつ、そっと椅子に座った。



「グレンさーん、岸野ー! よろしく!」



 天雨が厨房に向かって声を張った瞬間。

 茶色い滝が全部で二つ、卓上へ出現した。甘い香りの発生源であり、その艶やかで滑らかな流れには誰もが息を飲んだ。

 さらに、飲み物が注がれたグラスが各々の目の前に突如現れる。



「ミツルさん、ありがとうございます! 助かりました」


「どどどど、どうってことないですよグレンさん……これくらい朝飯前です!!」



 どこからが服でどこからが頭か分からないほど顔を赤くした岸野と、栗色の髪可愛らしい女性が厨房の奥から姿を現す。女性の方は白と黒のメイド服を纏う、それはまるで天使のような風体の美女である。彼女こそ、ミュートロギア本部唯一のメイドでありオアシスの女神、グレン=エドワード。岸野と並んで歩く姿はあたかも「美女と野獣」である。



「チョコフォンデュぅうううう!」



 興奮気味、いや、興奮の度合いをさらに高めたのいとこだまを横目に、天雨が再び声を上げた。



「よし、一人一言ずついこう! そんじゃあ大人からいっとこうか」


「やはりここは僕からだね。リヴ助さん、今日は態々来てくれてありがとう。ミュートロギアを代表して君を歓迎するよ。これからもうちのプロデューサーと仲良くしてあげてください。じゃあ、次はレンかな?」



 メルデスは立ち上がれないが、背筋を伸ばして優しく語りかけた。そして、隣の彼に視線を移す。



「あんだけ好き勝手しやがって……それでここまで来れた心臓の強さだけは評価してやる。あぁ、食いすぎて腹壊しても何もしてやらないからな。オルガナ、お前も言ってやれ」


「お前の、言い方は、癪に、障る。兄貴面は、よせ、レン。リヴ助、こんな、弟、お前の、好きに、すれば、良い。描いたら、私に、見せろ。その方が、面白い」


「何言ってんだてめぇ! オルガナ! 妹の分際で……」


「あーーはいはい。それはもうさんざんやってるから今日は要らない。次、岸野。君には後でリヴちゃんを元の世界に送り届けてもらう仕事も待ってるからね〜」



 いつもの如く兄妹(姉弟)喧嘩が勃発しそうな所で天雨審判が強制終了させた。

 続いて、グレンの横にピタとついて離れないガラの悪い男へバトンが渡る。



「オレは送迎シャトルバスじゃねェぞ。ったく……後で正確な座標教えやがれ」


「み、ミツルさん、もう終わりなんですか? じゃあ私から! 初めまして、グレン=エドワードっていいます。大したものじゃないですけど、たくさん食べていってくださいね! えっと、次は……」


「オレ行くっす! 栁達哉とはオレのこと、リヴちゃんってことはレディーだよな! オレと付き合わない?」


「こらこら、栁……このタイミングでナンパは良くないって。やぁ。僕は菊川大輝っていいます。今日は楽しんでね。ほら、神威も何か言って」


「……魔法少女は正義。コミケでまた会おう。以上」



 喉が乾いていたのか、彼は目の前のオレンジジュースに口をつけた。どこを見ているのかわからないが、口下手な彼なりの精一杯らしい。人見知りする彼にとってはこれが限界だろう。

 すると、彼の横から白いリボンが飛び出した。



「はいはいはーい! リヴ助ちゃん、また遊びに来てね!」


「はいはーい! 右に同じー! 何よりこだまをこんなに間近で拝めるなんて……ぐへっぐへへへへへ」


「きもちわるいぞ、蛆虫。ごめんね、リヴちゃん。こんな奴らばっかりで」



 苦笑いでリヴ助を振り返る天雨。



「いやいや、押しかけてるのは俺の方なんだから……それに、みんないい感じに面白いよ!」


「ちょ、俺……忘れられてないですか」



 手をブンブンと振るリヴ助。その左斜め前からそろりと声がかかった。



「あー…………ほら、主人公やし大トリ任せようっていう感じ? はい、アキトどうぞー」


「うわっ、その間は絶対俺のこと忘れてた」



 相変わらずめんどくさいを通り越して嫌そうな顔の彼。しかし、創作者に逆らえないのが役者(キャラクター)である。渋々立ち上がった。



「えーと。俺の勉強時間返……」


「よし、終了〜」


「ちょっ、最後まで言わせろよ!」


「えー。なんかいらん事言いそうやったからシャットアウトしたのに。しゃーなし。手短によろしく」


「俺の勉強時間返せって言いたいところだけど、まぁ賑やかなのも悪くないし今日は楽しん……」


「はい、時間切れー」



 何とも扱いの悪い主人公だが、仕方がない。天雨が焦るのには理由があった。どうしても時間を伸ばせない理由が。



「えーと、リヴちゃんは色々あって大変みたいだけどいつでも力になるからね……って、そんなクサイ言葉を並べるより乾杯しよう! 今日は来てくれてありがとう、そして、これからもよろしくってことで、リヴちゃんに、乾杯!!」


「「「乾杯!」」」



 グラスが高々と掲げられる。菊川の能力も一斉に解かれて菓子の数々が空気に晒される。

 こだまやのいを皮切りに、皆の手が甘味にのびた。それは、天雨もリヴ助も例外ではない。


 暫くして、リヴ助が天雨に話しかけた。



「天雨ちゃん、主人公くんに厳しすぎ」


「えへへー。まぁね。ちょっと、時間が押してて……」


「何か用事でもあるの?」


「ううん。そうやない。リヴちゃんは“自然の均衡理論”知ってる?」



 唐突だった。天雨の口調が少し真剣味を帯びたのに気づけないリヴ助では無い。固唾を飲みつつも首を横に振った。



「過去に戻れた人間がある一人の死ぬ運命にあった人を助けたとする。その人の死はそれで回避出来たとしても、自然はそれを許さない。自然は自然を守るために“不自然(イレギュラー)”を排除して均衡を保とうとする。つまり、死ぬはずだったその人の代わりに誰かが死ぬってこと」



 天雨はチョコレートをたっぷり付けたいちごを頬張りながら、そっと視線をリヴ助に戻した。



「いま、リヴちゃんはこの世界には“不自然(イレギュラー)”な存在。その“不自然(イレギュラー)”の排除はその存在の影響範囲が広がるほど大きな波紋になって元の世界に跳ね返る。何より、私が一番危惧してるのは“不自然(イレギュラー)”そのものの排除」


「……なるほど。だから、僕は早く帰らなきゃいけないんだね」


「うん。ごめん……。私もすっかり忘れててん」



 天雨が目を伏せた。手元のオレンジジュースがコップの中で波面を作る。



「あまぅううう! オルガナにぶたれた!」


「うるせぇ」



 頭に真っ赤なたんこぶを乗せたのいちゃんが天雨に泣きついてきた。彼女はなぜそうも相手を間違えるのだろうか。



「うえっ」



 天雨の肘鉄がのいちゃんの顔面に食い込む。テーブルの向こう側ではオルガナの鉄仮面が微妙にほくそ笑み、親指をグッと立てていた。彼女の美しい銀色の髪がオレンジ色の液体でベタベタになってしまっている。そして、その右手にはヘッドロックされた杏子色頭。


 だが、その時。けたたましいサイレンが鳴り響く。



「おっと……外で何かあったらしいね」


【緊急コード003。繰り返す。緊急コード003】



 メルデスの反応は他人事の様だったが、館内放送を聞いた彼らの表情は強ばる。食堂の外の廊下をバタバタと駆ける音が聞こえ始めた。



「どうしたの!」


「大丈夫やで、リヴちゃん。美姫が外に現れたんや」


「全然大丈夫じゃないでしょっ」


「全く……ほんま私の言うこと聞かんねん、ウチの子」



 はぁ、と嘆息する天雨を他所目にミュートロギアの面々は慌ただしくその場をあとにする。勿論、揃ってノビているこだまものいちゃんもその場に放置だ。

 残っているとすれば、可愛いメイド──グレンさんのみ。「起きるでしょうか」とクッキーをこだまの口に押し付け、ねじ込んでいる。こちらの視線に気づいたのか、エヘヘっと笑って振り向いた。



「あかん、可愛い」


「岸野に怒られるんじゃないの?」


「いやまず私女やし」


「あの、リヴ助さんって何処から来たのですか。言葉はこの国のものだと思うのですが……」


「九州!」


「きゅうし……九州ッ?」



 グレンのオーバー過ぎるくらいの反応。



「え、僕何か変な事言った?」


「あー、実はこの時代……九州は日本とは切り離れて独自の民族が住んどるんよ。ルーツは日本やけど、ちょっと特殊やねん。あ、別に九州に喧嘩売ってる訳ちゃうで! そういう設……そういうことになっとるんや!」


「な、なるほど」



 あぶねぇ、設定て言いかけたわ……と呟く天雨。気を取り直してリヴ助に向き合う。



「ほな、帰ろか……リヴちゃん」


「どうやって?」


「そこはもう、ほら。悩んだ時のアレよ」


「アレ」


「そう、アレ」



 ニッと笑う天雨。そして、手を差し出した。身長の割に小さい手である。



「楽しかったで。ありがとーな、リヴちゃん」


「うん! 俺の方も」


「じゃあ、アレ……やるで」



 コクと頷くリヴ助。

 天雨はスウと息を吸い込み、呪文のようなものを唱えた。



「創造の全ては想像から始まり現実へ引き出される。その狭間にあるのは夢。それを追い求め、掴もうとしても簡単には掴めぬもの。だからこそ、夢は面白い。目覚めよ、リヴ助! 秘技『強制終了(夢オチ)』!」




 □◆□



 見慣れた天井。



「あれ、夢か……」



 リヴ助は眠い目を擦りながら朝日の差し込む窓を見やった。書きかけの原稿が、カサカサと音を立てた。

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