第二十四話 何かが変わった時
昨日の夜に俺は久々に母さんの手料理を食ってゆっくりと休む事となった。気持ち良く眠りに着き、今朝の太陽の光が窓に差し込む前に俺は目を覚ました。
「...ぅん...」
ベットから降り、俺は体を思い切り伸ばした。日が未だ昇りきっておらず、だけど外は明るい。
日の光である金色の飾りつけが無く、しかしながらそれて言って穢れの無い綺麗な青空、その下に生命力をアピールしているように冬であっても緑を保つ森の樹木、この二つに挟まれてながらも雲は自由に空に漂う。
それら自然と俺の視野に入る窓の外の景色が俺の心に静かな風を吹き込んだ。
気分が良い、そして体の具合も元に戻っていて、心無しか前よりも体が軽く感じた。
このままこの景色に入り浸っていたいが、だがそうやって現実逃避をしてもいられないのだ。
窓の外から目を切り、俺は左手手首につけてる腕輪を見詰める。
念の為に と俺は呟き、目を瞑り、右手で腕輪を触った。腕輪を通してデュランダルの位置を確認する、しかし昨日ように反応は書斎からじゃなかった、別の場所、違う方角からデュランダルの反応を感じた。
少し眉を皺めながら俺はもう一度確認をする、しかし結果は同じ、感じるデュランダルの反応は書斎ではなく方角からしてうちの庭の方からのものだった。
焦りに駆け出されて直ぐに俺は寝間着のまま部屋のドアを開け、廊下の窓から見下ろした。
見慣れている我が家の庭だ。
冬であるが為に色鮮やかな花は散っており、色が濃いこの季節に合った花が咲き誇る。庭師の手によって良く整備された芝、屋敷から少し離れたヨーロッパ風の白い涼亭、そこへ繋ぐレンガ敷きの灰の一本道。
涼亭から少し離れ、芝生の上で上半身を裸て、一心不乱に一振りの大剣を振っている父さんの姿がそこにあった。
その手に持っている大剣はデュランダルでは無く自身が鍛練の為に用意し、斬れ味を捨てただ頑丈さと重さだけを重視して鍛え上げたものだ。
そして肝心なデュランダルと言うと、また父さんから少し離れていた所で土に刺さっている。
「やはり父さんがデュランダルを...」
改めて確認した俺は思わず言葉を口にした。
「......」
俺の視線に気付いたか、父さんの動きが止まり、構えを崩さずに視線をこっちに向けた。
一瞬俺と父さんの目が合い、俺は直ぐに気まずそうに目を逸らそうとしたが何故かそれが出来なかった。だが逆に俺だと気付いた父さんは視線を戻し、僅かに息を整えてまた一心不乱に素振りを続けた。
「やはりか...くそ!なんでいつもこうなんだ!」
前世を思い出し、眉を皺めて俺は悪態を吐いた。
「...こうなったらもう父さんに話さないとな...が、その前にやはりデュランダルを...」
複雑な気持ちを整理し、もう一度気を取り直して俺は決心する。
決心が着いて直ぐに俺は踵を返して自分の部屋へ戻り、急いで支度を済ませ、また直ぐに部屋から出た。急ぎ足で廊下を進み、階段口で曲り階段から降りて行く。階段から降りて直ぐまた方向転換する、記憶から庭への道を思い出す必要も無く体がその道筋をきっちりと憶えているのだ。
ドンドン庭へと近付き、しかし近付くに連れ俺の速度も段々遅くなっていく。
疲れた訳じゃない、そもそもこの程度で疲れる筈も無い。ただ、そうただ庭に近付けば近付く程決意が鈍って行く感じかするからだ。だがそれでも俺は足を止めずに前へ進めた、逃げれば解決出来る問題じゃないと理解しているからだ。
幾らの時間が過ぎたか、速度が落ちても遂に俺は庭に出た。
ササッとレンガで敷かれた一本道から足を踏み外して芝生の上に足を踏み入れた俺の目は直ぐに父さんの姿を見付けた。
「父さん......」
未だ素振りを続けている父さんの姿を見て俺はその場で立ち止った。
こうやって庭で素振りをする事は父さんの極々最近に出来た習慣だ、正確に言うと前の軍・王二国連合軍が撤退し、そのあとの戦後処理を終えて家へ戻って来てから出来た習慣なのだ。それまではそんな事をして居なかった、いやもしかしたら俺の知らない所であったかもしれないが、少なくとも俺の知る限りは無かったのだ。
どう言う心境でこんな習慣が出来たのかはっきりと知る事が出来なかった俺は少しの間、一歩も動かずに素振りをしている父さんを見詰めた。
父さんの大剣が振り落とす度に俺の心の中の迷いも少しずつ振り払われていき、少しの時間が過ぎて俺も腹を潜った。
サッサッサッと俺は芝生の上から父さんへ近付いて行き、一分も経たない内に俺は父さんの視界の内に入った。こんな風に足音が立っていれば父さんもとっくに気付いている筈だと俺は思っていたがそう言う素振り見せない、俺が視界に入ってからようやく反応を見せた。
「ようやくか。」
待ちわびたように父さんは呟き、素振りを止め、構えを解けて息を落ち着かせた。
「......父さん......」
未だ父さんに話す事を俺は躓き、言葉が続かなかった。
「...ベリオット、それを抜け。」
父さんは手に持つ大剣を下ろして左手の甲で軽く額の汗を拭き、デュランダルを指して俺に言い放つ。
「えっ!?父さん?」
色々と父さんの最初に一言に予想を立てたが思いも寄らない言葉に俺は驚く。
「ぐずぐずするな、早く抜け!」
「はっ、はい!」
固まっている俺を父さんは怒鳴り、その怒鳴り声に体が勝手に反応して俺はデュランダルが刺さっている場所へ駆け寄り直ぐその柄を握った。
「それで私に一撃でも入れたらお前の話を聞いてやろう。さぁ、掛かって来い!」
何時にも増して熱い父さん、下ろしていた大剣を振り上げては斬りおとしその切っ先を俺に向ける。
「っ!!」
殺気が向けられた事にビックリして反射的にデュランダルを引き抜いて、中段に構えた。
「来ないのか?ならこっちから行くぞ!」
しかし体が勝手に構えていても身内に斬りかかる覚悟が出来ていない俺は躓き、そんな俺の戸惑いも無視して父さんは練習用の大剣を片手に突っ込んでくる。
父さんは鋭い踏み込みと共に勢いと自身の体重を大剣に掛けて俺の脳天の真上から斬りおとし、俺はすかさず空いてる手を翳し、斥力場を展開する。
姿無き‘壁’をそこに作り出し、父さんの剣その壁と激突した。当然その衝撃は俺まで伝う事がなく、父さんは一見何の支えも無く空中で停止したように見えた。
「はぁぁああーーーーー!!!」
俺が何をしたのか詳しくは理解していない父さんは剣を握る両手に更に力を入れ、腹の底から発する声と共にドンドン増大していった。
「はぁ!!!」
ほんの僅か数秒間の拮抗の末、父さんは一喝し、それに連れ有り得ない程の力を一気に剣に込め、その有り得ない程の力で理論上どんなものも衝撃も通さない斥力場で形成した壁を力尽くで切り裂いた。
ゴン!
壁を切り裂いたもののかなり勢いと力が削がれたお陰で反応が出来た俺はデュランダルでその一撃を正面から受ける。
「くっ!」
父さんの剣と俺の剣が交え、一気に伝わってくる衝撃に俺は歯を食いしばりながら耐えて押し負けないように俺も力を振り絞る。
徐々に増して行く力に俺の足元の土がその衝撃に耐え切れず、底なし沼のようにゆっくりと俺の足を飲み込んで行く。
『くそ、これじゃ足の踏ん張りか』
不味いと思う俺は僅かの意志を父さんからズラして足元に斥力場を展開して足場を作り出した。しかしその‘僅か’に付け込んで父さんは何かを仕掛けてくる。
「すっ!はぁ!」
短く息を吸い込む声と共にさっきまでの力の拮抗が一瞬にして消えて無くなり、俺が何が起きているのかを理解する前に力強い声が轟くと同時に衝撃がデュランダルに通し俺の両手に伝わって握りが緩んでいる俺の手からデュランダルは打ち上げた。
理解が追いつけず俺の頭の中が真っ白になり、体の動きが完全に止まった俺に対し何時の間にか振り上げた剣を父さんは振り落とした。




